37 愛のために
愛のために
人間の選べる生きかたは二つしかない。
現実から逃げるために夢を追いかけるか、それとも夢から逃げるために、現実の中に逃避するのか、……そのどちらかである、と僕は言った。
もう一つあるよ。
もう一つ?
……愛のために生きるの。とにっこりと笑って、君は言った。
二人が食事をはじめたとき、急に真っ暗な空から、ぽつぽつと雨が降ってきた。その雨はすぐに強くなって、ざーという雨の降る音が二人のいる、レコードの古い音楽が流れている、リビングの中に聞こえてきた。
「あ、……雨だね」と木の天井を見上げて、祈は言った。
「……うん。雨だね」と白いカーテンの閉じられている窓のところを見て、叶は言った。
「さっきまであんなに晴れていたのに、……こんなに強い雨が降るんだ」不思議そうな顔をして、叶は言う。
「この辺りの天気はすごく変わりやすいの。朝、雨が降っていたのに、お昼には晴れたり、今日みたいに朝からずっと晴れていたのに、夜になって急に雨が降り出したりするの」と叶を見て、祈は言った。
「そうだ。ちょっと雰囲気だそうか。ちょっと待ってね」突然、いいこと思いついた、といいたげな顔をして、祈はそんなことを言った。
……? なんだろう? と思って叶が祈の次の行動を見ていると、祈は、叶を見て微笑んでから、キッチンのほうに移動をして、そのままキッチンの奥にある階段を下りて、地下に移動をしたようだった。
それからすぐに、リビングに戻ってきた祈はその手に『古風なロウソクと、立派な銀色のロウソク立て。そして、四角いマッチ』を持っていた。
それを叶に、頭の横で別々に両手に持って、見せびらかすようにしてから、にっこりと笑って、まるで手品をするマジシャンのような手つきで、祈はロウソク立てをテーブルの上において、それからそこにロウソクを立てて、マッチを擦ってオレンジ色の火をつけた。
それから祈が、ぱたぱたという足音を立てて移動をして、リビングとキッチンの電気を順番に消すと、部屋の中は真っ暗になって、そして、ロウソクの火が灯っているテーブルの周囲は、綺麗な淡いオレンジ色の光に包まれた。
それ以外は、すべてが闇の中に沈んでいった。
それから祈は、闇の中を移動して、明るい自分の席に戻った。




