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祈の家のリビングは、本当にとても素敵なリビングだった。
……だけど、どこか綺麗すぎて、あまりにも、置いてあるものが少なすぎて、少しさみしい感じがして、どこか眠っているような感じがして、生活感のようなものはあまり感じなかった。(森の中にある、季節外れの旅行者のための宿泊用コテージ。あるいは、主人の不在の期間の別荘の中にあるリビングの部屋、のように思えた)
木のテーブルのところには椅子が二脚だけあった。立派な背もたれのある木の椅子だ。
リビングの奥には赤い部屋の上に見えたオレンジ色の煙突から続いている立派な石造りの暖炉があった。
今は夏なので、もちろん、まだ使用されていない、炎の灯っていない、凍えるように寒い冬に使われることを待っている、眠っている暖炉だ。
暖炉の横には、お風呂場に続いているものとは違う、木のドアが一つ。
暖炉の反対側には、もう一つの木のドアがあった。あれが、位置的にきっと入り口のドアだろう。
(暖炉の横のドアからは祈の部屋と、それから空いているもう一つの部屋に移動できるようだった。外から見た感じではよくわからなかったけど、この奥にスペース的に部屋が二つあるとは思えなかったので、おそらく、祈の家には二階があるのだと思った)
リビングには、ほかに木製の大きな本棚が一つ。小物をおくための小さな棚が一つある。普通に想像するリビングにあるもので、祈の家のリビングにあるものは、ただそれだけだった。(本棚には本があまり置いてなかったし、小物をおくための小さな棚には、一つの小さな観葉植物の鉢が置いてあるだけだった。それはどうやら小さなサボテンのようだ)
だけど祈の家のリビングには、『ただ一つだけ、普通の家のリビングにはない、とても目立つもの』が置いてあった。
それは『とてもたくさんのレコードのコレクションの入ったガラスの棚と、その横にあるとても立派で高価そうなステレオ付きのレコードセット』だった。
……レコードを聞く趣味が祈にはあるのだろうか? それはわからないけど、そのレコードはかなりのレコードや古い音楽が好きな人が集めるような、そんなとても立派なものだった。
そのレコードコレクションがとても立派なコレクションだと、叶には一目でわかったので、きっと、記憶喪失になる前の自分は、古いレコードや古い音楽が好きだったんだろう、と叶は思った。




