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祈の家のリビングはとても綺麗で、それから、置いてあるものが少なくて、そして、すごくしっかりと片付いていた。
掃除も行き届いているようで、埃っぽいところもない。
白いカーテンが開いている四角い窓から差し込んでいる太陽の光が、ぴかぴかに磨かれている楕円形をした木のテーブルの上や、木の床の上で輝いている。
壁には八角形をした時計があった。
時計の針は二つとも『12の数字』を指している。今は、お昼の十二時だということだろうか? (でも、その時間の感覚には少し違和感があった)
……今は本当にお昼の十二時なのだろうか? 祈は、森の中でも、家についてからも、晩御飯のカレーと言っていたけど……。
(お昼ご飯のカレー、ではない)
叶のいる静かなリビングの中は、窓から差し込む太陽の光で、本当に明るいのだけど、今が真昼の時間帯のようには、思えなかった。(もう少しだけ、時間がたっているような気がした。太陽も少し傾いていたようだったし、感覚としては、……三時か、あるいは、四時くらいと言ったところだろうと思った)
でも、実際に時計は12の数字を指しているのだから、今はお昼の十二時なのだろうと叶が自分の時間の感覚のずれを、それもきっと記憶喪失のせいなのだろう、と思いながら、実際に近くまで歩いて行ってみていると、その時計は『どうやら、両方とも時計の針が止まっている』時計のようだった。
……時間が止まっている。
その止まっている時計を見て、……なるほど。そういうことか、と叶は納得した。この八角形の壁掛け時計は現在の正確な時刻を指していないのだ。そう思って、叶は自分の中にある針の動いていない、時間の止まっている時計の時間と現在の本当の時間の、自分の中にある『時間の感覚のずれ』を納得することができた。
(今は、本当は何時なんだろう? 三時くらいだと思うんだけど……)
叶は、ずっと手に持っていた青色のスポーツバックを、なるべくリビングの端っこのほうにある、あまり汚れが目立たないような場所を選んで、その木の床の上に置いてから、(家に入る前に裏口のところで、できるだけ手ではたいて土の汚れは落としたのだけど、叶のスポーツバックはそれでもまだ結構、土で汚れていた)木のテーブルの周りを、ぐるりと一周、ゆっくりと歩いてリビングの中を見て回ってみた。




