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 ……祈。

 ……鈴木、祈。

 思えば、この女の子はすごく不思議な女の子だった。

 叶の失ったはずの記憶の中に存在している、誰かの面影がある、……とても綺麗な美しい、一つ年上の女の子。

 この女の子の正体はいったい誰なんだろう?

 そう考えると、叶の心はすごくわくわくした。(それは、叶の本当の気持ちだった。叶は不都合な自分(あるいは、世界)の真実よりも、ただこうして、自分と手をつないでくれる、一人の女の子である、祈の正体が知りたかった)

 この女の子の正体を突き止めたいと思った。

 なぜ、ずっと君が僕の心の中にいるのか、その理由を知りたいと思った。

 僕はそれを見つけるために、その答えを知るために、森の中にやってきて、君と出会い、今、こうして、美しい薄緑色の草原の中を歩いているのだとそう思った。

(その思いが、考えが正解である、と教えてくれるかのように、そう考えると、叶の頭のずきずきとした痛みは和らいだ。痛みが消えて、気持ちがすごく優しくなれた)

 ……叶は今、自分とこうして手をつないでいる鈴木祈と言う名前の一人の女の子が、本当の、ずっと探していた自分の運命の相手なのではないか? と思っていた。

 ……赤い紐が、切れていようと関係がない。そう、それは関係がないことなのだ。

(切れた紐は、また結び直せばいいのだ。今度こそ切れたりしないようにしっかりと、結び直せばいい。もう一度、一本の紐にしてしまえばいい。もう二度と、紐が切れないようにしっかりと……)

 僕と君はきっと、ずっと以前から、こうなる運命なんだと思っていた。

 ……この場所で。

 ……二人だけで、ずっと。

 こうして、安心できる場所で、優しい気持ちのままで、生きていく。

 それが僕たちの夢だった。

 僕たちがずっと求めていた、……小さな楽園だった。

(なぜ、僕はこんなことを唐突に考えているのだろう? やっぱり、僕は少し混乱しているのかもしれない)


「どう? 私の個人的なことはともかくとして、叶くん自身の、もっと大切なこと、についてはどう思うようになった? そのことは気になるようになった?」

 そんな祈りの言葉が聞こえた。

 叶はその祈の言葉を頼りに、深い深海のような思考の世界から、海の上に顔を出すようにして、現実の世界の中に戻ってくる。

 叶は祈の質問について考える。

 せっかく、祈が自分から、叶に話を振ってくれたのだけど、……実は、あまりならなかった。

 だけど、正直にそう答えると、まるで他人事みたいだ、と祈に森の中で注意されたり、それはもっと大切なことなんだよ、とさっき言われたこともあって、なんだか祈にすごく怒られそうな気がしたので、叶は「うん。確かに、まあ、やっぱり少しは気になるかな?」と祈に『嘘を言った』。

「わかった。じゃあ、あらためて質問。叶くんは、私になにか聞きたいことはある?」

 その質問に、叶は言葉を止める。

「なんでもいいよ。なんでも聞いて」

 祈は言う。

 ……。

 沈黙。

「なんにもないの?」

 叶は言う。

「もし、僕が祈りに質問をしたら、祈りはその質問に答えてくれるの?」

「もちろんだよ。私が知っていることならね」

 ……。

 叶はまた沈黙する。

「どうしたの? 気になること、あるんでしょ?」

 叶は無言のままだった。

「なにも、聞かないの?」

 祈は、ひどく悲しそうな顔をする。祈りはぎゅっと、ずっと握っている叶の手を強く、握りしめる。

 ……叶は、もうごまかせないな、と思う。(それに、これ以上、祈に自分のことで、あまり悲しい思いをさせたくもなかった)

「わかった。ごめん。正直に話すよ。ちょっと情けない話なんだけど、できれば、真面目に聞いてほしい」

「いいよ。なんでも私に話して」祈は言う。

「……本当は、怖いんだ。なにかを知ることが、あるいは、なにかを思い出すことが。だから、今は聞けないのかもしれない」

 ……一度、思い出して仕舞えば、それは、僕の心をつかみ、やがて、必ず破壊する、と思った。

「まだ、無理をしたくない?」

「うん。まだ、もう少しだけ、今はとりあえず、休みたい」叶は言う。

「そんな自分の気持ちをきちんと受け止めることができるようになるまで?」祈は言う。

「うん。少し休めば、自然とそれはできるようになると思うんだ。きちんと休息をとって、食事をして、睡眠をとって、体力を回復すれば、きっと、もっといろんなことを話したり、思い出したり、できるようになると思う」叶は言う。

(それから、……きっと、そんなことにはならない、絶対に、と叶は思った)

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