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「叶くんは、どこかで私と会ったことがないかな? なんていう、どうでもいいことは何度も私に聞くのに、『もっと大切なこと』は、本当になんにも私に聞かないんだね」

 薄緑色の草原の風景を見ながら、祈は言う。

 ……二人はしばらくの間、ずっと黙ったまま、草原の中にある小さな土色の道の上を散歩をするように、穏やかな気持ちで歩いていた。(もちろん、手はずっとつないだままだった)

「もっと大切なことって?」急に口を開いた祈を見て叶が言う。

「うーん。だからさ、たとえば普通はさ、もっと、いろいろなことを私に聞くでしょ? どこかで会ったことがないかな? って言う漠然としたことじゃなくてさ、もっと具体的なこと。たとえばさ、どうしてこんな場所で一人で暮らしているの? とかとさ。あとは、こんな辺鄙なところに住んでいて、どこか学校には行ってるの? とか、一人暮らしをしているのなら両親は、とか、あとはこの辺りにほかに人は住んでいないと言っていたけど、普段遊んでいる友達はいるの? とか、毎日の生活はどうしているの? とかさ、まあ、そういうこと」祈は言う。

「そういうことは、あんまり聞かないほうがいいかなって思って」と叶は言った。

「そうこうこと?」祈は言う。

「祈の個人的なことについて」叶は言う。

「私の個人的なこと」

「うん。祈の個人的なこと。人にはさ、みんな、いろんなことがあるからさ。いろんな事情があって、いろんな人生がある。だから、そういうことを本当に必要がある時以外に、興味本位で聞くことは失礼なことかなって思ったんだ」

 真面目な顔で叶は言う。

「今は記憶喪失で迷子になっていると言う、緊急事態なのに?」

「うん。今が僕の緊急事態だったとしても」

 祈はその大きな目をぱちぱちとさせて、叶を見る。

「叶くんはやっぱり、ちょっとぼんやりしているね。危機感が足りないっていうか、真剣じゃないっていうか、……やっぱり、変だよ」

 と口をすぼめて、祈は言った。

「そうかな? 僕、ちょっと変かな?」小さく笑って叶は言う。

「うん。そうだよ。変だよ」となぜか少し嬉しそうな顔で祈は言った。(でも、ありがとう、と心の中で祈は思った。祈はもし、叶にそれらのことを聞かれたら、『正直に本当のこと』を言うつもりでいた)

「でも、そういう祈だって、僕にそのもっと大切なことをあんまり聞いたりしていないでしょ? 同じじゃない?」叶は言う。

「それは叶くんが記憶喪失だって、わかったからだよ。そうじゃなかったら、もっと質問攻めにしているよ。どこに住んでいるの? とか、高校はどこ? とか、趣味は、部活は? 家族構成は? 動物は飼ってる? 好きな食べ物は? 好きな色は? 好きな映画や音楽はなに? とかさ、(あと、できれば、……どんな女の子が叶くんは好きなの? とかさ)もう、なんでも聞いていると思う。遠慮なんて全然しないよ。質問攻めにしちゃうよ。もう叶くんが嫌になるくらい」

 うんうんとうなずいて、祈は言う。

 そんな祈の言葉を聞いて、確かに祈ならそんなことを言ってきそうだけど、でも、実際にはきっと叶が記憶喪失でなかったとしても、そういうことを祈はたぶん今と同じように叶にまったく質問しなかっただろうと叶は思った。(その予想は、なぜかすごく当たっているように思えた)

 ……そう。そんなことは、本当は、全部どうでもいいことなのだ。(大切なのは今、僕と祈がここにいて、二人がきちんと手をつないでいる、と言う事実だけなのだと思った。それが今の叶にとっての、もっと大切なこと、だった)

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