Lure = 愛
わたしは夏休み中にもう一度父の住む家に帰省することになる。
父はもう長くない状態だったらしい。胃がんで、既に胃の半分は切除した後だったと聞かされた。だから食事が取れなかったんだ。
わたしは葬儀を済ませ、棺桶に横たわる父の顔を火葬場で見送った。
その間、親戚兄弟で集まっている集会所でわたしは声を殺して泣いた。それを隣でおじさんが黙ってみていてくれた。そこにあるおにぎりや茶菓子を全部平らげ、小さな抜け殻の缶を積みあげた。
こちらに帰ってきたのはわたしだけだ。そのことになにか口を出すつもりもない。電車賃は往復分キッカリ手渡された。
父の遺影はニッとしたいい表情をしていた。わたしは髭を生やせたらこんな風になるんだと思う。
おじさんは倉庫にあるものなんでも持っていっていいと言ってくれた。新幹線に持込めるものは殆ど無い。木彫りの作品も、何十本もある釣竿も、持ってなんか帰れない。
ふと思い立って、父がいつも煙草やら酒やらを置くスペースに目をやると、あった。
父特製の疑似餌だ。
釣り糸を何重にも束ねて、毛糸や、動物の髭のようなものを用いて翅を表現している。
その色も、おしりには赤、胴体は黒、白、オレンジ、黄色などそれぞれ餌になる虫の色が表れている。
それはとても綺麗で、特にわたしのお気に入りは、まん丸の綿を黄色と黒で縞模様に塗られた"蜂"の疑似餌だ(いや、黄金蜘蛛?)。赤いおしりに丁度釣り針がチラリと除くのもたまらない。
これに釣られるのも無理はない、そう企むと口の端が自然と吊り上がる。もしかして、これそのものが"わたしを釣る"疑似餌だったのかもしれないなと、一本釣られ(うまい?)途端に悔しくなった。
釣竿を縮めて一本分だけリュックに詰めた。確かこれは川で使用するタイプのものだ。ちょうど疑似餌も川用だったはずだ。
ついでにそこにある煙草もくすねてきてしまった。絶対吸わないと誓ってワンカートン底の方に突っ込んだ。これは流行りのお香だよ。お香の方が臭いし。そう言い訳した(誰にだ)。
駅の見送りに、おじさんは涙ぐんで別れを告げてきた。わたしもしっかりとお礼を伝える。
「まだほしモんあっだらごいよ。」
そう言って車を出した。
夢を見た。けど、思い出せない。それは健康な証拠だと聞いたことがある。
そうか、わたしは健康そのものなんだ。
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「ねぇねぇ、喜雨ちゃんは好きな人いないの?」
夏休み中の登校日に、わたしたちのクラスは体育館に集合させられていた。
彼女は素っ気なく、いねぇよそんなもんと返した。
あまりしつこいと炎天下でも雷が落ちるので、そこまでにしてわたしは列に並んだ。
わたしたちのクラスの担任が別の学校に移るらしい。それ自体は特になにも思わないのだが、わたしの親友、枝田喜雨はその場に立ち尽くし、表情が真っ青になる。
え、まさか、でんちゃんのキウイが感電?
しばらくそのまま固まっていた。停電発生!予備電源は?見えません!キウイは?ありません!
わたしは彼女の肩を持ち、教室まで連れて行く手伝いをした。 ガチで、泣いている。顔が真っ赤っかっか、涙で脱水症状が起こる。
いや、そんな風に泣くのね?彼女の知らない表情に、やっぱりわたしは親友というのは言い過ぎなのかもしれないと反省する。 約友?友役?どちらにせよ情が感じられない。
———あなたにとって恋とはなにか?と聞かれたとしたら。
わたしは、喜雨ちゃんの顔を指差してこう宣言してやるのだ。
「一抜(いっちぬ〜)けた」
こんな答えじゃダメかな?
後で喜雨ちゃんに直接使ってみようと、たくらんだ。