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The moon = 月



 意識が朦朧とする。限界だわたしの身体、よく持ちこたえた。割り箸を置き、ギブアップを宣言した。

「ご馳走さまでしたっ。」

「もういいのか。」

「う、うん、もう、ギリ。」

父の態度は未だ素っ気なく、この態度が特定の人間にプレッシャーを与えるのだなと思う。


「おいしかったよ。とくにお刺身なんか、やっぱこっちじゃないとダメだよね。」

そういうと、父はニッと口の端を吊り上げる。

「そだろ。」

この顔まで辿り着くのに、多くを犠牲にしなければならないというのがいろんなことを拗らせるのだと思う。わたしはこの姿を知っているから、少しくらい苦しいことも乗り越えられるんだ。



 父はさっさと片付けに入る。ほんとうに自分はなにも食べないらしい。刺身以外全て台所に持っていった。わたしが立ち上がろうとすると、それをいい、と制した。ありがたい、これ以上動くと、出る。



 わたしはしばらく動けず、テレビに視線を送る。歌謡ショーがやっているがわたしにはどれも聞き覚えがない。すこし目を閉じて、その音に揺れる。すこし頭がクラクラしてきた。



 いつのまにか父はグラスを持って座椅子に座っていた。透明ななにかが注がれたグラスをこちらに寄越す。

「飲め。」

ありがと、そう言って口に含むと、すうっと鼻の奥に広がる臭い、これってば。

「お酒じゃん」

父は未成年のわたしに酒を拝借していた。

むせ返る。変な臭い、キツい。

「ダメだヨ!まだわたしそういう歳じゃないもん!」

父はほんとうにわたしの言っていることが理解できないらしい。飲め飲め、といって聞かない。


 わたしはそれを無視して番組に集中した。父は渋々自分のグラスを傾けた。この人は、アブナイぞ。



 わたしはしばらく黙って胡座をかいている。もう頭が、うまく、回らない。全然飲んでないの、に、おかしいな。

何か、言わなきゃ。会話とか、じゃなく、て、もっとだいじな、はなし、が。



「おい、あっちで寝ろ。」

わたしは父がいつも敷きっぱなしにしている布団に倒れこんで、そのまま落ちてゆく。





 夢は見なかった。ただ、見知った景色がそこにあるだけだ。何度も見た景色。




 どうして。どうしてなの。



 ねぇ、お父さん。



 わたしは、どうして。






——————―――――――




 規則正しい時間に目を覚ますと、頭痛がしてトイレに駆け込んだ。

 粗方吐いて出してしまった。最悪の気分だ。胃酸が酸っぱい。あんなに食べ物を入れたのは数年ぶりのことだから胃が限界だったんだ。

 南無三父には悪いけど、見逃してほしい。



 台所にいってグラスに水を注ぐ。その透明な液体を口に含む。うん、これは水(当たり前だ)。安心して、飲み干した。



 口を拭って外に出た。玄関には靴がわたしのものしかなかったから、もう既に父は外に出ている。父はいつもの小屋にいるのだと思う。そこは仕事場だった。父は大工をしているのだ。



 そこの引き戸を開けて中を見る。下にいないのなら二階だろう。わたしは二階に声をかけた。

 しかし反応はない。反応がないというのが反応だったりするのが、これまた父の悪いところだ。わたしは階段を上がる。


 やはりいた。いつも、ここにいる。父は木で何かを模るということもしている。それで賞状を何枚も貰っていた。テレビの上の方にずらーっと飾ってある。



 わたしの方は向かない。ただ、黙々とそれを彫っている。



 暫くして、父は声を掛けてきた。

「お前、風呂、入ってねだろ。」


 そういえば、そうだ。昨日はあのまま倒れこんでしまってそのままだ。髪の毛も脂ぎっている。服も汚い、臭い。



「支度しろ。」

そういうとさっさと下に降りて行く。まぁ、支度も何も車に乗り込む他ないのだけど。


 数十分後、この村唯一の銭湯に連れてこられた。

 そこでタオルと石鹸と円だけ渡された。

「分したらくる。」

そういってさっさと車を飛ばしていった。いや、それじゃここにいればよくない?と思ったけど、まぁいいや。


 円を券売機に投入。湯マークへ直行。朝っぱらなので湯に人は少なかった(野郎どもはわんさかいて少しこわかった)。のんびりと湯に浸かった。


 のこりの円で飲み物を購入しているとクラクションが鳴る。店前に父の車が見える。迷惑な。

 さっさと乗り込んで家に向かう。





 わたしは、そろそろ終わりの時間が近づいていることを悟った。なぜかはわからない。けど、ここに留まる理由が、もうわからなくなってきていた。



 車の中でわたしは父に「今日のお昼には帰るよ。」と告げた。父は何も答えなかった。




 家に着くとまた、父は倉庫にひっ込んでしまったので、のこりの時間をぶらぶらして過ごすことにした。父の厚ぼったい服(あるいは白のシャツだけ、あなたならどっちにする?)を着て、外を散歩した(下着はナイショ)。



 近くの広場に足を運ぶと、そこはもうソーラーパネルで埋め尽くされていた。もう、ここでは遊べないんだとだけおもった。




 砂利道を進んでいくと、前から軽トラが向かってくる。

「お!じゅんちゃんじゃねぇげ」

そういう真っ黒なタオルのおじさんは、父の父、つまり祖父だった。

「おーまっごどでがぐなってのげ〜っ」

昔から何を話してるのかは聞き取れない。わたしはニコニコしてそれをやり過ごすのだ。

「あいづ、なんもいわねくせ、ほんっだらも、ぎょ、どまってぐのけ?」

多分、今日は泊まっていくのか?ということらしい。わたしは「いえ、もう少ししたら帰ります」とだけ伝えた。

「んだら、がえりちさよっで、わだしでぇモンあんでさ」

わたしはそれに快くうなずいて、少し回ったらそちらに寄りますねと伝えた。


 軽トラに手を振って見送る。そのあとはその先の釣り堀に寄ったり、大きな黄金蜘蛛の巣を破壊してまわったり、お墓に寄ってお参りしたりした。




 すぐに時間は過ぎ去っていった。わたしはとくに何かを感じていなかったと思う。ただ、いろいろと確認する作業をしていたのかもしれない。何かを納得するために。何かを確かめたくてここに来たんだ。




 墓石の前でそこに備供えられている、白いチョコにコーティングされた長いスティックのお菓子だけ摘んでいると(お腹が空いていた)、二つ飛び越えたそこに、あの時の女の子がそこにいた。





 図書館の横で草を弄っていた彼女だ。





 わたしはその子に近づいてみた。すると、彼女はわたしの方をみて、その麦わら帽子を近くの墓に被せてみせた。


 

 わたしは短いバサバサの髪の毛を晒した彼女に問いかけてみた。






「草の血の匂いがする?」






 彼女は私の目をじっと見ると、瞬きの合間にその姿を消した。



 わたしは父の元へ戻る。




 家に着くと、父は既にいつもの座椅子に腰掛けてテレビの高校野球を見ている。

「飯食うか。」

そういうと、さっさと台所へ向かった。

 本日のメニューはそうめんと、昨日に引き続きお刺身だった。それくらいがちょうどよかった。昨日のボウルに大量に麺が氷といっしょに入っていたのは引いたが、今日は無理をしないことにした。腹分目で止め、あとは冷蔵庫にしまった。



「そろそろ行くよ。」

そう言うと、父は何も言わずさっさと立ち上がって車へ向かった。

 待ってろ、と言われ、わたしは車の外で突っ立っていると、倉庫の二階から下がってくる足音がギィギィ鳴る。



 父は、手にしているその模型をわたしに見せてくれた。


 それは細長い三日月の上に並ぶ梟の親子だった。親梟の羽根に、子梟がすっぽりと収まっている。目玉だけマーブルチョコのようなものが貼り付けられてある。


「やる。」

そういっていつも使っている青いもじゃタオルにくるんでわたしに預けた。

「ふくをよぶ。だがらふくろう。」

ダジャレじゃん。真面目な顔してそういう父がおかしくて笑った。

 月の先端が鋭利で危険なので一層多く巻いておく。それを鞄にしまった。


 あとは、じいちゃんのとこだ。





「んだぁ、おめはいづもやってごのボゲがごの」


 怒っていた。怒られていた。わたしは父が誰かにそうして怒られている姿を初めてみた。わたしはそれを黙ってみている他ない。

 それが済むとおじ様は袋に大量の大蒜を詰めたものを寄越した。流石に多くは無理ですといって、住所を書き記してここにお願いしますと伝えた。


「んだ、げんぎでな。」

おじぃ様様はそういうと、さっさと引っ込んでしまった。また作業に入るらしい。わたしはありがとー!と声を張り上げた。そしてすぐ助手席に戻った。




 その後は父が駅まで送ってくれた。その間もずっと黙っていた。外の景色が流れる。

 その景色に割り込んでくるものはもう失くなっていた。ただ、目の前の流れる景色が映るだけだ。

 それもまぁ何一つ代わり映えがしないということなんだけど。



 駅に着くと、父に封筒を渡される。あ、完全に忘れてた電車代。中を見ると電車代とすこし余るくらいのお金が入っていた。

「わりいな。これしかね。」

そういうと、父は何も言わずにハンドルを握った。

 わたしは、ありがとうとだけ告げ、車を降りた。

 なに一つほかに掛ける言葉がない。


「じゃな」


 そういうと、エンジンがなって車が遠ざかっていった。わたしは、すぐ電車の切符を買い、駅のホームのベンチに腰掛けた。




 また時間ほどかけてこっちの家に戻ってきた。



 家に親はいなかった。書き置きもそのまま残っている。わたしは鞄から父の木彫りを取り出して部屋の窓際に飾った。なんとなく、そとのほうを向けて置いた。




 その日も夢を見なかったと思う。わたしは疲れ果て、倒れこみ、時間をかけ、じっくりと身体を休めていった。

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