break = 休憩
あなたにとって恋とは?
そんな問い、今まで出されたことなんて無かったけど、わたしはいつでもそれに応えられる構えをとっている。
わたしにとって恋とは———————
わたしは三年ぶりに我が家に帰ってきた。
鍵は掛かっていない。この辺りはみな見知った人ばかりだし、とくに彼はそういった心配を微塵もしていない。
もう日が暮れかけているので中に入って待つことにする。近所にも声は掛けるつもりはない。目的はただ一つだったから。
彼の帰りは思ったより早かった。
車の音がする。
なんだか緊張してきた。
何を話そう。
そういやお土産もない。
からからからから。
扉が開いた。
あぁ、床が鳴る。
もうすぐそこに。
わたしは我慢していられず立ち上がり声を掛けてしまう。
「た、ただいま、お父さん。」
そこにはわたしの彼、元父親がいた。
父の姿は変わり果てていた。
「ヨぅ、"六月"。」
そういうと父は目を合わせず、部屋の角にある灰色の座椅子に深く腰掛けた。
父の姿は、女であるわたしよりも遥かに小さく、萎んでしまっていた。背中が曲がって、皮膚がこけている。肌の色が赤黒い。
父はリモコンのスイッチを押す。田舎のチャンネルなんて大した種類もなく、よく見知ったニュース番組を垂れ流すことになる。
わたしは立っているのも変だなと思い、その場に正座して俯く。
父はわたしを"六月"と呼ぶ、というのはそのまま振り仮名ではなく、英語に訳したものである。
つまり、June.というのが正しい。彼の発音は(ネイティブとも違う、訛りもあるし)、わたしにはそう聴き取れるのだ。
父の表情は何一つ変化がない。
視線もテレビに向けられたままだ。
わたしには、今父が何を考えているか、何を感じているかもわからなかった。
そのまま1つ番組が終わった。その間、一言も口をきかなかった。
なんとなく、わたしはそれでいいか、と思った。わたしは、会話をしたくてここにきたわけでもないしなと思えた。
脚を崩して、胡座をかいた。手を後ろに伸ばして寄りかかる。そのままつぎのバラエティ番組を見ていた。
「腹、減ってねぇのが」
急に声を掛けられた。え?えっあ、そう。うん確か、減ってないんじゃないか。昨日は朝ごはん食べたし、うん、いっぱい、いっぱいだ。
「いっぱい、いっぱい、へってるよ!」
なんだか言い方が乱暴になってしまった。けど、冷静になるともう、時過ぎているし、ちょうどいい時間帯ではある。
父はのそのそ立ち上がって、台所へと向かった。通り過ぎていくとき、彼の表情はとくに変わってはいなかったけど、わたしはなんとなくワクワクしていた。
「なにか準備しよっか!」
そういって台所に足を踏み入れ冷蔵庫を開けると、酒と肉と、箱に入ったチョコレートが大量に敷き詰められていた。
「お父さん、これ、なに?」
箱はすべて、英語で記されていたり、ラッピングが施されていたりと高そうだな、という印象である。
「貰った。」
誰からあまりに素っ気なく答えるのでわたしはなんとなく悔しくなった。
日付を確認してみると、数年前に切れているものばかりだった。これは、受取拒否?いやいや、食べるのがもったいないとか
「持っていっていいぞ」
父はそうわたしに声を掛ける。いや、ダメでしょ。
けど、箱の中にはまだギリギリ期限が持ちそうなものもある。それだけ拝借して、何粒か口に放り込んだ。
まッッッッッッッッッッず!
なんだ、これは。どろどろしたものが中に、やっぱ腐ってた。
悶えながら、箱を元に戻して肉だけ取り出した。
父はなにか捌いているのでコンロと発泡トレイの肉とタレを持ってテレビの前に並べておいた。
そしたらすぐに戻ってきてテーブルに、大蒜を摩り下ろした器に刺身が敷き詰められたものをどかっと置いた。
「食え。」
そういうと、また台所に戻る。いや、食えって、一緒に、ほら、ね?
わたしは台所にいって手伝うことはないかと問いかけたが、食えの一点張りだった。
わたしは仕方なく、一人で座って割り箸を割った。そして醤油をだらだらかけて一口食べると、これは、
「うマイッ」
声を上げる。やっぱこっちの新鮮な魚はうまいうまいうまーーーい!
「お父さん、おいしいよ、コレ!」
ふん、と鼻を鳴らす。当然だろ、ということらしい。すると、なんかボウルにぐちゃぐちゃ盛られた野菜を持って父は参上した。
「おい、これ焼け。」
そういうと、わたしの目の前にそれを置いて自分はさっさと座椅子に腰掛けた。
「お父さんは、いらないの?」
そう聞くと要らん、と一蹴された。煙草に火をつけ一服している。
目の前にあるこの盛り沢山のモリモリを、わたしだけが平らげるのか
正直ムリな話なんだけど、できる限りこいつを詰め込むのだと腹を括る。
こいつを食したあとに、なにか話をしよう。そう決めて、次々とフライパンに野菜と肉を放り込んだ。