plankton = 彷徨うもの
夏休み日目。
旅に出ます
そう冷蔵庫のミニホワイトボードに書いて家を出た。そんな書き置き必要なかっただろうけど、一応だ。問題が起こることの方が問題であるらしいあの人には、わたしの動向なんかどうだっていいのだから。
向かう先は、彼の住んでいる町だ。年ぶりに、彼に会いにいくと決めた。もう決めたもんね。
金はなんとか片道分ある。新幹線を利用してそこへ向かう。彼に会えるだけでよかった。それ以外、必要なものなんかない(帰りは借りてしまえ)
時間ほどかかって、ようやくついた。
このことは彼に一言も伝えていない。
わたしは、歩いて彼の家に向かうことにした。
駅周辺には巨大なスーパーが並ぶが、数百メートル離れた途端、周囲には道と、田んぼや、道に連なる大木が並ぶのみとなった。
わたしにとってはこちらの自然の多い方が落ちつけていい。牛が外で草を食んでいる。目が苦手なんだけど、その姿は可愛いと思う(蠅は嫌い)。
手を振って牛さんにさよならをする。そもそもあのぎょろぎょろ回っている目はわたしがみえているのだろうか?
なんてこと考えながら先に進む。なんだって、気になることはその辺に転がってる。
ただ、それが霞んでしまうような過去が、目の前にあるものを遮ってしまうんだ。
深呼吸をして、再び目の前の景色が色濃いものに取って代わる。
『そりゃプランクトン。ありゃ目に見えん。けどそこにいんの。』
『おい、起きろ。今がいい。』
『ほら、作った。"わぁ"の疑似餌っていう。』
『"六月"も釣れる。誰でも釣れる。入れ食い。』
『言っタで。勝手に食いついてクん。あいつらはなーんも、わかってねェ。』
『好きなモんだけ拘れ。"わぁ"が言えんのは、そだけよ』
彼が自分の好きなものについて語るとき、わたしはそれをただ聞いていた。わたしは、その姿が大好きだった。
彼に何処へでも連れて行ってもらった。深夜に叩き起こされて、車の中で頭のライトを点け、コンビニで買ったご飯を照らして食べた。
その間、彼は準備をし、その姿を後ろから眺めていた。
バケツ一杯に釣れた魚(それは鯖らしい)を興奮して見せる。彼は釣竿から目を離さない。彼のもすぐ食いついて、それどころじゃないからだ。それに、そんなの当たり前だろうというふうで、ニヤリと皺を寄せるだけだ。
釣りの帰り道、車の窓から外を覗くと朝陽が目の前の山頂で顔を出した。広く長い道が続く。
昔とは違った景色がそこから見える。そこら中にソーラーパネルが敷き詰められ、巨大なプロペラが回っている。
わたしと彼は必要以上の会話をしない。ただ、その戦果を持ち帰るのみ。身体中が魚と海くさいけど、それも慣れてしまった。
運転する彼の隣で、その姿をチラリとみる。帽子を逆さに被り、耳に煙草をかけている。
でん六(というと彼女に雷が落ちる)がこの空間にいたら、真っ先にバケツを彼女の吐瀉物で満たすだろう。耐えられるもんじゃない筈だ。男の子でもキツイかな?
けど、わたしにはここがいいのだ。
わたしは想像していて、すこし綻んだ。こういった記憶もある。
全身のリズムで、その情景が一層目の前にあるものに感じられる。
あと数キロある。このままのリズムで帰り道を進んでゆく。