broken = 壊れた
いつのまにか、あの子はいなくなっていた。わたしは夢中になりすぎていて(蟹歩きで田植えみたいな動き)、立ち去った彼女に気づかなかった。
おおきな雲の塊が浮かんでいるおかげで、日差しに晒され続けることはなかったが、それでも合間合間にチラチラ覗く太陽は鬱陶しい。
「ヒッヒッヒ、この髪の毛を抜いてな、この髪を抜いてな、鬘にしようと思うたのじゃ。」
なんて冗談はいい、すこしだけ調子が戻ってきた。
わたしは死骸の山を後にした。
その後、どの本に目を通してもヒサンナオワリカタに繋がってしまう妄想に駆られ、集中できず、なくなく図書館を出た。
初日から幼女に出鼻を挫かれてしまった。
退屈は、嫌いだ。自転車を漕ぎながら、わたしは外側の景色がなにひとつ意識に届いていないことに気づかない。
いつのまにか、わたしの見ているものは数年前のあの景色に切り替わっていた。
こんなとこ照らし出したって、仕方がないのに。
あぁ、まただ。
あの人の声が、周囲の音を遮る。
『人はなにかを価値あるものと定めた時、その瞬間から、それ以外が疎かになるものね。』
『意識は、同時にあれこれ思い煩ってはいられないもの。』
『だけど、価値があると定めたものの維持に、ほかの要素も必要不可欠であることを思い知らされる。』
『それに必要なものも、またさらにそれに必要なものが存在するから。』
『私たちは結局、全てにおいてそれを適用せざるを得なくなるんだね。』
『それが"愛"なの。全てが、自分にとって大切なものに繋がっているということ。』
『だからね、私はね。』
『もう、愛するなんてこと、できないの。』
解らない。
それが、理由?
それが、別れる理由?
それが、離れ離れになる理由?
諦める理由?逃げの口実?そんなの、ズルい。そんなの、知らない。そんなの、そんなの。
『私はあの人がもう、無理なの。』
「あー、クソ。」
リュックの肩紐が蒸れて鬱陶しい、汗を腕で拭うが、すぐそこに次の波が寄せてくる。
いらない、いらない、いらないいらないいらないいらない。
「がああああああ!」
目の前の坂を駆け上がる。少し錆びついたチェーンが回りきるたび音を立てる。噴き出る汗、もういい、全部、出し切ればいい。前屈みになって、ギアをあげる。ペダルを、全身かけて踏み抜いた。
蝉がミーンミーン煩い。、、煩いッ!
「知るかッ!」
坂のてっぺんで叫ぶと、一気に脱力した。太腿が、ふくらはぎが小さく痙攣する。肉体を数センチ纏う熱。青空に一番近いトコロ。
称賛してくれるのは、煩い虫の鳴き声と、わたしの記憶を覗き視るギラギらと照るあいつだけなのだった。