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世界の終わりとリノの旅  作者: 今井ヤト
episode 0 〜現在から5年前の話〜
2/24

◇1 夏休みが始まる



「夕方六時に旭ヶ丘(あさひがおか)の前に集合だからね。時間厳守。ちゃんと浴衣も着てくるのよ。」


 中学校からの帰り道、紺色を基調としたセーラー型の制服を小奇麗に纏った真璃(まり)が透き通った声で言った。


 腰上程まで伸びた艶のある黒色の後ろ髪はポニーテールに纏まっており、小さな肩を僅かに竦ませている。


 頭上には綿菓子のように美味しそうな積乱雲が、覆うように広がる青空。初夏の雰囲気をそれっぽく演出する。旭ヶ丘というのは、地元の小中学生がこぞってたまり場にする駄菓子屋の名前だ。


浴衣(ゆかた)なんて着たことないし、持ってないよ。」

 利乃(りの)は困った顔をわざとらしく浮かべ、どうにかして浴衣を着る事を回避しようと試みた。

 実際、浴衣は小学生の時に着たことがあり、現にその時の物が残っていたのだが、中学生になってまで浴衣を着て花火大会に出かける事が、何処か幼くて恥ずかしく感じたのだ。


「そうなの?うーん。困った。利乃は浴衣着たことないのかぁ。そうだ!じゃあ・・・うちにきて!」


 真璃は人差し指を桃色の唇にあてがい考えた素振りを見せるのもつかの間、利乃を自分の家に来るよう促した。


「えっと・・・どういうこと?」


 真璃の的を射てない発言に多少の高揚と困惑した表情を見せた利乃だったが、その理由はすぐにわかる事となった。


「確か兄さんのお古が押入れの奥にあったはずだから。利乃はそれを着て行こうよ。」


 名案を思い付いたかのように顔を明らめた真璃は露骨にウキウキしている。真璃は表情筋がよく動く。


「でも・・・。」


「なーに?」


「・・・わかった。よ。」


 真璃の性格からして、これ以上続けても水掛け論になってしまう事を利乃は十分に分かっていて、尚且つ断る性分など利乃は持っておらず、潔く頷いた。


「じゃあ、家に荷物を置いたらうちに集合ね。」


「・・・うん。」


 中学校から続いていた一本道が左右二本に分かれる場所。二人の身長よりもうんと背が高いオレンジのカーブミラーが建った場所で、二人はいつも通り分かれた。


 少し駆け足で遠ざかってゆく真璃の後ろ姿もいつも通りだった。

 揺れるスカートから細長い足が見え隠れしている。


「――浴衣か・・・。」


 夕方に差し掛かる前には油蝉の鳴き声も次第に小さくなるはずなのだが、今日に限ってはそんな素振りも見せずにわんわんと泣き散らかしている。


 伸びに伸びた大量の雑草を五月蠅い草刈り機で伐採していた時と同じような匂いが、利乃の鼻腔には届いていた。


「――夏の匂い。」


 利乃はシャツの首元で額の汗を拭い、帰路を急いだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「お兄ちゃんお帰りなさい。」


 早歩きで自宅に向かった利乃は市営団地の階段を勢いよく駆け上がる。

 家の玄関に着く頃には、大量の汗でシャツが肌に張り付いており、制服のズボンの内腿部分が気持ち悪かった。


 401と書かれた自宅のドアを開くとタイミングよく妹の奈々(なな)が浴室の方から出てきた。

 どうやら風呂上りらしく、濡れた髪が覆う首元には洒落っ気のない茶色のタオルがかけられている。


「ただいま奈々。早いな。」


「帰ってきたばっかりだよー。三十分くらい前に。」


「そうか、それでも早いな。」


「うーん。そうかもね。今日はお昼過ぎには授業が終わっちゃったんだよねー。給食を食べたらすぐ下校って言われてさー。うちの小学校時々、いきなり強制下校になるんだよね。理由も教えてもらえないし。」


 奈々は先程の出来事を思い出すように天井を見上げた後、首にかかったタオルを頭に被せ、わしわしと髪の毛を拭き始めた。大粒の水滴が弾ける。


「僕が通っていた時には無かったけどな。そんな事。」


 利乃は靴を脱ぎ、向かって右側の自室に向かおうと奈々に背を向ける。

 とにかく、すぐにでも着替えたかった。


「ふーん・・・。そうだ!今日はお母さんが仕事から帰ってきてるんだよ。あ!忘れてた!お兄ちゃんが帰ってきたらリビングに連れてくるように言われてたんだ。急いで!早く!」


 奈々の落ち着きが無い性格は昔から変わらない。身長はここ数年で順調に伸びたが、垢抜けなさといったらやはり小学生という感じがする。


 利乃とは生まれた年が一年しか変わらないので、妹という認識はあまり持っていなかった。


 奈々はドタバタと短い廊下を足音荒く駆けてゆく。利乃もその後ろをゆっくりと続いた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 四人掛けの食卓に座った三人。

 隣同士で座る利乃と奈々の前には二人の母親である晴香(はるか)がエプロンをつけたままの姿で座っている。


 木製のテーブルの上には色とりどりな料理が所狭しと並んでいた。

 鶏の唐揚げ。大根おろしと紫蘇の葉が乗ったハンバーグ。ハムが入ったポテトサラダにチョコレートケーキまで。


 全て、利乃と奈々の大好物だ。


「すごーい!お風呂に入る前はなんにも無かったのに!」


 奈々は瞳をキラキラと輝かせ、小さなてのひらで口を覆っている。


「今日は誕生日だから、お母さん頑張って作りました!ほら!冷めちゃう前に食べて食べて!」


 晴香はそういうと三つのコップに麦茶を注いだ。中の氷がカランと音をたて白い冷気が浮かぶ。


 普段、朝早くから家を出て行き、日が落ちてから帰ってくる晴香は働き詰めだ。しかし、利乃が目を覚ましリビングに行く頃には既に、朝食が出来上がっていて、夕食も毎日同じ時間帯に食卓に並ぶ。


 常に忙しい晴香だが、朝食と夕食は家族三人揃って食べる事が晴香の決めた長年のルールだった。


「おいしー!!!お母さんを今年のミシュ奈ン三つ星シェフに認定します!」


「そこは、奈シュランじゃないのな。」


「いいの!私は辛口判定員だからね!ミシュ奈ン三つ星は誇っていいよ!お母さん!」


「辛い食べものは苦手なのにな。」


「辛口判定員は甘いもの専任なんです。チョコケーキを所望する!」


「はいはい。」


取り立てて言う程でも無いのだが、育ち盛りの奈々はよく食べる。毎日の食事でも小食気味傾向の利乃に比べたら二倍ほどの量を食べる事も珍しくない。それだけ食べてもスラリとした体系なので、燃費が良い身体だと感心する時もある。


 テーブルに広がった料理も徐々に無くなり、デザートのチョコレートケーキを食べている時、晴香は改まるように口を開いた。


「誕生日おめでとう。奈々。」


 晴香はそう言うと手のひらほどの大きさをした紙袋をテーブルの下から取り出し奈々へと渡した。


「わぁ!お母さんありがとう。」


 誕生日プレゼントである紙袋を小さな両手で受け取った奈々は薄めの眉毛がアーチを描いたようになっている。小さな顔には純粋な喜びが隠れる事無く表れている。


「開けてもいい?」


「もちろん。開けてみて。」


 晴香はニッコリと優しく笑いかけると、その顔を見て更に嬉しくなったのか、奈々はそわそわと紙袋を開いた。


「リボン。。。可愛い!お母さん、ありがとう。」


 淡いオレンジ色の紙袋の中には、深い茜色をした髪留め用リボンが入っていた。


「どういたしまして。お父さんからでもあるから、ちゃんとお礼を言っておきなさいね。」


「うん!わかった!ねぇ、お兄ちゃん、着けて!」


「奈々、髪!まだ濡れてるだろ。」


「えぇ。良いじゃん。少しくらい。」


「ダメだ。せっかくもらったんだから、ちゃんと乾かしてからな。」


 利乃は洗面台からドライヤーを持ってきて、リビングのソファに移動すると奈々の髪を乾かしてあげた。茶色がかった自毛は父親の遺伝子から来たものだろうか。


 利乃は奈々からリボンを受け取ると少しだけ違和感を感じた。


「・・・母さん。このリボン少し重たいね。」


「きっといい素材でできてるんだよ。金とか。」


 晴香の返答も待たず奈々が言う。


「そんなものがあるわけないだろ。」


「知ってるよー。固いなーお兄ちゃんは。」


 冗談めかしに奈々は言うがとてもうれしそうな表情をしている。


 晴香も同じように嬉しそうだ。


 リボンを付けた奈々はとても気に言ったようで椅子から立ち上がり、何度も姿見の辺りをウロウロしている。小ぶりに決めるポーズはぎこちなさが垣間見えている。


 奈々が喜ぶ顔を見ることは、利乃にとって、とても意味のある事だった。


「利乃、あなたも誕生日おめでとう。」


 晴香はそういうと同じように紙袋を取り出した。先程とは違って薄灰色の紙袋。

 利乃と奈々は誕生日が同じ日だ。もちろん一年の差はあるが。


 晴香の顔を覗き見ると、開けてみて、とでも言いたげな表情をしていたので利乃は少し照れながらも紙袋を開いた。


「――なんだろう。」


「きっと利乃も良く似合うと思うわ。」


 右手を突っ込んで、ガサゴソと中を漁り、触れたものを紙袋から取り出す。

 

「――これは。」

 

 利乃の頭上にはクエスチョンマークが浮かぶ。


 それは輪っかの形状で、黒々とした物体だった。



「これは・・・首輪?」


 想像していなかった光景を目の当たりにした利乃は、チョコレートケーキの甘みを忘れてしまった。


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