思惑
魂印が終わり、アルは聖堂へと戻ってきた。
(なんか不思議な体験だったな)
胸の真ん中をさすりながら思う。身体の内側の奥とでも言うのか、良い表現の仕方が分からないが、そこが熱くなって息苦しく思ったら魂印が終わっていた。
あんなに汗をかいた筈なのに、不快感よりも満足感の様な、何かに納得した時のスッキリした気持ちが強い。何度も考えるが不思議だ。
(さて、帰って傷薬作らなきゃな)
急な依頼はあったが、中々に収穫のある1日だな。急げば、今日中に傷薬が出来るかもしれない。顔を撫でていく風がとても気持ちが良かった。
魂印が終わった後、マルクスはアルと話した事を思い出していた。それと言うのも、アルの選んだ職業が意外だった為だ。
1つは、錬金術師であった。
そして、2つ目は[ファムリス]であった。
マルクスは、薬師は選ぶだろうと思っていたのだ。アルが、商業ギルドの傷薬や、胃腸薬などの依頼を受けている事は知っていたので、選ぶだろうと思っていた。しかし、まさか戦闘職を選択するとは思わなかった。
アル・グラッゼの人柄は、自分から他人に関わろうとする様なタイプではなかった筈だ。度々、街の中で見かけた事があるが、いつも1人で歩いている印象がある。
最近で驚いた事と言えば、広場で騒いでいた冒険者になりたかった若者達を、アルが捕まえた事だろうか。
本人が覚えているかは分からないが、アルが小さい時に熱を出して熱さましを父親と一緒に貰いに来た事があった。その頃から、食料やその他の物資をアルの父親から買っているのだが、納品の度にちょこちょこと父親の後に付いてきていたのを覚えている。
話しかけても、すぐに父親の背後に隠れてしまうくらいだったのに。大きくなったものだ。
しかし、錬金術師とファムリスとは。組み合わせで言えば未知の可能性がある、、、と言えば聞こえがいいかもしれないが、正直マルクスにも相性の良し悪しが分からない。なぜならば、生産系は生産系と。戦闘系は戦闘系と組み合わせるのが基本であり、相乗効果を得やすいのは誰でも知っている。だから、その両方の組み合わせを選ぶ人はあまりいないだろう。
事実、マルクスの人生の中ではアルが初めてだ。
(女神様に祈りはしたが、不安が消える訳ではない。余り、無理をしなければよいが)
マルクスは、そう思いながら女神像を見上げてみるが、女神像はいつもと同じ様に微笑んでいるだけだった。
ファスタールから帰ったアルは、軽く水浴びをしてから傷薬の作成に取り掛かかった。
今回は、ギルドからの破格の依頼だから、失敗は許されない。なにせ銀貨4枚だ!!いつもは、銅貨数枚での買取なのにこんなに気前の良い依頼は滅多に無いだろう。
良い傷薬を作る工程は、新緑樹の雫と薬草を4・6の割合で煮詰めることと、煮詰める時間は36分。細かいが、キッチリこの時間で煮詰める事が重要なのだ。
前回作っていた時は、あと3分くらいだなぁ・・・と、ボーッと考え事をしていて焦がした。人間、ゴールが見えると気が緩むらしい。今回は、大丈夫。油断はしないぞ。
ギルドからは、清潔な水と数種類の薬草を預かっているが、アルのレシピでは水じゃなく新緑樹の雫を使う。最初に学んだ本に書いてあったからこちらの方が作り慣れている。採取した雫が残っていて助かった。
煮詰め始めて、後10分くらいで完成だなぁと鍋を眺めていたら、頭に閃きと言うかやってみたい衝動?の様な感覚が芽生えた。
それは、今聖水を加えたらもっと良い傷薬が出来るんじゃないか?と言うもの。
何故かは知らないけれど、何となくその行動に従った方がいい気がして、気がついたら聖水を入れていた。
入れた後に我に返り、一気に血の気が引いた。一体自分は何をしているのかと。いつも通りの手順で作っても他の人よりも上手い傷薬を作っている自信はある。
今回の傷薬だって、いつも通りで良かったのに。
まるで、誰かに操られている様な感じだった。
いや、実際はそんな事は無いのは解っているが、自分が何故無意識にあんな行動をしたのか不思議でならない。思い当たるとしたら・・・
「錬金術師の補正か、、、」
正直、それが確かかは分からないけれど魂印を済ませた後で、こんな感覚になったのは初めてならばほぼ間違いないだろう。
一般に言われている[偶然の思い付き]ってやつか。
家具屋が良いデザインをパッと思いついたり、パン屋がいつもと違う小麦粉をなんとなく使ったら美味くなったとか。
(錬金術も生産系だから、無いとは限らないし)
まぁ、今更考えたところでどうしようもない。無事に完成するのを祈るしかないんだけれど、残念ながら家には鑑定できる魔道具なんてない。出来上がった傷薬を、ギルドで鑑定してもらうしか成功か失敗か判断の仕様が無い。
鍋から、煮詰め終わった物を桶の中に移してゆっくりとかき混ぜていく。この時は、まだ水にとろみがついている様な感じなんだけれど、混ぜながら冷えていくと滑らかなクリーム状に変化していく。本当は、薬草の成分が溶け出してるから薄緑色になるんだけれど・・・
「やばい。真っ白になった。」
(マズイ。いや、、、、大変マズイぞ!!失敗かコレ!?うわぁ〜マズイ。どーする?どーするよ俺!!)
自分の頭ん中も真っ白。アハハハハ。
現実逃避したい。
(ハァ。なんてやってる場合じゃないな、コレが失敗だったら、雫と薬草を回収しないと間に合わない。幸い、今日は期限には入ってないから後3日はあるんだ。大丈夫何とかなるさ)
自分に大丈夫と暗示をかけなきゃやってられない。とりあえず、明日ギルドに出来た傷薬モドキを持って行って鑑定してもらおう。それで大丈夫なら問題ない。ダメでも、巻き返せる。大丈夫だ。心配ない。
(ハァ、こんな事になるなら依頼受けるの止めとけばよかった)
翌朝の気分は最悪だ。心配事があったら、安心して眠れるわけがない。寝不足で体が怠い。
容器に詰めた傷薬をもう一度見てみたけれど、真っ白なままだった。期限さえ無ければ、自分が怪我をした時に塗って検証も出来たんだろうけど、それも叶わず。
大変に不本意だが仕方がない。失敗して、材料費だけで済めば良いけど、最悪銀貨4枚とか言われたら、また自給自足の生活になる。自宅があるから良いものの、無かったらとっくに死んでるぞ?
うーん、考えれば考えるほど気が重いなぁ。しかし、そんな時は行動あるのみ。動かなければ結果なんて分からないんだから!!
重い足取りで、何とか自宅を後にしたアルはファスタールまでの道程がいつもより遠く感じた。
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「あの、ギルドマスター。少しお時間よろしいでしょうか?」
冒険者ギルド二階の執務室で、亜人種の可愛らしい受付嬢が猫耳をピンと立たせてドアをノックしていた。
「んぁ?なんだ、入ってこい」
「失礼します」
執務室の中は、ソファが対面にあり真ん中には長方形のテーブルがある。その奥に机があり、ギルドマスターと呼ばれた人物はそこで書類整理をしていた。
「カローナか。経費処理担当のお前が来たと言う事は、内容もそれ関係だろう?それから、ギルドマスターは止めろ。ギルカスでいい。ギルドマスターなんて偉そうな肩書きは好かんのでな」
「そうは言われましても、ギルドトップの方を呼び捨てになんて出来ませんよ。」
困り顔で苦笑しているカローナに、溜息を吐きながらギルカスは聞いた。
「で、どうしたんだ?なんか聞きたい事があるんだろう?」
言われて思い出したのか、カローナはギルカスに一枚の紙を渡した。
「この傷薬の経費なんですけど、銀貨4枚になってました。間違えているのではないかと商業ギルドに問い合わせてみたんですけど、こちらからの料金指定だって言われましたので確認したくて」
紙を受け取ったギルカスは、内容を読んでカローナに言った。
「確認も何も、これは俺が依頼したものだから間違いないぞ?」
「え!?そうなんですか?でも、傷薬に銀貨4枚なんて破格過ぎませんか?2枚でも十分だと思うんですけど」
大体、傷薬5つなら銀貨2枚で十分な金額だろう。銀貨で、しかも4枚ともなればもっと質のいい薬品だって買うことが出来るし、ギルドの他の備品だって揃えられるのに。
「一般の薬師が作った物ならば、2枚で十分だ。商業ギルドにもそう伝えておいた」
「え?それじゃあ、やっぱり間違いなのでは、、、、」
「まぁ、待て。そう伝えておいたが、ある人物が作った物ならば銀貨4枚でとも頼んでおいたのさ」
カローナは首を傾げて不思議そうに聞いた
「ある人物・・・ですか。私が聞いても大丈夫なんですかね?」
この世には、知らなくていい情報もある。もしも、これが[それ]だったとしたら危険に巻き込まれる事も十分に考えられるのだ。何気ない会話だったとしても、それが重要機密である場合だってある。
「安心しろ。お前も知ってる人物だよ。まぁ、会った事は無いかもしれんがな」
ククッと笑いながらギルカスが言う。
カローナは、自分の知っている薬師を思い出しながら考えてみたが、そんな腕の良い薬師は知らない。
そもそも、そんな薬師がいるならとっくに専属契約の話が出ていて当然だし。
専属契約とゆうのは、[ギルド]にのみ商品を納品してもらい、市場には卸さないようにしてもらう契約だ。ギルドなら、冒険者ギルドでも商業ギルドでも[ギルド]と正式に登録されているところにならどこにでも卸していいとゆうもの。各ギルドの活性化目的と表面上はなっているけど、、、。
「残念ながら、私の知り合いにはそんな優秀な方はいませんね。何処かの専属の方ですか?」
「いいや。まだ何処の街でもしていない。今年で成人する奴だからな、早めに唾つけとかなきゃ他の街に取られそうでな」
それを聞いて納得した。成人してない子供と通常取引なんて出来ないし、もし粗悪品を納品されて責任を持てと言ったところで、子供にそんな事を言っているのかと逆にこちら側が世間で悪評を流されかねない。しかし、成人したならファスタール以外で専属契約されると困る。なぜなら、契約したその街が拠点になる確率が高いからだ。
「しかし、其奴は冒険者嫌いときてる。商業ギルドには頻繁に出入りしてるみたいだが、ウチには一度も来たことが無いだろう。アル・グラッゼと言う名前に心当たりはないか?」
「あぁ、、、なるほど。いましたねそう言えば」
経費処理担当なら勿論知っている。そうか、専属の薬師ばかり思い出していたけれど、彼がいた。
清潔な容器に質の高い傷薬、腹痛によく効く胃腸薬やのど飴。この街で、効能が高い物を作る薬師はそれなりにいるが、子供で効能が高い物を作れるのは彼しかいない。いや、いなかったと言うべきか。
子供だったから、商業ギルドも安価で買取出来ていたんだろうけれど、成人したならばそうもいかない。
責任が持てる様になった分、質の高い物はそれなりの値段で買い取らなければいけなくなった。
「幸いな事に、ファスタールのギルド同士は仲が良いですからね。商業ギルドはアル・グラッゼの品物を売ってくれるでしょうけれど、今までの価格でと言う訳にはいかないですよね」
商品を卸すのはどのギルドでも出来る。が、商業ギルドにしかアルが商品を卸さなかった場合、冒険者ギルドは商業ギルドから傷薬などを売ってもらわなければならない。通常価格で。
直接、こちらにも卸してもらえれば何の問題も無いのだが冒険者嫌いとは。気持ちは分からなくはない。確かに性格が豪快(悪い)な人は大勢いる。そんな中に成人したての若者が1人で来たら絡まれる確率は高いだろう。
昔ならば。
今の時代、数年前とは違い冒険者になるにも適正があるかないかを判断するテストがある。その中で、横暴な性格の人物、犯罪歴のある人物などの危険な人物達は実力があっても不合格扱いになる。
その制度が出来てからは、大分マシな冒険者が増えてきたのだが、昔のイメージは中々払拭はされない様だ。
「一度坊主には此処に来てもらう必要がある。その為の銀貨4枚だ。坊主は、商業ギルドに納品すると思ってるみたいだが、依頼主は俺で納品も急いでる事になってる。商業ギルドに納品しに行っても、俺の所まで急いで持って行ってくれと言われる段取りになってる。まぁ、そん時に色々とお話しさせてもらうさ」
(うーん・・・大丈夫なのかしら?)
悪そうに笑うギルカスを見て、カローナはアルに同情するのだった。