未来の姿
はぁ、お金が無い。あれ?デジャブ?
お腹からグゥ〜っと食べ物を催促する音が聞こえる。
教会から帰って三日。アルは、自分の将来に悩んでいた。
そもそも、アルにはなりたい職業や、やりたい仕事など目標と言える物が無かった。ただ、今を生きるので精一杯で無事に成人になるのがある意味目標だったからだ。
それでも、鑑定してもらって適正職が決まれば方向も定まるだろうと楽観視していたのだが、まさかの器持ちである。
5つの適正職が自分にはあるみたいで、内容はこんな感じだ。
錬金術師
ファムリス
採取家
情報屋
薬師
以上の5つ。
聞き慣れないのは、錬金術師にファムリスくらいだ。後は、聞いた事がある職業だった。
最初、アルは採取家と薬師にしようと思っていた。
日頃から森や川などで材料集めをしていたし、傷薬や飲み薬の薬品も作った事があったから、自分に合っていると思っていた。
情報屋は、、、まぁ、自分には合わないだろうと思う。確かに、父親にも情報は大切だと言われてきたが、自分から情報集めをしたりするのは得意では無い。本やギルドの情報掲示板ならともかく、人に聞いたり伝えたりするのは苦手だ。
なぜ適正職に選ばれているのか不思議なくらいだ。
錬金術師とファムリスについては、全く知識が無かった。だから、採取家と薬師で決定しようとしたのだが、アルはこの時に父親の言葉を思い出した。
「解らなければ、調べなさい。賢くなりなさい」
たとえ、調べてみて自分に合わない職業だったとしても、調べた知識は無駄にはならない。
それに、もしかしたら自分に合っているかもしれない。
そう思い、アルは錬金術師とファムリスについて調べる事にした。
確か、二階の物置に職業に関する辞典みたいな本があった気がする。
これは、昔に父親が知人の家から数冊持って帰って来た中の一冊で、いらないと言うから貰ってきたって言ってた。
薬学とかの本もあって、自分も傷薬とか胃腸薬とかの作り方を読んだ事があった。
母親が、ハーブを育てていた事もあって材料が身近にあったから覚えやすかったんだ。
「え〜っと、、、確か奥の方に纏めてあったはずなんだけど?あれ?無いなぁ」
物置をガサゴソと物色して本を探してみるが、中々見つからない。
ガタッと肘に何かが当たり、足元に転がった。
「ん?なんだこれ?」
アルが転がった物を見てみると、黄色い石ころがあった。大きさは、手の平に収まるくらいでひし形でゴツゴツしてる。
近くに箱もあって、紙切れが付いている。
多分、この石が入っていた物だろうそれを拾い、紙切れを読んでみると
「雷石・・・銀貨4枚 カルア魔具店」
と、書いてあった。
「雷石って、確か魔道具の燃料?そんなのも仕入れてたのか親父」
用途は分からないが、物置に仕舞いっぱなしにするにはもったいない物だ。売れば、半額くらいにはなりそうだし、物置にあるくらいだからきっと親父も忘れてるんだろうと思い、ありがたく頂戴する事にした。
それから少しして、机の下に置いてあった本類を見つけ一階まで戻ってきた。
本は少し埃っぽかったので、一旦外に出て埃を払い台所の机で読む事にした。
「さてっと、早速勉強しますかね。目次には、、、あった。錬金術師について」
職業辞典とタイトルが書いてある本の、52ページ目に錬金術師について書いてある。
[錬金術師]とは、可能性を極めし職業。
この世界のあらゆる物を素材とし、価値ある物へと昇華させる技を持つ。
「おぉ、なんかスケールがでかいな。可能性を極めし職業か。例えば、どんな物が創れる様になるんだろう?」
[錬金術師の心得]
錬金術とは、可能性である。素材や己の技能次第で創れる物は多岐に渡るが、一例として以下のレシピを掲載する。
新緑樹の雫×1
朝霧草×2
水×1
以上の素材で、[初級ポーション]が出来る。
ポイズンスパイダーの体液×1
クコルの実×1
溶解石の粉末×1
以上の素材で
[解毒薬]が出来る。
この様に、素材を組み合わせる事で通常の薬師には出来ない方法で生成する事が可能になる。
「なるほど、しかし解毒薬なんかは薬草だけで簡単に作れる筈なんだけど、一体何が違うのだろう?素材だけで言えば、薬師の方が簡単に作れるじゃないか」
それから暫く本を読んでいき、錬金術師について大体の事は把握できた。
錬金術師のメリットは、創作出来ると言う事である。
デメリットは、上記のレシピの様に、素材だけで言えば入手に手間がかかる物が多い点だろう。
しかし、考えてみて欲しい。素材や道具が必要なだけで他の職業と同じ物が作成出来るなら、、、。
いや、やり方次第ではそれ以上の物を自分の力で創作出来るのならば、、、。
(もしかして、錬金術師って当たりなんじゃないのか?想像次第で創れる物が増えるなら、便利なものを作って売れば一攫千金も夢じゃないぞ!!)
あらゆる可能性を秘める職業だとアルは思った。しかし、世の中はそんなに甘くはない事もアルは知っている。
こんな便利な職業が、あんまり有名じゃないのはやはり素材集めが困難だからだろう。
戦闘職ではない錬金術師が素材集めをするには、商人や店で買うかパーティーに入れてもらって分けてもらうしかない。
商人や店で集めるとしたら、当たり前だが金が掛かる。自分で作った物がそれ以上で売れれば採算は取れるが、リスクは当然ある。
製作に失敗しようものなら、買った素材とお金全てがパァだ。全額赤字だ。最悪だ。
それに、信用出来る店とかならばいいが安く買い叩かれる場合がほとんどだろう。
商人だって生活がかかってるんだから、良い物を安く買って高く売るのは普通だろう。
考え付くだけでも、莫大なリスクだ。余程余裕がある錬金術師でなければこの方法はとらない。
次に、パーティーに参加する方だが、、、。
これも、余りおススメ出来ない。何故ならば、錬金術師は戦力にならないからだ。所謂サポーターの位置になる。
荷物持ちになって、道具を提供したりする事しかやる事が無い。いや、出来無い。
モンスターを討伐して、金を稼ぐのが仕事の人間に、それは価値がある素材だから自分にくれ!と、戦ってもいない奴が言える訳がない。
精々、休息の時間に守ってもらいながら薬草採取をするので精一杯だろう。
クエストの報酬だって、一番低い金額しか分け前はない筈だ。
まぁ、これが錬金術師が有名になれない理由。可能性はあるが、道が険しすぎるのだ。
集中していたアルは、読んでいた本を置き少し休憩をする事にした。
台所の棚から、乾燥させたハーブをブレンドした紅茶を取り出し、お湯を沸かして入れていく。フンワリと心地よい香りが漂ってきて、疲れた頭をリラックスさせてくれる。
この紅茶は、母が作った物で売りに出せばそこそこ売れるのではないかと思い母に聞いてみたら、これは趣味で仕事では無いから売らない。、、、だそうだ。
そんな事を思い出しつつ、喉の渇きも癒えたところで次の職業であるファムリスについても調べてみよう。
[ファムリス]とは、近中距離に秀で受け流しや手数の多さが極意の稀な職業。
双剣ではあるが、一般的な二刀流とは違いナイフとミドルソードを駆使して戦場を駆ける者。俊敏性に優れ、視野の広さで戦況を読めるオールラウンダー。
[メリット] 俊敏性と視野の広さで攻守の切り替えが早く、危機察知能力に長ける。手先が器用なので、投擲や受け流しなどの細かい技が戦場で際立つ。
[デメリット] 手数は多いが、一般の戦闘職より力と耐久力が低い。また、大剣などの重い一撃は受け流しが困難な為致命傷を受けやすい。俊敏性重視の為、鉱石を使った防具を着れない。
(スピード特化の戦闘職だったのか。戦闘職かぁ、、、正直、戦った事も余り無い自分には荷が重いな)
冷めた紅茶を口に含み飲み込む。はぁっと溜息をつき、アルは頭の中で5つある職業の中から、どの職業の組み合わせが一番良いのか考えていた。
時刻は午後7時過ぎ。夕御飯は、食欲が無く食べる気にならない。
アルは、悩んでいた。一体自分は何がしたいのだろうかと。
名声が欲しい訳でも無い。お金持ちじゃ無くてもいい。女や酒なんて大人の人みたいな考えは余り無い。一生懸命に働きたい仕事がある訳でも無い。
(一体、俺は何がしたいんだろう?何の為に生きていけばいいのか。目標がある奴等が羨ましいなぁ。いっそ、商人になって世界を旅してみるか)
自分の適正が分かっても、やりたい事がなければ、どの適正職にすればいいのかも決まらない。自分の未来を想像するのがこんなにも難しいなんて知らなかった。
一日中考えても答えは出なかった。
自分で自分が分からない。アルは、モヤモヤとした気持ちを切り替えようと、明日また考える事にして今日はもう寝ようと思った。
ベッドに入ったアルの長い夜が始まる。
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ぼんやりと見える薄暗い部屋で目を覚ました。窓から見える景色は、白っぽくてあまりいい天気ではなさそうだ。
アルの気持ちもスッキリしている訳がなく、暗い気持ちでベッドを出た。
重い足取り、まだ頭が覚醒していない。半開きの両目を擦りながら台所で顔を洗おうと歩く。ふと、いい香りがして少しだけ目が覚めた。なんだろうと、一瞬疑問に思ったが、小さい頃から嗅ぎなれた香りだったのですぐに分かった。母の紅茶の香り。
そう言えば、昨日入れっぱなしにして片付けるのを忘れていた。見ると、半分くらいまだポットに残っている琥珀色の液体。
なんとなく。ただ、なんとなく席に座って紅茶を見つめる。昔、母さんが台所に立って紅茶を入れていた。自分はここに座って、母さんの鼻歌と紅茶の香りで何故か笑ってた。
きっと、その時間が好きだったんだろう。何気なくただ過ぎていく時間が幸せだった。
ポットに残っている紅茶を、カップに注いで飲んでみる。
「マズイ」
そりゃそうだと、なんでか分からないけど笑えてきた。
やっぱり、自分じゃまだまだ母さんの紅茶には程遠い。同じ物を使ってるのにこうも味が変わるものなのかと。
[面白い] と、思った。
面白いと。
その時に、アルの未来は決まったのかもしれない。
「限界だ・・・」
顔を洗い歯を磨き終わった時に、腹が鳴った。さっきの紅茶で、胃が起きたみたいでグルグルとパンを要求してくる。
しかし、黒パンはあと1つ。
正直に言おう。かなり、ヤバイ。
本当にヤバイ。
「悩み過ぎて、買いに行くの忘れてた。イフリタルに行かないと」
棚から最後の黒パンを出して、机に置く。今朝は、冷めた紅茶と黒パンだ。冷めきった紅茶は味気ないが、捨てるのは勿体ないので全て飲む。
食事が終わり、一息。
フゥっと息を吐いて椅子の背もたれに体重を預ける。
不思議とさっきまでのモヤモヤが薄れている気がした。まだ、職業をあと1つ何にするか決まってはいないが、やりたい事は決まった。
[自分が面白いと思う事がしたい]
なんとあやふやでいい加減な目標だろう。でも、思ってしまった。やりたい事が無いのは、自分にとって一般の職業には興味がないからじゃないのかと。
ならば、自分次第で未来を描ける錬金術師は自分に合っていると。
その道が険しいのは理解しているが、挑戦してみたい。
それに、両親は商人をしている。
欲しい素材や、自分が作成した物を他の街で売り買いしてもらえるかもしれない。
両親に職業選択を聞かなくていいのか?と、思われるかもしれないが、基本的にうちの両親は自分の人生は自分で決めろ!のスタンスなので大丈夫。まぁ、器持ちだなんて分かるはずないからどんな職業でも問題ないしね。
(まぁ、あと1つは後で決めるとしてイフリタルに行った後が問題だ。所持金は銀貨2枚。働かないと飢え死にする。帰りに商業ギルドに寄ってクエスト見なきゃ)
今日は、黒色の上着に茶色のズボン。ベルトをして、護身用ナイフを装備したら準備完了だ。
曇天の空の下、ファスタールまでの道程を順調に歩いていたがとうとう空が泣き出した。
比較的に大きな樹々の下へ雨宿りの為に走り出す。
「参ったなぁ。もう少しで着くのに、傘を持って来ればよかった」
服に付いた雨をパンパンと叩いて落としながら、雨雲が広がる空を見上げる。
「や・・早く・・ぞ」
「最・・もう・・・ファスタールなのに」
雨音でよく分からなかったが、誰かの話し声が聞こえた。
バチャバチャと、ぬかるんだ道を走ってここまで来ているようだ。
「ふぃ〜。たく、急に降り出しやがったなぁ。もうちょっとだってのによ」
「仕方ないわよ。はぁ、帰ってシャワー浴びたい。洞窟の中って、空気悪いから髪がゴワゴワするのよね」
「ハァ、ハァ、お二人とも全力で走ったのに疲れないんですかぁ?私、もうクタクタですぅ」
「ほぉら、リリ。しっかりしなさいよ。もう少しで着くんだから、我慢しなさい」
「はぁい」
フードを被った三人組が、少し離れた所で雨宿りし始めた。声の感じからすると、男が1人と女2人って感じだ。
どうやら、自分と同じくファスタールに向かっているらしい。
(うわぁ、気まずい。早く止まないかな)
そう願って空を見上げるが、まだまだ雨は止みそうになかった。
「よぉ、あんたも雨宿りか?お互い災難だったな」
ジッと空を見上げていたら、男の方に話しかけられてしまった。
話し方を聞く限り、嫌な感じはあまりしないが、警戒するに越した事は無い。
「えぇ、そうですね。お互いに」
当たり障りのない返事をして、会話を切ろうとしたがダメだった。
「ハハハ!!まぁ、そんなに警戒しないでくれよ。俺は、アレスタ。横の大きい方が、ミル。ちっこい方が、リリだ。3人でパーティを組んでる。雨が止むまでよろしく頼むぜ」
アレスタと言う男は、気さくな感じに接してくるが、ミルと呼ばれた人は一度会釈をしたきり話しかけてはこなかった。リリは、ミルにマントを脱がされていて挨拶はしていない。
相手が名乗ったならば、自分も名乗らなければ失礼にあたる。面倒だと思ったが、アルも自分の名前を教えた。
それからは、アレスタが基本的に話題を振りアルが答えると言う繰り返しだった。
3人は、どうやらクエスト帰りらしくファスタールの冒険者ギルドに報告へ行く途中だったらしい。
「でよ、やっとクエストが終わって帰ってみりゃ土砂降りってわけさ。笑えるだろう?」
「はぁ、まぁ、災難でしたね。クエストって、何をされたんですか?さっき、洞窟って言ってましたけど」
「あぁ、リンド大洞窟にな。あそこの鉱石は意外と需要があるみたいなんだが、最近魔物が巣食ってきたらしくてな。その調査と、可能なら討伐って依頼だったが調査だけにして帰ってきた」
[リンド大洞窟]
たしか、ファスタールから大都市リンネルを繋ぐ街道にあるんだったか。街道から少ししか離れていないから、あそこの通りは注意して進まないと魔物に襲われる可能性があるんだよな。
「あそこから徒歩で帰って来られたのですか?大分歩きましたね」
アルの家から、大洞窟までは徒歩だと約2時間半くらいは掛かるはずだ。
「まぁな。馬でもありゃ別だがよ、一般の冒険者にそんな金あるわけねぇしな。 それに、野宿をする程の距離じゃねぇし、これくらいなんて事ないさ」
そう言って笑うアレスタに、ミルがあんたと一緒にしないでよね。こっちはクタクタなんだから!と、文句を言っていた。
それから10分程度、たわいもない話をしていたが、やっと雨が小降りになってきた。これなら、もうすぐで雨が止みそうだ。
「よし、準備出来たか?アル、俺達はもうファスタールへ行くことにする。少しの間だったが、話せて良かった!ファスタールで会ったら酒でも飲もうぜ!!じゃあな」
そう言って3人はフードを被り、ファスタールへと歩いて行った。
アルは、最後まで警戒を解いてはいなかったが、初めてまともに冒険者と話せた気がする。言葉遣いは、そこらの冒険者と同じだったが、何というか雰囲気が他の奴らとは違っていた。
ああいう奴等もいるんだな、、と、アルは思った。
まぁ、だからと言って、冒険者と親しくなりたいとは思わないが。
「さて、俺も行きますかね」
ポツポツと降る程度に弱まった雨の中、アルはファスタールへと急ぐのだった。