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祝福

ファスタールには、中規模の神殿が存在している。毎年、成人年齢に達した者は神父から祝福の儀を取り計らってもらい、自分の最適職を決める。職種は多岐に渡るが自身で選べる人は稀だ。


人には器があり、常人は1つの器が基本的なのである。


そもそも、器とは魂の容量。器に1つの職種の祝福を刻む事によって、その職種に長けた能力が開花していくのである。

しかし、稀に魂の器が複数存在している者がおりその代表と言えば王国騎士団長ハウガー・オズ・バロウだろう。

彼の魂の器は4つあると言う。それも、3つが戦闘職の祝福であと1つは不明。


その力量は凄まじく、個人でドラゴンを打ち倒す程だと言う。



ーーーーーーー

この日、アルは早くに目が覚めていた。今日は、アルの成人する日・・・そう、祝福の日だ。


ファスタールの広場での事件の翌日、アルはまたイフリタルへと買い物に行き、なんとか黒パンを買うことが出来たが、それから今日までの日々が非常に苦しかったのだ。

正に、自給自足生活。川で魚を釣り、森に入って山菜と素材を集めてギルドで売り、何も取れない日は夕食に黒パン半切れなんて日もあった。


しかし、今日は祝福の日!!なんとか、資金も使わずに我慢出来た!!成人になれば、受けられるクエストも増えるし、祝福の内容次第では、安定した職に就けるかも知れない。アルにとって、今日は運命の日とも言えるのだ。ゆっくり寝てなどいられず、朝からソワソワしっぱなしなのである。


「あぁ、緊張するな。ナイフは待ったし、金貨も・・・よし、持った。後は、、鑑定書!危なかった、忘れたら複写してもらえないところだった!!」


机に必要な物を並べて、祝福の儀に必要な道具を確認していく。


よし!っと準備が完了した事を確認して、アルはファスタールに向けて出発した。天気は快晴で雲も無く晴れ渡っている。道端を風が通る度に野花が揺れなんとも清々しい気持ちでアルは歩いていた。


そんな時に、ガタゴトと荷馬車の様な音が後ろから聞こえてきた。アルは、道の端に寄り馬車が通り過ぎるのを待つ事にした。少しして、アルの横を馬車が通り過ぎて行ったのだが、なんと馬車には家紋があった。


家紋付きの馬車なんて、貴族以外乗れるわけがないので、もちろん乗っているのは貴族と言う事になる。


アルは馬車を見てふぇ〜っと気の抜ける様な声を出していた。


(貴族の馬車なんて初めて見たなぁ。此処を通るって事は、ファスタールに行くのか?貴族の子供も、今日の祝福の儀を受けるんだろうか)


貴族が祝福を受ける場合、一般人とは時間が異なり一番最初に祝福を受ける事が出来るのだ。まぁ、教会に寄付をしているのだから当然だ。祝福の儀は、大体10分くらいで1人終わるくらいなので昼過ぎくらいには全員の鑑定も終わっているだろう。


内容としては、まず神官が成人になったとして祝福(儀式的な事)の言葉をアル達に送り終了。次に、魔道具による適正職と器の鑑定をしてもらい終了になる。


器が1つの人は、自動的に最適職が刻まれる事になるので選ぶ事は出来ない。2つ以上の器持ちの人は、候補の中から最適職を選ぶ事が出来る為、人生の勝ち組になれる。


例えば、製造関係の仕事に就きたくても、採取に関する最適職だった場合は、自動的に採取系の恩恵を受ける事になる為、製造系の才能は開花するまでに時間が掛かるか、才能が無いと判断されるだろう。


一方、器が2つ以上ある者は職種を[選択]する事が出来る為、そのメリットは計り知れないのだ。職種同士が補助し合う物ならば、相乗効果も期待出来るしその分才能の開花が早くなる。人生勝ったも同然!!なのである。


少々脱線しかけたが、これをまとめて祝福の儀と一般的に言うのである。



自分は、どのような最適職になるのか、考えながら歩いていたら、あっと言う間にファスタールに着いてしまった。


街の中に入り、広場を抜けてギルド街へと歩いて行く。教会は、商業ギルドの近くにあって商業ギルドに行く時には必ず前を通る事になるので道に迷う事はない。


時刻は、大体午前9時くらいになっただろうか。教会前には、祝福の儀を受ける為だろうか10人位の人達が今か今かと楽しみそうに待っている。


やはり、先程の馬車に乗っていた貴族が祝福の儀の最中らしく皆んな終わるのを待っている様だ。

アルも、待っている人達に加わり祝福の儀が終わるのを待つ事にした。


20分ほど待っただろうか、教会から金髪のロングの女性が執事と思われる人と出てきた。


見た目から綺麗で、服装は女性が着るにしては男性っぽい感じがするが身体のラインは女性らしく引き締まっている。

腰にはミドルの細剣があり、彼女の格好に凄く似合っていた。


御者が、教会前で馬車を止め彼女達は颯爽と帰って行った。


「皆様、お待たせいたしました。これより、一般の祝福の儀を始めます。教会内へどうぞお越しください」


馬車を見つめていたアルは、シスターの声にハッと我に返って教会を見た。


(綺麗な人だったなぁ。流石は貴族様だ。何というか雰囲気まで違うもんなんだな。同じ人間とは思えん)


教会のドアを通りながら考えていたアルだったが、大聖堂まで来ると先程までの事は忘れて祝福の儀に集中しようと頭を振って気合を入れ直す。


教壇には50代後半くらいの男性が居り、この方が神官様なのだろう。


「皆様、ようこそファスタール教会へ。今回、皆様の祝福の儀を勤めさせて頂きます司祭のマルクス・ナーウィンです」


マルクスは、そう言うと一礼し周りを見回した後、では、始めましょうと教壇の聖書を開いて神に祝詞を唱え始めた。司祭の祝詞が終わりこれで、皆んな神に成人になったと認められた事になった。


それが終わると、遂に個人の鑑定の時間になる。1人1人鑑定する為、奥の個室に案内されて行くが、案内されて行く人の顔は緊張感に溢れている。


アルは一番最後に列に並んだので、鑑定も一番最後になった。


鑑定が終わり、帰って行く人の表情は様々でそれを見る度にどうしても緊張が高まってしまう。


時間が経つのも早く感じるくらいで、遂にアルの番がやって来た。


「最後の方、アル・グラッゼ様。こちらに金貨一枚とご希望でしたら鑑定の複写用の紙をお出し下さい」


シスターが扉の前でトレイを持ちアルを呼んだ。


アルは、シスターに金貨と鑑定書を渡して部屋の中へと入って行く。


部屋の中には、先程の司祭様が居てアルを待っていた。


「お待たせしました。司祭のマルクスです。さ、そちらの椅子に座って下さい、鑑定を始めましょう」


マルクスは、朗らかに笑いながらアルに話しかけた。きっと、顔が強張っていたのだろう。緊張をほぐしてくれようとしてくれたのかも知れないとアルは思った。


椅子の前には白紙の紙があり、そこに手を置くと鑑定が始まるのだと言う。


「そちらの紙は魔道具で作られた物になっています。貴方の魔力から素質を感じ取り文字が浮かぶ様になっています。紙の真ん中に掌を乗せてみて下さい」


なるほどと、アルは思った。


人に流れる魔力には、それぞれに特性があると聞いたことがある。魔力とは、魂から溢れてくる生命力であり、その人の人格を知るのならば魔力を感じるのが一番効率がいいのだろう。


アルは、マルクスに言われた通りに紙の真ん中に掌を乗せた。


掌を乗せて3秒くらいした時に、下の紙が光り出してきて驚いたが、マルクスの大丈夫ですよと言う声で落ち着きを取り戻し、まだ光っている紙を見つめる。


少ししてマルクスから、もう手を戻しても大丈夫ですよと言われ、紙の上から手を太腿の上に戻す。その時に、紙から出ていた光が文字になり紙面に吸い込まれる様に書かれていった。なんとも幻想的な光景に、アルは魅入ってしまい鑑定中である事を忘れてしまうほどの衝撃だった。


光が消えて、アルの最適職が複数書かれている鑑定書が机の上にあった。マルクスは、ほぉっと小さく呟いてアルを見たが、本人は、ボーッとしていて目の焦点が合っていなかった。


「アル君、、だったね。大丈夫かな」


フフっと笑いながらマルクスは、アルに話しかけた。


マルクスの声にハッと我に返ったアルは、少し恥ずかしそうに大丈夫ですと返事を返した。


「アル君。おめでとう!君は器持ちの様だね。魂の容量は、2つ分みたいだから、職種を2つ選択出来るよ」


優しくも、はっきりとした声がアルの頭に響いてきた。


(え?器持ちって)


まだ、恥ずかしさが残っていて話半分に聞いていたが、マルクスの言葉を理解していくうちに段々と頭が冴えてきた。


鑑定書を見ると、5つの職種が書いてあった。


「本当だ・・・職種が5つも書いてある」


生唾を飲み、震える手で鑑定書を持って良く見る。何度見ても間違いない。


「改めて、おめでとうアル君。君は神に愛された様だね。実に喜ばしい事だよ。まさか、1日で2人も器持ちに出会えるとはね」


マルクスは、そう言ってまだ鑑定書を見て興奮冷め止まないアルに注意を促す事にした。


「アル君、アル君。嬉しいのは分かるが、少し落ち着きなさい。これから、君に大切な話をしなければならない。よくお聞きなさい」


アルは、鑑定書を置いてマルクスに注目した。


「いいかい?アル君。君は、珍しい器持ちだ。何十万人に数人いるかという希少な人間なんだ。その意味が解るかい?もし、君が器持ちと周りの人間に知られれば是が非でも君を手に入れようとする人達が出てくる。手段を選ばずね。特に、君は貴族でもないし君を守ってくれる人達はいないんだ。だから、アル君。この事は、本当に信じられる人にしか教えてはならない」


マルクスは、真剣な眼差しでアルに話しかけていた。


一方のアルは、突然の忠告に戸惑いを隠せなかった。ついさっきまで、人生の勝ち組だと心の中で歓喜を叫んでいたのに。



「マルクスさん?どうしてそんな怖い事言うんですか。器持ちだって知ってもらえれば、引く手数多って事でしょう?なら、そんなに警戒しなくても大丈夫ですって」



「アル君。いや、君の言う通り引く手数多なのは間違いではないし危険でもない。それが、真っ当な人間ならね」



「え?どう言う事何ですか。言ってる意味が解らないんですけど」



「そうだね。君は成人したばかりだ。世の中にはね、君の知らない危険な事が沢山あるんだよ。よく聞きなさい」


それからアルは、マルクスから色々な話を聞いた。


器持ちを狙い奴隷として売るために、人攫いをする組織が存在していた事。

冒険者に誘われて、戦闘職を選び一緒にパーティーを組んだ者もいたが、高ランククエストの報酬を受け取る時に騙されて殺された者もいる事。

有名な商会に入ったはいいが、休む事も出来ないくらいに忙殺される日々を過ごす事になった者もいる事。



「これは、ほんの一例に過ぎないがね。世の中には、様々な手段を使って器持ちを利用しようとする人達もいると言うことを忘れないでほしい」


マルクスは、そう言うと寂しそうにアルに微笑みかけた。



ーーーーーーーーーーーーーー


時刻は昼過ぎ


教会を後にしたアルは、イフリタルの出店に寄って黒パンを買い広場のベンチでモソモソと齧っていた。


マルクスの忠告は、アルにとって、とても有り難い事だった。改めて世界は怖いと認識させられた。

この前の冒険者達もそうだったが、やはり世の中は理不尽な事が多すぎる。

ただ、幸せに穏やかに生活したいと思っていても、周りの環境がそれを許さない。

器持ちで無くとも、日常的に危険な事にも遭遇する時があるのに、それを失念していた。浮かれ過ぎていた。


よく考えれば、分かることだ。自分より有能な人間がいたとして、羨ましいと思わずにいられるだろうか?


もし、自分の方が立場が上で命令出来るとしたら、有能な人間を最大限に活用して自分は楽をしたいと思わないだろうか?


良くも悪くも、人間と言う生き物は欲に忠実だ。いや、弱いとも言える。それが、赤の他人に向けてならば尚更。自分に有利に有効になるようにするだろう。



「はぁ、無知は罪、、、か。昔、父さんが言っていたっけなぁ」



ーーーーーーーーーー


商人は、情報が全て。それを軽視し、準備もせず商いをやるような奴は失敗するのは当たり前。


人生も同じだ。


何もせず、何とかなるとダラけていたら時間はどんどん進んでいく。後になって後悔しても無駄なのだ。


「いいか?アル。この世界は情報が全てだ。良い事も悪い事も、知っていれば選択する事が出来る。無知は罪だ。1番の罪は、周りに自分の意思を委ねる事。アル、お前は賢くなりなさい。周りをよく見て観察し解らないことがあれば調べなさい。知識があれば、大抵の事は乗り切れる。頑張りなさい」


あれは、いつの頃に言われたんだったか。

確か、冒険者に絡まれた後泣きながら父親の所に戻った時だったか。


ファスタールの商業ギルドに父親と一緒に来ていた時だったか。

父親の商談が長引いて、お腹が空いて、、。

父親にねだって、銅貨を貰って出店でスープを買って食べようとしていたんだ。


ギルドを出て、広場を通って露店街に行く途中だった。


スープが楽しみで、これで買うんだと銅貨を見ながら歩いていたから、前から歩いてくる人に気がつかなかった。


ドン!と、足が頭に当たって、転んでしまった。チャリンと、銅貨が地面に落ちる音がした。

急に首元が苦しくなって、浮遊感があった。

ギャアギャアと煩い罵声が聞こえた後、放り投げられて尻餅をついた。


目の前には、冒険者がいて、笑いながら銅貨を見せびらかして、持ち去っていった。


怖さとお尻の痛みと、何だかわからない感情があって、泣きながら父親の所に戻ったんだ。


ーーーーーーーーーー


まぁ、今は父親の言った言葉の意味が理解できるが、あの頃の自分は、ただ泣いていたっけ。


そもそも、先に慰めるのが父親として普通だと思うのだが、、、。

まぁ、あの父親ならばしょうがない。



しかし、まさか自分が器持ちだとは思いもしなかった。

そうだったらいいなぁ。くらいに考えるのが普通だし、マルクスさんも言っていたけれど、器持ちは本当に一握りの人達だけに与えられた神の祝福そのもの。


「幸せと不幸は表と裏。何もなければいいけど」


少しの不安を抱きながら、袋の上から鑑定書をポンポンと叩く。


「さて、家に帰ってじっくり悩むとしますか」


アルは、5つある職業から何を選ぶか考えながら帰路につくのだった。

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