アル・グラッゼ
「お金がない」
テーブルにある小袋から、お金を取り出して並べてみる。
金貨が1枚と、銀貨が5枚。
あとは、ズボンのポケットに銅貨が3枚ある。
「これは不味い事になってしまったぁ」
テーブルに突っ伏して、現実逃避したい気持ちに負けそうになる。
アル・グラッゼ 14才
職業 [無職]
未祝福 未鑑定[職業不明]
「あと、三ヶ月で俺も15才になる。そうすれば教会で最適職が何かわかるはずだ・・・。そうすれば稼ぎだって良くなるはずなんだ。だからって!!あと、三ヶ月を銀貨5枚で過ごせってか!無理!ムリムリムリムリムリ〜」
薬草臭い小さな部屋に、アルの声だけが響く。
アルの両親は、一年中大陸を端から端へ飛び回る商人をしている。
その為、ある程度の生活資金を残していくが一年に3回会えたら多い方だ。
今のアルの主な仕事は、薬草を調合して傷薬を作りギルドに納品する事。
昔、興味本位で父親の商品である薬学書を読んだ時に、簡単な傷薬や胃腸薬・睡眠剤といったレシピを覚えた。
一般的に、薬の調合なんて素人が簡単に出来るものじゃないが、アルは7歳で暗記してしまった。
しかも、一度読んだだけでである。
その後、父親に商品には触るなと怒られはしたが、何故か嬉しそうでもあったのを、覚えている。
ボケーっと、昔の事を思い出していると焦げ臭い臭いが部屋の中に漂ってきた。
アルは、ハッと意識を覚醒させて台所の鍋まで走って行った。
台所に着くと、中くらいの鍋からブスブスと嫌な音がしている。
急いで魔導コンロのスイッチを消したが、鍋の中は真っ黒になっていて、最早何を作っていたのか分からなくなっていた。
「嘘だろ・・・」
真っ黒な鍋を見ながら、ハァとため息をつく。
「鍋を焦がすなんていつ振りだ?よりにもよって、金欠の今じゃなくてもいいじゃないか」
台所のガラス窓を開けながら、自分に落胆する。
今朝取ってきたばかりの新緑樹の雫を、薬草と一緒に入れて煮込んでいたのだ。
新緑樹は、街の外れにある魔水湖の近くにある、新緑樹の森に群生している。
そのため、新緑樹から取れる朝露には魔素が少なからず含まれているのだ。
新緑樹の雫は、薬草と合わさることで薬効を高め、1ランク上の傷薬を作ることが出来る優秀な素材だ。
コップ1杯の量で、銅貨2枚分にもなる。
銅貨1枚で、黒パンが1個買えるから、1瓶分売れば、1日の食事を賄える。
今回の鍋の中身は、新緑樹の雫が五杯分と薬草5束。
金額にして、銀貨1枚と銅貨5枚分。
約一週間分の食費がぶっ飛んだわけだ。
これは、かなりの痛手である。
神殿での鑑定額が金貨1枚なので、使えるお金はほぼ無い。
そんな事を考えながら後片付けをしていたら、グゥ〜っと腹の虫が鳴いた。
「腹減ったなあー。流石に、3日間黒パン2食じゃやる気も起きない、元気も出ない。極め付けは鍋を焦がすとは。厄日だな今日は」
今の時刻は、13時を少し過ぎた頃だ。
本来なら、この後傷薬を薬瓶に移す作業があったのだが、鍋を焦がしたのでやることがなくなってしまった。
何をしようかと、台所のテーブルを見る。
昨日、採集した新緑樹の雫は使い切ってしまったが、薬草はまだある。
一様、薬草同士を調合して傷薬を作ることも出来るが、薬効はそれほどでもないので売っても余りお金にならない。
しかし、今は少しでもお金が欲しい。
アルは、悩んだ末に薬草を調合することに決めた。
3時間後、やっと5個傷薬を作ることが出来た。
台所から外を見ると、もうすぐ夕方になる頃だろうか、木々の影が長く伸びていた。
座ってる椅子にもたれ掛かるように、うぁ〜っと、変な声を出しながら背伸びをした。
「明日は傷薬をギルドで売るとして、全部で銅貨4〜5枚くらいになればいい方か。このままじゃ、栄養足りなくて背が伸びるどころか縮むんじゃないか?ハァ、とは言ってもスープなんて夢のまた夢か」
傷薬を薬瓶に詰めて蓋をする。
今日はもう出来ることが無いので、早めに夕食を食べる事にした。
アルは、台所の棚から黒パンを出して食べながら、明日の予定を決めるのであった。