吐き出せ知識 捻り出せ知恵
森の主の咆哮が空間を埋め尽くす。
あれ?
この感覚、どっかで体験してるぞ?
こんな大音量、現世で体験できるはずがない。
ということは、前世記憶?
落ち着け。
前世の記憶なら現世に完コピされている。
神様から贈られた唯一と言っていい才能だ。
索引をたどればなんの記憶か判るはずだ。
こういう時はリラックスが必要だとよく言われている。
さすがに瞑目するわけにはいかないけど、腹式呼吸で腹一杯に息を吸い込んでゆっくりと吐き出せば、肩周りのこわばりがほぐれて頭への血流が確保できる。
咆哮……じゃダメだな。
大音響。
僕が体験した大音響のイベントといえば、サッカーのワールドカップかバンドのライブ。
次は今の音圧との比較だ。
観客が一斉に叫んだ、周り中からの音に圧し包まれるのとはちょっと違う特定の方向から来る圧倒的大音量。
それに近い。
それにしたって生き物だとしたら一体でこんな咆哮を上げられるものなのだろうか?
動物園で吠えたライオンや象の鳴き声を聞いた限りじゃ、ここまでの音圧を作り出すには数十倍じゃ済まない体が必要だと思うんだよな。
指向性の強さも生き物らしくない。
もっとも、ここは魔法のある世界だし、前世知識の理の外にいる生き物だっているかもしれないけど、そんなサイズ感の生き物がいるんだとしたら普段の森があんなに静かなわけもなければ野生動物の楽園にもなっていないはずだ。
「あら、ずいぶん冷静ね?」
うん、思いのほか冷静だ。
でもすこぶる冷静だったともいえない。
リリムに声をかけてもらわなかったら思考の海の底に沈んでいた。
僕は音の方向を見定めて森の奥を注視しながら思考を再開する。
おっとその前に……。
「カイジョー、指揮を頼む! サビー、ペギー」
と、カイジョーに指示を出して、二人の名を呼ぶ。
僕の護衛にあたってもらうためだ。
ペギーを選んだのは戦闘経験豊富でカシオペアのリーダーであるカイジョーを呼ぶわけにはいかないのと、今回の捜索隊の中で唯一魔力感能力があり索敵能力が高いからだ。
残念なのは魔法が使えるわけじゃないってところかな。
「ペギー、魔力って感じられる?」
「ええ、ビンビンに」
む。
ビンビン……いやいや、中学生かっての。
今はそんなところに反応している暇はないだろ。
さて、これで散漫にならざるを得ない周囲への注意を補った。
主の考察再開だ。
そういえば、この間一度も咆哮が途切れたことがない。
ゆうに三分は経っているぞ。
そこから考えると肺呼吸するような生き物じゃないってことが判る。
音は、この世界でも振動によって発生する。
これは体験的に間違えようのない事実だ。 とすれば、発声でこれだけの音を出し続けるには……なんて考えていたら、音が止んだ。
捜索隊は警戒態勢のまま身構える。
カシオペアや僕の側近とも言えるメンバーは多少の緊張もあるだろうけど、ちゃんと地に足がついている。
けれど反お館派はみんな一様に浮き足立っているようだ。
そこに追撃のように咆哮が響く。
あれ?
これって、初めてのことだな。
そこはいい。
今は、咆哮の考察だ。
音の鳴り方はでも、「咆哮」なんだよなぁ……。
なんとなく角笛のような…………角笛?
そうだよ! 吹奏楽器のような響きがあるんだ。
あ・でも、楽器を使うにしたってこんな音量は拡声器でも使わな……きゃ?
…………。
なんてこった。
結論出てるようなもんじゃないか!
この世界の文化水準に対する先入観と、身近に魔法がなかったせいでそこに思い至らなかっただけなんだ。
これは吹奏楽器と拡声器的な魔法で作り出された音なんだ!
きっとそうに違いない。
……とすれば、相手は魔法使いってことか。
…………。
あ・逆にヤバくない?
「やばいかもね?」
うん、リリムもそう思うよな。
僕ら魔法に対する知識ほとんどないよ。
相手が魔法使いだとして、僕らどう対処すればいいのさ。
いざ戦闘なんてなった時、相手がモンスターの類だって言う方がむしろ戦いやすいんじゃないの?
どうすんのこれ。
「お館様」
またまた思考に没頭しかけた時、ペギーが声をかけてくれた。
「魔力が一点に集まってます」
そんなことが判んの?
魔力感知すげーな。
いやいや、今はそんな感想どうでもよくて。
「ペギー、指示を出せ!」
カイジョーがその報告を受けて命令する。
僕がすべてを担当しなくてよくなるのはありがたい。
ペギーの指示を受けてカイジョーがカシオペアの三人を散開させる。
「イラード!」
「承知」
僕が名前を呼んだだけでイラードが三人の後を追う。
頭の回転が早い人は助かるよ。
「お館様!」
あ・集中してなかった。
気づくと咆哮が止んでいる。
ペギーの鋭い声を受けて例の場所に視線を向けると、なにかがキラリと光って一直線に僕の方に飛んできた。
「ぬぉっ!」
胸に激しい衝撃と金属音、鈍痛が走る。
なにが飛んできた!?
足元を見てもなにが飛んできたのかよく判らない。
ってことは、自然物か純粋に魔法的ななにかってことか?
痛む胸に手を当てると、胸の鉄板が親指くらいの範囲で凹んでいる。
鎧様様だ。
これがなかったら死んでたかもしれない。
そう安堵の息を吐くか吐かないかと言うタイミングで、なんともしわがれた、そのくせ大きな声が森の奥から発せられた。
「その鎧はなんじゃ!?」




