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僕だってチートがあれば苦労なんてしていない  作者: 結城慎二
誰だって失敗はする、そこからが勝負なんだ!
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春の政策決定会議 3

「アンミリーヤ殿はどんなものをご要望なのですか?」


 そうだ。

 まずはそこからだな。


「まず安いこと。軽くて持ち運びができると家に戻っても勉強ができるので子供達が喜ぶと思うんですが」


 転生者としては「いやいや、宿題なんてやりたくないぞ」と思うのだけど、そうじゃないんだね。


「たしかに今の卓上黒板にチョークでは持ち運ぶのは危ないかも知れませんね」


 黒板は硬くて角ばっているから転んで壊すだけならまだよくて、それでケガをしてしまう可能性もある。

 チョークも性質上折れやすいっていうか、粉々になる可能性が高くて家に着いたら宿題できない状態になってるかも知れない。


「それに、実際に公文書などは紙に書くのですから、できれば最初から紙に書く練習をさせたいです」


 量産できるようになったとはいえ、まだまだ紙は高級品だ。

 それでいて品質は悪く、牛乳パック並みの厚さがある。

 これは材料のせいか製法が悪いのか。


「それと算術に使う算盤そろばんを子供達の人数分配れるといいのですが……」


「それは問題なくできそうです。筆記具に関しては今年ルダーが材料候補となるいくつかの植物を栽培する予定になっていますので、それ次第です」


 と、チカマックがいう。

 現在の紙の作り方は小学校の社会科見学で説明された作り方を参考に、建築などで出たおが屑や廃材を細かく砕いて大きな窯で蒸すしてパルプ繊維を作り、理科実験で再生紙を作ったときの要領でパルプをノリを混ぜた水に溶かし込み、型枠に流し込んだら乾燥させるという工程で紙を作っている。

 いわゆるなんちゃって西洋紙だ。

 質が悪いので木版印刷は結構にじんでたりする。

 インクの調整も必要なんだろうな。

 これをルダーの記憶を頼りにこうぞを原料とした和紙に置き換えようという計画のようだ。

 そこで森に入って楮に似てそうな植物をいくつか採ってきて試験的に今の製法で紙を作り、今の紙より質のいいものが作れた二、三品種を春から栽培して紙の原料に最適なものを選ぶんだってことだ。

 あさふきでも和紙は作ってたし、今でも廃材で作ってるわけだからなんでも紙にできるって言えばできるわけだけど、質の良い紙を作るってのは大事だよな。


「では、筆記具はしばらくこのままなのですね」


 すげぇ残念そうだな。


「今の紙作りも改良の余地があるはずだ。並行してできないか?」


「たしかに他国の紙はもっと上質だ。皮紙の数十倍高価な品だけどな。改良の余地は相当残っている」


 とジョーがいう。

 ということはどこかの国には前世世界の製紙技術が伝わっているってことか?

 ああ、たしかにまだ僕自身が文字を習っている頃にジョーが提供してくれた書物の中に紙があったな。

 藁半紙みたいなやつ。

 すっかり忘れてた。


「ジョー、参考になる紙を手に入れてくれ。それを参考に今の紙を改良しよう」


 僕もあとで前世の記憶を漁ってみよう。

 社会科見学の記憶があるからあれを引っ張り出せば改良のヒントがあるはずだ。


 ──と、そんな感じで今年の春の政策決定会議は進んだ。

 会議は三日続いて閉会し、それぞれが自分の仕事に戻っていった。

 僕はといえば午前中の稽古を午後に回して朝から農作業を手伝う毎日を過ごしている。

 春の農繁期は猫の手も借りたいほどだ。

 領主になったからと言ってふんぞり返っているのもガラじゃないし、執務に忙殺されるほどの仕事量でもない。

 というか、下級貴族だって農作業とは無縁じゃないのが今の文明水準だ。

 日本だって近代化以前は九割が一次産業従事者だ。

 ヒマをしているくらいなら農作業を手伝った方が色々といいことがある。

 体を動かすと飯がうまいし、「領民の声」もよく聞ける。

 なにより領民のウケがいい。


(打算的ね)


(悪いかな? 僕の使命は生きることだろ?)


(そうね。確信犯的行動なのね)


(そうだよ。領内にはまだまだ反お館派勢力が残っているからね。危険な勢力は拡大しないように手を打っていかないと)


 春の農繁期が一段落いちだんらくしたあと、本格的な夏を迎える前に僕は領内巡見と称して旅をする。

 以前しつらえたホルス車にサラと使用人二人を乗せ、キャラとガーブラ、それにドブル、ホーク、セイを伴った。

 供まわりが多くなったのは、昨年の襲撃騒動の影響とサラがいるからだ。

 サラを連れ出したのは、田舎の村に押し込めておくのも悪いと思ったのと、王位継承権を持っている彼女を積極的にアピールするため。

 これも打算の一種なのかな?

 使用人二人はもちろんサラの身の回りの世話をしてもらうために連れている。

 イゼルナがいないのは出産が近いからだ。

 旅ができないのを残念がっていたけど、それはおいおいチローにでも家族サービスしてもらうといい。

 そういえばクレタも妊娠したって報告があったな。

 めでたいめでたい。

 そんなことを思い出しながら、騎乗しているホルスから車内のサラを覗き込む。

 すると、それに気づいたサラが微笑んで小さく手を振ってくれた。

 やっぱかわいいな、おい。

 思わずだらしなくにやけてしまうのをグッと堪えてハンサムスマイル決め込む。

 残念ながら僕自身の見た目は十人並みの自覚があるから他の人にどう映っているかは判らないけど、少なくともサラにはそれなりの男に映っていると自惚れておく。


 …………。


(そういえば、ルックスは前世の方がもうちょっと良かったんじゃないかな?)


(それは見解の相違よ。この世界の基準で言えばかなりイケてる見た目なんだから)


(そうなの?)


(でなきゃこんなにサラに好かれてるわけないじゃない)


 え?

 じゃ、今までそれなりに交渉ごとをまとめて来れたのってカリスマ補正が働いてたってことなのか?

 伊達に神様からちょっと優秀にしてもらっているわけじゃないんだな。


 あれ?


(てことは、僕の美醜の基準と世間の美醜の基準は違うってこと?)


(男の美醜についてはね)


 あ、じゃあやっぱりサラはかわいいし、キャラは美人ってことでいいんだ。

 安心した。


(なにに安心してるのよ、ルッキズムは明確な差別なんだからね)


 うわっ、前世の価値観持ち込まれた上で批難された!

製紙については

https://www.nipponpapergroup.com/knowledge/chip/factory1.html

を参考にさせていただきました。

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