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夢見る人形は日を探す  作者: 藤峰男
1.共振
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4

 何も持っていなかった。

 金も、地位も、才能すべて、何一つとして持っていなかった。

 ただ、それも数年前までの話だ。

 いまだにその詳細が掴めておらず、なぜそれが出来るのか、誰が出来るようになるのか、説明の使用がない魔法のことを『特異魔法』と呼ぶ。

 マナを持つ人間が生まれてくる確率は約50%、『特異魔法』を会得した状態ならそこからほんの1.2%らしい。そしてさらに常識を外れ、眠っていたのか何かの才能か、後天的に『特異魔法』を会得する人間もいる。それは数値にならないほど稀有で天文学的な確率になる。

 

 新しい自分の存在に気づいたのは、中学一年の冬の時だった。前兆もなく、朝目覚めたとき、それはしっかりと体の中にあった。それからだろう、こうして自分を殺してしまうようになったのは。

 『特異魔法』は、どれだけ才能に差があろうと、マナの量や体力、経験に違いがあっても、たったそれだけで差を縮め、追い越してしまう。

 

 怖かった。持つべきでないものが、持つべきでない力を手に入れてしまったことに、酷く恐怖した。

 

 それから自分を殺し続け、高校1年の冬のことだ。それは運命的な出会いで、しかし最悪のシナリオの幕開けでもあった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 別校舎の屋上に降り立つと、芒はそこにいた人物にひとまず挨拶で誤魔化す。

 

「これはこれは、白神先生。こんなところで何をなされているんです?」

 

 白神はさっと背後に隠したタバコを、なんだ君か、と口元に晒すと、一服たしなめる。敷地内は全面禁煙となっているが、芒は白神がそれを守るさまを見たことがなかった。

 呆れたような視線にばつの悪そうに頭を掻くと、白神は続けた。

 

「見ての通り、隠密行動中だ。それよりも、俺の方が君になぜ?と問いかけたいんだがね」

 

「僕も白神先生と同じです。つい先程までここに生徒がいたはずなんですが、ご存知ないですか?」

 

 芒はそう問いかけつつ、白神の鼓動を探る。

 

「いや、俺もさっきここに来たばかりなんだよ。どうやらすれ違いのようだ」

 

 彼の言葉に嘘偽りはない、少なくとも、鼓動に変動はなかった。

 芒は件の生徒の足音がとある教室内で止まったのを確認し、適当に話を切り上げようとする。

 

「タバコもほどほどにしておかないと、老後が大変ですよ。……では、僕はこれで」

 

「まぁ、待て」

 

 白神は芒を呼び止めると、革靴の底にタバコを押し当て火を消した。

 

「ときに雪園くん。君は『紫京部隊(しきょうぶたい)』に聞き覚えはあるかい?」

 

「……何度か聞いたことはあります」

 

「それなら話が早い。どうやら最近、彼らが動き始めたらしくてね」

 

 芒は生徒の足音に注意を払いつつ、白神の話に耳を傾けた。

 

 ―――『紫京部隊』分かっているのは、Aクラスの生徒を数で襲い、対象が何分耐えることができるか、という題目のギャンブルを営んでいること。そして、主犯格の生徒が3年生であること。

 そういう題目を掲げている以上、彼らは対象のAクラス生徒を徹底的に調べあげ、確実に潰しにかかる。例えAクラスといえど、確実な対策、圧倒的な数量を前にして果たして立ち残るものはそういない。

 

「そうですか。では一層気を引き締めて生活しないといけませんね」

 

 芒はそう残し、立ち去ろうとした。しかしまたも、白神は彼を引き留める。

 

「それと、冬木柊くんのことで、だ。彼女は現在、住む寮がない。というもの今日の午後2時過ぎ、2年Dクラスの寮でぼや騒ぎがあってな。火元は彼女の自室、原因はまぁ、……現在調査中だが、明日の朝まで部屋が使えない状態なんだ。Dクラスの生徒に頼もうにも、もうほとんどが帰ってしまっただろう。残った生徒は彼女を泊めることを拒否してしまった……。本来ならホームルームにでも君に相談すべきだったんだが、うっかり寝過ごし……忘れていてね」

 

 芒はやれやれと肩を竦める。


「それで、僕は何を頼まれればいいのでしょう」

 

「うむ、さすがに君の寮もとい豪邸に一晩泊めてあげてくれ、とは頼めない。だから君のクラスの女子生徒に、君からお願いしてくれないか? Aクラスの生徒が住まう豪邸もとい寮なら、たった一人をただの一晩泊めるぐらい訳ないだろうというのが学校側(われわれ)の考えでね」

 

「なるほど……。しかしそれなら、相談相手は僕でなく、村雨くんが適任ではないでしょうか。彼ならきっとその問題を解決に導いてくれます」

 

 その返答を想定内と言わんばかりに、白神はため息をつく。

 

「君だって知っているだろう、確かに彼は真面目で温厚だが、一度科学研究部室に入れば、科学以外のことにはまったく耳を貸さなくなる。よく言えば熱心、悪く言えば盲目的になるのさ、彼は」

 

 芒はしかと頷いた。納得してしまうのもどうかとは思うが、村雨五老とはそういう人間なのだ。

 

「しかし僕がそういう頼み事を出来るとなると、さすがに何人かは選択肢から外さないといけません」

 

 2年Aクラスの内、女子生徒は5人。候補として挙げるなら、複雑な性格をしたAクラスの中でも比較的常識的もしくは比較的友好的、かつ連絡先を交換していて少しでも交流があるのは、草子(くさご)しのぶと愛媛菜々か……。芒はぼやけてしか出てこないクラスメイトの顔を思い浮かべる。

 

「彼女は……、流千花(るちか)くんはどうだろう」

 

「無理でしょう。最悪、冬木さんの命がありません」

 

 芒が笑うと、白神はそうかと頭をかいた。

 さて、と芒は取り繕う。目的の足音は既に校舎を出ており、既に帰路についていた。そろそろ先を急がないと、防音設備のしっかりした寮に入られては、追跡が困難になる。

 

「僕もそろそろ帰ります」

 

「まぁ、待ちたまえ」

 

 やはり白神は芒を足止める。さすがにこれはしつこすぎる、と芒は白神に鋭い視線を向けた。


「白神先生、僕はそういう回り道じみたことが嫌いなんです。それは先生もよくご存知のはずでは?」

 

「……まったく、君というやつは」

 

 そう言い、白神は一振りの刀を取り出した。彼の腰に提げられていたわけではない。白衣の懐に隠していたわけでもない。だがそれはしっかりと、白神の手に握られていた。

 

「ここで帰しては、君の足止めにならないじゃないか」

 

 その瞬間、屋上を半透明のドームが覆った。それは闘技場で観戦席を守るものと酷似しており、とても一筋縄で破れる代物でないのは目に見ても明らかだった。

 

「俺は教師だ。俺には生徒を守る義務がある。それは君に狙われた生徒、もちろん君もそうだ。だがらそうだな……、『この先に進みたければ俺を倒してから行け!』……言ってみたかったんだよね」

 

 そう言って白神はおどけたが、目も、言葉も決してふざけてなどいなかった。

 

 芒は地面を蹴る。時速に換算しておよそ200㎞はある速度の乗った掌底打ちを、白神は避けるそぶりも見せない。

 

 聞こえたのはとてつもない威力を思わせる風切り音。芒の掌は確かに白神の顔面を捉えていた。しかしそこにあるのは靄がかった霧と、首から上のない白衣の男。

 

「どうだい、雪園くん。ここは一つ俺に免じて諦めてはくれないか」

 

 どこからともなく聞こえる白神の声に、芒はゆっくりと手を引き、参ったと言うように首を横に降った。

 

「どうやら僕にとって先生は相性が悪いようですね。これ以上は時間の無駄だ、僕が無駄を嫌うことぐらい、先生だって知っているでしょう」

 

「ふむ、その言葉を信じよう。君の約束された未来に、わざわざ自分で傷を付けさせるわけにはいかないんだ。どうか分かってくれ」

 

 白神の体は霧になり、やがてドーム状の防壁とともに消えた。時刻は6時を回る。屋上から見下ろすと、科学研究部の部員たちと帰路につく村雨五老の姿があった。賑やかだった校舎は嘘のように静寂に犯され始め、直に音もなくなるだろう。

 

「『特異魔法』か」

 

 芒は呆れたように、見えなくなった霧を探す仕草を見せると、ため息とともに屋上から飛び上がった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「な、何だよお前! 俺が何をしたっていうんだ!?」

 

 足を引きずり逃げる男子生徒を芒はけらけらと笑いながら追った。まだ日の沈みきっていない、寮が立ち並ぶ居住区の見える公園で、男子生徒はついに倒れこんだ。

 

「君だろう、襲撃者の正体は」

 

「ち、違う! 俺は何も知らねぇ!」

 

 芒は耳を澄ます。男子生徒の鼓動は依然として早いままで、果たしてそれが嘘によるものか、急な運動のせいか、感情の昂りによるものかは芒には分からない。

 

「く、来るなっ!?」

 

 男子生徒はそう叫ぶと、右手をポケットに突っ込む。その瞬間、芒は男子生徒との距離を詰め、彼の額に触れた―――。

 

 それだけ、たったそれだけだ。その一触で、男子生徒は僅か後に大量の血霧となって消えた。

 男子生徒が取り出し得ず、絶命の瞬間に投げ出したそれを自身のポケットに突っ込むと、顔面が赤く染まった芒は不敵に微笑んだ。

 

「やっぱり君じゃないか」

 

 やがて月が出る空の下で、芒は一人、しばらくの間笑っていた。

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