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夢見る人形は日を探す  作者: 藤峰男
1.共振
3/5

3

 芒は冬木柊のあまりの無反応さに、少しばかり戸惑っていた。何を言うでもない、拒否もせず、かといって昨日の反省点を語り出すこともない。爽々(さわさわ)と吹く暖かな風に髪を靡かせつつ、芒は柊の出方を伺った。

 が、ついにはしびれを切らした。まさか彼女が、冬木柊がここまで無に徹するとは思いもしなかったのだ。

 

「えっと……」

 

 芒は思わず苦笑する。彼がこうして言葉を詰まらせるのは珍しいことで、さて何を言って会話を発展させようかと思いあぐねていた。

 

 時刻は5時過ぎ、2年Dクラスの教室前。

 帰宅する、もしくは移動する生徒たちのギョッと驚いたような視線にもそろそろ飽きてきたところだ。早いところ場所をもっと落ち着くところに移して、そうして彼女に聞きたい山ほどある興味の中からいくつかを、と予定していたのだが、どうにも冬木柊は彼にとって非常に相性の悪い存在らしい。

 

 芒は肩を竦めると、日を改めようと踵を返す。柊に背を向け歩き出すと、パタパタと聞こえるもう一人分の足音。

 芒はやれやれとまた苦く笑った。

 

 冬木柊には無言という肯定があるようだ、芒はしばらく、見えない彼女の歩幅に合わせるようにゆっくりと歩いた。そしてBからGクラスの教室が入る本校舎の裏手に回ると、振り向き柊と向き合った。

 

 ……本来なら寮近くに併設された飲食店、喫茶店なんかでコーヒーでも飲みながら、しかし芒はこの時点で既に分かってしまった。冬木柊という少女はとても自分の手には負えない、と。もっと言えば、彼女と完全に二人きりの状態でああいう沈黙が続けば、案外にお喋りな芒はストレスで発狂してしまいそうだった。

 ならばいっそ、程よく人気がなく、それなりに他生徒の声が聞こえてくる校舎の裏手や部室棟のバルコニーこそ、芒にとってベストな選択なのではないだろうか。

 

 柊はやはり無言で芒を待った。芒は一度うつむくと、深いため息と共に色々な感情を吐き出す。そして爽やかな笑みを張り付けて口を開いた。

 

「僕のマナの味はどうだった?」

 

 マナとは全ての人間に宿るエネルギーの一種で、魔法を使うにあたっては必要不可欠ないわばガソリンのようなものだ。量には個人差があり、一度失ったマナが回復する時間も人によって大きく異なってくる。大きく時に可視化し、時に色付くそれは、本来それぞれ各々のみに与えられた特権のようなもので、他者のものを奪うことは出来ない。もちろんそれは芒にさえ出来ない芸当だ。

 それなのに、冬木柊はほんの僅か、それこそ常人なら気づかないほどごく少量ではあるが、芒のそれを自らの体に取り込んだ。それは昨日の『羅生門』その序盤に芒と握手を交わした瞬間である。

 

 芒は彼女の鼓動に神経を集中した。そして凄いな、と呟く。

 

 芒は相手の鼓動をモニタリングし、ある程度の嘘や感情の起伏を見分けることができる。そして先程、芒は柊に対して唐突に事実を突きつけた。例えば昨晩の食事を言い当てられただけでも人間は多少の動揺を見せるのに、柊の鼓動は変わらず、平均よりもずっと遅いままを保っていた。

 まるでロボットだ、もしくは鼓動をコントロールする術を教わったのか。


「気を悪くしたなら謝るわ、ごめんなさい」

 

 唐突に、といってもそれは話の流れからしてごく自然な返答なのだが、これまでの立ち振舞いからは想像も出来ない流暢な言葉に、芒は逆に面食らった。

 頭を下げる柊に声をかけると、言葉を継ぐ。

 

「確かに驚いたよ。体からマナが抜き取られる感覚はあまり心地よいものではなかったからね」

 

「あなたと対等になるよう、どうしても必要なことだったの」

 

 へぇ、と芒は目を光らせる。

 

「つまり、『特異魔法』かい?」

 

 柊は無言をもって、それを肯定した。もしくは返答を拒否した。どちらにせよ、それ以上の情報を与えるつもりはないらしい。それは賢い選択だ。自分が100の力を持っていたとして、100すべてを見せることは誰にでも出来ることではない。よほど100の力に自信があるか、後先を考えていないかのどちらかだ。

 芒は柊を認めていた。彼女は他の生徒とは違う。手違いがあれば、彼女はAクラスにいたかもしれない。考え方も、『マナを奪う』『特異魔法』も、芒が嫌う忌々しい目も、冬木柊のすべてを彼は認めていた。

 だからこそ、こうしてわざわざ芒は彼女に接触を試みているのだ。

 

「もうひとつだけ聞いてもいいかい? 僕の話はそれで終わりだから」

 

 きっと返答もない了承を得ると、芒は続けた。

 

「君の目的はなんだい?」

 

 その瞬間、柊の鼓動が僅かに変化したのを芒は見逃さなかった。芒にとってそれは、十分すぎる情報だった。彼女には何らかの目的があり、何の脈絡もないはずの芒を『羅生門』で指名した。疑惑が確信に変わっただけでも大きな収穫だったが、芒は柊の観察を続けた。鼓動の変化は一度きりで、既に彼女は平然とした態度を作り終えていた。

 

「私は……」

 

 柊は芒と同じタイプの人間だった。言葉を吟味し、限りなく無駄を省く。だからこそその一瞬の違和感を、芒は瞬時に関知した。

 

 気付いたのは柊が早く、しかし反応速度に関して芒を勝るものはそういない。芒は地面を蹴り、柊を抱き抱えるようにして前方に飛ぶ。瞼を閉じて開くあいだにはもう、二人はそこから2メートル離れた場所にいた。そしてやれやれと、芒は柊から手を離す。

 

「君、もしかして誰かに恨みを買うようなことをしたのかい?」

 

 つい先程まで柊が立っていた場所には、芒の身長をゆうに越える丈の槍が深々と突き刺さっていた。まさに間一髪だ。芒が人体修復の魔法に精通しているなら話はまた別だが、さすがにこれほど明確な殺意に急襲されては為す術もない。


 柊はじっと槍を見つめていた。嫌悪感や恐怖心は感じられない。本当に、ただ見ているだけの様子に、芒は表情を強ばらせた。彼女は何を言おうとしたのか、言葉を制した槍の持ち主に対して、同時に沸々とどす黒い感情が沸き出す。

 

「……僕はね、こういうちょっかいが一番嫌いなんだよ」

 

 誰に対する言葉でもない。芒は目を閉じると、広大な敷地の中から槍の持ち主を探す。

 

 例えば、襲撃が失敗に終わると、あるいは口止めの意味を孕んだ牽制の完了後、槍の持ち主はどういう行動をとるだろうか。恐らく二度目はない。何故なら冬木柊のすぐそばにAクラス(すすき)がいるからだ。であれば、きっとその人物はすぐにその場離れるに違いない。

 芒は槍の向きから放たれた方向を絞り込むと、その近辺の足音に意識を向けた。100はある、その中からさらに走るもの、足音が不安定なもの、……襲撃者が一人だと仮定して、足音の孤立しているものを特定する。

 

「恐らくは……」

 

 約50メートル離れた場所に建つ、図書室や準備室が入る本校舎と渡り廊下で繋がれた別校舎の、その屋上。芒はそこから槍が放たれたと結論付けると、柊に向き直った。

 

「時間をとって悪かったね。取り合えず、また明日」

 

 そして皮肉っぽくそう言うと、地面を抉るほどの跳躍で高く飛び上がった。顔を叩きつける風に瞬きをしながら、彼は考えた。

 

 きっと、僕は襲撃者を殺してしまうだろう、と。

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