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夢見る人形は日を探す  作者: 藤峰男
1.共振
2/5

2

 10にも満たない幼子が20ほど、そして一組の夫婦。

 都会の喧騒から逃げるような山奥に、一つの村があった。

 

 幼子たちは夫婦を慕い、まるで本当の親のようになついていた。幸せな日々だった。青空の下で採れたての果実を頬張り、文字の読み書きを教わり、長い列になって寝転び夢を見る。

 

 ずっとここにいたい。誰かがそういうと、夫婦は決まって寂しそうに笑った。

 ―――あと何年かしたら、君たちはここから旅立たなくてはならない。

 そして子供たちの頭を撫でる。

 

 ある日、絶対に立ち入ってはならないと言われていた洞窟へ忍び込んだことがあった。魔物が住み着き、危険な場所だという。

 

 たしか、黒い髪をした少年、金色の髪の年下の男の子、そして必死に説得し引き返させようとする、白い髪の少女。

 

 結局4人は心配して探し回る夫婦に見つかり、あとでこっぴどく叱られた。罰として(・・・・)振る舞われた野菜たっぷりのスープに、全員が涙を流した。

 

 彼らは家族だった。親は違えど、血の繋がりはなかろうと、暖かい団らんの日々は紛れもないものだった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 芒はゆっくりと瞼を開いた。眼前には白一色の天井。清潔感のある空間だ。視線を右にずらすと、分厚い本を畳んだ白神が、気だるげに口を開いた。

 

「まったく、君というやつは」

 

 芒は頭の中にめぐる無数の情報から、今の状況を割り出す。存分に思考して無駄を省いた答えを導くのが、彼の癖でもあった。

 

「あれが闘技場の意思、というわけですか」

 

「ほう……。さすがに鋭いじゃないか。ご名答、闘技場が誰よりも早く君の殺意を感知して、君の意識を奪い取った、というわけだ」

 

 芒は上体を起こす。小さく伸びをすると、自分の右手を開いて見た。

 それはなんの変哲もないただの手で、しかしあの瞬間に限っては、冬木柊の命を一瞬にして奪う凶器だった。

 

「どうしてまぁ、本気で殺そうとする君の冷酷さに俺は恐怖さえ覚えたよ」

 

「試したかったんですよ。果たして意思を持つ闘技場が、僕を止めることが出来るのか。……しかしそうなると、今回の『羅生門』、あやふやな結果に終わったのでは?」

 

 芒は肩を竦めると、そう問いかけた。

 そう口にしつつ、彼は分かっていた。無論、白神の返答も彼の思惑をちっとも外してはいなかった。

 

「安心したまえ。闘技場自ら動いたということは、敗者を勝者から守った、ということだ。つまり守られた冬木さんはその時点で負け、今回の『羅生門』は見事、雪園君がAクラスの座を守った、という結果で幕引きだ」

 

 『羅生門』では、指名されたAクラス生徒が負けた場合、大きなペナルティが課せられる。それはいたってシンプルで、『空を舞う鳥は羽をもがれ落とされた時点で鳥ではない』すなわち退学である。

 落ちぶれたエリートなど学園に必要ない、という理事長の考え方は、同時にすべての生徒に這い上がるチャンスを示している。もっとも、入学時点でAクラスに選ばれた生徒たちの中には理不尽極まりないと非難するものもいるが。

 

「やれやれ、これで僕を知ったつもりになって、『羅生門』を挑む人が増えないことを祈るばかりです」

 

 そう言うと、芒は苦虫を噛み潰したような表情で笑った。対して白神はため息混じりに首を振る。

 

「君がどこまで本気で言っているのかは知らないが、そう心配することはない。あれだけ圧倒するさまを見て、君に挑もうとするならそれは勇敢ではなく蛮勇だ」

 

 白神は白衣のポケットを探ると、くたびれたタバコの箱を取り出す。その頭を叩き、逆さまにし、中を覗き、切なげに潰すと、続けた。

 

「対抗する術としてあげるなら魔法の有利不利だが……。私は君について……、というより副担任を務める2年Aクラスの生徒については、名前と生年月日程度の基本的な情報しか知らない、だから君が一体何をして、どうやって、どんな理屈で彼女を破ったのか、想像することさえ難しい。正体の分からないものに、相性もクソもない。誰かが君を攻略するのに、『羅生門』という時間は短すぎる。それは君自身がよく知っているんじゃないか?」

 

 白神はじっと芒を見据える。室内に静寂が訪れた。恐らくは数秒程度、だがもしこの場に第三者がいたのなら、もっと長く感じただろう。

 

 まぁ、それはおいといて、と均衡を破ると、白神は指で芒の視線を壁にかけられた時計へと誘導した。

 

「君は丸一日眠っていたわけだけど、どうする? このまま帰宅するか、それともいっそ授業を受けるか」

 

 針は午前の10時すぎを指していた。『羅生門』が昼前の出来事だったことを考えると、本当にそれだけの時間眠っていたらしい。

 芒は立ち上がると、肩を竦めて笑った。

 

「せっかくなので、今日は登校日にしましょう。……もとより、そのつもりだったので」

 

 その場を後にする芒を見送ると、白神は深くため息をついた。

 

「頼むから問題だけは起こさないでくれよ。一応俺、君の副担任なんだし、さ」

 

 春の陽気な風は平穏な日々を匂わせるが、時に危険を隠してしまうのだ、と白神は新しいタバコの箱を取り出すと、1本を取りだし火をつけた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 芒が歩けば、生徒たちは自ずと道を空け、逃げるように、探るように遠巻きへまわる。

 聞けば昨日の『羅生門』、各学年のBからGクラスの内8割を越える生徒が、観戦席で彼を見ていたらしい。

 

 まるで人気者だな、と芒は苦笑した。注目されることには慣れていたが、それが畏怖の目だろうと驚嘆の目だろうと、彼にとっては総じて不快なものではなかった。

 なぜなら、それらは相手の一部分でも認めているということが前提に来るからである。それならばなにも臆したり、恥ずかしがることはない。ただ堂々としていればいい。そうしていれば、それら有象無象はひたすらに傍観者に徹することを、芒は理解していた。

 

 そしてそれらに当てはまらない目をする者こそ、芒にとって驚異になりうる者である。例えば、芒のことを知っていて、それなのに本を読むのと変わらない目で芒を見る少年、芒は彼を心の奥底で密かに嫌っていた。

 

「おはよう、村雨くん。今日は、……君一人のようだね」

 

 例によって別校舎に設けられた2年Aクラスの教室に入ると、芒は室内を見回り、前後5つずつ並べられた机の前方端に座る男子生徒に声をかけた。

 

「珍しいな、雪園。学校に来るのは去年の12月以来か?」

 

 村雨五老(むらさめごろう)はこうして、ほぼ毎日登校しているAクラスにしては珍しい生徒である。律儀な性格で、きっと2年A組の生徒は顔と名前をしっかり覚えているだろう。

 だからこそ、そのくせ昨日の『羅生門』を知らない様子に、芒は笑顔のまま答えた。

 

「そうだね、ちょっとさすがに家に引きこもるのも飽きてきてね。……そうだ、村雨くん。冬木さんって転校生を知っているかい?」

 

 芒は村雨の隣の席を引くと、椅子に腰かける。村雨は眉ひとつ動かすことなくそれを確認すると、読みかけの本を閉じた。

 

「2年Dクラスの冬木柊か。彼女は俺と同じ中学だ。どんな生徒、と聞かれてもな……」

 

 村雨は腕を組むと、低く唸った。少なくとも冬木柊と村雨五老との間にそれ以上の接点はなさそうだったが、芒は彼の言葉を待った。

 

「笑わない、喋らない、意思がない。とにかく地味で、周りに流されがちなやつ、ぐらいにしか思ってなかったな」

 

「はは、まるでロボットみたいだね」

 

 芒は皮肉混じりにそう答えた。すると村雨は神妙な面持ちで、芒を見据えた。

 

「言い得て妙だな。中学の時、やつにはそんな噂が流れた。悪の組織に作られた人造人間だとか、幼い頃に宇宙人に拐われて、地球を偵察するスパイに育てられたとか」

 

「へぇ、それは興味深いね」

 

 村雨が若干の紅潮を見せる一方、芒は酷く冷めた目をしていた。といってもそれを悟られないよう取り繕ってはいるが、とにかく村雨がこれ以上口を開かないよう、芒は適当に話題を変える。

 

「ふむ、変わりなく、授業は毎時自習だ」

 

 村雨五老はAクラスにしては珍しく、放課後になれば科学研究部室へと足を運び、他クラスの生徒と青春を謳歌する。

 彼が変わっている、というよりは、芒たちが変わりすぎているのだ。芒はそれを重々に理解していた。

 村雨は限りなく有象無象に近い存在で、しかし彼らとは違う目をしていた。芒は村雨のそういうところが果てしなく気に食わず、その全てを拒絶していた。

 

「やれやれ、せっかくの貴重な登校日も、結局は自習となれば、家にこもるのとそう変わらないね」

 

「そうか? 周りに誰かいる、という点では、一人のそれと大きく異なると思うぞ」

 

 針はゆっくりと進み、本のページをめくる音だけが、それから放課後まで教室を支配した。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 授業の終了を伝えるチャイムがなると、村雨は席を立つ。

 

「では俺は部室に向かうとしよう。また明日」

 

「僕もそろそろ帰ろうか。じゃあ」

 

 身支度を終えた村雨が教室を出るのを確認すると、芒は笑みを溢した。

 

「また明日、ね……」

 

 果たして、芒にとって明日とは保証されたものではない。それは村雨にとっても同じだ。

 校内においてAクラスの生徒は、他クラス一部の生徒にとって、ギャンブルの対象になっていた。内容はもちろん生易しいものではない。文字通り、明日(あす)の来ないものだ。故にAクラスの生徒には登校の義務がない。

 

 例え芒といえど、完全に無防備なところを多数の人間に襲われてはひとたまりもない。もっとも、彼は誰かの前でそのような姿を晒すつもりはないのだが。

 

 芒は村雨の能天気さ、あるいは無知に呆れつつ、教室を出た。もちろん、そのまま帰路につくはずもない。件の教室を見つけると、待ち伏せるように廊下の隅に立つ。

 そして出てきた女子生徒に声をかけた。

 

「やぁ、昨日ぶりだね。よかったら少し話さないかい?」

 

 青みがかったショートヘアー、華奢な体をした冬木柊は、やはり無表情のままでじっと芒を見つめた。

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