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亡霊と悪魔

 暖かくなって春もさかりと言う中、内魔界の外に広がる草原には色とりどりの花が咲き乱れていた。その中を、スズメに乗ったミルッカとロイネが駆け抜けて行く。

 風が舞い上げる花びらの中を仲の良い二人が疾走する様は、まるで一枚の絵画のように美しかった。

 

 生協が望んでいた世界とは、人々が突然の暴力に苦しめられない様、互いに憎しみ合わぬように、共に手を取りあえる世界だ。

 もうひと踏ん張りである。


 グローバレイレ傭兵団の様な無法には、報いを。

 この国の人々はよくよく目に焼き付けなければいけない。

 しかし、それにより亡霊を生むほどの憎しみを残してもいけない。


「殺さず! 死なず! 上手くやりましょう!」


 共に走る仲間に、ロイネが声を上げる。

 これは倫理ではなく、どこまでも合理的な話だった。

 殺さない事が、勝つための必要条件なのである。

 傭兵達を殺せば、彼らは振り上げた拳を下ろす事が困難になる。そうなれば、目的も意義も忘れて、恨みと呪いだけが残る復讐の渦に飲み込まれてしまうのだ。

 グローバレイレ傭兵団と殺し合いをすれば、必ず生協が負ける。

 だからこそ、これ以上は殺してはいけない。

 その上で、どれ程に強大な獣であっても飢えれば死ぬのという事を、今、示すのだ。


「くっそー! 生協は壊滅したんじゃないのかよ!」

「いいから走れ、走れ!」


 馬で逃げているのはグローバレイレ傭兵団の小部隊だった。

 傭兵団の赤字補填(ほてん)の為に始めた、魔界での魔物退治。

 しかし、慣れない魔物との戦闘に毎日ケガ人が増えて、かといって安い仕事に大勢を振り向けるわけにも行かずに、部隊は十人前後の小さな塊になっていた。

 そして、その内の一つが今襲われている。


 春の草原を走る傭兵達の後ろからは、不気味な面を付けたフードマントの連中、――亡霊が追いかけて来ていた。数は十七騎。傭兵達にとって楽な相手ではないが、最初から逃げの一手を打つほどの相手でもない。

 これが、万全の態勢だったのならば。


 今は魔界での戦闘で魔晶石も多く使い、肉体も疲弊している。この状態で、自分達よりも多い人数を相手にすると言うのは、どう考えても経済効率が悪かった。

 このまま逃げれば、もう少し先にタンペレの街が見える。

 あと少しの所だった。


 空気を引き裂く破裂音と共に、隊の後方を走っていた荷馬車の車輪が砕け散った。

 拡散型の雷撃魔法で撃ち抜かれたのだ。

 地面に激突する荷台からは、先ほどまでの狩で手に入れた魔物が積まれていたが、それらは全て地面にばら撒いてしまう。

 荷車を曳いていた馬は急激な負荷に足を止める。その手綱を持っていた傭兵は、大慌てで荷車と馬を切り離そうとしていた。


「ダメだ、そいつはおいて行け!」

「でも、獲物が!」

「なら、お前だけ戦ってこい!」


 そんな風にバラバラになるものだから、六人は逃げて四人の傭兵は荷馬車の回りにとどまってしまう。残ってしまった傭兵は、必死に剣を抜いて亡霊を威嚇しようとしていた。

 しかし、亡霊たちは距離をとりながら、荷馬車を囲むだけですぐには襲ってこない。

 そこへ一人だけ近寄ってくるのは、スズメに乗った少し小柄な探索者だ。


「ちくしょー! 来んならこい!」

 剣を向けて傭兵が叫んでいるが、最早四対一七では勝ち目はない。

 そして、スズメが距離を開けて止まると、若い女の声が響いて来た。


「我々は、生存協同組合です! 武器を捨て降伏すれば、あなた方の身の安全は保障しましょう!」

「…………!?」


 そこにいた傭兵達は、誰もがぽかんとしていた。

 自分たちは生協を襲撃して、その関係者を大勢殺した。その報復に、一年前は幾つもの支部を燃やされ、あまつさえ千人隊長のニコデムスが戦死している。

 生協は憎悪と殺意を以て、グローバレイレ傭兵団を皆殺しにしたいはずだ。そう傭兵達は信じて疑わなかった。

 しかし、今の宣言は、普段自分たちが戦場で行う口上に良く似ている。

 つまり、身代金を効率よく手に入れる為に、圧倒的な優位に立てばまずは降伏勧告を行うのだ。


「ふ、ふざけんな! そんな話信じられるか!」

「…………なら、最初に一人、武器と鎧を脱いだ者は、この場で逃がしてあげましょう」


「誰がその手に――」

「あぁ! てめぇ! なに自分だけ鎧脱ぎ始めてんだよ!」

「はぁ!? あ、おいコラ、まだ敵が目の前にいるんだぞ!」

「無理だ! どうせ戦ってもこれじゃ死ぬ。命あってのモノ種だろ!」

「ち、チクショウ。俺の方が先だ!」


 こうなると、傭兵達は我先にと武装解除していった。

 そして、全員が鎧下姿になれば、後は彼らが馬で逃げるのを見送るだけだ。


「お疲れさま、ロイネ」

 傭兵達に不気味と不評な生協のロゴをあしらった仮面を外すと、ミルッカはロイネの隣にやってきた。


「素早い交渉だったね」

「うん。最近、あの人達の考え方が分かってきた気がする……」


 つまり、自分さえよければいいと言う、個人主義なのだ。

 傭兵団と言う組織で動いているのは、あくまで人数が多いと有利だからと言うだけに過ぎない。逆に、危なくなれば自分だけはいち早く安全になりたいと彼らは考える。


「そこが、生協と大きく違う所かな」

「なるほどー。アタシ達は、あんなバラバラな逃げ方はしないね」


 逃げるなら、徹底的に逃げる。味方が遅れても、中途半端に足を止めたりしない。見捨てる事が、見捨てられる者も含めて全員の合意だった。

 逆に、戦うなら全員で戦う。自分だけ助かろうと逃げ出す人間は、そもそもこの時点まで生協として戦っていない。

 

「騎士様。あまりのんびりしていると、街から追手が来ますよ」

 壮年の探索者がロイネを呼んでいた。


「からかわないで下さいよ」

「いやいや。俺達にとっては、シュネーヴォイクトと言えば英雄騎士様だからな。そのご息女と共に戦えるなら、俄然やる気が出るってもんだよ」


 そう言って、他の探索者達も同意するように笑っていた。

 スズメを降りた探索者達は、傭兵達が脱ぎ散らかしていった鎧や剣を拾い集めていく。全部持って帰るのだ。魔物は壊れた荷車の上に集めて、魔導杖で火を放つ。これで、後から回収しに来ても燃えカスしか残らないだろう。


「では、撤収!」

 ロイネが声を掛ければ、皆引き上げて行った。

 グローバレイレからは追手がかかるが、その時には再び魔界の中に逃げ込んでいるだろう。


「そう言えば、今年はやっていないね」

 ミルッカがポツリと言う。

「なにを?」

「ほら、毎年春になるとスライム焼きしてたじゃん」

「確かにそうだね。それどころじゃないしね」


「そうだ、明日飼っているスライム見に行くから、ロイネも一緒に行こう?」

「嬉しそうだね。なんで、そんなにスライム好きかなー」

「えー、かわいいと思うんだけど」

 二人は笑いながら、春の草原を駆けて行った。



◆◆◆



「――により、四名が武器と防具を奪われました。荷車も一台損失です」


 わなわなと震えたカレルヴォの手に持つティーカップからは、今にも紅茶が零れそうだった。カレルヴォは、必死に冷静さを取り繕いながら、ティーカップをソーサーに戻す。


「その四人は、クビっ、です!」

「け、けど、隊長? 最近解雇が多くて隊内から不満が……」


「そんな事を言っている場合ですか! 約一年間ですよ! まともに大規模遠征が組めずに、我が傭兵団の赤字は増えるばかり! 今は少しでも経費を下げる為に、無能を雇う余裕はないのです!」


 生協は傭兵達を一切殺さずに、装備だけを奪ってばかりだった。傭兵団は失った装備を買いなおすために赤字は膨らむし、リストラを進めれば指揮がガタガタと落ちて行く。

 いっそ殺してくれた方が、兵達の復讐心は高まって良いぐらいだ。

 死人が出ないせいで、隊内で生協を潰そうという勢いがなかなか生まれないのだ。


 去年の秋から、生協は再び動き出していた。

 今度は守りの固い支部には一切手を出さずに、少数で魔物狩りを行う部隊ばかりを狙ってきていた。しかも、必ず狩が終わって消耗しているところを狙ってくる。人数も、こちらより多くそろえて。


 そもそもからして、傭兵達は苦労しながら魔界の狩を行っているのに、探索者達は不気味な程に元気に魔界の中を移動していた。あいつらの魔界での活動能力は、正直傭兵達では歯が立たない。


 正面から生協と戦闘すれば、傭兵団には絶対に押し負けない自負があるが、そう言った戦闘には一切乗ってこなかった。一事が万事、勝てる勝負しか生協は仕掛けてこないのだ。


「えぇい、クソ! 日和見の二人だけでなく、最近はアルペルッティまで私に小言を言う!」


 もちろん、穏健派だったインマヌエルは、公然とカレルヴォを批難していた。

 しかも面白くないのは戦死したニコデムスの残していった部隊だ。その中から裏切り者を探そうと躍起になり、何人か拷問して何人も解雇したが。結局、誰が生協とつながっていたのか分からずじまいだった。こうなると、裏切り者は居なかった可能性が高い。


 そんな事をやったものだから、ニコデムス隊の者達からは激烈に評判が悪くなった。悪くなったうえに、彼らはすべての隊に分散吸収されたので、今では傭兵団全体でカレルヴォの評判はガタ落ちである。

 一時は、生協を一夜で壊滅させた『敏腕指揮官! グローバレイレ傭兵団の未来を担うのはカレルヴォ千人隊長だ!』などと言われていたのに、この有様だ。


「亡霊は、生協残党の居場所はまだつかめないのですか!」

「捜索部隊を派遣していますが、その、空ぶるか襲撃されて身ぐるみ剥がされています」

 ダンっ!

 叩かれたデスクの上で、ティーカップも鳴っていた。


「魔界内はこちらに分が悪すぎますよ。……隊長、そろそろ考える時期なのではないですか?」

「くっ!」


 カレルヴォは、デスクの隅に置かれている新聞に目をやった。

 その見出しは、【生協は和解を求めている?】とあった。

 去年秋から再び始まった生協の攻勢だが、傭兵側に反撃する力があればさっさと逃げ出し、傭兵が降伏してつかまえても誰一人殺さず身ぐるみだけ剥いで逃がしてしまう。

 誰の目にも不可解な襲撃しかしてこないのだ。


「金貨泥棒の次は、追剥にでもなったと言うのですか……」

「その場合は、危険な我々を狙ったりしないのでは」

「んな事は分かっています!」


 そんな生協の動きに、新聞社の社説では、


『武力闘争に終止符を打ち、互いの妥協点を探そうとする意図が見えています。しかし、生協側から和解を申し入れれば、圧倒的な組織規模を持っているグローバレイレ傭兵団側に有利な交渉となり、生協が再び潰される事を懸念しているのでしょう。次は、グローバレイレ傭兵団側がどのように動くかが、今後の動きを決めるカギと思われます』


 カレルヴォはその新聞を手に取ると、思いっきり壁に投げつけた。

「記者風情が、好き勝手に書いてくれますね」


 しかし、部下がそれを拾い上げる。

「隊長……。もう、終わりにしましょうよ。百人長も三人辞めてしまって、ウチの傭兵団も五千人規模にまで縮小してしまいましたし…………」

「くそ……」


 その悪態も力がなかった。

 カレルヴォも、まさかこれ程になるとは思っていなかったのだ。

 相手はたかだか四百人に満たない小さな組織。それが、そんな小鳥のような組織が、獅子であるグローバレイレ傭兵団を追い詰めるなど、あってはならない事だった。


 グローバレイレ傭兵団と、生存協同組合は確かに戦争をしている。

 戦争とは、相手の兵士をより多く殺して、その戦意を折る事が本来である。それにより、その先の交渉を有利に持って行くのだ。

 なのに、生協は半年間、誰も殺さない。

 互いの戦死者はゼロ。

 だと言うのに、グローバレイレ傭兵団は千人もの兵力を、解雇と言う形で失った。


 そして、新聞に載る様に、こちらから和解交渉を提案すべきかと悩むまでになってしまった。

 こんな戦争は、今まで経験した事がないモノだった。


「なぜだ。なぜ、我々は奴らに勝てない……」


 分かり切っている。

 魔界の中まで追いかけられない事が、傭兵団の最大の弱点だ。

 生協側が、常に戦場を選べる主導権を握っている。こちらは、それがいつ襲ってくるのか待ち構える羽目になっている。かといって、閉じこもっていれば赤字だけが増えてしまう。遠征隊をもっと大規模に送らなければ、売り上げが稼げない。


「隊長! 大変です!」

 突然執務室のドアを押し開けて、部下の一人が飛び込んできた。

 また追剥にやられたかと、カレルヴォは報告を覚悟した。


「やられました! 遠征に出発したばかりのアルペルッティ隊が生協に襲われました!」

「なんですって!?」


 カレルヴォは思わず立ち上がってしまった。

 まさか、遠征隊まで襲える程の戦力を、生協が整えたと言うのか?


「それで、戦死者は!」

「せ、戦死者はゼロです。ケガ人がちょこっと……」


「…………」

「隊長!?」

 眩暈を起こして倒れそうになったカレルヴォを、近くにいた部下が支えてくれていた。


「い、いったい……なにが、大変なのですか?」

 ふらつきながらも、カレルヴォは先を促す。


「アラプスを出てから、最初の野営地で夜襲を受けました。その際、ヘルテラスの光を確認。それにより、武具を積載していた馬車が三台破壊され、およそ百人分の装備が焼失しました……」

「……他は?」

「い、以上です……」

 …………。


「武具百人分。クラシダス金貨でおよそ四百枚分ですね……。また、装備を狙ってきた」

 馬車の値段も入れれば、七百枚以上の損失。徹底的に武具を奪い、壊す。

 あまりの執拗な攻撃方法に、カレルヴォは胃がせりあがって来そうだった。


「……こうなっては、仕方ありません、ね。新聞社に連絡を付けなさい」

「それでは」

「えぇ、和解協議の申し入れを打ちます……」




 後日、新聞広告と言う形でグローバレイレ傭兵団は、生存協同組合に和解交渉を持ちかけた。


「奴ら、応じますかね?」

「応じるに決まっているでしょ。これで、生協は勝ったのですから。ちっ、新聞の一面では我が傭兵団をボロクソですよ。これじゃ、今後の仕事に相当響きそうですね……」


 新聞を折りたたむと、カレルヴォはゴミ箱を狙って投げる。

 きれいにゴミ箱に入り、なぜかそれがスゴクうれしく思う。

 あぁ、それもそうだ。

 これでやっと、亡霊から解放されるのだ。もう奴らの襲撃におびえ続けて、他の千人長に文句を言われ続けたりするのも終わりだ。やっと、やっと本来の傭兵稼業に戻れる。

 そう思うと、カレルヴォの心は晴れ渡って来るようだった。


「隊長! 大変です!」

 またノックもせずに執務室の扉を開けたのは、部下の一人。

 カレルヴォは勢いよく立ち上がると片手を上げて、それを制した。


「やめなさい! お前の報告は聞きたくありません!」

「そ、そう言われましてもぉ!?」

「それはなんですか?」

 近くにいた紅茶担当の百人長が、飛び込んできた部下の手から手紙を取り上げた。

 そして、中を確認する。


「ふむ。……困りましたね。隊長」

 そう言って、ぴらりと手紙をカレルヴォに向けてくる。

 この距離で見せられても分かるわけが――、

「ひぃぃ!?」

 その手紙にはでかでかと、




『お恨み申し上げます』




 ただ一言、それだけが書かれていた。

 生協の連中は、和解など望んでいなかったのだ。


「ま、まさか、読まれていた……?」


 カレルヴォはがくりとデスクに手を付く。

 そう、亡霊の恐怖を完全になくすには皆殺しにするしかない。

 だったら、和解を行ってのこのこ姿を現した生協の連中を、再び皆殺しにすればいいのだ。今度は、前回のように事務所を狙う様な事をしない。生協の組合員と言う、人間を狙う。


 そう、思っていた。

 居場所さえわかれば、グローバレイレ傭兵団が負ける分けがないのだから。

 だがしかし……。

 亡霊の恐怖は、まだ終わらない……。




「こうなった以上、最早全軍を以て生協を叩く以外にないでしょうが!」

 カレルヴォは本部棟会議室で、久々に全員集まった千人長会議の中にいた。そこで必死に叫ぶ。最早体裁もプライドもない。生協を潰さなければ自分たちに未来はないと。


「おいコラ! 手前ぇがまいた種だろ! お前で始末付けろよ!」

「まてまて。実際問題さ、奴らをどうやって倒すよ?」


 日和見の二人は意見が割れている。

 アルペルッティは目を閉じて黙して語らない。

 そこに、インマヌエルが静かに口を開いた。


「ともかく、カレルヴォ殿の処分は後回しだ。今は、俺達の傭兵団そのものが危機に陥っている。なら、生協を潰すしかないのは必然になってしまった」

 こいつに助け船を出されるとは、屈辱である。が、それも最早どうでもいい程、カレルヴォは追い詰められていた。


「奴らに釣りは利かないぞ」

 日和見隊長の口の悪い方、ダーヴィドが言った。

「何度か試したが、伏兵を忍ばせても見破られている。魔界でのかくれんぼは、あのクソ野郎共とじゃ勝負にならねぇ」

「ふん。アナタみたいなウルサイ人の部隊じゃ、そもそも隠れられていないんだよ」

 もう一人の日和見のヤルマリが茶々をいれた。


「喧嘩売ってんのかコラ! あぁ?」

「やめろ二人とも」

 アルペルッティがやっと口を開く。


「彼奴等の手口は分かっておる。国内に点在している内魔界に潜んで、好きなタイミングで我らの部隊を襲撃。そして、魔界に隠れる。彼奴等とて、無補給で戦っている分けではない。頻繁に町に出てきているはずだ」

 そして、現に目撃情報は多くが集まっていた。


「しかし、その目撃された町で待ち伏せしても、その時は全く姿をみせない」

 インマヌエルもそれを指摘する。

 それにダーヴィドががなる。

「どう考えても、俺らの動きは筒抜けじゃんか! 裏切り者が居るんだよ!」


「居たとしても、それを炙り出すのは時間がかかりますし、隊内の士気が落ちます。今ここで裏切り者を探すのは得策ではありません」

 カレルヴォは自身の失敗から、そう結論付けていた。


 もとより、現在の傭兵団は赤字続きで兵たちの給料も細っている。傭兵達も、あくまで給料の為に働いている以上、賃金が下がれば士気も落ちるし、買収に引っかかりやすくなっているのだろう。

 今ここで、一人二人の裏切り者を捕まえても、生協の側は新たに裏切る者を勧誘するだけでいい。根本解決には程遠い。


「なら、逆にこちらが生協の連中を買収できないの?」

 ヤルマリが提案したが、それにはインマヌエルが否定する。

「王都に残っている連中に何度も接触してきたが、奴らにいくら金を積んでも情報を売る者は出なかった。亡霊どもと全く接触がないと言う風でもないのだが」


「最初の襲撃で身内を殺しすぎたせい? 不信感があるなら、金を先払いしてしまえば良いんじゃない?」

「それも試したが、ダメだった。奴らは、金ではない別のモノで動いている」


 亡霊を潰すには、足さえつかめればいい。だが、それが出来ない。

 まるで、宙に浮いて足がないような、幽霊のようにつかめない相手だった。


「いっそ、王都のガキを何人かさらって、人質にするか!」

「アホだこいつ。王軍と事を構えたいらしいね」

「んだと! じゃぁ、手前ぇは何か案があるのか!」

 ダーヴィドの言葉に、ヤルマリはにやりと笑う。


「あぁ、あるとも」

 ヌメル様な、嫌らしい笑い方だった。



◇◇◇



「どうだ?」

「エサイアスさん」

 魔界に身を潜めている探索者の元に、エサイアスは少数の仲間を引き連れてやってきていた。


 視線の先を見ると、木々のずっと向こうで光がちらちらと反射するのが見える。

 あれは傭兵達が装備している武具の、金属部分の反射だ。人間の体は草木に遮られて確認できなくても、装備の反射は薄暗い魔界内では良く見える。


 それに比べ、探索者は皆フードマントを被り、全ての装備に布や皮の覆いを付けている。光を一切反射させず、更に金属がこすれ合う音も消していた。相手よりも静かに、相手よりも遠くから察知し、魔界内の機動力はスズメだけでなく徒歩でも傭兵達より高い。


 魔界内に入ってきた傭兵達は、不慣れな戦場と環境に翻弄され冷静さを失いやすい。脅かして崩れれば一部を捕獲する。逆に突っ込んでくるなら、魔界の中に誘い込み放置して、魔物との戦闘に消耗させる。

 探索者における魔界での強さは、魔物を倒す技術の高さじゃない。魔物から逃げる技術の高さだった。しかし、傭兵達にはそれがない。来る魔物を全て相手にしなければならない彼らは、その分消耗も激しい。


「しかし、今回のは大部隊すぎますね」

 見張っていた探索者がそう言う。


「ざっと見ても、百人以上。広域に展開していれば五百は超えていそうです」

「なら、放置だな。こちらから無理して手を出さなくとも、魔物がケガ人を増やしてくれる」

 それを確認すると、エサイアス達は見張っている探索者と一緒に下がって行った。下手にいつまでも張り付いていると、うっかり包囲されたらたまらない。



◆◆◆



「作業が終わるまで魔物を食い止めな!」

 ヤルマリは自分の部下三三〇人を連れて、タンペレ近くの魔界に来ていた。この近くでは最も大きな内魔界だ。

 だが、外魔界と違って王国内に点在する内魔界は範囲が限られている。人海戦術で内魔界全域をしらみつぶしにと言うのは魔物がいて不可能だが、内魔界から炙り出す事さえできれば、いくらでも戦いようがある。


「ほら、魔晶石を早く持ってきな!」


 部隊の後方からは、スズメが六羽やってきていた。その両脇には、一抱えもある大きな魔晶石が積まれている。歩兵戦に使う様なサイズではなく、攻城の際に使う魔導砲などのエネルギーとして用意する大型のものだ。


「そこの部隊! 防御に穴をあけるな! 魔物が寄ってきているんだぞ!」


 半魔法生物の魔物にとって、魔力が詰まった魔晶石はご馳走のようなモノだ。小さいモノならまだしも、これだけ巨大になればその魔力に引き寄せられて、魔物が集まり始めていた。

 もっと魔界の奥に設置したかったのは山々だが、それをやるとこちらの被害がどこまで増えるか読めないのは恐ろしい。


 再び部隊の中心に目を向ければ、魔力火傷を防ぐためのローブを着た魔導士たちが、持ち込んだ魔導陣を決まった配置で設置していっている。その魔導陣同士を金属線でつなぎ合わせて、更に巨大な魔導陣としていった。


 十数分後、主役の設置が完了して、その周囲には魔物を押しとどめる防御結界の準備も完了した。

「ヤルマリ様、準備が整いました」

 女魔導士の声にヤルマリは頷く。

「はじめろ」


 指示をだせば、魔導士たちが魔晶石横の大きな遮断版を引き抜いて行った。

 八か所の起点に設置された魔晶石、それを掲げている装置の魔導陣に魔力が流れ、淡く、青く光を発していく。


「加速陣、正常に起動。……魔力臨界確認!」

「よし。全隊、撤退開始!」

 ヤルマリの声に、中央で作業していた魔導士の大半が外へ出る。

 周囲の兵たちの間でも、「撤退はじめー!」の号令が飛び交い、散開していた部隊に伝えて行く。全隊に命令が伝わったのを確認して、ヤルマリは魔導士たちに向き直る。


「そんじゃ、召喚陣を起動しな!」

「起動します!」

 復唱と共に、八人の魔導士たちが、最後の遮断版を取り除いた。

 直後、巨大な魔導陣に膨大な魔力が流れ青い光が強く発光し、即座に暗い青色に反転する。

 召喚陣が起動した。


「急げ! 撤退だ!」

「内部安全、確認! 防御結界起動!」

「防御結界起動!」


 中央で暗く光る召喚魔導陣のさらに外周を覆う結界魔導陣にも、魔導士たちは魔力を流していく。そして、即座に離れた。防御魔導陣から黄色い光の粒子が散ると、外側へ向けて薄黄色に光る魔力障壁が展開されていった。


「足を止めるな! 急げ!」

「巻き込まれる前に離脱するぞ!」


 各部隊の指揮官が声を張り上げながら、近寄ってくる魔物は全力で討ち倒して、ヤルマリ隊は魔界の外へ向けて大急ぎで脱出していった。

 後に残るのは、昼でも薄暗い魔界の中で暗く光る大きな召喚魔導陣だった。

 傭兵達も居なくなった後、青い魔導陣はその中心を完全に黒く染め、その闇を周囲に溢れ出しはじめた。

 黒い、暗い、粘る様な闇が魔界に広がって行く。




「居たぞぉ! 生協の残党だ!」

「追え、追え、追え!」


 昼の明るい時間、三〇騎近い騎馬が魔界近くの街道を駆けていた。

 その前方には八騎のスズメが居る。全員がフードマントで所属も分からなかったが、魔界からあんな恰好で出てくる奴は生協の残党以外に居なかった。


「奴らはスズメだ! 平地なら馬の方が早いぞ!」

「やっと、見つけた!」「逃がすかぁ!」


 この一年間の恨みを込めて、傭兵達は叫びながら剣を振って追いかけていた。

 中にはボウガンを撃つ者もいて、その一本が探索者の背中に刺さる。

 撃たれた探索者が体を震わせて落ちるかと思ったが、踏みとどまった。

 刺さったはずのボウガンの矢だけが落ちて行く。無傷ではない様だが、浅い。


「クソっ! あのマント、魔力障壁になってんのか! 高級品め!」

「焦るな! 近接戦になれば、剣で軽く斬り裂ける!」


 スズメを撃つという事も考えたが、厚みのある羽毛は強く丈夫だ。小型の魔物なら狩って食べる雑食性のスズメの耐久力は、馬よりもずっと高い。


「くそ! また魔界に入りやがった!」

「止まれ、止まれ! これ以上は追うな!」

「班長! でも、目の前に!」

「落ち着け。もう、奴らには魔界に逃げ道などない。俺達は、炙り出されて来る連中を待つだけでいいんだよ」


 現に、探索者共がのこのこ昼間に出てきているのが良い証拠だった。奴らにとって、今の魔界は安全な隠れ家ではない。いつまでも留まれば、いずれ焼き殺される窯の中だ。


 そして、今回は外魔界には、絶対に逃がさない。

 北西のバーサ、西のポリ、北のアラプス、そしてタンペレを結ぶ街道には、グローバレイレ傭兵団の総力を以て部隊を配置した。内魔界から出て来れば即座に補足して、外魔界にたどり着く前に追撃、撃滅する事が出来る。


 外魔界とは逆の北東に逃げるようなら、そこにはアラプスのアルペルッティ隊が居る。魔界の少ない北東側には、探索者の隠れる場所も逃げる場所もない。

 グローバレイレ傭兵団にとって、過去に例を見ない広域作戦だった。


 一つ気がかりなのは、王国政府から魔物被害が増えている為に兵団抗争はひかえ、魔物討伐に力を入れろと言う要請が出されている事か。

 要請と言っても、この場合はあくまでお願いにすぎない。努力義務なので別に無視しても罰せられる事も無い。『頑張ってます!』と報告しておけばいいだけだ。

 罰せられなければ、その範囲内で最大限の利益追求をするのは企業の使命である。

 例え、その魔物被害の原因を作ったのが自分達であっても、罰せられなければ、バレなければ問題ないのだ。


 魔力侵食型召喚魔導陣を起動させてから四日目。

「全く、粘るね」

 本部棟会議室のテーブルに足を投げ出して、ヤルマリは煙草をふかしながら呟いた。


「幾らなんでもやり過ぎだ……」

 インマヌエルはやつれた様に呟く。

「だって仕方ないだろ? それとも、内魔界を全部焼き払う? 数ヶ月かければ出来るかも知れないけど、その場合の費用を考えなよ。こうして、内魔界の魔力濃度を上げれば、安くて素早く連中を炙り出せる。実に経済的だろ?」

 全くその通りなので、カレルヴォは何も意見しなかった。


「けっ。こんな回りくどいやり方」

 ダーヴィッドは立ったまま腕を組んで文句を言うが、正攻法で尽く失敗したのだから、効果が望めるならこうする他ない。


「ところで、召喚陣はあとどれくらい魔物を吐き出し続けますか?」

 カレルヴォの心配は、溢れすぎた魔物が周辺の村や街を襲い始める事だ。これ以上拡大すると、生協との抗争を継続するのは難しくなる危険性があった。王軍や州軍と共に、魔物討伐に駆り出されたら意味がない。


「問題ないよ、後二日で魔晶石の魔力が尽きる。それ以上魔物は増えない。けど、生協連中はもう四日間も無補給で戦闘を続けているんだ。潜伏するだけならまだしも、今あそこは魔物の巣窟だしね」


 生協残党の一部が包囲網の外にいる事は分かっていたが、それらは補給の為にこっそり町に出てきている連中だ。既に包囲が完了した今、外にいる少数の探索者は戻る事も出来ないでいる。


「そうですか。なら、もう少しの辛抱ですね」

「そゆこと」


 今回の作戦は、グローバレイレ傭兵団にとっても賭けである。

 五部隊全部が動くには、一ヶ月にクラシダス金貨で三万枚以上の費用がかかる。予定では半月で終わらせるつもりだが、それでも二万枚近い出費。それを、一切売り上げにつながらない生協の討伐に傾けるのだから、赤字が膨らみ借金を増やす羽目になっていた。


 それでもまだ、生協討伐が成功して再び以前のように稼ぐようになれば、その借金もすぐに返せるだろう。この調子なら、今度こそ亡霊どもを根絶やしに出来る。カレルヴォは胃薬を飲みながら、やっとストレスから解放される日が来ると安堵していた。


 が、突然会議室のドアがけたたましく開けられる。

「隊長! 大変です!」


 ダンッ!

 両の拳で、カレルヴォが激しくテーブルを叩いていた。

 そして、ゆっくり上げるその顔は、まるで、悪魔のような形相。

 報告に来た兵士はカレルヴォに睨まれ、息を忘れて喘いでしまうぐらいに。

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