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疑心暗鬼

「ふむ……」

 薄暗い武防具屋の中は窓から差し込む光だけで、魔導灯もなかった。

 この辺りにはまだ普及しきっていないのだろう。


「剣をお探しかい? 最近はウチみたいな田舎の店でも良く売れるから助かるね」

「へぇ、何かあったんで?」

 四〇歳前後の男は剣の並ぶ棚から目を離して、店の主人の方へ向き直った。


 チョッキを着た主人は全身に白い毛を生やして、鼻と口が突き出た細長い頭部に渦を巻いた角が二本生えていた。都市部ではあまり見ないが、田舎に行けば珍しくない亜人種だ。


「何かって、あんた新聞読んでいないのかい? 亡霊戦争のおかげで、皆不安がって武器を良く買うんだよ」

「亡霊戦争? いや、最近北の地方から来たばかりで。こちらに新聞は置いてあるかな?」

「それじゃぁ知らないか。……一部でペネロペ銀貨一枚半だよ」

 そう言うと、主人はカウンターの方へ戻って行くので、男もついて行った。その横に居る女の子も、どこか嬉しそうについてきている。親子だろうか。


「ほいよ」

 主人がカウンターに新聞を出せば、男も丸いペネロペ銀貨と、イチョウ切りされたような形の割りペネロペ銀貨を二枚置いた。


「もう事件自体は五か月近く前の事だけどね」

 新聞を広げれば、店の主人が卓上式の魔導灯を灯して照らしてくれた。

 文字と共に、焼け落ちた家屋や、最上階が破壊されたサージ砦の写真も載っている。


「タンペレの街に拠点を構えていた生存協同組合って組織があったんだよ。そこは探索者の集まりでな、普段から魔物の退治や魔界での宝探しをやって居るような連中だった。しかし、同じ街にグローバレイレ傭兵団ってのも本社を構えていて、まぁ、仕事が減って困っていたから、探索者の組合を潰して自分たちが仕事を奪おうとしたらしい」


 新聞の一面には、まさにその事件の経過が細かく記されていた。

 この新聞自体も、発行されたのは二週間前だ。場所がら、情報の伝達が遅くなるのは仕方がない事だろう。

 事件の見出しには、【亡霊に襲われる傭兵団】となっている。


「まぁ、結果的には傭兵団の方が圧倒的に強いからな。いくつかの支部が襲撃されて金を奪われたらしいが、あれ以来、生協側は全く動きなしだそうだ。どうせ、もう遠くに逃げているんだろう」

「なるほどねぇ」


 記事を読み進めて行くと、『妄執にかられた亡霊。謎の書類焼き払い』『傭兵団の損害は軽微であった』『地方支部の撤退が五件目。各隊の拠点に戦力集中か?』と、続いていた。


「結局、傭兵団はたいした損害もなく、今もぴんぴんしている。生協の亡霊も、無駄なあがきだったんだろうね」

「ほぉ? 生協残党の情報に賞金かけているのか。重要情報にはピピル金貨千枚とは太っ腹だな」

 大金貨と呼ばれるクラシダス金貨に比べて、ピピル金貨は小金貨と呼ばれている。価値も十分の一だ。庶民が手に持つ金貨と言えば、普段はピピル金貨の方になる。


「ほんと、金持ちだよなー。確か、生協残党に盗まれたのはクラシダス大金貨で三万三六〇〇枚だとか。それだけあれば、城が建ちそうだ! ふほほほ」

 愉快そうにヤギの主人が笑っていたが、ふと気になる事があって笑いを止める。


「んやしかし、それだけの金を手に入れたのに、どこかで使ったと言う話も聞かない。亡霊だから金は使わないってか?」

「ご主人だったらどうする?」

 そう客の男が聞いてきていた。


「俺達がその亡霊だとしたら、傭兵団に通報すれば賞金が貰えるかもしれない」

「へっ。あんな奴らに協力するぐらいなら、俺は亡霊の方を応援するね」

 心外だと言う様にヤギの店主は腕を組んでいた。


「ずいぶん嫌っているね」

「そりゃそうだ。奴らは辺境の村と見れば、面白半分で略奪していくからな。俺の知り合いも何人か被害にあっている。地方の村にとって、山賊と傭兵はほとんど同じだ」


 ただ、とヤギの主人は笑って続けた。

「娘を連れ歩く亡霊なんて、聞いたことないがな。ふほほほ!」

「それもそうか」

 客の男も一緒に笑っていた。


「お嬢ちゃんも、父ちゃんに新しい武器でも買ってもらえばいい。その剣も、きっと誰かのお下がりなんだろう?」

 ヤギの主人が見る限り、この二人は随分長旅をしてきたらしく装備はボロボロだ。


「いや、商売上手でかなわねぇな」

 男が困り顔で応じていると、隣の少女がすっと指をさした。

「お父さん、あれが欲しい」

「げほっ! げほっ!」

 呼ばれた男は、何に驚いたのか突然むせていた。

 しかし、ヤギの主人も後ろを見れば、なるほど、この剣の値段を見て驚いたのだろうと納得する。


「若いのに、お目が高すぎるのも、困りもんですな」

 若干笑いながら、ヤギの主人は壁から剣を外すとカウンターに置いた。

「最近よく武器が売れるからね。つい先月新たに仕入れたんだよ。この新型の魔導回路があれば、同じ魔力量で、魔力障壁の侵徹力は一・三倍だ。若干、効果時間が短くなるがね」


 近くにある剣が入っている樽に目を向ければ、そちらは一本でピピル金貨〇・五枚。あれらは魔導回路も組み込まれていないジャンク品だが、他を見ればピピル金貨三枚から五枚程度で、一般的な魔導剣が買える。そして、今カウンターに有るモノは、

「ピピル金貨、一二枚か……」


「まぁ、最高級品を探したら街にはもっと良いものもあるが、ウチで取り扱うのはこれが一番だよ。値段と魔導回路の安定性、それに元の剣の質も良いから、性能の割にはかなりお手頃なはずだ」


 ヤギの主人が説明すると、女の子が自分の持っていた剣をカウンターに置いた。

「お父さん。これ、もう限界」

 男の客は更に困ったように目を瞑っていた。


「ちょいと失礼」

 ヤギの主人はカウンターのショートソードを手に取ると、鞘から剣を引き抜いてみた。

「……こりゃぁ、また」


 それは一般的に普及している魔導剣だが、それにしても使い倒し方が半端じゃない。一般的に、魔導剣は魔力があるうちはそうそう刃こぼれしない。しかし、この剣はかなりボロボロで、これでは研ぎなおしても剣が痩せて本来の性能を発揮できないだろう。

 余程乱暴な扱い方をされてきたのだろうが、魔導回路につながる魔晶石の差込口は何度も魔力を流した焦げ跡が残っている。いったい、どんな旅をして来ればこんな剣になるのか。


「お客さん。あんたの方は?」

 ヤギの主人が聞けば、客の男は剣を半分ほど抜いて剣身を見せてくれる。若干痛んでいるが、手元の剣程じゃない。


「そいつのは、昔俺が使っていたお下がりだからな。そのうち買いかえなきゃとは思っていたんだよ」

 そうは言うが、ヤギの主人だって伊達に武防具屋を三〇年以上やって居た分けじゃない。本当に古い刃こぼれなら、もっと欠け口に錆が浮かんでいるはずだ。この剣は、そんな昔にボロボロになった分けじゃない。


 しかし、しかしだ。

 男がその事を隠すという事は、これ以上踏み込んではいけない事だと、武器屋経験の勘がささやいていた。


「なるほどね。剣を新しくするなら、ベルトもおまけで新調できるけどどうするかい?」

「それはありがたい。じゃぁ、お願いしようか」

「お父さん。これも」

「げほっ!?」


 女の子が、いつの間に持ってきたのか、表面に鉄板を張られた中は木製の盾を持ってきていた。軽い小型の丸盾(ラウンドシールド)も、きちんと質の良い魔導回路の組み込まれている品を選んできている。随分と、武具を見る目は確かなようだ。


「ピピル金貨八枚になります」

 盾、それも魔導化したモノなんて傭兵か探索者しか使わない。旅の護身用には買わない高価な品だ。もちろん、ヤギの店主はそれに触れず、澄ました顔をしていた。


「んー、まぁ、ちょうどいいか」

 そう言うと、男はカウンターにクラシダス大金貨を二枚出した。

 わざわざ使い勝手の悪い大金貨で持ち歩いているのか? なんて事も聞いちゃいけない。


「ありがとうございます。今、ベルトを持ってきますね。ちょうどいいサイズに合わせてあげますよ。お嬢さんも育ち盛りで、ちょっと窮屈そうでしたしね」

「おじさん、ありがとう」

 女の子もお礼を言ってくるので、ヤギの主人は笑顔で答えた。




 子連れの客と話をしてから彼らを見送ると、ヤギの主人は疲れたようにカウンターの椅子に座り込んだ。客の男が帰り際に言っていたのだ。

『後で、俺の知り合いが武具の仕入れを頼みに来るから、その時は頼むよ』


「いや、まさかねぇ……」

 武具商人の間で噂があった。それは、旅人の姿をした客が、なぜか武具を何度も買いに来ると言うものだ。普通、そんなに頻繁に買いかえるようなモノでもないし、同じような装備を買っていくのも妙だ。

そして、なぜかクラシダス大金貨で払う。


 そんな居るかどうかも分からない噂の上客を指して、さしずめ亡霊の客なんて冗談も流れていた。だが、それは、本当に亡霊なのではないか?

 一瞬ピピル金貨千枚が頭をよぎったが、首を振る。

「いや、……オレは武器屋だ」



◆◆◆



「暇っすねー」

「隊長ー。俺達も遠征に行きたいですよ?」

「他の隊が帰ってくるまで待ってなさい」


 やっと修理が終わったグローバレイレ傭兵団の本社、その本部棟の執務室で、今日もカレルヴォはイライラと新聞を読んでいた。

 仕事のない部下たちも、部屋のテーブルを囲んで退屈そうにボードゲームをしている。


「金貨三枚を支払って、騎兵を買う」

「てめぇ、また騎兵かよ。在庫ゼロになっちまったじゃねーか」

「俺の番だな。歩兵カード二枚で砦Bを攻撃。魔導砲を使う。ん」

 ダイスを転がせば五がでた。


「えーと、一二点で撃破。魔導砲はちと勿体なかったかな」

「ほいほい、次は俺だ」

 ダイスを転がすと、二が出た。

「クッソ、騎兵があれば村を先に占領できたのに」

「じゃぁ、俺は騎兵を使用。それ」

 六が出る。騎兵効果で出目は倍の計算になった。


「一二マス。おっし、村二つゲット」

「くそっ!」


 ダンっ!

 突然、カレルヴォがデスクを叩いていた。

 驚いた四人が振り向く。

「ゲームじゃなくて、実際に村を落としてきなさいよ!」

 この半年間、部隊は身動きが取れず、カレルヴォはストレスが溜まっていた。


「隊長ー。そうしたいですが、地方支部を閉じちゃいましたから、遠くの村に行くのは金かかりますぜ?」

 もちろん、王都に近い村に手を出したら王軍が黙っていない。

 あくまで、傭兵の村略奪は内緒の小遣い稼ぎだ。


「きぃぃ!」

 怒りにまかせて新聞を引き裂いていた。

 上司の後始末に動くのは、近くで紅茶を入れていた部下。最近出来た彼女に、紅茶の美味しい淹れ方を教わったので、今日も腕を振るっていた。


「あー、また亡霊の記事ですね。記者連中も他に話題ないんですかね」

 そこには、やれどこそこで亡霊を見ただの、景気よくクラシダス金貨を使っている奴が居るとか、武具が良く売れて景気が良いとか、そんな事が書かれていた。

 初めのうちこそ、亡霊の目撃情報があれば部隊を動かして捜索に当たっていたが、その大半がガセネタで、今じゃほとんど無視している。


 しかし、それがグローバレイレ傭兵団の動きを封じる原因でもあった。

 グローバレイレは小さな支部はすべて畳んで、重要拠点だけに防衛力を集中させている。この状態なら、いつどこに生協残党が襲って来ても返り討ちに出来る体制だ。


 しかし、残党は一向に現れなかった。バーサ砦を攻撃して、それ以来全くだ。

 どこかの町で戦力を整えていると言う動きも見えない。もしかすれば、既に奴らは復讐を諦めているのではないか? そうは思うが、各拠点の守備を薄くするのは、どうしても気が進まなかった。

 生協の連中には散々ケツを掘られた。

 今また支部の防衛を緩めれば、再び襲ってくるような気がしてならなない。


 インマヌエルは部隊が小さくなったのを良い事に、部隊運営をトゥルクからこのタンペレに移して、トゥルク支部拠点を畳んでしまった。当然、金庫もこっちに移っている。

 つまり、部隊としての機能は本社に置き、その防衛はカレルヴォに押し付けたのだ。インマヌエル自身は九〇〇人程の部隊全員で国外の戦争に稼ぎに行っていた。


 ニコデムスの部隊は、五人の隊長で等分に別けているので、各隊は一二〇〇人になっている。各隊長は半数前後を拠点と支部の防衛に残して、残り半数で出稼ぎに行っていた。インマヌエル以外は、全力出撃できない事でカレルヴォに対して文句たらたらだ。


 カレルヴォはと言うと、部隊は一七〇〇にも上る傭兵団内で最大規模になったが、当然維持費も最大。だが、本部防衛は疎かに出来ないので、五〇〇人はここを動けない。また、四〇〇は他の支部の防衛に回っている。

 自由に動けるのは八〇〇。

 

 そうなると、残党討伐に必要な戦力としてはこれ以上削る分けには行かない。

 生協残党は三〇〇人から四〇〇人と推定される。圧勝するには千人以上が必要で、八〇〇が即応待機していれば、応援に二〇〇前後送れば封殺できるだろう。

 いつでも、生協を見つけ出せば叩く事が出来る体制になっていた。


「やっぱり、動かないのでしたら、奴らはもう諦めたんじゃないでしょうか?」

「そう思わせる為の作戦ですよ。絶対に!」

 カレルヴォの疑心暗鬼は強固だった。

 こうなると、カレルヴォ隊は動く事が出来ない。


 動けないとはつまり、一七〇〇人ものタダ飯喰らいを養い続けるという事だ。

「今月も赤字になりますけど、流石にこのままじゃウチの隊の蓄えが怪しくなって来そうですよ」

 カレルヴォ隊が動かなくても、維持費として毎月クラシダス金貨で四千枚が消費されていく。それとは別に、本社維持にもクラシダス金貨二千枚だ。


 一万や二万の金貨を盗まれた程度ではビクともしないが、流石に三万枚を盗まれた上に、グローバレイレ全体で半年間に九万六千枚の維持費+二万枚の修理費がかかっているのは無視できなかった。

 その上、稼ぎ頭だった北の国家間戦争がなくなったために傭兵需要が大幅に減っている。傭兵全体の相場が下がれば、ますます売り上げが低下していた。

 このままでは来もしない生協残党に怯えて、無駄に傷口を広げかねない。と言うよりも、既にかなり痛々しい財政状況だった。


「分かっていますよ。他の隊が帰ってくれば、入れ替わりに我々が遠征に行く手はずです。それより、シュネーヴォイクト家からの返事はどうなっていますか?」

「へい。身代金には応じるそうですが、また減額しろって言ってますね」

「自分の一人娘なのに、さらに減額しろとはずいぶんな父親ですね」


「あー、まわりを調べてみたんですけどね。どうもあの貴族様、余り金持っていないっぽいんですよねぇ」

「英雄騎士だというのに?」

「えぇ、生協に私財の大半をつぎ込んでいたそうで」

「また生協ですくぁ!」

 思わず顔面を取り乱してしまったが、カレルヴォは慌てて平静を取り繕う。

「身代金は八千枚。それ以上は一切譲歩もしなければ、これ以上は待てないと伝えなさい」

「へい。手配します」


 ロイネ・シュネーヴォイクト。

 唯一手に入れた養成所の生徒だが、危うく殺す所だった。

 先に名前を確認しておいたお陰で、それが英雄騎士のシュネーヴォイクト家の一人娘だと判明したのだから運が良かった。小銭稼ぎにしかならないが、これで少しでも金を確保できればそれに越したことは無いだろう。




 一週間後の事である。随分早くにシュネーヴォイクト家から返事が届き、金貨八千枚を即金で支払うと言ってきた。何かの罠かと思ったカレルヴォだが、生協が仕掛けて来るなら逆にその機会を作ってやろうと画策する。


 身柄の引き渡しは、シュネーヴォイクト家がある片田舎。

 五〇の兵を伴った部下を引き渡しに向かわせ、カレルヴォ自身は七〇〇の部隊で少し距離を開けて待機させると言う、随分大掛かりな作戦を仕掛けた。


 しかし、結果的には身柄の引き渡しはスムーズに終わり、カレルヴォはクラシダス金貨八千枚と共に、タンペレの本社に戻ってきてしまった。

 期待した生協討伐としては、空振りである。


「まぁ、良かったじゃないですか。これで我が隊の二か月分の赤字が埋められます」

「それは……そうですが」

 スムーズ過ぎて、カレルヴォは逆に居心地が悪かった。

「隊長も完全に亡霊恐怖症っすね。もう、アイツらも成仏してますって」

「うーむ…………」

 少し考えてから、こんな保守的な姿勢はまるでインマヌエルの様だという事に気が付いてしまった。嫌な発想に、思わず顔が歪む。


「そうですね。小銭稼ぎに周囲の魔物退治でも始めますか」

 当初、生協から奪うはずだった仕事だ。全体量としては、小さな生協が請け負っていた程度なのであまり多くないが、赤字を半減するぐらいなら出来るだろう。


「お、久々の出撃っすね!」

「いよっ、待ってました!」

「隊長! 俺の部隊にやらせてくださいよ!」

「てめっ、抜け駆けすんのか!」

 部下たちも、半年近く動けなかった鬱憤を晴らす機会だと盛り上がっていた。


「はいはい。お黙り。どうせ仕事の一つ一つは小さいんですから、各部隊から百人ずつ選出して、それに仕事を割り振りなさい」

「よっしゃー」

「仕事だ、仕事だ!」


 久々に、カレルヴォ隊の傭兵達に明るい雰囲気が広がって行った。

 折角の力と技術も、腐らせておくほど勿体ない事はないのだから。



◇◇◇



 ミルッカはウキウキでスズメに乗っていた。腰には先週新調したばかりの剣がぶら下がっている。

 途中、街道で魔物に出会った時に試し斬りしたが、今まで使っていたナマクラとは段違いに切れ味が良かった。いや、前のが魔界内での戦闘で酷使しすぎたせいもあるが。

 

 生協の探索者達は、軽度の外魔界に半年間ずっと潜伏していた。

 その間は負傷者の傷が癒えるのを待ちながら、傭兵団に悟られない様、時間を掛けて少しずつ装備や魔晶石を整える。同時に魔界の中で文明遺物(アーティファクト)を集めて、道具を増やしながら資金源としていた。今では、魔界の中に丸太の防壁で小さな村を作っている。


 同時に、魔界から出るときは決して生協組員だとばれない様に、細心の注意を払いながら行動も少数で行う事にしていた。それにより魔界の中に作った隠れ村は、今もグローバレイレには見つかっていない。


「お父さん! 早く行こうよ!」

 元気よく後ろに呼びかければ、渋い顔をしたエサイアスが付いてきていた。

「だから、そのお父さんは止めろ」

「仕方ないでしょ。アタシ達の関係がばれない為のかもふらーじゅだよ」

「関係って……」


 魔界を出てからのミルッカは終始上機嫌だった。今日までの移動はほとんど街道を通ってきているので、危険な魔物との遭遇も少ない。残暑の日差しがまだ強いが、のんびりとした二人旅を満喫していると言った感じだった。


 グローバレイレ傭兵団の襲撃を受けてから何人もの仲間が死に、ミルッカは養成所の生徒とも離れ離れ。それでも、彼女は王都に戻る事をかたくなに拒否していた。

 ずっと、暗い表情だった。

 しかし、先月からは違う。


 ロイネが生きている事が分かったのだ。そして、グローバレイレ傭兵団がシュネーヴォイクト家に対して身代金を要求している事も分かった。

 傭兵稼業の主な収入源の一つが、貴族などの指揮官を捕まえて本国に身代金を要求する事だ。その意味では、傭兵団らしい仕事だった。

 

 ミルッカは即座に救出に行くと、傭兵団を襲撃すると言い出したが、そこはエサイアス達がなだめた。身代金を渡せば、グローバレイレ傭兵団がロイネを解放してくれるだろうと言う予想があったからだ。唯一の問題はシュネーヴォイクト家が本当にお金に困っていた事にある。


 いや、クラシダス金貨で八千枚など貴族であっても簡単には用意できるモノではない。英雄騎士と言う事もあり、高額な身代金を吹っかけられていたのだろう。または、それ程までにグローバレイレ傭兵団の財務状況が悪化しているか。それなら良い兆候だった。


 街道から外れて道を進んでいると、草原の先に一軒の家が見えてきた。

 はやる気持ちが抑えられないのか、ミルッカはスズメを走らせる。

 エサイアスも仕方ないと、スズメを蹴って後を追って行った。




「ロイネ!」

 到着するなりミルッカはスズメから飛び降りると、庭先の椅子に腰かけていた少女の元へ駈け出していた。


 エサイアスもスズメを降りると、シュネーヴォイクト家の別荘へ歩いて向かう。ここなら、グローバレイレ傭兵団の監視もない。あいつ等も、へんぴなココをいつまでも監視しているほど暇ではないだろう。


「ロイネ!」

「! ミルッカなの? どうしてここに!」

「ロイネ! 本当に無事で良かったぁあぁぁ!」

 抱き着いてきた親友を受け止めて、ロイネは半年ぶりの匂いを感じていた。

 ミルッカの方は、既に泣き出している。

 ロイネもミルッカが自分を助けたいと、大人達に混じって傭兵団と戦っている事は聞いていた。そこまでしてくれた事に、本当にうれしい気持ちでいっぱいだった。


「ミルッカ……ただいま」

「おがえりいぃ。ずっと、ずっと会いたかったよおぉ」

 すごく頑張っていた事は、ロイネを抱きしめてくる腕の力強さが教えてくれていた。ロイネはミルッカのヘルメットを外すと、ぼさぼさの頭を抱きかかえる。


「髪の毛、伸びたね」

「うん。ずっと魔界に居たから……」

「大変だったね」

 ミルッカは首を振っていた。


「ロイネは、大丈夫だったの? 傭兵につかまって」

「うん。お父さんのおかげかな。私がシュネーヴォイクト家だと分かってからは、ちゃんとした生活をさせてくれた。外には出られなかったけどね」

「そうなんだ。本当に、よがったよー」

 ミルッカは泣きっぱなしで、顔もべたべたになってしまう。

 それに、長旅で体も疲れているだろう。

 

「ミルッカ。一緒にお風呂入ろうか?」

「……どうして?」

 まだ日は高いのに、と視線が聞いてきていた。

「ミルッカの匂いも好きだけど、伸びた髪を洗って、きれいにしたいなって」

「っ!?」

 勢いよくミルッカが体を離してしまった。

 ロイネは若干さみしく思いながら、あの日とは逆だなと思ってしまう。

 二人がバラバラになってしまった、あの日と。




 ぴちゃん、と静かな浴室にしずくが落ちる。

 暖かい湯船に浸かりながら、窓の外からは午後の日差しが入り込んでくると言うのは何とも不思議な感じだった。こんな時間に入浴するなんて、初めてかも知れない。


「ミルッカ……。私にも、ミルッカの顔を見せて」

「……もうちょっと」

 そう言って、ロイネを背後から抱きしめているミルッカは腕を離してくれなかった。


「脚の怪我、もう大丈夫なの?」

「……そ、そう言う触り方するのは、恥ずかしいと思うな」

 矢が刺さった場所の、太ももの裏をミルッカの指が何度も撫でていた。


「傷口はずっと前に塞がって、今は普通に歩けるし走れるよ。また、みんなと一緒に訓練したいね……」

「うん……」

 養成所の生徒達は、今も王都で勉強をしているだろう。ただ、王都から外に出ればグローバレイレ傭兵団に何をされるか分からない。王都に引きこもって、少し窮屈な思いをしているかも知れなかった。


 カプリと、ミルッカがロイネの首筋に歯を当ててきた。

「なに、やっているの?」

「……なんかね。ここに居るロイネが、本物じゃないみたいで。本当に、今、アタシが捕まえているのか不安になりそう」

 そう言うと、ぎゅっと腕に力を込めてきていた。

 その束縛が、ロイネにとっても少し心地よく感じてしまう。


「大丈夫よ。私は、ここに居る」

 ロイネが指を出せば、ミルッカが指を口にふくむ。

 この世で、誰よりも大好きだった。

 いつまでも一緒にいたいと、また強く心の中で思っていた。

 いつまでも、いつまでも、この暖かい湯の中で二人の体を確かめあっていたかった。




「はるばる、ご苦労様です」

「いえ、シュネー隊長のお役に立てて嬉しく思います」

 頭を下げるエサイアスの前で、ロイネの父親、イェレミアス・シュネーヴォイクトは笑顔で手を振った。


 ミルッカとロイネが風呂に行ってしまったので、二人は別荘の居間で向かい合って座っている。室内には装飾用の剣が飾ってあるが、それ以外は質素な部屋だった。


「私はもう隊長ではありませんよ。……この歳ですからね、遅くに生まれたあの子を守ってもらって、本当に感謝している」

「お預かりしていたご息女を……」


「それは言いっこなしです。グローバレイレの暴挙は、誰にも分からなかったのですから。私にしてみれば、多くの仲間が命を落としてしまった中、娘の為だけに八千もの大金貨を用意してもらった事は、申し訳なく思うぐらいです」


「元は傭兵団の金貨ですから、気にする必要もありませんよ。それに、シュネー隊長のお陰で今日までの生協はあったのですから」


「お茶は飲みますか?」と聞きながら、イェレミアスは立ち上がった。

 ポットに水亀の水を注ぐと、魔導陣を組み込まれた円盤状のコンロの上に置く。横にあるスロットに、魔晶石をかちりと押し込めば、極々ゆっくりとポットの表面が加熱されていった。


「…………敵方は常に半数の戦力を残しながらの遠征を繰り返している様ですよ。仕留められますか?」

 イェレミアスが静かに問いかけていた。

「問題なく。第三作戦は順調に進んでいます。戻り次第、次の作戦を始めます。人的被害を出さずに打撃力は更に増して、奴らの心を折ってやりますよ」


「そうですか。彼らが、それで根を上げますか?」

「それに関しては、シュネー隊長の方が良くご存知でしょう……」

「それも、そうですね……」


 対魔王戦争の時は、敵の魔物もさることながら、味方の傭兵の動きにも散々苦しめられていた。彼らは商売として動く。命を賭して守り抜くとする使命もなければ、自分たちが逃げる為には味方をも犠牲にする。

 傭兵は、使命で動く騎士や王国軍兵士とは根本原理が違っていた。


 湯が沸くまでしばらく、互いに言葉を交わさなかった。

 湯が沸けばカップに注ぎ温めて、紅茶には適温に冷ましたお湯を注いでいく。

 懐中時計を取り出し、きっちり九十秒を待ってから、カップに注ぐ。


「今となっては、この老兵に出来る事もありはせんが――」

 イェレミアスが紅茶をテーブルに並べていると、まっすぐに見つめてくるエサイアスの目とあった。そして、エサイアスが口を開く。


「一つ、騎士の名誉を傷つけるようなお願いをしても、よろしいでしょうか?」

「……ふむ。この老いぼれの名誉で、娘達の良き未来が造れるのならば」




 翌日、一泊し朝食をご馳走になったら、既にエサイアスは出立の準備を完了させていた。


「お父さん準備早いよー。アタシも今着替えてくる!」

 エサイアスが居間で装備の最終チェックを終わらせた所に、まだネグリジェ姿のミルッカが顔を出していた。隣にロイネも居る。


「おとうさん?」

「これね、外では生徒と教師だってばれないように、そう呼ぶ事にしたんだ」

「先生……ミルッカに何させているんですか」

「いや、俺は……うん。すまない」

 エサイアスはややこしい説明を放棄した。

 

 それよりも、先に伝えなければならない事がある。

「ミルッカ。お前は準備しなくても良い」

「へ? 今日はお留守番? お父さんはどこ行くの?」

「だから、お父さんは止めろ。俺は外魔界の皆の所に戻る。お前は、今日からシュネーヴォイクト家にお世話になってもらう」


「え?」

 キョトンとしたミルッカの顔があった。

 なぜ、突然そんな事を言うのかと。


「ミルッカ。お前は今日まで本当によく戦った。そして、お前の戦いは、ロイネを取り戻した事で勝利条件を達成した」

「え? え? ちょっと、まってよ……」


「俺達は、二度とここへは姿を現さない。生協とシュネーヴォイクト家は最早関係を持たない。だから傭兵団からの監視に巻き込まれることは無いだろう」

「まってよ! それじゃ、アタシは、おとうさんとは、もう、会えないの!?」


「俺は父親じゃない。あくまで、一時だけお前達生徒を指導する教師でしかない。教師としての仕事が終われば、別れるのは普通の事だ。ここから先は、俺達は生協の探索者としての戦いになる。もう、教師はしていられない」


「いやだ!」

 またミルッカの頑固が始まったと、エサイアスは顔に出さずに思う。


「なら選べ。ここでロイネと別れて二度と会わないと誓い、俺達と共に戦うか。ここでロイネと共に安全に暮らすか」

「ひ、卑怯者!」


 何と言われようとも、大人達の戦いにいつまでも子供を巻き込むわけにはいかない。もちろん、ミルッカは孤児であって生協の探索者達と共に成長してきた事も分かっている。ミルッカにとって、生協から切り離されるのは一度に家族を失う事なのだろうとも。


「上手く行けば、戦争が終わった後にまた会える。それまでここで待っていてくれ」

「上手く行かなかったらどうするの! 二度と、みんなと会えなくなるなんて嫌だよ!」

 ……上手く行かなければ、それまでだ。

 だからこそ、連れてはいけない。


「大丈夫だ。俺達は必ず勝てる」

「先生……。嘘を言っちゃイヤだよ……」

「…………」


 ミルッカの悲しそうな顔に、エサイアスは思わず口の中で呻いていた。

「悪かった……。必ずは、ないな。だが、決して負ける戦いはしない。それは、半年前に魔界で話し合った事だ。俺達は、勝算があるから仕掛ける」


「なら、勝った時に、出来る限りみんな生き残らなきゃダメだよ。私が居れば、みんなの命を守る事が出来る」

 それは、ヘルテラスの魔導杖の事だろう。確かに、アレがあれば大きな戦力だ。

 それでも、それ無しで戦おうとエサイアスは決めて、ここに来ていた。ミルッカを、シュネーヴォイクト家に預ける為に。


「もめている様だな」

 居間に来たのはイェレミアスだ。手には、大きな袋を持っている。

「ロイネ。遅くなったが誕生日プレゼントだ」

「ありがとうパパ」

 そう言って、その大きな袋を手渡していた。


「では、自分はこれで」

 エサイアスが玄関に向かって歩き出したら、飛び掛かって来たミルッカが腰にしがみついてくる。


「アタシも行く!」

「じゃぁ、ロイネと別れるか?」

「いやだ! アタシ達の仲を引き裂くなんて、おとうさんは酷い!」

「だから、その呼び方は止めろ……」


「あっはっはっは」

 一人楽しそうに笑うのは、イェレミアスだった。

 のんびりと歩くと、ソファーに腰かけてしまう。


「笑い事ではありませんよ。このバカをしばらく縛っておいてください」

「無茶いうな。この老いぼれに、そんな若い力を押さえ込めるわけがない」

 イェレミアスが老いたと言っても、未だに五十代後半とは思えない肉体は健在だ。

 ミルッカよりずっと力があるだろう。


「ミルッカ。そのまま押さえていてね」

 そう言うのはロイネ。

 視線を向ければ、その場でネグリジェを脱ぎ捨てて、袋に入っていた探索者用の服に着替え始めてしまった。


「おい! こんな所ではしたないだろ! シュネー隊長!」

「あれはな、昔俺が世話になっていた武具職人に頼んで、娘の為にと用意していたんだ」


「そんな事は聞いていませんから!」

「先生」

 ロイネの声に、エサイアスはもう一度視線を向ける。

 彼女は鎧下を身に付ければ、ブーツや胸部鎧(ブレストプレート)を装備していく。薄くて非常に軽いそれは、緻密で丈夫な魔導回路が施されていた。使えばかなりの強度の魔力障壁をまとえるだろう。


「俺はお前達を連れて行かないからな!」

「先生は、生協と傭兵団の戦いって言いましたけれど、そもそも生協はこの国の在り方そのものを変える為の組織です。私達の夢であり、そして、それはこの国の国民すべての戦いでもあります。無関係な人間なんて、一人もいません」

 素早い手つきで装備を整えて行くロイネは、この半年で腕はなまっていないと言っている様だった。


「だとしても、これは大人の責任だ」

「分かっています。ですので、少々卑怯な手を使わせてもらいます」

「ど、どういう意味だ……」

 ギュッと小手を装着したロイネが、まっすぐにエサイアスを見つめていた。

 エサイアスの方も、教え子の覚悟を決めた瞳に生唾を飲んでしまう。

 嫌な予感しかしない。

 

「昨日、お父様にお願いをされたそうですね」

「シュ、シュネー隊長……」

 恨みがましく見つめたが、老騎士は素知らぬ顔でそっぽを向いていた。


「ならば、そのお願いをより効果的にして差し上げましょう」

「ま、まて。それ以上は言うな」

「いいえ、言わせていただきます!」

 ロイネは、ビシッとエサイアスを指差す。

 そして、口を開いた。


「このワタクシ、英雄騎士イェレミアス・シュネーヴォイクトの娘、ロイネ・シュネーヴォイクトが、義を以て生存協同組合の戦争に加勢させていただきます!」

 ややこしい展開に、エサイアスは頭じゃなくて胃が痛くなりそうだった。

 確かに、その方が多くの国民へ見せつけるに効果的だが、……だが。


「こ、これは、大人の……」

「まだ言いますか、往生際の悪い! 生協は勝つのでしょう? それも、圧倒的な大勝利をあげるのでしょう! 国民に、その正義と、正しき使命を示すのでしょう!」

 詰め寄るロイネの気迫に、エサイアスは思わず後ずさっていた。


「だが、シュネー隊長は……」

「ワシ? あぁ、うん。良いよ。行っておいで」

 突然軽い口調でイェレミアスは娘を送り出すと言っていた。これは、ハメられたのは自分の方かもしれないと、エサイアスは思い至った。


「私はな、ロイネが生まれた時いろいろ悩んだのだよ。息子なら迷わず騎士を継がせようと思ったが、娘ならそのうち嫁に行く事を考えるべきだとな。ただ……」

 もっと小さかった頃のロイネを思い出して、イェレミアスは小さくため息をついた。


「駆け引きと、足の引っ張り合い、憎悪が複雑に絡む貴族社会に、幼いロイネは心を閉ざしてしまった。その時、この子をこんな世界に放り出してしまったら、不幸にしてしまうと思ったのだ」

 そして、ロイネの強い願いがあり、探索者養成所へ入ったと。


「若干、父としては娘が武芸を身に付けてくれることも嬉しかったしの。ウチの嫁さんはおかんむりだったが。ははは」

 イェレミアスはソファーから立ち上がると、壁に掛けてある剣の前に立った。


「我がシュネーヴォイクト家は、代々騎士の家系だ。義を尊び、使命を持ち、王国、国民の為に命をささげるのが、騎士の生き様よ。だが、どうした事だ。我が娘の言葉は、この父の胸に深く刺さってしまった」


 その言葉は、父としての葛藤、騎士としての誇り、この国の未来を憂う気持ちが多く積み重なっている様だった。そしてイェレミアスは、最も大切なものを娘に選ばせてやりたいと思ってしまった。


「探索者であろうと騎士であろうと、その思いが同じなら、肩書きの貴賤(きせん)など関係がなかろう。ロイネは、我が娘の心は立派な騎士に育っていた。それを喜ばずして、再びカゴの中の貴族社会に閉じ込めてどうするか。美しい羽をもちながら、朽ち果て殺してしまうのはあまりにも(むご)い」


 イェレミアスは、エサイアスに向きなおると、静かに頭を下げていた。

「娘の門出を、どうか、一緒に祝ってはくれないだろうか」

「…………」


 エサイアスはそれでも悩んでいた。

 教え子は、やはり子供だ。一人の大人として、対等な相手として手を結ぶことは、どうしても心が納得してくれなかった。


「せんせい」

「?」

 ミルッカに呼ばれてふと右の方に首を振った時、ミルッカの体がくるりと回転しているのが見えた。そして、直後に右ひざ裏にミルッカの蹴りが入る。

 思わずバランスを失ったエサイアスが片膝をつくと、目の前にミルッカが立つ。


「この頑固者!」

 お前にだけは言われたくない! と、エサイアスは思わず反論しそうになる。

「アタシが居れば、この先の戦いは誰も死ななくてすむ! そうでしょ! 先生が意地を張る事は、仲間の命と交換にしても通すべき事なの?!」

「そ、それは……」

 そんな風に思ったことはない。それでも、ミルッカの命が危険にさらされる事の方がダメだと、エサイアスは考えていた。


「先生に大事にされる事は、アタシも嬉しいよ! けど、アタシだって先生を、みんなを大事に思っているんだよ! もう、これ以上誰も死んでほしくないから、アタシも戦う!」


 その言葉を聞いて、エサイアスはミルッカの顔を見上げながら、いつの間にか大きくなったのだなと思っていた。

 見れば、ロイネもまた強い覚悟を秘めた眼差しをしている。

 もう、いつまでも守られるだけの子供じゃないと、彼女たちは言っていた。


「…………わかり、ました」

 目を閉じて、エサイアス自身も覚悟を決める事にした。


「ならば。この命に代えて、二人を守ると、誓いましょう」

「うん!」

 元気よく返事をするミルッカの隣で、嬉しそうに笑うロイネと、今更少し寂しそうな顔をしているイェレミアスが立っている。


 少女達は、自ら大人の責任を背負う事を決めたのだった。

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