嵐の後
アラプス支部の襲撃は成功したが、無理を押したために生協側も十一名の死者を出していた。負傷者は四三名に上り、この時点で第二作戦の継続は不可能となる。
それでも、仲間の命を代償に手に入れたクラシダス金貨は一万八千枚。大きな戦果となった。ついでに支部内へ火を放ち、書類も焼き払う事が出来た。アラプス支部の建物自体はレンガなので燃え落ちる事はないだろうが、当初目的は十二分に達成できている。
「流石にあれは無理ですねぇ」
バーサ要塞を眺めながら、探索者の一人がつぶやいていた。
近くには、エサイアスとミルッカ含めて、五人程が居る。
生協の第一部隊は、既にシナノゴウ王国の外に広がる外魔界に向けて先を急いでいる。今までのような、王国内部に点在する魔界と違って、外魔界の先は遠くの国にたどり着くまで延々と続く魔界だ。
途中には致命的な重度魔界が横たわり、探索者と言えど不用意に踏み込めば命はない。勿論そこまで行く必要はないが、次の作戦の為には外魔界に行く必要があった。
「兵の数がすごいですね。まるで一国の城だ」
バーサは内海に面した街でそれなりに大きいが、何よりそこに在るグローバレイレ傭兵団の支部は海に浮かぶ島の上だ。しかも城壁を備えた砦になっている。砦への出入り口は、バーサ市街地とを結ぶ橋一本。
跳ね橋を上げられたら、侵入する事も不可能だろう。
もとより、砦を落とすなら攻城兵器と、防衛隊の十倍の兵力がなければ万全ではない。
難攻不落と呼ばれているバーサ砦を落とすなど、生協の戦力では考える以前の話だった。
「だが、奴らの士気を落とすには丁度いい砦ではあるな」
エサイアスは双眼鏡から顔を離すと、隣のミルッカを見た。
「この距離は、届くと思うか?」
「わからない」
ミルッカも、ヘルテラスで一㎞以上の距離がある標的を撃った事がない。
「でも、狙うだけなら出来るかもしれないよ」
「この距離で、狙撃鏡もなしにか?」
「よく分からないけど、ヘルテラスはアタシの見ているモノをきちんと狙ってくれる。撃った後に、ちょっとだけ光が曲がっているんだ」
「なるほど。さすが特級遺物か。分けが分からん」
エサイアスは、呆れとも驚嘆ともつかない言葉を漏らす。
今日まで、何人かの探索者が試したが、ヘルテラスは最初に手にしたミルッカ以外には扱えなかった。反応しないのだ。人を選好みする文明遺物はあるが、ここまで好き嫌いが激しい魔導杖も珍しいだろう。
結局、ミルッカに頼りきりになってしまった事を、エサイアスは少し申し訳なく思っていた。本来なら、子供を守るのは大人の仕事だと。
ミルッカ本人は、皆の力に成れた事を喜んでいる様ではあったが。
「それじゃ、砦の最上階が見えるか? 一つ飛び出している奴だ」
「うん。当たるかは、分からないけど」
「まぁ、分厚い城壁に跳ね返されるよりは、驚かせる方が良いだろう。たぶん、あの部屋が一番金目のモノが詰まっている。それを吹き飛ばせれば、傭兵団に金銭的な損失を与えて、なおかつヘルテラスの恐ろしさを植えつけられるだろう」
「分かった」
ミルッカがヘルテラスを背中から下ろせば、後に居た探索者達は離れて行く。
破壊的な爆発力は前方にしか発生しないが、残留魔力が後方に飛んでくるので、もろに浴びると魔力火傷を起こしてしまう為だ。余程至近距離でなければ大怪我にはならないが、無駄に痛い思いをする必要もない。
ミルッカが最終安全装置を解除すると、ヘルテラスに一次魔力が流れて行った。同時に、魔導杖先端に有る羽の一つが、杖の中に吸い込まれる。
「ヘルテラス、撃つよ!」
合図と共に、ミルッカはレバーを握り込む。
直後に展開される魔法陣と共に、黄色いい雷が奔る。爆音と衝撃、灼熱に焼けた帯状の光が飛び出していった。それは確かに空中で僅かに軌道をゆがめて、そしてバーサ砦の最上階に吸い込まれていく。
遠くから、ヘルテラスの光がバーサ砦の最上階を撃ちぬくのが見えた。砕け散った残骸が、雨のように降っていった。
「おぉ、お見事!」
「こりゃ、いい置き土産が出来たな」
近くに来た探索者達から声が漏れる。距離が距離なので若干威力が落ちている様だったが、それでも、部屋一つ吹き飛ばすには十分だったようだ。
「まさか本当に当たるとはな」
エサイアスも双眼鏡をのぞいて確認すれば、部屋は跡形もなくなり下階も少し削っている。砦の足元、城壁の内部は分からないが、さぞ大混乱になっている事だろう。
カシュッと、ヘルテラスの先端の羽が開いて、先端部の残留魔力を吐き出していた。風に流されて、それらは辺りに拡散していく。
「ミルッカ、よく頑張ったな。これで第二作戦は終了とする」
「うん……」
あまり嬉しそうではないのは、結局の所、ロイネの安否を調べるのはこれからになるからだろう。ミルッカにとっても生協にとっても、戦いはここからが本番だった。
◆◆◆
「こ、これは、いったい…………」
カレルヴォは開いた口がふさがらなかった。
一昨日、アラプス支部に到着した時は、先発の騎馬隊が二一名の戦死と六七名の負傷と言う壊滅状態に陥ったのを確認している。死者も負傷者も、大半が魔物によるものだ。今回も、残党達はまともに戦わなかった。
そして、アラプス支部にはヘルテラスで大穴が開き、金庫にあったクラシダス金貨を、根こそぎ盗まれた。駐屯していた兵士達は慌てて防戦したそうだが、結局は残党をとり逃している。後にはこちら側のケガ人と、少数の探索者の死体。
あと一歩で亡霊をとり逃した悔しさに歯噛みししたが、アラプス支部は遅れて到着したアルペルッティ本人の部隊に任せて、カレルヴォ達は更に北西のバーサにやってきていた。
要塞都市バーサの支部は堅牢な砦だ。
更には、ニコデムス千人隊長の拠点であり、彼が率いる部隊の大半が駐屯している。それこそ、万の軍勢でも持ち出さなければ落とされたりはしない。間違っても生協の襲撃を心配する必要はなかった。
「ニ、ニコデムス殿が、戦死した? どういう意味だ! 探索者共が、城門を突破してきたと言うのか!」
「い、いえ、そうではなくて、最上階の居室で休んでいた所を……」
そう言って視線を上げる副指揮官の後を追って、カレルヴォも砦を見上げた。
そこには、あるべきはずの最上階がなくなっていた。わずかに壁の一部が残るだけだ。
「そんな。バカな……」
「突然、赤い光が飛んできて、部屋ごと吹き飛ばしてしまったのです」
間違いない。ヘルテラスの光だ。
だが、どこから?
周囲は海に囲まれて、近くの陸地や市街までは一㎞以上ある。
その距離を狙撃した? 常識的に考えればあり得ない。
だが、ヘルテラスは古代人が造り上げた文明遺物。絶対に出来ないとは言いきれなかった。それに、もしかしてニコデムスを狙って撃ったのではないか?
奴らは、ニコデムスがあの時間、あそこにいると知っていたのでは……。
「戦時社則により、今現在よりバーサ支部はワタシが指揮する!」
「せ、戦時ですか?」
「当たり前でしょ! あれが見えないのですか!」
カレルヴォは失った砦の最上階を指差して叫んだ。
「既に3つの支部が襲われて、今日、ここも攻撃を受けたのです! 指揮官であるニコデムス殿まで戦死してしまわれた!」
「わ、分かりました。すぐに戦闘準備を」
「お待ち!」
カレルヴォはバーサ支部の副指揮官を制止させると、少し考えた。
ここはシナノゴウ王国の北西部バーサだ。ここより北は海が広がり、北東方面の町にはグローバレイレ傭兵団の支部はない。真南の先にポリがありインマヌエルの部隊が来ているはず。間に小さな町はあるが、支部はない。そして、西は外魔界が広がっている。
つまり、奴らに逃げ道はない。
ならば今度こそ叩く!
なによりも、グローバレイレ傭兵団は支部が襲撃されて金を奪われてはいるが、人的損失は少ない。決戦に持ち込めば、必ず勝てる。
しかし、同時にもう一つの問題も処分しなければならない。奴らはニコデムスの行動を分かったうえで狙撃した。つまり、内部に生協の間諜が紛れ込んでいる可能性がある。
「人事部隊を編成しなさい」
「はい?」
「ニコデムス殿はこの砦に紛れ込む間諜により情報を漏らされ、その命を奪われた! 裏切り者を見つけ出すのです!」
「りょ、了解しました!」
敬礼をして走り去っていくバーサ砦の副指揮官を見送るより先に、カレルヴォは振り向くと自分の部下達に命令をだす。
「お前の部隊からも、人事部隊に人を出しなさい。ここの砦の連中だけに任せていては、裏切り者が炙り出せないかも知れません」
「はっ!」
「ところで隊長。生協残党の追撃はどうしやすか?」
「分かっています。しかし我々も食料がほぼほぼ尽きていますから、今から追撃するのは無理ですね。今日はこの砦で休み、明朝、砦から物資を頂いたら追撃に入ります。お前の隊は街に行って、今日中に鳥を用意してきなさい。五〇羽も居れば良いでしょう」
もうしばらくすると日が落ち始めるが、店が閉じていても無理やり開けばいい。
「五〇羽、すぐに集まりますかねぇ……」
「資金は砦から持って行きなさい。少々吹っかけられても、今は時間が第一です」
「分かりました。他は――」
「他は馬車で移動します。疲弊している奴らに最後の一撃を加えてやりましょう。ここが踏ん張りどころですよ!」
「それ、前回も――」
「黙らっしゃい!」
「へい、了解です!」
敬礼を返せば、部下たちも散って行った。
次で最後だ。
今日までは散々振り回されたが、それは奴等がこちらの小さな支部ばかり狙い、迂闊なアルペルッティのおかげで守備が薄いアラプス支部を奇襲できたに過ぎない。
正面から当たれば圧倒的な兵力と対人戦の経験から、こちらが負ける道理はなかった。
「報告です!」
その言葉に、カレルヴォは一瞬ビクリと体が反応してしまった。この二週間、報告を聞いてろくな例がなかったせいで、嫌でも体に染みついてしまっている。
「何事ですか?」
走って来たのは、このバーサ砦の兵士だ。
「はっ! 先ほど到着した伝令から、ポリが襲撃にあったと報告に有りました!」
「はぁ? 今更ですか。何日前の話だと思っているのです」
「い、いえ。二度目の襲撃です……。支部再建の為の資金、クラシダス金貨千枚が強奪されました」
「っ…………!」
部隊を別けている生協残党は、各々一五〇人前後。
「なぜ少数の残党に後れを取ったのですか!」
「そ、それが。ポリ支部はインマヌエル千人隊長の管轄ですが、今回、カレルヴォ千人隊長により生協壊滅が成功してから、インマヌエル隊の中では意見が割れている状況が続いていたそうです。そこに来てポリが襲撃され、隊から離脱した部隊がカレルヴォ殿の隊への編入を求めてタンペレの本社に移動してしまったらしく……」
インマヌエル隊に本社防衛を押し付けた事が、ここで裏目に出てしまった。インマヌエル隊はタンペレ本社と、トゥルク支部拠点に部隊が分かれている。そこからポリ支部に部隊の一部を送ったはずだが、それが勝手に離反してポリ支部の守備を放棄してしまった。
一度襲われたため、二度目はないと言う油断もあったのだろうか。
「どいつも、こいつも……!」
普段なら自分の部隊が増強される事は喜ばしい。しかも、穏健派として生協襲撃に反対していたニコデムスは戦死した。同じく穏健派のインマヌエルの兵も離反して力を落とす事になる。
どちらも嬉しいはずの知らせだが、今回はタイミングが最悪だった。インマヌエルとの派閥闘争よりも、生協残党を潰す方が先だ。こうまで好き勝手暴れ回られては、グローバレイレ傭兵団の評判に傷がつく。
戦争を行っている国の権力者共は、そう言った評判をやたら気にする。下手な評判が付けば、グローバレイレ傭兵団を雇う際の金額にケチをつけて値切って来るに違いなかった。こんなわずかな残党共に、大した被害も受けていないはずなのに評判だけがどんどん下がって行く。
とんでもない話だ!
連中の狙いは分かっている。次も守備の薄い支部を狙ってくるはずだ。しかし、既に負傷者も増えて戦力が落ちてきているはず。まずは隊を合流させて戦力の確保と、物資の補給をするはずだ。ならば、合流地点も見えてくる。
バーサとポリの中間に位置する町は、カスキネンかクリスチーネスタッドの二つしかない。どちらも、外魔界のすぐ近くにあり、奴らにとって利用しやすいはずだ。他の村では、戦闘を継続するだけの物資は手に入らないだろう。
そうと分かれば、街道を真っ直ぐ突き進めるこちらの方が先に着ける。
「ふ、くふふふ……。今度こそ、今度こそ仕留めてやる」
カレルヴォは不気味に笑いながら、この戦争の終わりを確信していた。
あれから、五日が経った。
「ぬうああぁぁぜ、来ないぃぃ!」
叫ぶカレルヴォの声が、カスキネンの町に響いていたい。