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企業間戦争

「静かですねー」

 部下が紅茶を差し出せば、イライラと貧乏ゆすりをしていたカレルヴォはそれを受け取り、一口飲み――、

「うわあっつい!」

「あ、熱いですよ」

「遅いですよ! おバカ!」

 こぼした紅茶が、カレルヴォのズボンを汚せば、イライラは更に増していく。


「何度言ったら分かるのですか! 紅茶は少し冷ましてから淹れなさい!」

「でも、この間はぬるいって……」

「水を足すバカがありますか! 全く」

 これだから、戦闘ばっかりで優雅さを失った傭兵はダメなのですよ。

 そう思うが、流石にそこまで言うと部下もヘソを曲げかねないので、心の中にとどめておく。


 石造りの本部棟屋上は、タンペレの街で最も高い場所になる。ここなら街中を一望できた。今日も風は優しく、日差しは暖かくなり始めている。春の心地よい陽気に、カレルヴォもため息一つに力を抜いて行く。


 一週間前の襲撃。それを最後に、生協残党の動きがぴたりと止んでいた。

 足取りを追わせた部隊は、生き延びた職員と養成所生徒が王都に入った事を確認している。しかし、それ以外の生協主力の所在はつかめていなかった。

 どこの町にも潜んでいる形跡がないのだ。

 

 王都内部にもグローバレイレ傭兵団の支部はあるが、王都には王軍があり、そこでの無茶は流石に出来ない。そのうち王国政府からは抗議とも要請ともつかない、抗争の早期終結を願う文書が来るだろう。

 だがまぁ、住民を巻き込まない限りは、兵団同士の抗争は見逃してもらえる。


 同時に、グローバレイレだろうと生協だろうと、抗争中の戦闘部隊は王都には入れない。入れるのは非戦闘職のみだ。殺し合うなら、王都の外でやれと言う話だろう。

 養成所の生徒は武器を扱えるが、正確には生協が出資している専門技術学校の生徒と言う扱いになる。生協の戦闘員ではないので、王都に逃げ込む事が出来たようだ。


「それにしても、忌々しい」

「残党ですかい?」

「それもありますが、あんな奴らは居場所さえ見つければ一捻りですよ。しかし、それを邪魔する魔界が忌々しい」


 生協残党の主力は、一週間前の襲撃直後に内魔界に入り込んでしまった。

 追撃戦は騎馬だ。それが傭兵団の常識だったが、その騎馬では魔界の内部に入り込めずに、生協残党には逃げられてしまったのだ。


「うちも、鳥を飼いますかね?」

「ふん。わざわざ此方から魔界に入ってもバカを見るだけですよ。あそこは奴らの庭みたいなものですからね。そんな無駄な事をするよりも、魔界から出てきた所を叩けばいいだけの事です」


 いくら探索者と言えど、一生魔界で暮らすという事は不可能だ。

 魔界で活動するには水や食料だけでなく、武具や道具などの消耗だってある。医薬品はもちろん、魔晶石も町に出なければ手に入らない。

 魔界内で魔晶石を製造するには、施設と時間が必要となるだろう。しかも、魔物を誘因するので、ほぼ自殺行為だ。


 奴らの最大の武器は、あの【獄炎の鋼鉄(ヘルテラス)】と呼ばれる特級遺物だけだ。世界に十数本しか確認されていない凶悪な威力の武器だが、その消費魔力も桁外れで一発撃つだけで魔晶石を百本以上消費するはず。

 既に、本部襲撃に五発も盛大に撃ちこんでくれていた。

 特級遺物と言えど、それだけ撃ちこめば既に魔力はほぼ空だと推測できる。

 もう一度ヘルテラスを撃つなら、百本単位と言う大量の魔晶石を買い付けなければいけない。


 そんな量の動きがあればすぐに確認でき、奴らの潜伏場所も分かって来るだろう。その後、一気に潰せばいい。

 実に優雅でありスマートである。

 カレルヴォはそんな自身の考えに自信を持っていた。

 もとより、戦場での采配が秀でていたからこそ、この千人長と言うグローバレイレ傭兵団の代表取締役の一人に成れたのだから。

 後は、各地に点在している団員からの情報を待つだけでいい。


 カレルヴォは静かに紅茶を飲む。

 程よい温度になっているが、この渋味は茶葉が焼けている。

 全く、紅茶一つ入れるのも下手くそで困る。これなら自分で淹れた方がマシだが、それはそれで優雅ではない。

 悩ましい問題だった。


「カレルヴォ隊長!」

「ぶほっ!」

 背後からの突然の大声に、思わず紅茶を吹き出していた。

 人が飲もうとした瞬間に、狙いすましたように大声を出すとは、なんて奴だ。


「何事です、かっ!」

 勢いよく振り向けば、階段を上ってきた兵が緊張した様に敬礼を送ってくる。

「はっ! ポ、ポリ支部からの早馬がやってきました!」

「あぁ、やっと返事が来たのですね。全く、四日もあれば往復できる距離でしょうに、ちんたらと」


「い、いえ、そうではありません! こちらから送った伝令は、ポリには届いておりませんでした!」

「……はぁ?」

 伝令が届いていない?

 生協残党が活動しだしたから、援軍を送るか警戒をしろと知らせる為の、馬が届いていない?


「はぁぁ!?」

 思わず立ち上がったカレルヴォは、ティーカップから手から零れるのも無視して、報告をする団員の方へ歩いて行った。ティーカップはきちんと部下がキャッチして、ソーサーの上に戻している。


「んま、まさか!」

「で、伝令は偶然魔物に襲われたらしく、血の跡が魔界の方に続いていたそうです。ただ、捜索するだけの余裕はなかったと」


 偶然?

 春先の魔物の活動がまだ鈍い時期、たまたま街道まで出てきた魔物が、たまたま通行人を襲って、それがたまたま我々の伝令だった?

「そんな偶然があってたまりますかっ! 生協にやられたんですよ! いえ、今はそれより、ポリ支部はどうなったのです?」

 嫌な予感に、カレルヴォは焦る様に先を促す。


「ポリ支部は……、生協残党の襲撃を受けて機能を停止しています」

「なんという事ぉぉ!」

 カレルヴォの絶叫は午後の昼下がりに、グローバレイレ傭兵団の本社群全体に広がって行った。


「んでっ! 被害の詳細は!」

「はっ!」

 団員は手紙を取り出すと、その内容を読み上げ始めた。

「死者四名。負傷者八名」

 その数字に、一時は発狂しそうだったカレルヴォは少し胸をなでおろす。殆どたいした被害ではない。所詮残党、正面から戦えばこちらが負ける理由はないのだ。


「支部は半焼。事務関係の書類を全て燃やされて、活動の再開はかなり時間がかかりそうです」

「まぁ、事務員が足りなければこちらから送れば良いですよ」

「証書も……燃やされました」

「ちいぃ!」

 傭兵団が誰かに金を貸していると言う証書だ。それがなければ、取り立てが行えない。

 コソクな嫌がらせに、カレルヴォは再び怒りをつのらせていた。


「それと……、クラシダス金貨三二〇〇枚の紛失を――」

 ガッ!

 思わず飛び出したカレルヴォの拳は、報告を読み上げていた兵を殴り飛ばしていた。


「くそがぁ! また金か! あいつらは、金貨ばっかり集めて何がしたいんだ、コラぁ!」

 当初の金貨一万枚だけなら、今後の徹底抗戦を行う為の軍資金と考える事が出来る。いや、それにしても四千枚もあれば十二分のはずだ。もう金を集める必要はないはず。

 にもかかわらず、支部を襲って、しかも傭兵団の人間を殺すよりも、金を奪う事を優先して活動していた。


「全く意味が分からない! 奴らは報復戦がしたいんじゃないのですか! 単なる盗賊に成り下がったと!?」

「隊長。それなら我らを襲うと言う危険な事はしないと思いやすよ」

「分かっていますよ! そんな事は!」

 だとしたら、何の為に金ばっかり集めるのか?


 いや、それは今考える事ではない。

 今は一刻も早く尻尾を出した残党を追うのが先だ。

「追撃隊を出しますよ! 待機させていた七〇〇名は今すぐ出撃です!」

「はっ! 了解しましました!」


 出撃命令から三〇分もしない内に、七〇〇名は装備を整え、後続となる三〇〇名も補給物資の準備に取り掛かっていた。

 訓練場に集結した七〇〇名が馬と馬車に乗り、さあ出発するかとカレルヴォが部隊を眺めていると、背後の正門が開く音が聞こえてくる。

 まだ開門の命令は出していないが、気の早い事だなと思いながらカレルヴォが振り向くと、そこには別の部隊が今入って来ようとしていた。


「は?」

 何度目か分からない、予想外の光景にカレルヴォの思考が止まりそうになる。

「おぉ、カレルヴォ殿! さっそく生協の残党狩りへ出撃ですかな!」

 馬に乗って近づいてきたのは、同じ千人隊長のアルペルッティ。

 主戦派で生協襲撃を積極的に支持してくれていた男だ。


「あ、いあ、それは、そうだが。アルペルッティ殿は、今?」

 彼の後ろに視線を向ければ、二百騎程の騎馬隊が本部に入ってきている。

「貴殿からの要請を受けて、急ぎ動ける騎馬隊を先に連れて来た。遅れて各地から五百名の兵が終結する予定だ。我々の隊が集まれば、たかだか四〇〇人程度の生協残党など、一捻りであるな! がははは!」

 その笑い声を聞きながら、カレルヴォの頭からは血が引いて行くような感覚があった。


 アルペルッティの部隊拠点は、アラプスにある。

 と言っても、部隊の全部が居る分けではなく、半数は他の町に点在している。アルペルッティが連れてきている二〇〇騎と、他に三〇〇人前後の部隊が、アラプスに居たはずだ。


「つ、つかぬ事を伺うが、アラプスにはどの程度の部隊を残してきましたか?」

「なに、心配には及ばぬ! 此度の決戦と思えば、出来る限りの兵力を動員してきている、あちらは最低限の管理が行えるよう、百人程を残して来ただけだ」


 うわあぁぁぁぁ!

 みっともなく叫びたかったが、カレルヴォは必死にそれを堪えた。

 ますます嫌な予感が強くなって行った。

 ポリへの伝令は途中で殺したのに、アラプスへの伝令はそのまま見逃した。


「いや、慌てるな、慌てるなよ……」

 ボソボソとカレルヴォは自分に言い聞かせた。

 ポリはここタンペレから西方向だ。アラプスは北のずっと先と考えれば、方向がかなり違うから、わざと見逃した分けではなく、単に阻止できなかったからと考えれば良いだろう。


「んあ? あと返事の早馬が戻ってこない所と言うと……」

「どうなされた? カレルヴォ殿?」

 しかし、カレルヴォはそれどころではなかった。

 そうだ、戻ってこない町がもう一つある。


「パルカノ! パルカノは!」

 ここから北北西に位置するパルカノからも、伝令の返事がまだ帰ってきていなかった。あの町は穏健派のニコデムスが管理する支部だ。どうせ嫌がらせで返事を送ってこないのだろうと思ったが、あの慎重な老人が兵の命が掛かっている場面でそんな事をするか?

 つまり、パルカノにも伝令が届いていないのではないか。


 パルカノとアラプスへ続く街道は別々だが、それらは殆ど並行していて一部はかなり近い。つまり、アラプスへ向かう伝令も襲う積りがあれば襲う事が出来るはずだ。

 なら、そうしなかったのはアラプスの兵が本社へ向かうという事を予測していた?


「いやいや、生協如きにそこまで予測されてたまるか。それに、まだパルカノが襲われたと決まった分けでは……」

「はて、パルカノが何かあったので?」

 事情を知らないアルペルッティは呑気に聞いてきていた。

 カレルヴォは胃が痛くなりそうだったが、今はアルペルッティにアラプスへ出来るだけ早く引き返す様に言うしかないだろう。嫌な顔をされるだろうが仕方ない。

 そして、自分達はどうするか?

 生協の残党が居ると分かっているポリを目指すか、それとも、襲撃があるかもしれないパルカノを目指すか。


「カレルヴォ千人隊長! 大変です!」

 背後から飛んできた声に、カレルヴォは思わず体が固まる。

 ぎこちなく振り向けば、事務棟の方から一人の事務員が走ってきている。

「パルカノが、生協残党に襲撃されましたぁ!」

「んのおおぉぉぉ!」




 大急ぎで出撃したカレルヴォの追撃部隊は、翌日にはパルカノに到着していた。途中野営を挟んで昼過ぎに来たそこには、きれいに焼け落ちたパルカノ支部の残骸だけが残っている。近くに隣接している家屋がなかったので、容赦なく焼き払われたようだった。


「クソがぁ!」

 思わず隣にいた兵のヘルメットを拳で殴っていた。

 どちらも完全武装しているので、良い音が響き渡る。


「カ、カレルヴォ千人隊長殿! 素早い救援に、感謝致します!」

 近くの野営テントから出てきたのは、ニコデムス隊の百人長だ。ここの支部長だろう。

「感謝じゃないでしょ! 被害報告は!」

「はっ! 死者二名、負傷者一二名です!」

 やはり、人的被害はかなり小さい。


「資金はどうなってますか!」

「そ、それは、全て焼け落ちてしまったので、これから掘り返さない事には……」

「い・く・ら、この支部には金貨を蓄えていたのですか?!」

 怒りで顔がゆがむのを必死にこらえながら、カレルヴォは質問を変えて聞いた。


「支部には、クラシダス金貨一四〇〇枚程が……」

「貴方達は、残党相手に何をやって居たのですか!」

「そ、そう言われましても。こちらは百人ちょっと。生協の探索者一五〇人は居て、しかも深夜に静かに襲撃されてしまい、気づいた時には火を付けられて……」


 最初の本社襲撃は白昼に堂々と襲ってきたと思えば、今度は深夜の隠密襲撃!

 しかし、見る限りヘルテラスを使用された形跡はなかった。やはり、最初の襲撃で撃ち尽くして、それを使用できないから夜襲に切り替えたのかも知れない。


「んあ!?」

 突然それに気が付き、カレルヴォは慌てて走り出した。

 そして、焼け落ちた支部でも石壁で囲まれた倉庫を目指すと、その残骸に手を突っ込む。必死に燃えカスを漁りだした。


「た、隊長? まだ火がくすぶっているから危ないっすよ」

「うるさい! お前達も探しなさい! スコップ持っておいで!」

 他の兵たちは辺りの警戒をさせて、カレルヴォと数名の部下が倉庫のあった場所を掘って行くと、目的のモノが見つかった。それも、スコップを差し込むたびに何十個も出てくる。


「魔晶石っすね。全部魔力が飛んじまっている」

 魔晶石を囲うゲージは火災の熱で歪んで、中の魔晶石も大きく損傷している。しかし、燃えた程度では蓄えている魔力そのものは失わない。だと言うのに、今カレルヴォの手の中に有る大量の魔晶石は、どれもが完全に魔力を吸いだされた後だった。


「…………」

 そのゲージが歪んだ魔晶石を手に持つと、カレルヴォは無言で地面に叩きつけた。一つ、また一つと叩きつけられた魔晶石は粉々に砕け散って行く。

「も、勿体ないっすよ? まだ使えるのも有るかもしれませんぜ」

「…………そうですね」


 部下の言葉に、カレルヴォは手に持っていた魔晶石を手放す。

 ポトポトと、火災後の地面に落ちて行った。

 これで、奴らはヘルテラスを再び使用できるようになった。

 この支部に蓄えていた魔晶石は幾つだろうか? 駐屯百人なら二〇〇個か三〇〇個か、それぐらいは蓄えていただろう。生協の奴らは、武器となる魔力を現地調達したという分けだ。


 いやしかし、それは傭兵なら当たり前の戦法だ。

 戦争に行くのに余分な荷物は極力持ち込まない。食料も、武器も、魔晶石も、可能な限り戦場で戦った相手から奪うか、近くの村々から略奪する。

 しかし、今回は戦争を知らない探索者が相手だと、完全に侮っていた。この戦い方は、探索者ではなく対魔王戦争を生き抜いた英雄達の戦い方だ。

 カレルヴォは敵の正体を見誤っていたのではないかと、ここになってようやく考え始めていた。


 英雄と称えられていても、所詮、現役年齢を過ぎた老いぼれ連中だと思っていた。現役で戦場を駆けまわる自分たちの敵ではないと。しかし、英雄達にはカレルヴォにはない経験が大量にある。

 それは、少数の味方で大量の魔物を常に相手して、死地を潜り抜けると言う経験だ。


 逆に傭兵は商売だ。無茶な戦闘をするのは意味がない。

 常にこちらが数的優位、地理的優位に立ち、弱兵を蹂躙するのが傭兵の仕事だ。そして、後にはお楽しみの略奪タイムという分けだった。


 だがこれは違う。

 奴らは、生協のベテラン勢は、全くこちらの知らない戦場を知っている。

 生協で脅威となるのはベテランの一〇人程だと思っていたが、そのベテラン勢の経験は、その戦術は若い探索者達を歴戦の勇士にまで仕立て上げると言うのか。


「ふざけるな! 素人が、プロに戦いを挑んで勝てる分けがないのですよ!」

 現に、人的被害はほとんどない。

 ここの支部長に聞けば、兵達が集まり本格的な戦闘が始まるやいなや、残党共はさっさと逃げ出したと言う。おかげで一人の首も取れなかった分けだが、それにしても、正面から戦えば対人戦の経験は遥かにこちらが上だ。戦闘になれば、負ける分けがないのだ。


「カレルヴォ千人隊長殿……」

 振り向けば、弱り切った顔をしたパルカノ支部長がいた。

「我々は、一度サージ砦に引き上げます。負傷者も居ますし、支部がこれでは……」

 最早、ここに残っていても支部を運営することも出来ない状態だ。

 またここで仕事をするには、支部事務所の建設から始めなければならないだろう。


「分かりました。我々が居る間に、出来る限り燃え残ったモノを集めなさい。ワタシの部隊は追撃の為に休息とします」

「ありがとうございます」

 そう言うと、パルカノ支部長は部下達の方へ戻って行った。


 恐らく、この燃えようではあまり残っているものは無いだろう。支部の再建には書類が残っていないとなかなか面倒だと言うのに、一緒に焼いてくれていた。

 奴らは、生協の連中は傭兵との戦闘を極力避けた動きをしている。

 なぜなのか? 戦えば負けると分かっている風だ。

 だがそれなら最初から反撃をしてこなければいい。

 復讐心にかられて反攻した? いや、それも妙だ。


 金を奪われる事は癪に障るが、それでも我々は天下のグローバレイレ傭兵団だ。金貨の一万枚や二万枚を失った程度で傾く様な弱小組織ではない。債権証にしたって、支部が持っている分などはした金でしかない。


「……奴らは、なぜ金を盗み書類を燃やした? 戦争をするのに、何の意味が?」

 戦争に勝つには、敵戦力を駆逐する以外にない。

 相手が根を上げるまで、兵を殺して戦う意思を折る。

 それが戦争だ。


 その意味では、生協のやって居る事はまるでおかしな話だ。

 金を盗んでも傭兵団を潰せはしない、兵はほとんど殺していない。

 これでは、グローバレイレ傭兵団の戦力は全く落ちない。

 そもそも、書類をいくら燃やした所で兵士は死なない。


「なにかがおかしい……。奴らは、いったい何がしたいんだ?」

 兵士を殺さない戦争? いや、そんなバカな話はない。

 しかし、自棄になって戦っているにしては、余りに動きが整いすぎている。

 襲撃するポリとパルカノへの伝令は殺して、それ以外は見逃した。

 狙いはこの二か所だけだった?

 そうあって欲しいと、カレルヴォは思ってしまった。


「はっ!? あって欲しいですって! 違うでしょ。何を、なにを敵の動きに願うなど」

 こんな、後手後手の戦いは初めてだった。

 常ならば、こちらが相手の先を読んだ戦術で翻弄しているはずだった。


 そうだ。

 おかしかったのは、最初の襲撃からだ。

 普通なら組織の拠点が潰された時点で壊走するはず。

 司令部がなくなった軍隊など、どこの戦場でも恐れるモノではない。

 それがどうして、いきなり敵の本拠地であるグローバレイレ傭兵団の本社に攻め入るなんて話になる。


 しかし、奴らはやった。

 こちらは圧倒的兵力の前に、勝ったつもりでいた。

 いや、実際勝ったのだ。

 生協と言う組織は完全に潰した。奴らは亡霊だ。既に死んでいるのに、それでも我々を苦しめる亡霊に違いない。そして、そんな奴らには人間の常識は通用しないのか?

 ならば、奴らは必ず次の手を打つ。


「お前達! 三十分後に出発しますよ! 明日までにはアラプスに到着させます!」

「隊長ー、ちょっと急ぎ過ぎじゃないですかい? 昨日からの強行軍で、兵も疲れていますよ」

「おバカ! ここが我々グローバレイレ傭兵団の踏ん張りどころですよ! 今を逃したら、亡霊を討ち取るチャンスが、次はいつ来るか分からないのです!」


「ぼ、亡霊ですかい?」

「そうでしょう! 生協は既に壊滅、組織はなくなっているんです! やつら、生協残党は既に死んだ組織! 亡霊なのですよ!」


 そんな彷徨える亡者、死に損ない共など、足を捕まえればそこで終わる!

 ならば、現れる場所さえ分かれば、一刻も早く先回りして奴らの息の根を今度こそ止める!

「先行騎馬を編成しなさい!」



◇◇◇



「様子はどうだ?」

「やりましたね。予想以上です。奴ら兵力のほとんどをタンペレの本部に移動させたようで、ここには多くても二百人はいませんよ」

 路地裏の奥で落ち合った二人は、手短に言葉を交わす。


 ポリやパルカノは地方の町なので規模も小さかった。当然駐屯兵力も少なく、最初の襲撃は優位に行えることが分かっていた。

 しかし、アラプスの街はタンペレ程ではないが大きい。

グローバレイレ傭兵団の千人部隊の一つが支部拠点に構える程だ。

 当然、その拠点は金貨の蓄えも大きいはずで、ここを襲えれば大きな弾みになる。


 だた、守りに入られたら襲撃はとても現実的ではなくなる。

 そうなれば、諦めるしかなかった。

 しかし、実際には大半の兵が出払っていると言う。

 連絡を取り合った探索者達はすぐに分かれて、それぞれの任務を続行していった。




「なら決まりですね。今夜、一気に襲撃して、有り金を全部いただきましょう」

「そうだな」

 エサイアスも頷き、今夜の襲撃が決定した。

 ミルッカの持つヘルテラスは二発ほど撃てるようになったが、少数の相手を襲撃するなら、隠密による一撃離脱の方が生協側の被害も少なくて済む。

 大魔法を無暗に撃つ必要はないだろう。


「ミルッカは今日も待機だからな?」

「……うん」

 あれ以来、ミルッカは案外素直に言う事を聞いていた。

 率先して傭兵を殺したいと思っていないのは、本当だったらしい。

 やはり、ロイネの事が心配なのか元気はなかったが。


 魔界の中は既に薄暗くなっている。しかし、日はまだ少しある。

 寝静まる深夜までは、あと七時間ぐらいあるだろう。それまでは、休憩して力を蓄える事につとめていた。

 今日まで一一日間。襲撃と魔界での移動を繰り返していたせいで、探索者の誰もに疲労が見えていた。移動するだけで魔物との戦闘を繰り返すと言うのは、相当に負担が大きい。既に十分に戦えない負傷者が二〇人近くになり、戦力も落ち始めている。

 第二作戦として戦えるのは、次が最後だろう。

 

 

 

 日が落ちてからも、エサイアス達が待機していた時だった。

「エサイアスさん。街道を見張っていた仲間から連絡が」

「どうした?」

 目を開けると、座って背を預けていた木から体を離し、すぐに立ち上がる。


「こちらに向かう騎馬が、およそ百騎。どうやらパルカノの方から来たようです」

「パルカノ? 遠回りして来たという事は、俺達を追って来たか。流石に、こちらの動きがバレたようだな。全員を起こせ」

「わかりました」


 即座に集まり戦闘準備を整えたのは約一一〇人。他は、負傷者と物資や奪った金貨の移動にあてられている。


「マティアス。二〇人連れて騎馬の足止めに回れ。時間稼ぎに攪乱(かくらん)するだけでいい」

「了解」


 返事をした探索者もまた、白髪が混じり始めた年長の者だった。細かい指示は聞かずとも、即座に人員と装備を選んで行く。そして、魔導杖を装備した仲間たちとスズメに跨り、すぐに行動を開始していた。

 残った九〇人の者達も皆スズメに乗って、出撃体制を整えていく。


「静かにやる時間はなくなった。素早くやるぞ」

 エサイアスの言葉に、探索者達も右拳を上げて応える。


「頼めるか?」

 エサイアスが声を掛ければ、隣でスズメに乗っているミルッカが頷いた。その背中にはヘルテラスが背負われている。

 今は夜だが、やるのは最初の襲撃と同じだ。ヘルテラスで支部の壁に大穴を開けて、一気に侵入して傭兵を混乱に陥れる。半数が戦闘を演出しながら、もう半数は金貨を強奪して、それが終われば即撤退。


 時間を掛ければ傭兵達の反撃が激しくなる。理想を考えるなら、襲撃から五分強で撤退したい。今回は、足止めを食らうと追手の百騎に背後を突かれる。そうなると、こちらの犠牲は跳ね上がってしまうだろう。

 追手が足止めされているまでが勝負だった。



◆◆◆



 騎馬百騎を引きつれたカレルヴォ隊の百人長パウリは、嫌な緊張を感じていた。

 カレルヴォ千人隊長の命令で先行してここまで来たが、既に日が落ちてから二時間近く経つ。ポーラの川が西の空で光っているが、夜ともなれば弱々しい。こんな暗闇を馬で駆けるなんてのは、危険なので本来やるべきではない。

 魔導灯(ランプ)を灯して前方を照らしては居ても、馬の脚は遅くするしかなかった。


 アラプスは南北に長い町なので、もう少し進めば北の入り口が見えてくるはずだが、今、右手には飛び地になっている魔界が、街道のすぐ近くまで迫ってきている。

 魔力が湧きだして淀む魔界は、時折魔物を生み出す。奴らは闇夜に強いので、この視界が悪い中でも難なく襲ってくるだろう。こんな時に魔物に襲われたら極めて厄介である。


 しかも、夜間は騎馬の強みである速度と突破力が発揮できない。なんとか、灯りが多い町中まで行ければいいがと思っていた。

 その時、街道の先の方で、ぽつりと赤い光がともった。パウリは民家の灯かと一瞬思ったが、それが空に飛びあがって来たので、すぐに違うと気が付く。


「散開しろっ! 敵襲だ!」

「敵襲ー!」

「敵襲ー! 散開ー!」

 しかし、号令が一歩間に合わず、飛んできた火炎が騎馬隊の前衛に降り注いでしまう。


「うわあぁぁ!」

 運悪く炎が直撃した団員が二人、落馬して馬と共に炎に包まれていた。

 しかし、飛んできた炎はたった五発。敵勢は相当に小さい。


「怯むな! 敵は少数の魔導部隊! 突撃、蹴散らせ!」

 (とき)の声と共に、前衛騎馬が一気に速度を上げて行った。再びの火炎が空を飛んできたが、手練れの傭兵達はそれらを回避して、直撃を受けたのは若い一人。

 距離が詰まると見たのか、火炎を撃ちだして来た連中も魔導灯を付けるのが見えた、それが動き出す。数は一〇、いや二〇か。探索者達も、スズメに乗った騎兵だろう。


 こんな夜間での騎兵戦など、通常の戦闘では聞いた事がない。

 パウリにとって未知の戦場に、こめかみを嫌に冷たい汗が流れた。

 グローバレイレ傭兵団としては、アラプス支部の襲撃を阻止するのが第一目標だ。目の前の探索者は主力ではないが、ヘルテラスでこちらに大損害が出ればそれ以上の追撃は出来なくなる。


 しかし、前衛三〇騎と距離を開け過ぎれば、相手の数が少なくないので被害が増えるだろう。

「ちっ。俺達も出るぞ!」

 パウリは残りの騎馬にも速度を上げさせた。

 街道は緩く蛇行しているが道幅があまり広くない。こうなった以上、ヘルテラスに部隊ごと串刺しにされない事を祈るしかなかった。


「新手ー! 二時方向!」

 部下の声に視線を向ければ、横合いから突撃してくる光が見えた。数は二〇程。予想以上に敵の数が多い。これ程こちらに戦力を割けば、奴らはアラプス支部を襲撃できなくなるのではないか?


「横の奴等から叩くぞ! 続け!」

 前衛部隊が挟撃されたらたまらない。幸い、後方のこちらは七〇騎。二〇騎の相手なら一飲みにできる。


「ぐああぁぁ!」

「なんだ、どうし、があ!」

「敵襲なのか!?」「うわ、どこから湧いた!?」

 街道を外れて草原を突っ切って探索者二〇騎を追いはじめたら、突然味方が攻撃を受けていた。しかし、近くに光は見えない。


「伏兵か!」

「違います! 魔物です! 魔物が襲ってきています!」

「なんだと!?」

 魔導灯を向ければ、闇に溶け込む漆黒の体色をした人型の魔物。


「クロオニだぁ!」

 誰かがそう叫んでいた。

 分類は中型の体長一・八メートル、体重二三〇㎏前後の魔物だ。その握力は鉄の鎧も握りつぶす。なにより、重すぎて騎馬の体当たりにも押し負けない相手だった。

 例え昼であっても、遭遇したくない相手だ。


「お、落ち着いて対処しろ!?」

 そう叫ぶパウリの声が、既に上ずっていた。

 傭兵の一人が槍を繰り出してクロオニを突き刺すのが見えた。しかし、クロオニの方は左肩に刺さった槍を手で握ると、それを引っ張り傭兵の方を落馬させてしまう。

 そうなると、巨大な拳を振り上げたクロオニにまた一人潰されていった。


 ダメだ。人間と同じ戦い方では、魔物は仕留めきれない。しかし、ベテランの傭兵達であっても、魔物との戦闘経験なんて数える程しかない。

「や、奴等……!?」

 見れば、横から突撃してくると見せかけていた二〇騎はこちらを置いて離れて行った。

 奴らは最初からこちらを相手にする積りなどなかったのだ。魔界からおびき寄せてきた魔物を引きつれて、それを俺達になすりつけて行った!


「急いで仕留めろ! 隊列を組みなおせ!」

 そうは言っても、闇に溶けて戦うクロオニは、未だにその全体数も見えてこない。まさか、百を超える数でも居ると言うのだろうか。

 そして、先に突撃していったこちらの前衛部隊を見れば、横から出てきた探索者共に背後をつかれていた。前後から火炎を浴びせられては、完全に部隊が崩れている。


 その時、遠くの空に浮かぶ雲が赤く光るのを見た。

 数瞬を置いてから、爆音がこちらにまで轟く。

「ヘル、テラス……」

 やられた。――完全にやられた。

 やはり、アラプス支部を攻撃していたのだ。ヘルテラスはあちらだった……。


「亡霊だ……」

 パウリの口から、ぽつりとそんな言葉が出た。

 カレルヴォ隊長の言っていた亡霊と、自分は戦っているのだと。

 いくら追いかけてもその姿を掴めず、神出鬼没。魔物まで操って襲ってくる。

 さらには獄炎の鋼鉄(ヘルテラス)を振り回して、こちらの抵抗をあざ笑うように蹴散らしていく。


 一体、奴等は本当に人間なのか?

 部下たちが魔物にやられて悲鳴を上げる中、まるで、悪い夢でも見ている様だった。

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