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傭兵が金貨を稼いで、どこが悪い!

 日が落ちた街は、闇の中で星を散りばめた様に輝いていた。

 昼間の火災も鎮火され、やっと静けさを取り戻している。


 その中で、逆に盛り上がるのは街の中央付近に構えている大きな施設群。

 木造の兵舎に作業場にレンガ建ての倉庫と事務棟。

 それらに囲まれた空地は訓練場まで備え、一番奥には石造りの砦のような建物があった。そして、施設全体を囲む石の城壁を備えている。

 タンペレの街では、財力と戦力を最も備えているグローバレイレ傭兵団の本社施設群だ。


 その中では多くの人間が笑い叫んでいた。それは戦勝の宴のように。

 そんな彼らを擁するグローバレイレ傭兵団には、六つの部隊と隊長がいる。その一人である千人隊長のカレルヴォは、壁にかかげたライオンの兵団旗を前に勝利のワインを味わっていた。


「カレルヴォ! これはどういう事だ!」

「おや、インマヌエル殿。今更どうかされましたか?」

 執務室に怒鳴り込んできた男を見て、カレルヴォはゆっくりとワインをデスクに置く。


「街中で火災を起こすなど、何を考えているんだ!」

 部屋に入り込んでくるインマヌエルを見て、執務室に控えていた部下が止めに入ったが、カレルヴォはそれを手で制した。


「巻き込んだのは数軒ですよ。見舞金でも払っておけば済む話です」

 ハンカチを取り出し、キレイに切りそろえたヒゲに付いたワインをふき取る。

 もとより、グローバレイレ傭兵団に文句を言える人間など、この街には居ない。

 唯一目障りだった生存協同組合は、今日、終わったのだから。


「そう言う事じゃない! 王国直轄領の街で略奪を行えば、王軍が動いて来るだろ!」

「略奪? 違いますよ。これはあくまで兵団同士の抗争。王国政府は兵団同士のいざこざには口を出しませんよ」

 もちろん、生協からは金目の物はすべて奪ったが、それは傭兵同士が争えばいつもの事だ。


「王国も、この程度の事で王軍と我々の戦力を互いにすり減らしたりはしないでしょう。その為に、一日でケリを付けたのですから。たかだか数百人に程度のつまらぬ組織の為に、我々六千の軍団と戦うなど、常識的に考えてみなさいよ」


 カレルヴォの言葉はその通りだが、だが、だからと言って絶対ではない。

 そもそも、カレルヴォが受け持つ兵力は千人。他の五部隊五千人の兵力を勝手に巻き込んだ事を、インマヌエルは黙ってはいられなかった。


「生協には四百人近い探索者がいたはずだ。個々の魔導化は我々より進んでいるぞ」

「所詮、彼らは単なる組合員に過ぎませんよ。生協に雇われている分けでもないですし、我々のように命を賭けた絆を持っている分けでもない。生協がなくなれば、散り散りになってしまいますよ」


 探索者の大半は魔界で狩りをするだけの猟師に過ぎないのだ。

 魔導武器を多数所持していても、到底、組織戦が出来るような相手には見えない。

 カレルヴォにしてみれば、探索者はバラバラの砂に見えた。砂を入れていた生協と言う入れ物を壊したのだから、それで終わる。

 勝ってしまえば、いまさら生協との抗争に反対する声はなくなって行くだろう。インマヌエルの様な頭の固いやり方はもう時代遅れなのだと、カレルヴォは考えていた。


「それに、今回の戦闘で我が方の死者はたった二人。手に入れたのはクラシダス金貨で一六〇〇枚ですよ。こんな旨い仕事を一日でこなしたのですから、逆に褒めてもらいたいですね。あなたの部隊より、よほど利益率が高い」


 その金貨の一部が、カレルヴォのデスクの上で口を開けた千枚箱の中にあった。一枚手に取れば、直径33ミリメートル、重量20グラムの大金貨だった。

 しかし、インマヌエルはそれを見ずにカレルヴォを睨みつけている。

「どれほど儲けても、兵団を潰す危険のある賭けに手を出すなど」


「負け惜しみですね。賭けはワタシの勝ですよ。インマヌエル殿のやり方では、手ぬるすぎるのです。手堅い戦ばかりで略奪の機会を逃すし、村々には手を出さないし。そんな事ではいつまでたっても黒字拡大には貢献出来ないではありませんか。我々は、あくまで営利団体として活動しているのですよ。あなたには、慈善活動でもやって居るつもりですか?」

「っ! 話にならん! この事は千人長会議で取り上げさせてもらうからな!」

 それだけ言うと、インマヌエルは執務室から出て行った。


「んふふっ」

 カレルヴォは満足そうに笑う。今日と言う日をじっくり待ったかいがあった。

 堅物インマヌエル隊の半数以上が支部拠点のトゥルクに戻ってしまい、更には生協のベテラン勢が魔界に潜って数日留守にすると言う、またとない機会だった。

 この世界は力と金だ。

 武力と金貨があれば何でもできる。

 そう確信しているからこそ、カレルヴォには一つ引っかかる事もあった。


「あいつ等、買収にだけは乗ってこなかったんですよね……」

「生協の連中ですかい? どうせ、正義感丸出しのバカなんでしょうぜ」

「ははは、違いねェ!」


 部下たちは能天気に言っているが、そんな正義感だけでは人は絶対に金貨の魔力に抗えない。おかげで、ベテラン勢が留守にするタイミングが掴みにくかった。

 カレルヴォには、生協は何か別のモノを抱えているような気がした。

 しかし首を振って考えを払い落とす。既に終わった事だ。


 生協の本部はもちろん、各事務所も養成所も図書館も下宿所も、関連するする施設は全て破壊し燃やした。もう、奴らには対抗するだけの力はない。残党を見つけたなら、圧倒的な戦力で潰せばいいだけである。

 兵力で言えば、文字道理、桁違いなのだから戦いにすらならない。

 何も、心配する事はない。


「カレルヴォ隊長のおかげで生協は潰せましたし、また魔物被害が増えてくれれば、俺達の仕事も増えて万々歳っすね」

「そう、だな。これで、風見鶏だった二人の隊長もこちらに傾くだろう」


 生協との抗争に対しての反対派は、インマヌエルとニコデムスだけだ。他二人の隊長は中立で、もう一人は積極的に賛同してくれている。これで、これからのグローバレイレ傭兵団を引き連れていくのは自分だと、カレルヴォはとても気分が良かった。


「さてと、日が落ちてから残党との戦闘もありませんし、今回の件は完全に終わりですね。お前達、一応夜襲には警戒させておきなさい」

「へい。しかし、襲ってきますかね?」

 この町には、今もまだ一四〇〇人の傭兵達が居る。その大半が詰めている本社を襲っても、間違いなく返り討ちになるだろう。無駄死にするだけだった。


「まぁ、来ないでしょうね。でも、追い詰められた探索者が道連れを求めて来るとも限りません。勝った後に死んだらバカみたいですよ」

「分かりやした。ウチの隊はまだ元気っすから、防衛に回しておきやす」

「よろしい。ワタシは、責任者としての仕事をしてきますかね」


 そう言うと、カレルヴォは立ち上がった。

 傭兵達は今日も良く働き良く殺して、良く稼いでくれた。

 その労をねぎらい、士気を一層高めるのは千人隊長である自分の仕事だ。


「みんな待ってますよ。隊長の言葉を」

「次の戦争が始まるまで、暇ですからね。生協の仕事も、全部もらっちまえるってんだからこんな事はないっすよ」

 部下の言葉を聞けば、カレルヴォは益々気分が良くなってくる。

「えぇ、そうですとも。これが、企業経営ってもんですよ。これからも、バリバリ稼いでいきますよ!」


 カレルヴォの言葉に、部下たちも景気よく叫んで答えた。

 商売仇を一つ潰して、その金と仕事を奪ってやった。

 これが社会のルールであり、自然の摂理なのだと。




 結局、生協残党の夜襲は来なかった。

 まぁ、もともと心配していた分けでもない。

 日も昇り街は動き出したが、傭兵達の半数は酔いつぶれて兵舎で伸びている。カレルヴォ自身も二日酔いに頭を痛めながらベッドを抜け出してきた所だ。

 どうせ、千人長会議は他の隊長がこのタンペレの街に集結しなきゃ始まりはしない。

 まだ元気な傭兵達は、朝も早くから花街の方へ遊びに行く姿が見える。

 戦場から帰ってきて数日後に生協を襲撃したので、まだ遊び足りないのだろう。


「隊長、お目覚めですかい?」

「えぇ、あぁ……。気が利きますね」

 水の入ったコップを受け取ると、カレルヴォは一気にあおった。

 枯れた喉が潤っていくようだ。


 執務室の中は、中央のテーブルに食べ残しが散乱して、部下がソファーや床に転がっている。昨日は、結局飲んで食って騒いでいた。

 上級指揮官が兵に混ざると嫌がられるので、こうして自分たちは別に騒いでいたという分けだ。酒の席で酔っ払えば、兵も気が荒いから上官と殴り合いをする事もある。それを、翌日になって処罰されたらたまらないだろう。


「さてと、どうしましょうかねぇ」

「何をですかい?」

「あれですよ。養成所の生徒は全員逃げちゃったじゃないですか。一人だけ捕まえましたけど」

「あぁ、そうでしたね。事務所の襲撃に手間取っていたら。けど、それが何か?」


「ん? んー、いや、追っ手を出して皆殺しにした方が後腐れないかなと思いましたが、まぁ、あんな子供が後になって復讐するってのも心配しすぎでしたね」

「どうしたんですかい。戦に勝ったのに、隊長の心配が逆に増えるなんておかしな話ですよ」

 カレルヴォは手を振って、仕草で忘れろと言う。


 しかし、カレルヴォの中では昨日から嫌な予感と言うか、何かが心の中で引っかかっていた。ただ、なにが引っかかっているのかがよく分からない。

 殺して奪う、殺して報酬を貰う。いつも通りの仕事だ。


「もしかして、同じ王国民を殺したのが気になるんですかい?」

「はっ! まさか。その程度を気にしていたら、傭兵稼業なんてやっていけませんよ」

「そうですよね」


 同じ王国民であろうと、商売の邪魔になるならそれは敵だ。

 敵を殺すのは、傭兵の常だ。何も間違っていない。

 そうだ、とカレルヴォは思い出す。

 この気持ち悪さは、生協の下調べをしていた時にも感じたモノだ。

 あいつらは、俺達とは根本が違う、そう言う違和感だった。


 生協だって慈善団体ではない。金を稼ぐための営利企業だ。

 しかし、稼いだ金の使い道が気持ち悪いのだ。

 養成所を建て、自分たちの手でガキを育てるなど非効率で無駄な事でしかない。雇うべきは即戦力になる兵士だ。戦力にならないような奴は使い捨てるつもりで雇った方がコストも安くて、売り上げにつながる。


 図書館をはじめ書物への執着もおかしい。まるで貴族の様だが、その先に優雅さはなく実利一点張りの内容だった。しかも、自分達で文献を解読してその技術を研究していると言う。

 研究ほど無駄な事はない。

 既に出来上がった技術や兵器を手に入れて、それと同じものを模倣した方が手っ取り早い。模倣できなきゃ必要な数を買えばいい。


 生協のやる事なす事、非効率なのだ。金を稼ぐには無駄が多すぎる。

 そもそも、アイツらは稼いだ金を片っ端から無駄な事に使って、だから本部を襲撃したのに金貨一六〇〇枚しか金庫になかった。周辺の魔物退治をほとんど引き受けている探索者の集まりなら、もっと稼ぎは良いはずなのだ。


「……いや。そもそも、アイツらは稼いだ金でなぜ贅沢に遊ぼうとは思わない?」

 その時、街の役所塔にある鐘が朝の十時を告げる音を響かせ始めた。

 一つ目の鐘、二つ目の鐘。

 そして三つ目の鐘の向こうで、微かに異音が混ざる。

 カレルヴォは一瞬なんだろうかと思ったが、次の瞬間、爆音が本部棟を揺らした。

 

「んな!?」

 あまりの揺れに、思わず窓べりに手を付く。

「爆発? 事故ですかね」

 デスクにしがみ付いていた部下が呑気そうに言う。


「おバカ! 襲撃ですよ! おい手前ぇら、寝てんじゃねぇ!」

 ドスを利かせた声と共に、カレルヴォは床に寝ていた部下の一人を蹴り上げる。

「全隊戦闘態勢です! 魔導士を叩き起こしてきなさい! この爆発……、敵は大魔法をぶっ放してきましたよ!」

「ま、街中ですよ!?」

「奴らは亡者です! 帰る場所のない奴らに、恐れるものはありません! こっちも死ぬ気で叩き潰しなさい! 急げ、急げ、急げ!」



◇◇◇



 朝十時の鐘。

 その三つ目が攻撃開始の合図だった。

「上手いぞ。きっちり本部棟の壁まで貫通した」

 双眼鏡を手に持った探索者は、フードを風にはためかせて、民家の屋根から様子をうかがっていた。


 最初の一撃でグローバレイレ傭兵団の本社城壁に穴を開ける予定だったが、撃ちこんだ大魔法の威力が予想以上で、石造りの本部棟まで穴をあけたのだ。

 崩れた城壁には、近くに潜んでいた探索者がすぐさま乗り込んでいく。

 それに気が付いた傭兵達が慌てて応戦しようとしたが、あっという間に仕留めて行った。


 突入した十人は対魔王戦争を生き抜いてきた、ベテラン勢だ。

 ただの探索者でもなければ、そこらの傭兵など相手にならないだろう。

 しかし、それにしたって僅かな人数に過ぎない、時間を掛ければ数百人の傭兵達が詰めかけて、一瞬で返り討ちにされてしまう。


 これ以上の援護は出来ないだろうと、様子を見ていた男は双眼鏡を下ろす。

「よし、我々は引き上げるぞ」

「待って!」

 止めたのはミルッカだった。

 自らが手に持った魔導杖を見ながら、その残留魔力の減り方を見てつづけた。


「まだ撃てる。これ、信じられないぐらい性能が良いよ。魔力変換率がとても高いから、あの威力でほとんど残留していない」

「……流石、古代人の人工遺物(アーティファクト)か。離脱までの猶予は五分だ。それが過ぎたらひくぞ」

「分かった!」


 そう言うと、ミルッカは魔導杖を少し左にずらして、今度は本部棟と兵舎の間に狙いをつける。距離は500メートルちょっと。普通の魔導上による狙撃じゃ、十分に狙えない。

 それでも、残留魔力の排出が終わり再び魔導杖の羽が閉じられたのを確認したら、ミルッカはレバーを引いた。


 直後に現れるのは、授業で習った円形平面のどの魔法陣とも違う、立体的で複雑な曲線から構成された大きな円筒形の様なものだった。

 それらが、ミルッカの視線を追って狙いを修正し、直後に魔力で編まれた灼熱の帯が飛び出す。辺りに黄色い雷の余波をまといながら、それは狙い通りに外周壁を貫通、その先に在る連絡通路を薙ぎ払って行った。


 通路を渡ろうとしていた傭兵達が、慌てた様に引き返して物陰に身を潜めていく。

 もちろん、建物の影に隠れたとしても、ミルッカが持つ特級遺物【ヘルテラス】の火力があれば意味はないだろう。本来なら、王国政府に報告して上納しなければいけない戦術兵器だ。


 ただ、今回の目的は傭兵を殺して回る事じゃない。

 また、いくらヘルテラス魔導杖があっても、千人以上と言う傭兵を全て殺せる程に何発も撃ちまくれる分けでもない。魔導杖に蓄えた魔力の量から、残り4発が限度だろう。

 

「兵舎を撃っていい?!」

「ダメだ! 撃つな!」

「どうして!」


 みんなの仇だとミルッカは叫ぶが、隣の探索者は冷静にそれを否定した。

「昨日話ただろ。この戦いは、単なる復讐ではない。目的を忘れるな! お前も傭兵団と同じ事をしたいのか?」

「……わかった」


 ミルッカは再び魔導杖の羽が閉じたのを見て、兵舎ではなく連絡通路の方に狙いを定める。そして、まだ残っている部分に向けてヘルテラスを射出した。

 街中からは、轟雷と共に飛んで行く赤い光を見て悲鳴が上がっている。

 まるで街が戦場になってしまったような有様だ。

 二日連続ともなれば街の人々の恐怖は大きいだろう。

 それを申し訳なく思いながらも、ミルッカは、そして生協に所属している探索者達は戦う事を決めた。帰る場所を失った亡者としてではなく、何度でも理想を作り上げる為に。


「よし、脱出を確認した。ミルッカ。本部棟にもう一度打ち込めるか?」

「いけるよ!」

 ミルッカはヘルテラスを向けると、最後の一撃を解き放つ。

 巨大なエネルギーの奔流が命中すれば石壁は砕け散り、本部棟には二つの大穴が開いた。そして、その区画は自重を支えきれなくなると、三階部分から崩れ落ちて行く。下にいた傭兵達は潰されそうになり慌てて逃げていくのが見えていた。


 襲撃を実行した十人が城壁の外に出てくると、タイミングを待っていた他の探索者が馬車を横付けして、すぐに撤退を始めた。

 弓矢で応戦してくる傭兵も居るが、魔導陣が組み込まれた盾がまとう風に狙いをそらされている。


「撤退だ」

 ミルッカも魔導杖を背負い、一緒にいた探索者の後を付いて民家の屋根の上を走った。

 視線を向ければ、馬車で逃げている襲撃班が街に金貨をバラ撒いている。三枚もあれば庶民の月給を上回るクラシダス大金貨だ。

 当然、それを見た街の人々は地面に群がってきていた。

 傭兵達は騎馬を出して追撃してきていたが、群がる人々に遮られて足を止めているのが見える。中には、馬から降りて一緒に金貨を拾い始める傭兵も少なくなかった。


 作戦は聞いていたが、本当に先生の考えた事はすごいなとミルッカは思った。

 探索者の中でも、対人戦闘の覚えがある人間はほとんどいない。

 エサイアスの作戦がなければ、今回の事はこうも上手くはいかなかっただろう。

 屋根から飛び降りたミルッカは、木箱を足場にして路地裏に降りる。そこに留めていた体長二・五メートルのスズメに跨ると、すぐに走らせた。

 襲撃班は西防壁門へ、ミルッカ達は南防壁門を目指す。


 防壁門に来れば、そこには防衛隊の守衛達がいるが、隣にはフードマントを被った探索者達も待機している。一応、防壁門の守衛を脅してでも退路を確保する予定だったが、見る限り守衛達は笑顔でこちらに手を振っていた。

 今まで一緒に魔物から街を守っていた仲間だと、そう思ってくれているのだろう。

 ミルッカの前を走る探索者も、片手を上げて彼らに応えていた。


 待機している探索者達の前にスズメを止めると、彼が伝えていた。

「スズメは走った! 急ぎ伝えろ! スズメは走った!」

 作戦成功を伝えれば、待機していた探索者達もスズメに乗り、それぞれバラバラの方向へ走っていた。既に、次の作戦は始まっている。


 組織規模も資金力も兵力も、圧倒的に勝っている傭兵団と喧嘩をするのだ。まともに戦っても絶対に勝てない。戦闘を繰り返せば、先に力尽きるのは確実に生協の方だ。

 それでも、勝算があったから皆は動いた。

 生協創設の理想を実現する為に必ず必要だと思ったから、この戦いは始まった。

 もう、生協は止まらない。

 金の為に人をなんとも思わないような傭兵団には、絶対に負けられない。



◆◆◆



「…………」

 カレルヴォは半壊した執務室を前に怒りで拳を震わせていた。

「た、隊長?」

「だああぁぁ! よくもやってくれましたね、クソ残党共がぁ!」


 三階南側角と言う、日当たりも良かった部屋は、更に日当たりがよくなってしまった。

 今では、デスクと少しの床しか残っていない。

「特級遺物を持ち出すとは、条約違反でしょうが!」

「隊長……、生協は傭兵じゃないので、戦争協定にしばられませんぜ」

「うるさい! 分かっています! そもそも、これは兵団抗争で戦争じゃありませんから!」


 どちらにしても、あんな大魔法は何度も撃てない。一発で百個以上の魔晶石を消費するはずで、生協側にこれ以上何度も撃てるほどの備蓄はないはずだ。

 今回の反攻による死者も十六人程度で、思ったより兵士の被害は少ない。大半は本部棟に侵入してきた探索者に斬り殺されていた。あいつらは生協でも別格だ。先の大戦を生き残ったベテラン勢だろう。


 あれほどの腕があれば、どこの兵団でも百人長以上は任されていてもおかしくない連中だった。どいつも歳がいっているのに、いまだに魔界で仕事をしているからか腕が衰えていると言う様子もない。


 そうなると、グローバレイレ傭兵団が気を付けるのは、あのベテラン勢と特級遺物の魔導杖。特に大魔法を撃つなら、大量の魔晶石を手に入れようと街に出てくるはずだ。そこを追って仕留めればいい。


「馬を出しなさい」

「へい。……どこへ?」

「他の街に決まってるでしょ! 各隊長に生協残党狩りの支援を要請しなさい。本部がここまでやられては、他の隊長も無視できませんからね! ちょうどいいから利用させてもらいましょう」

「分かりやした。あと、インマヌエル隊長から話があるって言っていましたが」

「ほっときなさい。最早、言い合いなんかしている場合ではありません!」


 ふと視線を向けると、デスクの上には金貨の詰まった千枚箱があった。

 今回の損害は、城壁に本部棟の一部損壊と、これでは修理費だけでも生協から奪った金では足りない。

「姑息な嫌がらせをっ!」

 正面から戦っても勝てない事が分かっているから、こんな事をしたのだろう。実に効果的な嫌がらせに、カレルヴォは眉間のシワをさらに増やしていた。

 

 それはともかく、デスクの上の千枚は勿体ないので回収しておこうと足を前に出す。その瞬間、太い木材が折れる音が鳴り、残っていた床がさらに傾いてしまった。

「ああっ!」

 床と共にデスクが傾けば、その上に乗っていった千枚箱がずれ落ちて行く。


「隊長、危ないですぜ!」

 カレルヴォが手を伸ばし部下が必死に押さえる先で、デスクを滑って行った千枚箱は床に跳ね返って口を開いてしまった。そして、中身をバラ撒きながら下へと落下していく。


「ワ、ワタシの金貨がっ!」

「危ないですから。下に行って拾いましょうよ」

「クソッ。猫ババした奴は首をはねると伝えなさい!」

「わ、分かりやした」


 カレルヴォが廊下に戻って下階へ行こうとすれば、その階段から勢いよく駆け昇ってくる兵がいた。

「カレルヴォ隊長! た、大変です!」

「何ですか、みっともない。また生協が来たのですか?」

「い、いえ、そうではないのですが……。今、確認しましたら、宝物庫から」

「宝物庫?」

 その言葉に、カレルヴォの背中に悪寒が奔った。


「宝物庫の金貨が、クラシダス金貨一万枚が盗まれました!」

「い、一万枚!?」

 あまりに莫大な金額に、一瞬めまいを起こしてしまう。

 部下に支えられたカレルヴォは体制を立て直すと、もう一度聞き返した。


「盗んだのは誰ですか? どさくさで街の連中が侵入、いや、内部犯ですか?」

「ち、違いますよ! 生協の連中です! きれいに千枚箱を十箱だけ盗んでいたので、事務が在庫確認するまで判明が遅れました」

「見張りは何をやって居たのですか!」

「隊長」

 そっと後ろの部下が耳打ちしてきた。


「宝物庫の見張りは廊下で殺されているのが見つかってやす」

「んな!?」

 つまり、生協の残党は最初から金貨を狙って襲撃を掛けていた。

 それも、よりによって千人以上が居るグローバレイレ傭兵団の本社に、朝十時の鐘と共に白昼襲撃を掛けてきたという分けだ。

 まともじゃない。

 金の為だけに、こんな命がけが出来るだろうか。


「ちっ!」

 本社の財務管理は事務屋の管轄だ。カレルヴォが強引に隠蔽(いんぺい)工作をする事は出来ない。これは傭兵団の他の隊長にも知られてしまうだろう。

「よし分かった! お前は下がってよい!」

「はっ!」

 敬礼をすると、兵士は下階に降りて行った。


「ふん。悪いのは生協の連中で、ワタシのせいじゃありませんからね」

「まぁ、ここまで面子を潰されては、他の隊長方も残党狩りに兵を出すしかないですしね」

「そう言う事。我々のやるべき事は同じです。さ、せこいコソ泥連中の首を取りに行きますよ!」


「へい。……あ、隊長」

「なんですか、もう!」

 階段を降りはじめたカレルヴォは足を止め振り向くと、そこには廊下に土下座している部下がいた。


「……何をやっているのです?」

「我が隊の七割が徹夜の宴会と、夜間警戒で力尽きています。一日、猶予をいただければ、どうか、ご寛大なご処置を承りたく」

「………………」


 カレルヴォも二日酔いで痛む頭を抱えながら、しばし悩んでみる。

 動けるのは三割。三〇〇人で残党狩りとなると、場合によっては無駄に兵力を消耗しかねない。当然、二日酔いの寝不足連中を連れ出しても、死ぬは文句を言うはで良い事ないだろう。


「分かりました。どのみち残党の足取りを探らなければ動けませんからね。二〇〇人の捜索部隊を編成しなさい。連中の逃げ込んだ町を突き止めたら、一気に叩きに行きますよ」

「へい! 有りがたき幸せ!」

「…………」

 部下の変な言葉の選び方に、カレルヴォは頭痛が痛くなる気分だった。

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