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探索者養成所

 探索者養成所の隣には小さな図書館があった。

 小さいと言っても、蔵書二六〇〇冊に上るのでこの街では二つ目に大きい。

 入り口には【生存協同組合・図書館】の看板がある様に、これは王立ではなくて生存協同組合が運営する民間図書館だ。


 書籍そのものは庶民でも手が届くほどに安価になって来たが、この図書館が所蔵するのは一般人にはあまり縁がない。書籍の大半は魔界に関するモノ、もしくは魔界から発見された文明遺物(アーティファクト)扱いされる本の複製品が主だった。


 生存協同組合と言う組織自体が魔界を仕事場とする探索者による組合であり、その為の図書館だからだ。利用者は組合員や養成所の生徒、もしくは組合が認めた会員に限られる。


 そんな静かな図書館の片隅で、ミルッカは珍しく本を読んでいた。

 教科書ですら読むのに苦労するミルッカにとって、図書館の専門書は多くが手に余るものだ。ただ、今は簡単な文字だけで綴られた小冊子に興味をそそられている。


「めずらしいね」

 ミルッカが顔をあげれば、ロイネが背負ってきた鞄をテーブルに置いた。

「ロイネは勉強?」

「うん。ここは静かだから」

「日々鍛錬なんだね」

 エサイアス教官が良く口にする言葉だ。

 主にめんどくさがるミルッカに向けて。


「そう言う分けでもないけれど」

 ロイネは苦笑しながら答えた。

「ただ、私は家の事もあるし、単純に勉強も楽しいかなって」

「勉強が楽しいの?」

「全部じゃないけどね。ミルッカはそれ面白い?」

 そう言って視線を向けるのは、ミルッカの前にページを広げている小冊子だ。


「うん。アタシはこれ好き。魔界から発見された、神話時代の更に昔の時代の話なんだって」

 ミルッカが本を閉じて表紙を見せれば、そこには【イナムラの火】と書かれている。もちろん、発見された原本ではなく、その複製品の更に現代語に翻訳されたモノだ。


「エサイアス先生がおすすめしていた物語だね」

 それは一人の商人が大勢の村人を救う物語だった。

 自分の稲に火をつけて村人を山へ導き、海嘯(かいしょう)から救った。と言う、そんな教訓と自己犠牲を綴った物語だった。今となっては、それが実話だったのかも分からない。


「大地が揺れたり、海があふれたり、よくそんな場所に生きていけたよね」

「魔物なら壁で防げるけど、海はムリだよねー」

 川ならまだしも海が溢れるなんて事は、世界中どこも聞いた事がない。地面が揺れると言うのも、大雨の土砂崩れぐらいだろうか。


 本に書かれている物語は想像できない程の災害だ。最初はエサイアスに薦められて読んでいた。しかし、今ではその過酷な世界と人々の関わり方に、ミルッカはとても惹かれるモノを感じている。


「先生がね、言ってたんだ」

「うん」

「十四年前に対魔王戦争が終わったでしょ? 大勢の人が死んで、大変な思いをして魔王を倒した。戦争が終わって、先生達が生存協同組合を作ったんだって」


 このシナノゴウ王国ですら、王国直轄領と周辺の領主領からなる土地の集まりで、国全体のまとまりは弱い。戦をするにも、王軍、領主軍、それに傭兵が大きな兵力を(にな)っていた。

 しかし、魔物との戦いは領土戦争の様な利益は何もない。

 ただ守るだけ、ただ消耗するだけの戦いだ。

 

 王軍だけでは戦力不足で、領主軍は自領以外の防衛には消極的だった。

 傭兵はあくまで商売でやっている以上、厳しい戦闘は良く逃げ出す。

 支払いが少ないと見れば、街の防衛も放棄する事があった。

 結果、兵力の分散と逐次(ちくじ)投入という、無為に被害を拡大させる戦術に陥ってしまう。

 

 しかもそれは一国で対処出来る戦争ではなく、さらに多くの国を巻き込んだ大戦だった。その損害は広く、甚大なものになってしまった。

 何万と言う人々が命を落とした。

 何百の村や町が消えた。

 魔界は領域を拡大させ、魔王を倒した今でもそれを取り戻す事は出来ていない。


「バラバラに戦ったらダメだって。生協は、アタシ達はイナムラの火になるんだって、先生は言っていた。人々を集める光に。そうすれば、前の様な酷い戦争にはならない」

「…………」


 ロイネが言葉を継げなかったのは、ミルッカの両親がその戦争で死んでいる事を知っていたからだ。ミルッカもまた、戦争孤児の一人だった。

 それに比べたらロイネは両親が生き残り、父は魔王討伐の英雄騎士とまで言われている。そして、生協創設に資金的な協力をした人物でもある。


 生協創設メンバーの大半は、魔王討伐戦に参加していた兵士や騎士、魔導士達だった。一兵士だったエサイアスも含まれている。

 現場で戦っていた誰もが愚かな戦略に苦しみ、どうする事も出来ずに命を落としていった。戦力的には守れるはずなのに、団結できず互いに協力した戦闘が行えない事で、魔物の物量に押し潰されてしまう。

 使命を背負い、覚悟を持った立派な兵士や騎士から死んでいく不条理が、無力な民は蹂躙され帰る家も友も亡くしていく、暗い、暗い時代だった。


「ミルッカは偉いね……。私はただ、父様のように成りたいって思っていただけだよ」

「そんな事ないよ。アタシだって同じだよ。先生がカッコいいから、アタシ達がイナムラの火になれるって聞いて嬉しかったから勉強も頑張れるんだ。ロイネはアタシより頭いいし、魔導杖の扱いは上手いし、絶対立派な騎士様になれるよ!」


「ありがとう。……でも騎士じゃなくて、生協の探索者だよ。私達は、軍人や傭兵じゃなくてイナラムの火になるんでしょ?」

「そうだね!」


 嬉しそうに答えたミルッカの声が大きすぎたのか、図書館の受付にいる女性職員が咳払いをした。ミルッカは慌てて首をすくませて口を閉じる。

 でも、ロイネと目が合えば互いに笑顔をかわす。


 人はきっと善い生き物なんだ。互いに助け合えるはず。

 魔物に怯えずに平和な国が作れるはずなんだと、ミルッカは心に大きな希望を抱えていた。

 そして、それを導いてくれる先生達が居るのだから、きっと、生協は人々を守る組織として大きくなっていくに違いないと。

 魔物との戦いは大変でも、自分達は幸せな人生を歩めるはずだ。

 漠然と、そんな未来を思い描いていた。


 ただ、創設者達は世の中が優しくない事を知っていたからこそ、生協を作ったという事までは、今のミルッカにはまだ思い及ばない。




 ミルッカとロイネは、土曜日の半休を利用して武装商店街に来ていた。

 まだ自前で装備を揃える必要はないけれども、ここで取り扱われる装備は傭兵や探索者が使う、本物の品々だ。市民の護身用だけではない、養成所の訓練用装備でもない、実用の力強さがある。

 いつか自分たちがプロになった時に世話になると思えば、ワクワクする場所だった。

 しかし、そんな所に子供がいると言うのも少々場違いである。


「邪魔だ!」

「きゃぁ!」

 突然の事だった。

 ロイネが、通りかかった男に突き飛ばされて車道に転んでしまう。

「危ない!」

 ミルッカが慌ててロイネを引っ張りあげたお陰で、危うく馬車にひかれずにすんだ。


「あぶねぇだろ、バカヤロー!」

 馬車の御者が叫びながら馬車を止める。

 しかし、ロイネを突き飛ばした男が睨みつけると、御者は慌てたように馬車を走らせて、逃げて行ってしまった。


「おい、ガキ! お前ら盗みに来たんじゃねーだろうな!」

 その男達は、同じ作りの板鱗鎧(スケイルメイル)を着込んだ屈強な戦士だった。

 ミルッカよりも遥かに背が高く、さらけ出している上腕の筋肉には古い刺し傷もある。そんな三人組。恐らく傭兵なのだろう。


「違う! アタシ達は探索者養成所の生徒だよ! いきなり突き飛ばすなんて、危ないじゃない!」

「ミ、ミルッカ……」

 ミルッカが勢いよく言い返すが、助けられたロイネの方は青い顔をしていた。


 当然の事で、傭兵と言えば戦場で人間を殺す仕事と言う以上に、戦争がない時は村々で略奪も働くと言うのは公然の秘密になる。

 そこらのチンピラとは比較にならない程に危険な相手だった。

 ミルッカの方は頭に血がのぼって、そんな所まで意識が回っていないらしい。


「なんだと? じゃぁ、てめぇらが俺達の仕事を邪魔したってのか?」

「……ひぅ!」

 ギロリとにらまれ、ミルッカも思わず息を詰めてしまう。

 この人の目は違う。街で会う誰とも知らない人の目だ、と。


「じゃ、邪魔なんて……していない」

「いいや、お前らが毎年毎年スライムを焼いてくれるお陰で、俺達の仕事が激減して大いに迷惑してんだよっ!」

「あがっ!」

 前触れもなく振り上げた傭兵のブーツが、ミルッカを体ごと蹴り上げていた。


 地面に転がったミルッカは、突然の暴力にお腹の痛みよりも恐ろしさが湧き出てくる。この人は、なんでこんな無茶苦茶をするんだと。

 自分たちが毎年春にスライムを焼くのは、夏の大量発生を抑える為だ。おかげで、ここ十年は街への被害は大きく減ったはずだとミルッカは思っていた。

 ただ、それは魔物退治を副業にしている傭兵団の仕事も減らす事に繋がっていた。


「ごめんなさい! 謝りますから、もうやめてください!」

 倒されたミルッカの横にしゃがみ込み、ロイネは気づかいながらも傭兵にお願いしていた。それでも傭兵が近づいて来るので、ロイネは必死にミルッカ抱きしめて庇う。


「謝るぐらいなら、魔物退治なんかしてんじゃねぇ!」

 傭兵が鉄板の入ったブーツを繰り出してくる。ロイネは目をつぶって、その痛みに耐えようとした。

 しかし、衝撃は来なかった。


「おっと、ごめんなさい」

「なんだテメェ!」

 傭兵が蹴り上げようとした脚を、割りこんだ男が自分の脚を盾にして防いでいた。

「せ、せんせい……」

 ミルッカが、ぽつりとつぶやく。


「いやぁ、すみません。ウチの生徒が粗相をしたようで。私からもよくよく言い聞かせますので、どうか、今日の所はご勘弁ください」

 普段、授業中に見せる横柄な態度からは想像もつかない程、エサイアスは腰を低くして対応していた。それでも、決してミルッカ達を傭兵の前には出さないようにしながら。


「お前も生協の人間か。だったら、この間みたいにスライムを焼くようなことは二度とすんじゃねーぞ」

「そうですよね。我々の方としても王国政府の命令でして、なかなか逆らう事が出来ないのですよ。どうか、ご容赦を頂ければと」

「知るかっ! テメェらで何とかしろ!」


 それからも傭兵達はしばらく文句を言っていたが、エサイアスが謝るばかりで話が進むわけでもなく、最後には傭兵達も飽きて去って行った。

 王国政府の命令と言われては、傭兵達にはどうすることも出来ない話だ。

 しかし、そんな事は百も承知で絡んできたことは明らかだった。

 ミルッカもロイネも養成所のバッジを胸に付けているのだから、一目で分かる。

 つまり、憂さ晴らしの為の嫌がらせだった。


「二人とも、……今日は戻るぞ」

 そう言うと、エサイアスはミルッカを抱きかかえた。

「だ、大丈夫だよ」

 ミルッカが恥ずかしそうに言う。

「いいから。痛かっただろう。……無茶して。ロイネも良く頑張った」

 そう言って、エサイアスは左手でロイネの頭をなでる。


 それが合図だったように、ロイネは押し殺した声で涙を流し始めてしまう。

 ロイネにとっても、怖かったのだ。

 相手は人を殺す事に慣れ過ぎている。魔物しか相手にした事がない自分達とは、やはりどこか違う人間なのだとしか思えなかった。

 エサイアスは二人を連れて、次の災難が来る前に武装商店街を後にした。




「もし変に痛むようなら、ちゃんと言えよ」

 養成所の医務室で、ミルッカはシャツを脱いで椅子に座っている。

 エサイアスは青くなり始めているミルッカの腹部に塗り薬を付けて、その上からガーゼと包帯を巻いた。


「なんか……大怪我したみたい」

 大げさな見た目に、ミルッカはションボリとつぶやいた。

「ミルッカ、大丈夫?」

「うん。ロイネもありがとう」

 ミルッカの笑顔を見る限り、大事はなさそうでエサイアスもホッと一息つく。


 それにしても、今日はタイミングが悪かった。

 土曜日の授業は午前中だけで大半の生徒は午後、自宅に帰るか近くの街から来ている者は馬車に乗って帰郷する。ミルッカは孤児なので普段から生協の下宿所に住んでいる。ロイネは実家が遠いので、やはり下宿所に住んでいた。


 ミルッカ達が街でぶらぶらするのはいつもの事だが、今日はグローバレイレ傭兵団の主力が遠征から帰ってきた所なのだ。しかも、スライム焼きをしたのは一昨日の事なので、戦帰りで気が立っている傭兵団にはよくよく注意するように、生徒達に言っておくべきだった。


 それが出来なかったのも、いつもなら傭兵団の帰りはもっと遅いはずだったからだ。今年は雪解けから時間を空けず、随分早く帰っている。

 なぜそうなってしまったのか、予想はつく。


 徴兵された農民達は、春の田植え時期に戦わされる事をすごく嫌がる。

 場合によっては逃亡や反乱を起こすぐらいに。

 それでも農民に多額の給金を支払って戦争する必要がある時はそうするだろう。

 それがないという事は、当事国が妥協点を見出して戦争がほぼ終結した可能性が高い。

 それにより仕事を失った傭兵達は、ますます気が荒くなる分けだ。


「でも、先生ならあんな奴ら軽く倒せるでしょ! 先生があやまる事なかったのに!」

 全くと、エサイアスは困ったように笑う。

「ミルッカ。お前は真っ直ぐな心持のいい子だ」

「先生? 何か悪いもの食べた?」

 本気で心配そうな顔が聞いてきていた。


「おい、こら。人がたまに褒めたら、なんて言い草だ」

 エサイアスは、ミルッカの頭をがしっと鷲掴みにする。

 そして、優しく手を離して頭を撫でてやっていた。


「いいか。お前達にはまだ難しいかも知れないが、戦いってのは力を入れるべき時と、逃げるべき時がある。それは、人間同士の喧嘩でも同じだ」

「先生なら、どんな相手だって倒せるよ!」

 しかし、エサイアスは首を振って否定する。


「俺より強い奴は沢山いた。だが、その多くが魔王討伐戦の時に死んだ。俺が生き残ったのは、ただ運が良かっただけだ。力押しだけでは、どうしても勝てない時は幾らでもある。だから、戦うべき時を見極めるのも大切な事だ」

 エサイアスがシャツを手に取って、さっさと着ろとミルッカに渡す。


「エサイアス先生」

 ロイネが声をかけてくる。

「さっきは戦ったらダメだったのですか?」

「あぁ。さっきの奴らは、傭兵団でも下っ端だ。そんなのと何を言い合っても、傭兵団と言う組織は何も変えられない。喧嘩をするなら、もっと上の人間とやらなきゃ成果は得られないだろう」

「はい。分かりました」


「一番偉い奴の首をとれば良いんだね!」

「お前なぁ……。生協は基本的に人間と戦う事はしない。国民を助けるために動くのが俺達だ」


 幸い、シナノゴウ王国はどの国とも戦争を抱えていない。

 今の生協は、魔界だけに気を配っていればよかった。

 いざこの国が戦争になれば、王国政府は生協にも参戦の要請を出すだろう。

 生協側は王国政府との協定で、国内での戦争には協力する事になっている。どのみち、生協が拒否すれば国民が犠牲になるのだから選択肢はない。


 ただ、どのような理由でも国外での戦闘には参戦しない事にもなっていた。

 それは道義的な理由ではなく、組織としてそこまでの能力を持っていないからだ。生存協同組合は、あくまでシナノゴウ王国において魔界と対峙するための組織だ。


「ともかく、しばらくは武装商店街には近寄らない事だ。まぁ、しばらくすればアイツ等も次の仕事に出て行って静かになるさ」

「先生、納得できないよ。なんで、アタシ達の方が街の為に戦っているのに、あんな暴力をふるう奴らの顔色をうかがうなんて……」


「気持ちは分かるがな。正しさを守るためには、合理的な判断も必要だという事だ」

「ごうり的?」

「無理なく、出来る事からやると言う意味だ。俺達生協は職員が七〇人程に、組合員の探索者が四〇〇人ちょっとの中規模事業者にすぎない。グローバレイレ傭兵団の方は、戦闘員だけで六千人を超える大企業。正面から喧嘩しても、今は勝ち目がない」


「今は?」

「生協はもっと大きくなるぞ。そうすれば、より大勢の人々を助けられるし、無法を働く奴らと面と向かって対抗できるだろう。その時は、お前達にも頑張ってもらわないとな」


 エサイアスがそう言えば、ミルッカは嬉しそうに笑っていた。

 本当に素直な子だと、エサイアスは思う。

「ミルッカがやる気になってくれたようだし、俺も授業に気合入れて挑まないとな」

「えぇ!? これ以上厳しくしなくても良いよ! ごうり的じゃないよ!」

「ん?」

「無理なくやろうよ!」

「お前は、都合の良い所だけ拾って!」


 エサイアスがミルッカの両ほほを引っ張れば、「いひゃいです」とミルッカは言っていた。でも、抵抗はしなかった。本当に痛い事はしないと、信頼しているのだろう。


 ミルッカの様に正しい事を信じられる人々ばかりになれば、傭兵団の無法は許さない時代が来るのだろう。この国には法律はあっても、時として武力がそれを上回る。

 もちろん、王国政府も目に余る傭兵団に対しては、匪賊(ひぞく)認定して討伐を行う事もあるが、しかし、それを全てに実施できる程の軍事力はない。


 力ある無法を野放しにするのは許せないが、無力な正義でもまた何も変えることは出来ないのだ。それは魔王討伐の際にも思ったが、平和な時代になったはずの今も、強くエサイアスの心に引っかかっていた。


「だが、終わらない夜はない」

「?」

 キョトンとミルッカが見つめ返してくる。


「今は傭兵団が我が物顔で暴力を振るっていても、必ず無法を許さない時代がくる。だから、今日が変えられなかったとしても、お前は正しさを忘れるなよ」

「うん!」


 ミルッカの力強い返事に、エサイアスも笑みをこぼす。

 しかし、ミルッカが少し困ったような顔をした。

「先生。必ず朝は来るけど、また夜になったらどうするの?」

「ちょっと、ミルッカ!」

 ロイネが慌てたように止めようとしていて、エサイアスも笑ってしまう。

 素直な子供は、時として物事の本質を見つけ出すのだろうか。


「そうだな。例え朝が来ても、その光が永遠の物と思わず、日々努力する事も大切だ。例えば、あれも人が行ってきた努力の一つだ」

 そう言って、エサイアスは天井にぶら下がっている魔導灯を指差した。昔は高価な品だったが、最近ではどこの家にも一はある。


「お前達は、闇を照らす稲むらの火になるのだからな」

「エサイアス先生、すごいです!」

 ロイネが驚いたように言っていた。

 きっと、彼女の中では言葉に詰まるエサイアスを想像してしまったのだろう。


「これぐらいで困るほど、俺はアホウじゃないぞ」

 苦笑いで答えると、ロイネの方まで興奮したように言葉をつづけた。

「で、でしたら、人はどうして夜眠るのですか! 闇の中に入ってしまいます!」

 思わずエサイアスの苦笑いが固まってしまった。

 そこまで関連付ける例え話をする積りもなく、これは概ね話がずれてしまっている。


 しかし、ここで引いては教師としての面子が許せない。

 例え子供相手でも、臨機応変な大人の力を見せてやりたいと思ってしまった。

「そ、それはだなぁ。人が正しさだけで出来ている分けじゃない、からだ。間違いを犯せば、それを罰する事も時には必要になる。理由のない罰はただの暴力だが、正しさを守るために必要な罰もある。光を守るために、俺達は闇を見つめなければいけない時もある、と俺は思う」


「はい。分かりました!」

「たぶんわかりました!」


 嬉しそうなロイネに負けじと、ミルッカもそう言っていた。たぶん、よく分かっていないだろう。少々小難しい話だったなと、エサイアスも己の未熟を胸に刻む。


「お前達も来月には三年生だ。いよいよ魔界内での本格的な実戦も入って来る。普通ならもっと時間のかかる事を、お前達は僅かな時間で習得してきたんだ。それは自信を持っていい。既に、新米傭兵よりはお前達の方が武器の扱いも上手いだろう」

「ほんとう!? アタシ強いのかな!」


 ミルッカが無邪気に喜んでいた。

 剣術に関しては、学年内で男子を抜いて一番強いのだから、ミルッカはますます伸びるだろう。その先が、エサイアスにとっても楽しみであった。


「勿論、まだまだ鍛錬が必要だがな。俺達生協の探索者は、魔界に入れば世界中の誰よりも強い。それこそ、魔物との戦い方を知らない傭兵なんかよりもずっとな。お前達もその探索者の一人になるんだ。魔界の淵に立つ防人(さきもり)として、誇りを持っていけ」

「「はい!」」

 二人仲良く返事をすると、互いに見つめ合って笑っていた。


 そう、傭兵と探索者は全く違うのだ。

 傭兵は常に戦場で働く存在で、大半はベテランになる前に死ぬ。

 残りも、ベテランになってから死ぬ。そういう世界だ。

 しかし、生協は死ぬために戦うのではない。皆で生きる為に戦うのだ。

 だからこその【生存協同組合】なのである。


 三年間の養成所を出れば、探索者として一気にベテランに近づける。今日までに百人近い生徒を探索者として輩出してきたが、訓練中に命を落とした者はいない。

 傭兵のように、熟練するまでに大半が死ぬような事をしなくてもいいのだ。

 これが、人々が互いに力を合わせると言う本当の意味の力だと、エサイアスは確信している。


 そして、魔界と戦う為には生協と言う企業一つではダメだとも思っている。

 いつの日か、王国全体を一つにまとめる事が出来れば、国全体を一つの家とする失われた国家システムに再びたどり着ければ、それが理想なのだろう。

 もちろん、そこまでの道のりはあまりに長く、エサイアスが生きている間には実現しない可能性の方が高い事も分かっている。


 しかし、今目の前にいる二人の笑顔は、必ずその繁栄の未来へ続いている。

 そう思えるからこそ、エサイアスは教師としての職を誇りに思っていた。

 生徒は生協にとってだけではなく、この王国にとっても掛けがえのない宝なのだ。

 唯一にして無二の、平和と安寧に続く未来であり、それが、対魔王戦争で生き残ってしまった自分がすべき、帰らぬ仲間に託されたもう一つの戦いなのだと。

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