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春のスライム焼き

 魔界の淵にも春が来た。


 街から少し離れた草原の雪はすべて融け、辺りは冬に枯れた草が広がっている。

 防寒着の厚みは半分になったが、まだ風は冷たく遠くに見える山々は冬の装いのままだ。


「よーし。第一から第三班までは配置についたから、最終確認だ。魔導杖(まどうじょう)には火炎陣が入っているか? 魔晶石はまだ刺し込むなよ」


 男の指示の元、十四歳から十六歳の生徒である男女が二一名、各々が手に持っている魔導杖(まどうじょう)の先端部に組み込まれている円盤状の魔導陣を確認していった。

 生徒達の周りには安全の為に大人が数人いる。彼らも魔導杖(まどうじょう)を手に持っている。


 いまでこそ魔導杖(まどうじょう)は量産化されるようになったが、それでもまだまだ高価な品だ。

 生徒達が持つラーヤ型魔導杖(まどうじょう)は一部の初級魔法しか扱えないが、それでもクラシダス大金貨三枚はする。一般的な若者の一か月分の給料上回る金額で、生徒はなかなか触らしてはもらえない。

 しかし今日は半日使った実戦だ。

 生徒達はみな高揚していた。


「先生! 二本使っても良いですか!」


 一人、元気のよい女子が右拳を掲げながら声を上げた。見ればいつの間に持ってきたのか、背中に二本目の魔導杖(まどうじょう)を背負っている。倉庫に保管されていたモノだ。

 先生と呼ばれた男は小さくため息を吐くと、またコイツかと言う顔になってしまった。


「ダメに決まっているだろ」

「きっと、かっこいいです!」

「あまりふざけていると、戦闘には参加させないぞ。二本目はそこに置いてこい」

「はーい……」


 女の子は不満そうにしながらも、生徒たちの荷物が置かれた場所に魔導杖(まどうじょう)を置いてきた。意外に素直だったが、反省の様子もない。

 全員のチェックが終わり、二一名が再度整列すると男は改めて口を開く。


「全員よく聞け。今回はこれが初の集団戦の奴もいるが、訓練通りにやれば問題ない。訓練以上の事をやる必要はない。と言うか、やろうとすると事故るから絶対にやらない様に」


 男にじろりと睨まれた先ほどの女の子は、バツが悪そうに視線を逸らしていた。

 彼女自身も魔物と戦う事の危険性は何度も教えられ、小規模な実戦も経験してきた。そこまでふざけて提案したつもりではないので、どうしても納得できない。


「はい!」

 だから、もう一度だけ拳を上げて発言を試みる事にした。

「なんだ?」

「今回の相手はスライムだと聞いています! 最弱の魔物にどうしてこんなに慎重なのですか!」


 この国で、いや外国でも知らない者は居ないと言う、世界レベルで有名な最弱モンスターがスライムだ。しかし、今回の実戦では訓練生だけではなく、既にプロとして働いている探索者達も二〇人以上が参加した大規模な作戦を実施中だった。

 スライム一匹なら、訓練生一人でも十分に相手できるはずなのに、余りに大げさだと、女の子は思う。


「確かにそうだよねー」

「今回って、いっぱいおびき寄せるんでしょ?」

「でも、スライムだぜ?」

 初参加の生徒は疑問に思っていたのか、ボソボソと互いに言葉を交わし始めていた。男は一つ咳払いをして、生徒たちを静かにさせる。


「ミルッカ。お前は一つ勘違いをしている」

「勘違い?」

「そうだ。お前たちも少し考えてみろ。なぜスライムはやたらどこでも見かけるか? それこそ、魔界の外にまで出てきて、街中に入って来る事もあるぐらいだ」


 すると、男子生徒が拳をあげた。

「他の魔物は危険なので、魔界から出てきたらその都度、討伐しているからですか?」

「それならスライムだって見つけ次第倒している」

 男がそう言うと、生徒たちは考え込んでしまった。


「あ、分かった!」

 声を上げたのは、またミルッカだ。

「ちっちゃいうちは可愛いので、ペットだったのが逃げ出して街で騒ぎになった!」

「バカたれ!」

「きゃー」

 男の拳がミルッカに落ち、激しい音を出した。

 と言っても、既に全員武装してヘルムも被っているので、音程には痛くない。

 ミルッカ自身も笑っている。


「そう言うアホな騒ぎを起こすのはお前だけだ!」

「残飯処理にもってこいだったんです!」

「ブタに食わせろよ! スライムなんか育てても食えないだろ!」


「…………」

「食ったのか!?」

 ミルッカが全力で顔をそらしていた。

「……今度からやめろよ。雑菌を蓄えているから、病気になってもしらんぞ」

 男はため息を吐くと、本題に戻す。


「いいか? スライムは最弱の魔物であるが、同時に魔界最強の生命力を持っている危険な魔物でもある」

「最強? あははは、先生も冗談言うんですねー、あだっ!?」

 無言でミルッカのヘルムを殴ると、男は続ける。


「スライムと戦う場合に、やってはいけない事。はい、ミスカ」

 男子生徒は名指しされると、慌てて記憶を引っ張り出していた。

「え、っと。物理攻撃は禁止。魔法で倒す。です!」

「なぜ、物理は禁止か? タハヴォ」


「はい! 斬ると分裂して増え、打撃は効果が薄い為です!」

「ならば、魔法攻撃における注意点は何だ? ミルッカ」

「ええっ!?」


 まさか自分に戻って来るとは思っていなかったミルッカは、完全に頭の中が真っ白になり視線を彷徨わせる。ふと、隣の同級生と視線が合えば、助けを求めて見つめていた。仕方ないと、隣の女の子がミルッカに答えを耳打ちした。


「え、炎熱系が効果的ですが、雷撃系のセンコウ型? は効果が薄い、です。高出力の、カクサン型はあるていど効果が、あります。ただし、核が破壊できなけれ、ば、倒しきれない……です!」


 全部教えてもらったミルッカは言いきったぞと言う顔をしていたが、明らかに意味を理解していなかった。男はため息を吐くのを我慢する。


「お前はちゃんと教科書を復習して来い。ロイネは良く覚えていたな」

「ロイネすごいね! 褒められたよ!」


 男がロイネを褒めると、ミルッカはふて腐れるどころか嬉しそうにロイネの手を握っていた。まるで自分が褒められた様に喜んでいる。

 そういう所は、ミルッカも概ね素直な子なのだ。

 

「今日、お前たちが全員魔導杖を持たされているのも、スライムの驚異的な生命力への対処の為だ。一つ、重要な昔話がある。ミルッカ。スライムを斬った事があるか?」

「はい、あります!」

 あるのかよ……。とは、口にまでは出さなかった。


「…………スライムは斬ったらどうなった?」

「一回斬っただけだと、小さな二匹になりました! 12等分にしたら動かなくなりました!」

「やめろバカ。二度と斬るなよ!」

「えっ!? 褒めてくれないの!」

 ゴチン。


「まぁ、スライムとは言え、細かくすれば動かなくなる。しかし、それは死んでいる分けではない。あくまで動きが鈍っただけで、時間が経てば小さくても元気よく動くようになり、そして成長していく」

 それが、今ではスライムに物理攻撃は禁止と言う常識が浸透した理由だ。


「しかし、それが常識になるには強烈な教訓があった。昔、ある町の若者が勇者になると意気込んで魔界に出かけた。と言っても、その自称勇者はあまり強くなかったので、訓練と称して弱いスライムばかりを相手にしていた。しかも、片っ端から剣で斬って行った」


「え、でも、そんなことしたら……、ミルッカが五匹斬っただけでも大変だったのに」

 声を震わせたのは良く勉強しているロイネだが、その言葉の後半が男の耳に引っかかる。一匹ならまだしも、五匹だと?


「ロイネ。その件の話、後で詳しく聞かせる様に」

「ロイネひどい! それは内緒だったのに!」

「ご、ごめん、ミルッカ」

 男はもう一度殴ろうかとも思ったが、説教は後回しにすることにした。

 あまりのんびりやって居ると、スライムの方が集まってくるかもしれない。


「いいか? その勇者志願者のおかげで、スライムの被害が劇的に減って行った。ただし、三か月後。今度は細切れにされたスライム達が成長して、一気に魔界から溢れだして来る。正確な数は分からないが、軽く千匹を超えていたそうだ」


「千匹? これくらいの?」

 ミルッカが腕で輪っかを作って聞いてきたが、男は首を振る。

「牛以上のサイズが、千匹だ」

 それを聞けば、生徒たちもざわついた。


 スライムの攻撃方法は、基本体当たりだ。

 毒を持たない種は、それ程怖い相手じゃない。

 ただし、それは小さければの話になる。


 それこそ牛以上ともなれば五百キロ前後の体重を持ったスライムが、飛び跳ねて体当たりしてくる。人間なんかひとたまりもない。一撃必殺スライムなんて、冗談では済まない相手になってしまう。


「先生。それって、キングサイズですよね?」

「そうだな。それ以上は、スライムの体がもたないから大きくならずに分裂する」

「でも。千匹もいたら、どれが本当のキングなんですか?」


「…………」

「ミ、ミルッカ。スライムには王様とか居ないよっ」

「えっ、そうなの?」

 男は眉根を押さえると、頭が痛くなりそうなのを我慢した。


「とにかく、キングサイズ一匹でも魔法が使えない人間には手に負えない。当時は魔術としての確立もまだで、魔法は魔法使いしか使えなかった。そんな所にスライムの大群が押し寄せて来れば、町の住民は死に物狂いで逃げ出すしかないという分けだ」


「じゃ、じゃぁ、その魔法使いが助けてくれたんだ!」

 不安そうな顔をするミルッカが見上げてくるが、男は首を振った。


「町には魔法使いが一人だけいたが、初級魔法が扱えるだけだった。とても、千匹以上のキングサイズを相手に出来ず。結局、町は壊滅した。餌を探していたスライムだったから、家屋は根こそぎ破壊されて食料も全滅。町は地図から消えた。最終的には、領主軍と王軍が一緒になって、全部討伐されたがな。それを、アードルフの災厄という」

 ここ、次のテストで出すからなー。と男が付け加える。


「アードルフと言うのは、そのスライムを斬りまくっていた若者の名前だ。当時は王国全土で指名手配されて、似顔絵まで町中で張り出された。しかし、事件発生時のどさくさに紛れて国外逃亡したので、結局は捕まっていない。ミルッカ?」

「は、はい!」

「お前がスライムを好きなのは分かるが、危険物で遊ぶのは止めておけよ」

「了解であります! 先生!」

 ビシッと、王国軍式の敬礼をしていた。どこで覚えてきたんだかと思いつつも、男はつい反射的に右手が持ち上がりそうになってしまう。


 最近は男女平等という風潮から、探索者の養成に女子を入れる事も珍しくはないが、こういう危なっかしい遊びをするのは男子が常だったはずだ。悪癖まで男女平等に覚えなくてもいいのではないかと思わずにもいられない。

 しかし、すぐにミルッカがこうなったのは、男ばかりの環境で育ったせいかとも思いなおす。


「さて、そろそろかな」

 そう言って男は後ろを振り向いた。


「うわ、くさっ!」

 生徒の一人が突然鼻を押さえる。

 風に乗って来た異臭に、生徒達が次々に騒ぎはじめていた。

 その匂いは、例えるなら地下下水道が詰まって汚物が何日も培養されたような、それでいてケミカルなエッセンスをふんだんに混ぜ込んだ、概ね吐き気をもよおす匂いだった。


「この匂いも覚えておけ。これはメスのスライムが出すフェロモンと同じものだ。オスのスライムはこれに群がって来るから、魔界の中でこの匂いを感じたら真っ先に逃げろよ」

 視線の先では、野原の中央で緑色の焚き火が見えている。

 そこから立ち上るのは薄紫色の煙で、においの元はそれだった。

 生徒達が立っている場所は風上なので、匂いの大半は森、魔界の方へ流れている。


「先生! 鼻が曲がりそうです!」

「何言っている。お前たちはマシな方なんだぞ。先輩の探索者達は、あの風下の方で木に登って待機している。スライム達の逃げ道を塞ぐためにな。お前達だって、そのうちあっちに行く事になるから覚悟しておけよ」


 その先輩たちが待機しているであろう魔界外縁の木々に、紫色の煙は広く拡散していった。風上に居てこの匂いなのだ。先輩方の苦労は計り知れないと、生徒達も頑張って呼吸することにした。

 あまりの匂いに涙を流しながら。


「全員! 魔導杖の遮断版を押し込め!」

 男の号令で、生徒たちは魔導杖の遮断版がきちんと押し込まれている事を確認していった。それが刺さっている限り、魔導陣に魔力は流れないので暴発する心配もない。


「安全装置、確認!」

 遮断版が間違って外れない為の安全装置も、きっちりロックが入っている事を確認していく。男が生徒達に視線を向ければ、全員が右拳を掲げて完了した事を伝えていた。


「魔晶石装填!」

 生徒達は右腰のポーチから、赤紫に輝く細長いケージを取り出す。

 中に魔力を蓄えた魔晶石が組み込まれている蓄魔器(ちくまき)だ。それを、魔導杖の上部カバーを外して中にセットしていった。カバーを閉じれば、魔導杖はいつでも魔法を発動できる状態になる。


「いいか慌てるなよ。足並みをそろえてゆっくりやれば良いからな。では、横列に散開!」

 そして、生徒達は事前の訓練通りに横に広がって行った。万が一の為にプロの探索者もその後ろにつく。

 後は、スライムが来るまで待つだけだ。






 待つだけではあるが――、

 十分ほど、ただじっと待っていると我慢できないと言う様にミルッカが振り向いてきた。


「せんせー、マダー? て言いますか、なんでアタシが中央なの? 先生にアタシのお尻をずっと見つめられていると照れるのですが? セクハラですか?」


「アホ言ってろ。お前が落ち着きなさすぎるから中央にしたんだろ。両サイドは三年生が担当している。お前も含めて、二年生は真ん中だ」


 既に匂い煙にひきつけられて何匹かのスライムが焚き火に向かってきていたが、まだまだ数が小さいので、焚き火番をしている探索者達が火炎魔法で焼き払っていた。焚き火周辺だけは、事前に枯れ草を刈ってあるので燃え広がる心配もない。


 そんな、スライムをプチプチ潰している光景を暇そうに眺めていると、にわかに大気を揺らすような圧迫感がやってくる。視線を奥へ向ければ、魔界の方から一つの花火が上がった。それは火を散らす代わりに、赤い煙を咲かせる。


「全員! 戦闘準備!」

「やっと来た!」

 ミルッカも嬉々として姿勢を伸ばすと、魔導杖を脇に構えて魔法攻撃の構えをとった。

 合図はまだかと思いながら待っていると、魔界の淵から幾つもの影が飛び出して来る。それは大きさもバラバラの、濃淡緑色をしたスライムの群れであった。


「うわっ! なにあの数!」

 流石に千匹とは言わないが、それでもミルッカが今まで見た事のない数、二〇匹、四〇匹、いや、すぐに地面を埋め尽くすほどの百匹以上のスライムの群れが魔界から溢れだしてきていた。


「キングサイズは居るかな!」

「キングサイズを発生させない為のスライム焼きだぞー」

 ミルッカは楽しそうに待ち構えているが、男は双眼鏡で確認しながら訂正させる。


 幸い、湧いて出てきたスライムの大半がポーンサイズだ。

 三十㎏以下なので、体当たりされれば痛いがいきなり大怪我にはならない。

 ポーンサイズの中に、ちらほらと混ざる大きな個体はナイトサイズになる。

 体重五十㎏以下とはいえ、下手に当たると大怪我をする。


 その大群が来たのを見計らって、焚き火番の探索者達は焚き火に鉄格子の檻をかぶせて、ハンマーで四方の杭を地面に打ち込んでいった。準備を終えれば、後は彼らも焚き火から走って逃げて行く。


 追うようにやって来たのは、ぽよんぽよんと飛び跳ねるスライム達。

 どんどん焚き火に群がって来ていた。

 遠くから見ている分にはある意味かわいらしい光景だが、こうして飛び跳ねるからには、スライムは名前通りのドロドロ生物ではい。半透明の体で分かりにくいが、アレは多くの水分を蓄えた軟体動物であり、筋肉の塊と言ってもいい。


 さて、焚き火を守っている檻が破壊される前に、攻撃を開始しなければいけない。

「ぜんたーい、前へっ!」

 男の指示に従って、生徒達はゆっくりと歩き出した。

 散々やらされた隊列訓練の成果もあって、横列が崩れる事なくスライムの群れに近寄って行く。


 視線の先では、焚き火の匂いにまかれた雄スライム達が血迷って、雄だけで団子を作りはじめていた。極めて気色の悪いスライム達の狂乱に、女生徒達から悲鳴に近い声が上がる。

 スライムの群れに残り三十メートル程まで近づいたら、男は止まる様に号令をかけた。そして、いよいよ攻撃の開始ある。


「安全装置解除! 構え!」

 生徒全員が魔導杖の先端を、少し上に向けて構えた。安全装置も解除されて、後は右手のレバーを握り込むだけでいい。


「放てー!」

 号令と共に全員がレバーを握り込んだ。

 瞬間、遮断版が跳ね上がり魔導回路に魔力が流れ込む。

 魔導陣が赤く光れば、拡大投影された魔法陣が空中に現れた。それらが魔力を現象へと変換していく。魔法陣から溢れだすのは、高熱を蓄えた火炎の奔流。

 空中に飛び出せば、弧を描いて流れ飛んで行った。


 二一本の火炎は、群がるスライム達にきちんと降り注いでいく。

 降り注いだ炎はスライムを飲み込み、地面に落ちてもこぼれる様に広がれば、足元に火溜まりを作って行く。直撃を浴びたスライムはひとたまりもなく、逃げようと飛び跳ねてはその先でも火を広げながら力尽きて行った。


「やった!」

「上手く行ったな!」

 生徒達が口々に声を上げるのを遮る様に男が叫ぶ。


「次発よーい! 各自判断で撃ってよし! ゆっくりで良いぞー!」

 号令を聴いた生徒達は、まだ魔法の発動で熱を帯びた魔導陣の近くにある遮断版に手を伸ばす。右手のグローブはその為に分厚いが、逆に細かい作業は出来ないので手のひらで押し込んでいった。


 しかし、すぐには次を撃てない。

 ラーヤ型魔導杖では、発現した魔法の残留魔力を上手く排出できず時間がかかり気味だった。生徒達の持つ魔導杖からは、赤く輝く残留魔力である粒子がパラパラとこぼれていた。

 残留魔力があるうちに次の魔法をかぶせてしまうと、互いに干渉してしまい綺麗に発現してくれないので、慌ててはいけない。


「先生! スライムがこっちに向かってくるよ!」

 先に撃った炎が弱まってくると、それを突き破って多くのスライム達が向かってきていた。数が数なので、最初の一撃で倒せた二十匹程度では、スライム側の戦力はまだまだ余裕がある。


「慌てる必要はないぞー。訓練通り撃っていれば、十分に殲滅できる火力がある。焦って不発させるなよ!」

 生徒達は各々の判断で、次の火炎魔法を撃ちだしていった。


 炎の奔流をあびれば、ナイトサイズであっても瞬く間に燃えて力尽きて行く。そうでなくとも、地面の枯れ草のおかげで火力は長持ちして、攻めてくるスライムの群れを押しとどめ、炎を嫌がって立ち止まったスライムには更に空から火炎が降り注ぐ。


 男が両翼に視線を向けると、訓練通りきちんと両サイドの生徒はスライムが前進できない様に炎を壁状に広げていた。

 今の所は順調である。

 もとより、スライムは戦術を駆使してくるほどの知能はないので、基本的には火力優勢なら負ける相手ではない。


 しかしそこに、大きな地響きがやってきた。

 燃え尽きたスライムの死骸や、まだ残る火を蹴散らして、巨体が飛び込んでくる。一歩一歩が重々しく、怪我では済まさないと言う圧力をともなっていた。


「先生! キング、キングスライム!」

「あれはビショップサイズだ。騒がず、目の前の小さいのを仕留めろ」

 生徒達の動きを見ていた男も前に出ると、背負っていた自身の魔導杖を手に取った。


 オペッタ型魔導杖は生徒達が持つラーヤ型と違い格納式魔導陣を備え、その分高出力の魔力を扱える。さらに残留魔力の排出機構も一つ上級のモノだった。

 オペッタ型を持っていれば、大抵の中級魔導陣は扱える。

 手早く発動準備を終えると、男は魔導杖を構えた。


「パエロクラスティック! 撃つぞ!」


 瞬間、空中に発現した魔法陣から、火炎が渦となって飛び出した。それは地面を削り巻き込みながら迸る。呑み込まれた小さいスライムは一瞬で燃え尽き弾き飛ばされ、それは巨体を飛び跳ねさせてきたビショップサイズに直撃する。


 火炎の渦の直撃に、大きなスライムは体格に見合う魔力障壁をもって踏ん張っていた。ビショップ・サイズに弾かれた火炎は、周りのスライムを巻き込んで焼いている。

 そして次の瞬間、ビショップ・サイズが身にまとっていた魔力障壁も消し飛び、丸ごと炎に呑まれていった。

 土と火炎の嵐が過ぎ去れば、後には大きな焼きスライムだけが残る。


「先生、すごーい!」

 ミルッカが言葉と共に男に振り向けば、金属音と共にオペッタ型魔導杖の先端が花開いた。そこから溢れる残留魔力の粒子を、勢いよく風に舞いあげている。


 春風にローブをはためかせて、大きなスライムも中級火炎魔法で一撃必殺。

 ミルッカにとって、この男、指導教官のエサイアス・ヴァルカマは、やっぱり憧れだった。

 そして、今年も春のスライム焼きはケガ人もなく、無事に成功を収めていった。




「先生はすごい魔導士だね!」

「俺の本職は探索者なんだけどな……」

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