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本当ならば着飾って出なくてはいけない。いや、少しでも綺麗に見てもらいのだけれどニ十分も待たれていると言われれば、制服のまま応接間に行くより仕方なかった。
良家の淑女が通うだけあり、制服は紺のワンピースセーラーで白のリボンがワンポイントで可愛らしい。その可愛さ着たさで志す子もいるが、着られるのは限られた人間だ。よほど頭がいいか、家柄がいいかのどちらかだ。
一応鏡で確認してから応接室のドアを開けた。
赤を基調とした華美な部屋には年代物のテーブルと四人は座れるのではないかと思うソファが二つあり、氣堂蓮は正面から見て左側のソファに座っていた。
「‥‥この度はお待たせさせてしまい、申し訳ありませんでした。」
ゆっくり頭を下げる。
「顔を上げてくれ。僕も突然きてすまなかったね。目を覚ましたと聞いてお見舞いに来たんだ。」
視線を上げると優しい緑色の瞳が優し気にこっちを見ていた。
「三日間も寝ていたそうだね、大事はないそうだけど、元気そうで安心したよ。」
もしかしたら都合よく見えるだけかもしれない。
それでも心から喜んでくれているような気がした。
彼はすごく優しい人。
多分、私が破棄なんて嫌だと泣きじゃくり、自殺するとでも脅せばそのまま結婚してくれるだろう。
多分、私が彼に気持ちを打ち明けて自殺でもすれば、彼は一生結婚しないだろう。
そういう人なのだ。
だけど、そんなの嫌だ。
繋ぎとめて置きたい気持ちもあるけれど、彼の幸せを願わないわけではないのだ。
でもそれは私ではダメなのだ。
「とりあえず、座ってくれないかな。それからお土産を買ってきたんだ、後で食べてくれると嬉しいな」
困ったように彼が笑う。
私は目を伏せて重たい足を動かした。
今何かしゃべろうとするものなら、泣いてしまう。
ソファに座りながら、目を伏せたままの私を彼は何も言わずに三日間の学校の様子を話してくれた。
曰く、新しい本がまた図書室に入ったとか。また防犯対策を強化するだとか。
彼が三日目の話をする頃には、私も大分落ち着いていた。
「体調がいいようなら、気分転換に行かない?父さんから水族館のチケットをもらったんだ。」
「行きたい!」
ばっと顔を上げると、彼はとても驚いていた。
またやってしまった、と内心思った。
いつもの一華はこんなこと言わない。多分無言か『そうですの』だ。
彼はまだ何も言わない。
私を見ながら長い睫毛を使って数回瞬きするだけだ。
それが更に焦りをかけ、何か言わないとという気持ちにさせられた。
違う違う。私は行きたいんじゃない。一華は絶対行きたがらない。
「‥‥あ、貴方が一人で行くのがかわいそうだからですわ。」
‥‥‥。
穴に入りたい。
そう思った。