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9.[1年春/第二戦] 救世主は何処に居る?

「ねぇ高坂さん。神園君とはどういう関係なの? 恋人?」


 不意をつかれたこの話題。

 どうしても避けては通れないんだ、零夜といると。

 零夜の近くにいるだけで、あたしは結局こういう扱いになってしまうんだ。


「幼馴染よ、腐れ縁の」

 投げやりに言うあたし。

 だってその先に聞かされる文句も知ってるから。

「そう……じゃ、仮に私が神園君に告白しても、高坂さんは何とも思わないわけね?」


(ほら、思ったとおり)


 どうして直接言わないのよ

 どうしてあたしに言うのよ

 ここでもあたしは嫌われるの?


「そうよ、っていうかあたしにそんな事聞くのって変じゃない?」

「変? 変じゃないわよね? 貴女達が付き合ってたら悪いなぁ、って思うのは普通じゃない?」


 料理を作ってる3人に聞こえないよう、佐々岡さんにだけ聞こえるよう、声を抑えながら。

「零夜が好きなら零夜に直接言えばいいじゃん」


 堰を切ったようにまくし立てるあたし。

「仮にあたしと零夜が付き合ってたとして、仮にだけどさ、もしそうなら、好きになるのを諦めるわけ?」

「……」

 佐々岡さんの口は止まった。

「あたしは恋なんてしたことないから、そういうの分かんないんだけどさ……」

「そう……ね。でも恋ってそういう理屈だけじゃないのよ」


 あたしには分かんない。

 分かんないから……こう言った。


「めんどくさいんだね、恋って」


「そうね、面倒だわ」


 佐々岡さんも、そこは同意してくれた。


「少なくともさ、あたしは何とも思ってないよ。多分零夜もそうだと思う。だからさ、あたしにいちいち許可なんて取らずにさぁ……好きにやりゃあいいのよ」


「そうも、行かないもんなのよ……」


 重苦しい空気があたし達を包み込んでいた。



 15時半。

 食材調達の残り時間は、30分を切ろうとしている。

 これから何か欲しいと言われても、もう何も貰いに行くことは出来ないだろう。

 麻衣たちも最後の追い込みを行っているのか、キッチンの中は慌しい動きを見せていた。


「ここでボーっと待機してても、きっと麻衣たちの視界の邪魔になるわね」


 それ以上に、この重苦しい空気から逃れたい気持ちで一杯だった。

 だけどそれは口に出さずにおいた。


「教室に、戻りますかねぇ……」

 そう言って立ち上がろうとした。


 その時……事件はおきた。



「ガシャーン!」

 何かが激しくぶつかる音がキッチンに響いた。

 一瞬、佐々岡さんとあたしはお互いの顔を見合った。

 そしてそれが『1組のトラブル』と理解すると、何事かと視線を麻衣たちに向けなおした。


 あまり良い予感はしていなかったけど、やっぱり麻衣は困っていた。

 麻衣の隣に立つ零夜もやはり困った顔だ。

 下を向く沢木さんに至っては、口に手を当てたまま目を潤ませている。今にも泣きそうだ。


「どしたのよ、あんた達!」

 あたしの問いかけで意識を取り戻した麻衣。

「や! 弥生ちゃん! どうしよっ、どーしよーっ!?」

 けど、あたしにしがみ付き助言を請う麻衣は、完全に我を失っていた。

 思っていた以上に事態は深刻みたいだ。


「な、何よ!? ちょちょちょっと零夜、何があったのよ!?」

「……材料が、足りなくなったんだ……」

「「えぇっ!?」」

 あたしと佐々岡さんは目を見開いて驚いた。

「そうなの、ごめんなさい! 卵、私が落として割っちゃったの……」


(沢木さん、やっぱり泣いちゃった……)


「沢木さんが悪いんじゃないの! ボーっとしてた私のせい!」

 責任の擦り付け合いは見苦しい、けれど麻衣と沢木さんのそれは、押し付け合いとは逆だった。

 こういうのってなんか、凄く胸が切なくなる。

 お互いに自分を責める2人を、見てられなくなって私は怒鳴った。

「誰のせいとかどっちが悪くないとか、今はどーでもいいわ!」

 突然怒られ言葉を失った2人。

「麻衣! 卵がなけりゃどうなんのよ!」

 けど事の緊急性に気付いたのか、一瞬顔を見合わせたあと麻衣が泣きそうな声で言った。

「玉子焼きと、ゆで卵と、フライの衣……」

 無けりゃ無いでどうにかなるもんじゃないわ。卵が必要、これは揺るぎようがない。


(30分で卵……無理かも、でも……)


「分かった……。麻衣、零夜も沢木さんも、いい? あんた達は今出来ることをやんなさい。料理は3人しかやっちゃいけないルール、あんた達が料理しないで誰が料理するのよ?」

「や、弥生ちゃんっ!」

 すすり泣く麻衣。


「材料調達はあたし達材料班の仕事なんだから。卵が無いなら、無いから取ってこいって言いなさいって! さぁ、ほらっ!」

「弥生! 無理だよっ!」

 無理だと悟り引き止めようとする零夜。


 でもあたしには1人味方がいる。

「お願い高坂さん! 貴女だけが頼りなのっ!」

 泣きながら叫ぶ沢木さん。


(それ待ってた。沢木さん、あんた最高だよ)


 このときばかりは、欲しい言葉をくれない親友より、そのものズバリな言葉をくれるクラスメイトを、純粋に『ありがたい』と思った。


「沢木さん、行ってくるから! 麻衣と零夜のこと頼んだわよっ!」

「や、弥生! 間に合わないよ!」

「無理でも何でも、やるしかないのよ! やってやる! 絶対やってやるわっ!」

 尚も止めようと粘る零夜をそこに捨て置く。


 沢木さんに後を任せ、あたしはその場を後にした。


「絶対やってやるわっ! ……か」

 と改めて口に出して言ってみたものの、勝利の女神は既にあたしを見放している。

 ここから徳森のお爺ちゃんのところまで片道3km以上、往復は6kmをゆうに越える。


(時間がない。遠すぎるわ)


 とてもじゃないけど全力疾走で走りきれる距離じゃない。

 頭の中は徳森のお爺ちゃんの顔で一杯、だけどそこに行き着く術はない。


「佐々岡から連絡来たぞ、高坂」

 気付けばあたしは、教室の前で途方にくれていた。

 事情を知っているらしい村松くんは、あたしの次の言葉を待っているようだ。

「……あたし徳森のお爺ちゃんの所に行ってくる!」

「行くって、今から東美空中までなんて、絶対に間に合わないぞ」

「分かってる、けど沢木さんと約束したから」

「約束って……」

「……行くしかないのよっ!」


「おい馬鹿っ! たっ田辺! 高坂を止めろ!」

 教室を飛び出そうとするあたしを、抱きついて止めてくる田辺さん、と思われる女子。

「離してっ! 麻衣が困ってるのよ! 沢木さんが泣いてるのよっ!」

 あたしは叫んで、もがいて、田辺さんを振り切ろうとする。

 けれどそれを見た女子が田辺さんに加勢、あたしは一歩も動けなくなる。


 雁字搦めにされているあたしに、村松くんは言った。

「今から行っても間に合わない。けど、安心しろ、手段はある!」

 そして村松くんの絶叫交じりの大号令が教室に響く。

「……佐々岡ぁ! 待機班の撤収は取り消しだぁ!」



 そこから先のみんな行動は驚くほど早かった。

「みんな! 配置班がどの辺りに居るか確認よ!」

 号令が飛ぶや否や、クラスの他の子はケータイ片手にガンガン連絡を取りはじめる。 


「あ、マリエ!? 今どこ? 商店街北口? その近くに誰か見かけなかった? 南口の方に歩いてく平野さんね?」


 佐々岡さんが『商店街』『南口』『平野』と言う名前を強調して言う。

 商店街よりその南口の方が東美空中に近い。

 そしてそれを聞いた違う人は、すぐさま平野さんに連絡を入れる。


「平ノン? ん、今どこ? 南口? その辺で他の子見なかった?」

 瞬く間にネットワークを広げ、東美空中に近づいていくクラスメイト。

 そしてこの頼もしいほどに素早く展開するネットワークは、遂に東美空中に待機している人物を特定する。


「ホント!? 野元が東美空中にいるらしいわよ!」

 野元くんまで、あっという間に行き着いた。

 鳥肌が立つほどの早技だった。


「もしもし野元くん!? 貴方今東美空中の近くよね!? その辺りに徳森さんって名前の家があるから」

 野元くんと言えば、いつぞやの選びたい放題発言で『馬鹿』にカテゴライズされた彼だ。

 しかし今は彼が救世主にしか見えなかった。


 彼は1組の窮地を救う最後の望み。


「高坂! 野元のナビをっ!」

 その村松くんの言葉に、あたしは電話を奪い取った。


「野元!? あたしよ、高坂よ。あんた今どこにいる? オッケー、東美空中前ね。分かったわ。よぉく聞いてよ野元、いい? あんたラッキーよ? 1組の救世主になるチャンスなんだから」


 状況を把握できずキレのない返事をしていた野元も、救世主と言う言葉を聞いてか、声色が変わった。

 電話越しの雰囲気が変わったように感じる。


 そんな野元を更に制御する為、あたしは続ける。


「今あんたがいるのは東美空中、向かって左、そう、仙里高に戻る道よ。その道を100mほど行ったら大きな蔵のある家があるわ。そこから見える、その黒い屋根の蔵よ。そこに小道があるでしょ? 右に曲がって……曲がった? 良いわ順調よ。じゃあそこから何が見える? そう、水車。あんたやるじゃない! で、その水車の近くに赤い屋根の家あるわ、それが徳森のお爺ちゃんちよ。ほら鶏の声、聞こえてこない? 聞こえた? そうよその家!」


 そこに居るのはあたしじゃない、野元だ。

 けれど野元が見ているその景色を、あたしも今見ている。見えている。

 だからあたしは野元に叫んだ。

 あたしがすべきことを彼に託すために。


「お願い野元! 徳森のお爺ちゃんから卵10個貰ってきてっ! あんただけが頼みなのよ!」


 あたしがそう叫んだと同時に、

「本田さん! その場で待機だ! もうすぐそっちに野元が行く、そしたら野元から貰ったものを商店街南口まで走ってくれ、平野さんが待ってるはずだ!」

「平野さん? 私よ! そのまま商店街南口まで引き返して待機よっ。本田さんが貴女に渡す物、それを持って仙里まで走ってちょうだい!」

 委員長の2人もまた、叫びながら電話越しの相手に伝える。


 野元がお爺ちゃんから卵を受け取り、そのまま仙里高まで走るのは流石に遠すぎる。

 それを村松くんは見越していた。

 卵をリレーで届ける計画を立てていたのだ。


 あたしもそれに賛成し、無言で村松くんに頷き返した。



 けど、やっぱり難関は『東美空中の近くの』ではなかった。


「野元、着いた!? じゃあお爺ちゃんに『高坂んとこの弥生が頼んでる』って言って! え? ダメですって?」


 『頑固な徳森お爺ちゃん』に、教室の温度が一気に下がる。

 そう、距離以上に、お爺ちゃん自身が難関だったのだ。

 けどあたしがここで諦めるわけには行かない。


(1組29名の運命がかかってんのよ!)


「野元! お爺ちゃんと替わって!」

 ケータイで連絡を取り続けていたクラス中が一気に沈黙する。


「……お爺ちゃん? もしもしお爺ちゃん? うん、高坂んとこの弥生です。うん元気だよ。うん、仙崎に通ってるんだよ、すごいでしょ? っじゃなくてお爺ちゃん、助けてっ! 卵が欲しいのよ! うん、うん、ごめん……落として、割っちゃったの。ワザとじゃないの! けどそれで、麻衣も困ってるの。そうじゃないの、お爺ちゃんちの卵じゃないと……ダメなのよ、お願いっ!」


「「「「お願いしますっ!」」」」

 教室にいるメンバーが受話器越しに届けと叫ぶ。


 電話口から野元の声も聞こえる、お願いします! と。


「……うん。お爺ちゃんが折角くれた卵、無駄にしてごめんなさい……うん。うん。えっ!? す、するわっ! するに決まってるじゃない! 約束する。だってお爺ちゃんちの卵だよ? ……ホントっ!? ありがとう! お爺ちゃん大好き!」


「交渉成立か!?」


 村松くんの問いの、答え代わりになる言葉をあたしは、お爺ちゃんに伝えた。


「お爺ちゃん! そこにいる馬鹿に『途中の道で仲間が待ってる、全力で走れ!』って怒鳴ってやって!」


 村松くんはあたしの背中を叩いた。

「高坂! アンカーは任せたぞ、お前は校門まで行って卵を待ってろ!」

 みんなケータイでリレーの位置を確認しながら、あたしを見つめ頷く。


「オッケー行ってくるわ! あんた達! あとは頼んだわよ!」



 背中越しに頼もしい声が聞こえた。

「もしもし!? 谷川さん!? ……」

 彼ら彼女らはこのリレーをより確実なものにしようと、まだまだ指示を出し続けていくようだ。

 教室ではみんなが頑張ってくれてるはず。



 あたしは教室を飛び出した。



「高坂さん!」

 教室を出ようとする私を止めた佐々岡さんは、少し苦しげな表情だった。


「……さっきの調理室の事……あれは忘れて?」

「言われなくても……」

 そうする、そこまで言葉が出かかった。


「それと……アンカー、頼んだわよ?」

 けど、苦しげな顔を無理に笑顔に変えながら、こんなこと言われたら……。


(文句なんて言えなくなっちゃうわよ)


「ええ、任せて! 絶対間に合わせてやるわ!」

 だからあたしは出来うる限りの笑顔で返した。



 そして今度こそ、あたしは教室を飛び出した。


 佐々岡さんに向けて言った最後の言葉。


 それを自分にも言い聞かせるように、強く心に繰り返しながら。


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