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8.[1年春/第二戦] 生粋の東美空っ子

「サポートが27人なんておかしすぎるよ。きっとその27人にも何かの役目があるはずって僕は思うんだ」


 昨日零夜の言っていた事は、やっぱり間違っていなかった。

 27人にもちゃんと役割があったのだ。


 しかも料理班3人に勝るとも劣らない重要な役割が。


     * * *


 午前中授業を済ませ昼食を取ったあたし達は、教室で静かにその時を待った。

 午後から2日目の競技がスタートするからだ。


 12時49分。


 教室には27人、麻衣、零夜、沢木さんの抜けた1組。


 頭の良い麻衣と、男女問わず慕われる零夜、沢木さんの事は良く分からないけど、3つの空席はあたしを不安にさせる。

 もしかしたらみんなも同じ事を感じたのだろうか、クラスの誰もが何も口に発することなくただ静かにスタートを待っていた。


 そして放送が流れる。


「1年生の皆さんお待たせいたしました。13時の競技開始まで、残り10分となりました」


 全員に緊張が走る。


 自分達の仕事が料理であると分かっていれば、これほどの緊張もなかったろう。

 何をさせられるのか分からないあたし達。

 でも流石に『このまま27人がただ傍観者で終わる』なんてことは、誰も考えていなかった。


 運命が今決まる。


「それではルール説明を始めます。よく聞いてください。まず、料理対決の審査を行う5名は……」


 運営委員の3人、生徒会長、そしてハゲ校長の5名が審査員。よって料理も5人前。

 そこまでは良い。

 しかしそこから先は想像を超える過酷なものだった。


「現在調理に使えるものは料理班のみが知っています。足りないものを調達する、つまり残りの27名は調達班です。揃っているものをざっと言いますとー、えー、塩、コショウなどの調味料。炊飯器やレンジ、ガスコンロなどの調理器具。菜箸や鍋などの調理用具」


(いちいち細かいところまで説明して……)

 と、そう思ったあたしは甘かった。

 説明が細かかったのではない。


「以上です。食材は調達班が何とかしてください」


 それ以外何も準備されていなかったのだ。


「はあぁあぁぁ!?」

 相手は放送、返事をするわけがない。

 そう分かっていても声を出さずにはいられなかった。


(調味料とキッチンは提供されるが、肝心の食材は……何一つ提供されないなんて、そんなルールあってたまるか!)


「調達班はこの東美空町で、食材やその他必要なものを農家の皆様から提供してもらってください。既に回覧板等でご理解とご協力を頂いておりますのでその辺は安心してください。ただし、ご理解いただいているとは言え、くれぐれも失礼のないようにお願いします」


「ちょっ! 回覧板って……あたしそんなこと聞いてないわよっ!?」


「金銭の利用は不可とします。携帯電話での連絡は可」


「文字通り『提供』かよ……」


「貰ってくる食材は、提供してくださった方が別所で『購入した物』ではない事。つまり、民家へ行き、精肉を貰ってくるのはルール違反です。購入したもので無いならば、民家の家庭菜園などは可とします」


「高坂さんちもアウトじゃん。当てが外れたー!」


「また、運賃を必要とする交通手段の利用も不可。定期券等で町営バスを利用できる生徒も、バスの利用はしないこと」



 全ての食材はこの東美空で手配しろと?

 自分の足を使って?

 そして全て無償提供で?


「料理班は16時15分まで、材料調達班は16時までを活動の期限とします」


 調達は今から3時間しか出来ない。


「それでは13時となりました、1年生の春開催2戦目『東美空町食材調達料理対決』競技っ、スタート!」



 放送による一方的なルール説明が終わると、これまた一方的な競技開始宣言がなされた。

 他の教室からも一斉にざわめきが聞こえ出した。


 いよいよ始まった2戦目の競技!


 あたし達1組も行動を開始する。

 クラス委員の村松くんと佐々岡さんが陣頭指揮を取りはじめる。

 麻衣も零夜もいない心細さをかき消すように、あたしは2人をじっと見詰めた。

 クラスのみんなは既にケータイを手にしながら、いくつか並べて繋げた机の上に、どこにあったのだろうか、東美空の地図を広げそれを取り囲んでいた。


 地図を見たところで、どこに何の食材があるかなんて分かるわけがない。

 分かるのは地名と地形、主な公共施設とそれらの位置、距離関係くらいだ。

 肝心の『食材の在り処』は、地図になんて載ってないんだから。


「よしっ! みんな! とりあえず近場から当たってくれ!」

 そう言った村松くん。

 在り処が分からない以上、近いところから虱潰しに当たって、貰える物を貰い、それを調理していく。


(確かに有効かもしれない。でも……)

「ちょっと待って! 闇雲に町を走ってもダメよ!」

 あたしはそれを制し、地図を見ながら言った。

「貰ってきた食材を、もし麻衣たちが使わなかったとしたら? 近所の農家の人が丹精込めて作った食べ物なのに、あたし達にくれた食べ物なのに、それを無駄にするなんてそんなの、そんなの東美空の住民は、少なくともここに住んでるあたしは絶対に許さないわよ!」


 他のクラスの声がやけに大きく聞こえる。

 そう思い顔を上げると、みんながあたしをじっと見つめていた。

 26人の視線。

(でもあたしは東美空町の住民だもん!)

 ここで負けるわけにはいかない。


「それに……材料を見てから料理を作るなんてのも、無理じゃない? 麻衣は確かに確かに料理は上手いけど本職の料理人じゃない。沢木さんも料理が上手いんだと思うけど同じよ。零夜は器用なだけ。まずは麻衣たちの意見を聞きに行くべきよ!」


 52の目に囲まれようと、一歩も引かないわよ。

 東美空中学から仙里に進学したのは、あたしと麻衣と零夜だけ。

 この辺を知ってるのはあたし達3人しか居ない。

 しかも2人は調理班でここに居ない。


(だったら、だったらあたししか居ないじゃないのよ! あたしの背中には、東美空町の農家の思いが乗っかってんのよ!)


 何故か俯き、落ち込んでしまったように見える村松くんが、ボソリと呟いた。

「東美空町の農家の思い……か」


 過去の失敗に懲りず、またしても心の叫びを声に出してたらしいあたし。

 村松くんに負けないくらい落ち込むあたし。

 恥ずかしくてもう死にたい。


 けれどそんなあたしと違い、村松くんの立ち直りは早かった。

「あぁそうだ、高坂の言うとおりだ。悪いがみんな一旦待機だ!」

 そして佐々岡さんの行動も早かった。

「私は料理班に聞いてくるわ、村松はここお願いね!」

 佐々岡さんはそう言い残し、キッチンのある家庭科調理室へ駆けていった。


 こうしている間にも、他のクラスの生徒はどんどんと校門へ向かって走っている。

 それを教室から眺める1組調達班。みんな焦れている……と思ったら結構平気そうな顔をしている。

 っていうかむしろ、それを余裕で眺めてるくらい。

「高坂さん。貴女の背中に背負った……農家の思い、私達にも教えてくれませんか?」

 本田さんはそう言ってあたしに近づいてきた。

 クラスのみんながあたしを見つめていた……。


(いいわ。教えてあげようじゃないの! あんたたち覚悟しなさい!)



 しばらくして、メモを手にした佐々岡さんが戻って来たときには、他のクラスは既にほぼ校舎から姿を消していた。

 けどあたし達だって、ただボーっと佐々岡さんを待っていたわけじゃない。


「調理班が欲しいものは、お米、お肉、玉葱、人参、トマトにキュウリに…」

「高坂、それぞれでお前が一番思い強いって感じる農家はどこだ!?」

 佐々岡さんから必要なものを聞いた村松くんが、すぐさまあたしに聞く。


「で、何からが良い?」

 不敵な笑みを浮かべるあたし。

「さぁ、どっからでもかかって来なさい!」


「日本人ならお米です!」

 本田さんが切り込み隊長? 意外ね、眼鏡の奥の瞳が燃えてるし……。

「お米は山下さんよ。生産量が少ないから、ギリギリの量だけにしてあげて。奥さんに『高坂の娘が”いつものが良い”って言ってる』って伝えれば大丈夫なはず」

「山下さん……山下さん、っと、次っ!」

 黒板には食材とそれを提供してくれそうな人の名前、書くのは本田さん。


「お肉って種類は……鳥ね? だったら冴上地区の岩井さんよ。岩井のお婆ちゃんなら、頼めば捌いてるのを出してくれるはずよ。部位が分かんないわ、誰かあとで聞いてきて」

「玉葱と人参は北島のおじさんが一杯作ってたはず。北島さんちの野菜は生でもいけるくらい甘いもの。トマトとキュウリは………」

 お肉と野菜はなんとかなる。


「お味噌汁も作りたいって言ってたんだけど、お豆腐とか揚げとかワカメなんて、ないわよね?」

 佐々岡さんはメモを見ながら言う。

「豆腐屋さんなんて東美空にはないわ……。仮にあったとしても、商品を無料で貰うのは気が引ける。麻衣もそれは知ってるはずなのに……」

「じゃあ、お味噌汁は諦めるしかないわね」

 無駄なものを麻衣が頼むはずがない、作りたいって事は何かの意図があるはず。

「待って! そうよ、味噌よ! 善郎さんちの……大おばばの自家製味噌! 麻衣、そうでしょ!? 麻衣が味噌汁を作りたいって言ったなら、それはきっと具じゃなくて味噌よ! 幾ら調味料が提供されてても、味噌汁は味噌が命。だったら大はおばばの作る味噌!」

「国崎に確認だ! ついでに中に入れる具も聞いてくれ!」

「おっけ、わたしが聞いてくる! ついでに鶏肉はどの部分かも聞いてくるね!」


「卵は? 支所から学校へ向かう道に養鶏場が見えるけど……」

「ちょっと遠いけど、東美空中の近くで鶏を飼ってる徳森のお爺ちゃんが良いわ。養鶏場のは業者だし、岩井のお婆ちゃんのとこは食用、勿論どっちもスーパーで安売りしてるのよりは十分美味しいけど、でも卵なら徳森お爺ちゃんが良いわ。すっごく頑固だけど、ちゃんと頼めばきっと分かってくれるはずよ」


「あと、ダメ元でパン粉が欲しいらしいのよ」

「パン粉は農家じゃ無理だな……どうやって手に入れるんだよ」

 違うわ村松くん、麻衣が言ってるダメ元はそっちじゃない。

「商店街の役場通り、『プルシアン』ってパン屋さん。パンの耳なら手に入るわ。廃棄してるから言えばくれる、けど1時過ぎに食パンの耳を捨てるところを良く見るわ……。捨てる前に捕まえて交渉……時間がないわ! 今すぐ誰か行って!」

「商店街役場通りのパン屋ね!? 私が行くわっ!」

「平野! 頼んだ!」


「お味噌汁の具、お野菜で良いってさ! お肉はモモが良いって!」

「モモだな、了解!」

「あと、国崎さんから伝言っ! 『大おばばの味噌じゃないと絶対にダメだよ?』ですって!」

「麻衣も言うようになったわね。オッケー! 了解!」


「よし、大体のありかは分かった。あとは高坂、それぞれがどこにあるかを教えてくれ!」

 あたしは一軒ずつ地図を指差していく。

 佐々岡さんはそこへ材料名を書いた付箋を貼り付け、村松くんはその付箋に被せるように、クラスの生徒の名前を書いた違う色の付箋を張っていく。

 見る見る間に地図は埋まり、黒板に書いた材料には担当が割り振られていった。


 そして他のクラスから遅れること15分、1組はようやく行動を開始した。


 あたしの担当は……『待機』だった。


「高坂、お前がここに居てくれないと、何かあった時に困る。指揮は俺達がするがブレーンはお前だぞ」

「みんなっ! 何かあったら、私か村松にすぐ連絡して!」

 そう言いクラスの生徒に次々と指示を出していく村松くんと佐々岡さん。


 そんな2人には申し訳ないけれど、あたしは勝負とは全然関係のないお願いをした。

「みんな聞いてっ! これから貰ってくる食べ物には一つ一つ、想いが込められてるの。だから」

「安心しなって高坂さん。あんたの分までしっかり、農家の思い、感じ取ってくるからっ」

「『東美空の心意気』ですね?」

 みんなが口々に言う。大丈夫、みんな分かってくれている。


「じゃ、そろそろ俺たちの、高坂弥生直伝『東美空の心意気』ってやつを、他のクラスに見せ付けてやりますかー?」

 そう村松くんが音頭を取ると、


「「「「「おーっ!」」」」」!

 1組の調達班は東美空へ繰り出した。



 勝負開始から1時間。

 あたし達が食材調達を開始して45分も経つと、1組のキッチン周りには他のクラスが呆気に取られるほど、あっさりとそして迅速に、最高の材料が次々と送り込まれた。


 泥もついてたり、虫に食われてたりするけど、一つ一つが瑞々しく輝く野菜。

 新鮮な鶏肉。冬を越したとは思えない白米。

 流れるように届くその様子と合わせ、


「凄い……魔法みたい」

 と、他のクラスの生徒が唖然として呟く。


 気付けば我ら1組は、15分の遅れをいとも簡単に取り戻していた。


「高坂さん。岩井さんちのお婆さんから『たまには遊びにおいでぇね』だって!」

「はいはい今度行くわよー。お婆ちゃんとこで食べるお茶菓子美味しいのよねっ!」


「高坂さん。村野さんから伝言。深刻よ。『生きてるうちに顔を見たいから、近いうちに大おばばのところへ遊びに来い』ですってよ?」

「大丈夫よっ! 大おばばなら後10年は大丈夫、けど可哀想だから近いうちに遊びに行ってあげるかー」


「高坂ー。山下さんちの奥さんが『相変わらずねぇ、弥生ちゃん。うふふふ』とか言って、かなり危ない笑みを浮かべてたけど、お前なにやったんだ?」

「ダメよっ! あの妙に妖艶なお姉さんでしょ!? あたし、あの人に頭上がんないのよっ!」


 1つ伝言が届くたび家庭科調理室の廊下には笑い声が響き渡る。


 当事者のあたしはともかく、その伝言を伝える顔も、それを聞く周りの顔も、何故だかあたしと同じくらい嬉しそうで楽しそうだった。



 料理対決が始まって2時間。

 現在15時。

 残りは1時間、料理はそれに15分プラス。

 食材は全て届き切ったし、麻衣たち料理班に問題はないみたいだし、全て順調に事が運んでいる。

 料理の完成時刻を逆算し、暖かいまま食べてもらえるよう調整しながら着実に下ごしらえ出来るほど順調に。


「まあ、何かあった時のために、町にクラスのやつを配置しておくぞ」

 村松くんはあたし達にそう言い残し教室へ戻っていった。



 あたしと佐々岡さんが家庭科調理室は残って、麻衣たちの料理を眺めていた。

 何かあったときすぐ対応出来るように、だ。


「ねぇ高坂さん。貴女料理できる?」


 暇を持て余したらしい佐々岡さんが聞いてきた。

 愚問だ……麻衣の運動神経並に愚問だ。

「でっきるわけないじゃん! 出来たらこんなところで眺めてないって」

「……私もあれ見てたら、自信なくしちゃうわ」

 麻衣も沢木さんも、華麗な包丁捌きが凄く様になっていた。

「佐々岡さんって料理するの?」

「少しはね、けど国崎さんも沢木さんも凄く上手いわ。神園君もかなりじゃない?」

 零夜も零夜で、おどおどするところもなく、意外と料理が出来るんだよ、という事実をあたしに突きつけていた。この敗北感はなんだろう。

「零夜が料理とはねぇ、あたし全然知らなかったわ」


 少し間が空いた。


 そして佐々岡さんの持つ雰囲気も変わったように思う。


 この既視感は忘れもしない。嫌な予感。

 面倒なことに巻き込まれそうな、そんな予感があたしの中に沸き立った。


「ねぇ高坂さん」


 来た。



「神園君とはどういう関係なの? 恋人?」


 ほら、ね?


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