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42.[1年夏/第二戦] 写真は嘘をつかない

 さっき降りてきた階段を再び登り、地下から地上へと戻ったあたし達。


 噴水を横切り、来た道を引き返すようにアーケードを通り抜ける。

 そして左折。


 目的地の猿沢池は、左折してものの1分も経たずにその姿を見せた。


「写真撮ってる人も一杯いるな。高坂、ここか?」

「うん、多分」

 猿沢池は思ったより小さくて……っていうかそもそもそんな話以前に、

「ここ、今朝通ったよね?」

 ホテルから駅ビルへ向かうルートをそのまま引き返して、辿り着いたのは猿沢池だなんて、コントよこんなの。


 でもあたし達が気付かなかったのも仕方ないって思う。


「もっと澄んだ水に、赤や白の鯉が優雅に泳いでる姿を想像してたんだけど」

「ああ……俺はてっきり防災用のため池かなんかだと思ってたぞ」

「歩いたって一周するのに5分も掛かんないしね、この大きさじゃ」

 学校のグラウンドにも満たない小さな池は、透明さのまるでない緑の水面を見せる。

 その水面からひょっこり顔を出す倒木だか岩だかの上には、びっしりと亀が乗っていた。

「甲羅干しとはよく言ったものだな」

 その亀の量たるや南川先生が呆れるほどの多さ。

「何度見ても意外ね……」

 どうやら猿沢池を知っているらしい樹里先輩ですら、意外な光景に驚いてるくらい。


 意外な猿沢池にみんなが呆気にとられた。

 そんな中まず我を取り戻したのは村松くん。

「よし高坂、興福寺の五重塔とこの池を同時に見られる場所を探すぞ!」

 名を呼ばれてあたしも我に返り、

「まぁ慌てなさんなって」

 そして村松くんを落ち着かせながら池のほとりをざっと見渡す。

 視界に入ってくる観光客を、彼らがたくさん集まっている一角を、1つずつ選別していくために。


 カラーコピーを見る限り、『興福寺五重塔』の風景は池じゃなくてあくまでも興福寺の五重塔がメイン。

 だったら目の方向は池のある下ではなく、そびえたつ塔を見上げるために自然と上へ向くはず。


「いた」


 指差しながら少し上のほうを向いていたり、カメラやら三脚やらをスタンバイしてるその一角。

 きっとあの集団は池のほとりから興福寺五重塔を見てるに違いないわ。

「多分あっちよ」

 その一角を指差しながら、あたしは移動を始めた。


 振り返れば言葉はないけれど、何とか瑠璃も付いてきてくれてはいるみたい。

 だけど顔色はさっきと変わらずあまり良くない。

 あと8時間半、瑠璃はそんな顔色で乗りきれるんだろうか。


 けどもしかしたら乗りきれそうにないのは……。

 今朝からずっと原因不明の息苦さを感じてるあたしなのかもしれない。



 観光客らしき団体さんの近くまで来て、彼らと同じ方向へと目を向ける。

 緑に濁った猿沢池を手前に望み、池の奥の柳から厳かに姿を見せる塔。

 きっとあれが興福寺の五重塔なんだろう。


「カラーコピーとは少しイメージが違うな」

 前日に貰った写真の資料は夜の風景。

 手元のコピーに青白く光る五重塔と、目の前にあるそれらしい建物は、村松くんの言うとおりちょっと違うようにも見える。

「けどさ、間違いなくここだよ」

 とは言え四方を見渡しても塔らしいものは1つしかない。

 だったら五重塔はあれ以外にありえない。

 夜にはライトアップされて幻想的な光景になるんだろう。

 って思うと日中に目撃したあたし達って、ちょっと損してるのかも。


「あれが興福寺の五重塔なのか、ちゃんと確かめた方がいいぞ」

 心配なのか村松くんの目はまだ疑いを持っているようだった。

「だったらそこの観光客の人たちに聞いてみればいいじゃん」

 あたしの言葉に小さく頷いた村松くんは、少し離れたところで斜め上を見上げているご年配の観光客を捕まえ質問をし始める。


 大体、ちょっと考えれば分かるじゃん。

 何の塔かも分かんないまま写真を撮ろうって思ってるのなんて、あたし達くらいよ。

 心の中でそう毒づいて、そして思った。


(普段の村松くんなら、こういうこと、もっと早く気付いたんだろうね……)


 観光客にコピーを見せながら聞き込む村松くんの背中が小さく感じた。


 いつもより頼りなさげに見える背中を眺めていたあたしへ向けて、突然カメラを構えた南川先生が言った。

「高坂、池のほとりに立て。記念撮影だ」

 こちらは村松くんと比べるとむしろ大きく見えるくらい。

 記念撮影って言う意味不明の我侭っぷりが大物感を更に煽る……。

 っていうか、そもそも先生が構えてるカメラは、村松くんが持ってたはずの目的地を写すためのデジカメだし。


「先生、ルールに触れます!」

 でも問題はそこじゃないらしく、声を荒げながら抗議する樹里先輩。

「これくらいなら構わんさ」

 無気力な割に妙な迫力で言う南川先生に流石の樹里先輩すら叶わなかった。


 樹里先輩と南川先生の問答はあたし達を忘れたかのように続いた。

 そして1人聞き込む村松くんもいない、残されたのはあたしと瑠璃。

「南川先生、あの……あたしそんな気分じゃないんですけど」

 一向に顔を上げない瑠璃を見ると、どうしてもあたしも気落ちしてしまう。

「これから9時間の長丁場だ、少しぐらい楽しみがあってもいいだろう」

 今ひとつよく分からない理由に、厳正な審判が更に怒気を強めた。

「ですがそれだと第三戦に」

 だけどさっきと違い真面目な顔で、南川先生は樹里先輩を制し、

「沢木姉、仮にそれで敗れても今の1組にはもっと必要な物がある」

 その真面目な顔を今度はあたしに向けながら言った。

「俺は、今のお前のありのままを写しておくべきだと思う」


 今のあたしを一番知りたいのは、誰でもないあたし。

「あたしの……ありのまま」

「高坂、写真は嘘をつかん」

 どんな顔をしているのかは分かんないけど、ありのままを写すその写真は、きっと酷い写真になってる。

「それを未来のお前が、いや、お前達が見たときどう思うか、俺は非常に興味がある」

 有無を言わせぬ迫力で言う南川先生は、姫野先生のような凄みを持っていた。

「……お願いします」

 その圧倒的なオーラのようなものに負けたあたしは、自分でも驚くほど素直に返事をしていた。

「沢木妹もそれでいいな?」

 同意したあたしに続き、瑠璃も先生の問いかけに小さく首を縦に振る。


 カメラを構えた南川先生の顔は、少し険しかった。

 そして南川先生はファインダーを覗くごとに大きく深呼吸していた。

「予想以上だな……」

 あたしのありのままは予想以上らしい。

 何が、なのかは分からなかったけど。


 ようやく眼前の塔が目的地であると確信した村松くんが聞き込みから帰還したのは、南川先生がシャッターを2度切った後。

「高坂、やっぱりあれが五重塔らしいぞ」

 そして五重塔をバックに立ち尽くすあたしと、それに向けてカメラを構える南川先生を交互に見ながら言った。

「ってお前何してんだ?」

「……記念、撮影」

 村松くんが呆れてたのは言うまでもない。


 だけど南川先生が撮った写真って、

「ならばこの撮影が目的地撮影で構わんだろう」

 そう、目的地の撮影にもなってるのよ。


 ……きっと先生はあの塔が五重塔って知ってたんじゃないだろうか。

「南川先生!」

 そして樹里先輩も知ってたから、今の記念撮影が目的地撮影になることも予想してた。

 引率役としては少し度が過ぎた南川先生の行動を、樹里先輩は再三に渡って咎めようとしてたんだ。

 そんな厳正な審判とは対照的に見えるほど、南川先生は飄々としてるけど。

「次は沢木姉、お前に撮ってもらおうか」

 だけど先生の傍若無人っぷりにとうとう堪忍袋の緒が切れたか、樹里先輩は先生の顔を睨みながら大きく声を張り上げる。


「嫌です! 絶対にいや!」


 ただ、その言葉に、ルール無視に対する抗議のようなものは……一切含まれていなかった。


「私には出来ません! こんな高坂」

「さて高坂、次はどこへ行くんだ?」

 あたしの名前が出たところで、続きを南川先生によって遮られてしまった。

 我に返ったように口を手で塞いだ樹里先輩の顔色は、瑠璃に負けないくらい悪くて。

 そんな顔色と困惑の表情であたしを見つめられると。


(あたし、写真に撮られる側よね。何でこんなに申し訳ない気分になってるのよ……)


「高坂、次はどこだ。油を売っている場合ではないだろう」

 お互い見つめあったまま言葉を失ったあたしと樹里先輩へ、南川先生の声が飛んだ。

「え? えっと……猿沢池を右に曲がればげんこー寺らしいので、そっちに」

「げんこーじ? ん、元興寺か。そうか、行くぞ」

 昨日はあまり乗り気で無かったように見えた南川先生が、デジカメを片手に先頭を歩き始めた。


 普段からは想像も出来ないほどアグレッシブな南川先生に圧倒されつつも、あたしはその後ろに続く。

 事情がよく分からないらしい村松くんは、あたしの斜め後ろを歩きながらさっきの撮影の事を再三に渡り聞いてくる。

 だけど、あたしもどう応えれば良いのか分かんなくて、

「南川先生に聞いてよ……馬鹿なあたしに理解出来るわけ、ないじゃん」

 こう答える以外の返事を見つけることが出来なかった。


 村松くんへ振り返るついでにチラッと見えた樹里先輩は、少しバツの悪そうな顔をしていた。

 そして相変わらず瑠璃は俯いたままだった。



 猿沢池のほとりを進みそこから民家らしき間を進むと、緑の木々が少なくなり景色が次第に変わっていった。

「なんか、時代劇とか出来そうだねここ」

 江戸時代を思わせる長屋のような建物に、路面はアスファルトから石畳へと変化する。

 木像の建築物が見せる木のこげ茶色と瓦の艶黒さが歴史を感じさせる。

 近代的なビルに歴史的建造物と緑が混じったさっきまでの光景とは、全く変わった感じがする。

「それほど距離を隔てたわけでもないのにな……妙な感覚だぞ」


 9時45分。

 そんな趣溢れる光景の中に、2箇所目の目的地である元興寺があった。


 猿沢池や興福寺五重塔みたいに迷うことはない。

「すっごいシンプル」

 思わずそう口に出してしまうほど、一目でそれと分かる元興寺。

 だって、入り口の手前に置いてある大きな石碑に『元興寺』って書いてあるもん。

 ただ、見た目は普通のお寺でちょっと拍子抜けしたりもしてる。


 そんなあたしの気持ちを察知したのか、ちょっと残念そうな声で南川先生が言った。

「実際は中に入ってこそなんだが」

「課題写真は正面入り口で良いみたいだから、その機会には巡りあえそうにないですね」

「ん、そうだな。残念だ」

 ちょっとではなく、本当に残念だったらしい。


 でも南川先生の気持ちも少し分かる気がする。

 七大寺だか文化財だかに挙げられるくらいなんだから、きっとここは立派なお寺なんだろう。

 ただ、入り口だけでそれを判断出来るほどあたし達は歴史に造詣が深くない。

「ところで高坂、ここはどこだ?」

「げんこーじですけど」

「高坂、『げんこうじ』ではなく『がんごうじ』だ。読み方が間違っている」

「……」

「運営委員会ももう少し深く触れる機会を作るべきだったんだがな……」

 そして自分の若さと無知に、元興寺がんごうじへの申し訳のない気持ちが溢れてしまった。


 だけど1人マイペースを守る南川先生はやっぱり、

「では写真といこう。高坂はそこに立て。沢木姉、お前が撮れ」

 ここでもあたしに被写体となることを求める。

 そしてさっきの猿沢池で言っていたとおり、引率者の介入に猛烈な抗議を見せていた樹里先輩をカメラマンに指名。

 先輩はやや躊躇った後、凄く気落ちした顔をして先生からカメラを受け取った。


 写真を取った後の樹里先輩の顔色は、撮る前以上に悪かった。

「高坂さん……」

 そして何かをあたしに言おうとして名前を口にするものの……。

「ごめんなさい、何でもないわ」

 そこまで言うと口元を抑えて黙ってしまう。

 結局、それ以上のことは何も話してくれなかった。


 不可解な樹里先輩を凝視してたあたしの肩に、南川先生の手が乗る。

「高坂、写真は嘘をつかん」

 ただそれだけ言うと、南川先生はカメラを持って再び歩き出した。

「先生……」

 あたしは先生の後ろ姿をボーっと眺めて、そして思い出す。


「次どこ行くか、先生知ってます?」

「……どこだ?」


 背中越しに聞こえた2つの溜め息は多分、樹里先輩と村松くんのものだろう。


 今日の南川先生は普段の無気力無関心先生とは180度違う。

 それがただ寺院仏閣を前にして羽目を外しすぎてるだけなのか、何らかの意図が隠されてるのかは……分かんない。

 でもそんな先生に助けられてるような気がするのは、多分気のせいじゃないはず。


 だって先生が居なきゃ、今頃あたしも村松くんもどん底のテンションのままだったはずだから。


(ありがと先生)


 相変わらず隣で落ち込む瑠璃を見て、あたしはそう思った。


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