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37.メロン色の恋心

「村松くん!」「村松さん!」

「高坂! 何とかしてくれ!」

 相変わらず村松くんは助けを求めてくるんだけど、既にあたしはグロッキーよ。

 だってあたしの髪は三つ編から更に違う髪型へと変貌を遂げていたんだから。

 ちなみに逃走を諦めた灰色の髪にはどこから取り出したのか可愛らしい小さな赤いリボンが付けられている。


 そんな酷い有様のあたしと灰色へ、

「見事なお団子やね。結構似合ってるんとちゃう?」

 時折吹く風に亜麻色の髪を煌めかせながら橘さんが声を掛けてきた。

 って言うかハーフみたいな顔してコッテコテの関西弁、何そのギャップ。

 大体橘さん、あんたこのカオスを放置して今までどこ行ってたわけ?

 そう思うとだんだん腹も立つってなもんよ。

「あんたもこの苦しみを味わえばそんなこと言えなくなるわよ! 樹里先輩、今なら亜麻色の髪が触り放題です! だからあたしを解放してください!」

 左腕一本であたしをがっちりホールドしている背後の樹里先輩へ、あたしは新たなターゲットを投げつけた。

 あたしの髪に妙なこだわりを持つ樹里先輩のことだ、きっとその亜麻色の髪にも興味を示してくれるに違いないわ。

「あら、橘さんもセットで付いてくるの?」

 左腕に込められた力は一向に緩まる気配がない上に、背中越しのスイカの圧力はさっき以上に凄くなってるんだけど……。

 大体、『セット』って事はあたしを離すつもりは毛頭ないわけね。

「でも残念ね、少し遠いわ。だから高坂さんを満喫させてもらうわ」

「あ、あんた! いつの間にそんなところまで下がってるのよ!」

 樹里先輩に気を取られているうちに橘さんは5mほど退却していた。


「んでまぁ戦姫とかお嬢様はええとして、可愛らしいリボンつけとるタクは何で巻き込まれてるん?」

 しかも何食わぬ顔で灰色と会話なんてしてるし。

「俺の知った話かっ! それよりセレス、何とかしてくれ!」

 そうよ、科学部の結束を今こそ見せ付ける時。さぁ行くのよ橘さん。

 あたしの背後で欲望丸出しなスイカのお姉さんへ貴女の力を存分に見せ付けなさい!

「ウチ関係ないし。ま、頑張りぃやー」

 ……そりゃそうよ今日が初めての会話だもん、結束なんてあるわけないのよ。


「セレス逃げるな!」

「見てる方が面白いねんもん」

「あんた何しに来たのよ! 助けてくれてもいいじゃないのよ!」

 でも今までの舐めつけるような値踏みするような視線じゃなくて、ホントに楽しそうにしてる橘さんを見てると、こっちも楽しくなってくる。

 もっと楽しんでほしい、もっとあたし達と騒いでほしい。

「もう良いわ、助けてなんて言わない。だからせめてこっちに来て?」

 そうよ、助けてもらおうって思ったのが間違いだったのよね。

「え? ま、まぁ……ええけど」

 だから。

「あんたも道連れよ!」

 そう言ってあたしは橘さんの腰回りを左腕でがっちりと捉えた。

「良くやったわ高坂さん!」

「ちょ! ちょっと戦姫!」

「あたしゃ戦姫じゃないわよ。高坂弥生って名前があるのよ!」

 勿論右手に握る灰色の腕も離してないわ、だから樹里先輩、言わなくても分かるでしょ?

 せめてあたしだけは解放して……、

「黒に亜麻色に灰色、もう最高ね! まずは改めて黒髪からよっ!」

 そうよね……すんなりあたしが離してもらえるわけ無かったのよ……。


「なぁ高坂さん。俺思うんだけどよ」

 樹里先輩の反応を見て、灰色は諦め気味に何かを言おうとした。

「皆まで言わなくても分かってるわ灰色。樹里先輩って多分」

 あたしも多分灰色と同じこと考えてたんだけど、

「髪フェチやね。しかも超がつくほどの」

 どうやらそれは亜麻色のそよ風も一緒だったらしい。

「今年の科学部って最高よ!」

 完全に恍惚とした表情を浮かべる樹里先輩に捕まったあたし達3人。

「もういやぁぁ!」

「セレスはくれてやるから俺を離せっ!」

「タクっ、あんた酷いやんか!」


 結局あたし達は、樹里先輩の執拗なまでの髪弄りに1時間以上付き合わされる羽目になった。


     * * *


 一戦目は17時ちょっと前に終わった。


 ちなみにあたし達がゴールしたのは確か15時半前後。

 ゴールしてから第一戦が終わるまでの間、あたし達は樹里先輩から執拗な髪責めに合い続けたわけよ。

 最後のクラスがゴールする姿は、あたし達科学部部員にとってまさに救世主がやってきたように見えたわ。


 運営の仕事に戻る樹里先輩は、後ろ髪引かれながらあたし達科学部部員の傍から離れていった。

「次の逢瀬を心待ちにしてるわよ」

 何やら非常に物騒な言葉を口にしながら、文字通りあたしの後ろ髪を名残惜しそうに弄りながら。

 全身に鳥肌が立ったのは言うまでもないわよ。

「こんなもん、野良犬に噛まれたて思うしかないやん……」

「高坂さん、普段からこんなに苦労してんだな……」

 弓削くんと橘さんはそんな言葉を残し、文字通りフラフラになりながら各々のクラスの元へと帰っていった。


 そしてあたしも1組の元へと帰ろうとして気付いた。

「……あれ? うちのクラスは?」

 無言で指差す南川先生は、眉間に指を当ててとても疲れた表情をしてる。

「まだやってんのね、あの子達」

 最後のクラスがゴールしても未だ繰り広げられる、メロンとお嬢様の村松争奪戦。

 既に教師も上級生も手が付けられない状態。

 せめてもの頼みだと樹里先輩を振り返れば、何を勘違いしているのかあたしの髪を見つめ恍惚とした表情。

 こりゃあ頼りにも何にもなりゃしないわ……。

 しかしそこへ救世主が現れる。

「あんたら、見てて面白いからええけど……そのままやとそこの男子、腕千切れるで?」

 亜麻色のそよ風だった。

 橘さんが言ったあと数秒ほど間が空いて、瑠璃とお嬢様が同時に手を放して村松くんの二本の腕の安全は何とか確保されたわけ。

 まさに越前裁きよね……亜麻色が一言言っただけで周囲の声が一瞬なくなったもの。


 肩をぐるぐる回しながら村松くんはあたしに食いついてくる。

「裏切ったな高坂。後で覚えてろよ!」

「あんた分かってないわね。あたしも被害者よ、ひがいしゃ!」

「……みたいだな。お前も苦労してたんだな……俺より気の毒だぞ」

 村松くんがあたしに同情の視線を送る理由は言わなくても分かるわよ。

「や、弥生さん……萌え死ぬから」

 同じく戻ってきた瑠璃はあたしを見て何かを我慢してるわ。

 まぁ、どう見ても瑠璃の興味を引いてるのはあたしの髪なんだろうけど。


「あたしさ、今どんな髪型なのか分かんないんだけど。あんた達ちょっと評価してくれない?」

「そうね。一言で言うなら……みっくみく、ね」

「だぞ」

 何だか良くわかんないんだけど。

「聞いたあたしが馬鹿だったわ」

「あら、あっちにもみっくみくが」

 どうやらその”みっくみく”なる髪型を持つ人物がいるらしい。

 瑠璃の指差す方向へ振り返ると、そこには亜麻色の髪をキツ目のツーテールに縛り上げられた橘さんがいた。

 腰辺りまである癖のないストレートは見る影も無く、頭の横から二本のテールがひょこっと上に迫り出し、そして重みに負けて下へとその方向を変えて流れている。

 一言で言うと、可愛い……。

 橘さんって麻衣ほどじゃないけどちょっと小さいのよね、体格が。

 だから余計に可愛く見えるのよ。

「ありゃ保護欲を嫌でも刺激するわね……」


「高坂、お前今重大な事実を忘れてるだろ。お前も同じ髪型なんだぞ?」

 村松くんにそう言われて、あたしは橘さんに自分を重ねてみた。


「ねぇ瑠璃、村松くん。あたしも今あれくらい可愛い?」


 あたしは思い切って、振り返りながら2人に問いかけてみた。

 と、村松くんは耳まで真っ赤にしながら即座に顔を後ろに向けた。

 それなりの手応えがあったように感じるわ。

 多分だけど。


「や、弥生さん。私を萌え殺す作戦でしょ!?」

 瑠璃には聞くだけ無駄だった。

「貴女、私の闘争心を消し飛ばしてどうするつもりなの! さては……」

 そして壮大な勘違いをしはじめた。


「弥生さんとは相容れない関係だったのね……あなたもライバルなんでしょ!?」


 恋は盲目、とか聞いたことあるような記憶があるんだけど、それって事実なのね。

 瑠璃はもう何も見えてないわよ。

 村松くん以外。


 妙な勘違いであたしに噛み付いてくる瑠璃の赤い顔が、ちょっぴり可愛く見えた。


     * * *


 炎天下の下、最後のクラスがゴールするまで延々と待たされたあたし達は、立ってるのもやっとなほどグロッキーだった。

 もっとも、あたしを含め数人は別の事情も大きく作用してんだけどさ。

 まぁでも暑さにやられたのは運営側も同じだったらしく、全てのクラスがゴールしてから移動が開始されるまではごく僅かな時間だった。

 さらっと流す程度の成績発表が運営側の疲労を物語ってるわね。


 そんなこんなで第一戦が終わり、あたし達ホテルへと向かった。


 レンタカーを往復させて生徒をホテルへ輸送した教員は、無気力でお馴染みの南川先生だった。

 ミラー越しに映る疲れ切った顔は……ちょっと印象的だったかもしれない。



 冷房の効いたホテルに到着し、朦朧としかけてた頭が少しずつすっきりしていく。

 で気付いたんだけど、偶然なのか作為的なのか各クラス女子2人男子1人の構成だったのね。

 部屋は二人で一部屋があてがわれたから、男子は適当に余所のクラスとペアになり、女子はクラス毎に一部屋。

 つまりあたしは瑠璃と同じ部屋なのよ。

 貞操の危機再び……ね。


 部屋に荷物を置いてくつろいでたらすぐに広間みたいなところに集められ、夕食を取らされた。

 その後2時間ほど自由時間を挟み、20時から第二戦の説明会があるらしい。


 それまでのちょっとした空き時間、部屋でシャワーを浴びて……まぁそこでも一悶着あったんだけど。


 狭いユニットバスなのにあたしと同席を求める瑠璃を制御することは不可能だった。

 姉が先んじた黒髪にようやくありついた瑠璃はあたしの髪をひたすら洗ってた。

 そしてあたしは目の前の生メロンの迫力に終始押され気味だったわ。

 メロンであれならスイカって……とか思ったけど、メロンはメロンなりにメロンによる苦労があるらしく、ちょっと同情もしたりした。

 そしてそこで初めて、瑠璃の口から村松くんの名前が出た。

 もしかするとそれは決意表明だったのかもしれない。

 シャワーを浴びながら思い詰めた表情で俯く瑠璃の頭を、あたしは微笑みながら抱き寄せた。

「頑張んな、あたしはそういうの経験ないから手助けはしてあげられないけど、応援してあげるから。ね?」

「あ……ありがとう弥生さん」

 涙声の瑠璃と共にシャワーを頭から浴びて、当初の予測よりも充実したシャワータイムにあたしは充足感を感じていた。


     * * *


 ってことでさっぱりしたあたしと瑠璃は、部屋を出てロビーで談笑中。

 談笑、とは言いつつも内容はあまり笑える話じゃないのよね。

「直感で3位に食い込めたんですもの、それでよしとしましょ?」

 結局話題は今日の勝負に行き着くわけよ。


 第一戦は圧倒的な差で制したのは6組だった。

 そりゃそうよ、亜麻色を車内で見かけた時点で6組は既に平城宮跡にいたんだもん。

 2位だった5組とは僅差だったらしいんだけど、何の慰めにもならないわ。


 ってことであたし達は3位。


「あたしも分かってるわよ……でもさぁ、あんただって5組に負けて悔しいんでしょ?」

「ええ……田中陽子にだけはもう負けられないわ。弥生さん、二戦目は分かってるわね!?」

 鬼気迫る顔で言うのはいいんだけど、敗因の一つが薄紫のキャリーバッグだったってあんた気付いてる?

 それと、白いビルの前で恋心を吐露して立ち止まったのも厳密に言えば敗因なのよ?

 割り切ってやってくれてるみたいだから大丈夫そうだけど、この先ちょっと不安だわ。


「にしても、村松くんって好きな人とかいるのかねぇ……」

 それさえ分かれば少しは瑠璃のモヤモヤした気持ちも晴れるんじゃないかなぁ……。

「それなら、知ってるぞ」

 こんなところで思わぬ情報屋が!

「マジで!? ちょっとあんた、村松くんって誰が好きなのよ!?」

 と振り向けばそりゃ知ってるわけよね、だって本人だったんだもの。

「お前、少しは周りに気を遣った方がいいぞ?」

 凍りついたあたし以上に、隣で瑠璃がカチカチに硬直してるわ。

 ごめん瑠璃、今度死んでお詫びするから。


「ま、まぁそんな話はさておき、明日の作戦を考えましょ? ね? 弥生さん!」

「そそそ、そだね! うん! そうしよう!」

 氷解した瑠璃が動揺丸出しで話を進めていくのに、同じく動揺丸出しで乗っかるあたし。

「明日の作戦っつったって、第二戦の内容なんてまだ誰も知らないぞ?」

 くっ、シャイボーイめ、少しは空気読みなさいよ……。


「明日の予定ならもうすぐ発表するわよ?」

 と、そこに現れたのはスイカ、じゃなくて樹里先輩だった。

 私服に着替えた樹里先輩の、胸元が少し開いたラフなカットソーから覗く……っていうか何その谷間。

 物凄いんだけど……、『何が』かは聞いちゃいけないわよ。

「あら高坂さん。村松くんだけじゃなくて貴女も興味津々?」

 わざと腕でスイカをすくい上げる樹里先輩には、あたしも村松くんも口を開けて呆然とするしかなかったわ。

「ね、姉さん! 弥生さんはともかく村松くんをからかわないで!」

 ねぇ……ここ数日で瑠璃から受けるあたしの扱いって、とても悪くなっているように感じて仕方ないんだけど。

 まぁ今までの扱いに戻して欲しいだなんてこれっぽっちも思っちゃいないけどさ。


「村松くんだとダメだけど、その代わりに高坂さんに対しての許可は下りたと思って良いのかしら?」

「瑠璃、あんた何で首を縦に振ってるのよ!」

「弥生さんは少しお灸を据えてもらった方が良いのよ!」

「それどういう意味よ!」

「だってあっちこっち誘惑してるじゃないの」

「あんたの考えすぎよ!」

「油断ならないんですもの!」

「プリンスに死神に……村松くんまでかしら?」

 ロビーで騒ぎ始めたあたしと瑠璃に樹里先輩が拍車を掛ける。


 それを止めたのは村松くん。

「高坂、お前……既にからかわれてんだぞ?」

「へ?」

 村松くんが指し示す沢木姉妹の表情を見てようやく気付いたわ。

「瑠璃ーっ! 樹里先輩も!」

 笑ってた。


 ほら、やっぱり沢木家は確実に継承してるのよ。

 フルーツサイズの胸と、背筋が凍るような悪魔の微笑を。


「冗談はこのくらいにして、3人ともそろそろ説明会が始まるからいらっしゃい」

 そう言い残してスイカのお姉さんは何食わぬ顔で広間に戻っていった。

 今のやり取りってどこまで冗談だったのよ。

 そもそも冗談って言われても、朱雀門前で受けた1時間の辱めがそれを受け入れがたくしてるんだけど。

 でもあたしより大変そうな人が居るから今日は考えないでおくわ。

「村松くん、あんたこの先苦労しそうよね」

「俺は未だにこの展開の不条理さが受け入れられてないぞ」

 だって真っ赤な村松くんに白い目を向ける瑠璃の顔はまさに般若だったんだもん。


「まぁとにかくもう絶対裏切るなよ高坂」

 胸が果物な姉妹に対して同盟を組むあたしと村松くん。

 ……何このくだらない共同戦線。

 きっとこの同盟、灰色と橘さんも加わってくれるわよ。

 だから何だって話だけど。

 けれど今まさに締結した高坂村松同盟は、早くも崩壊を迎えることとなった。

「村松くんっ、行くわよ! 弥生さんもボーっとしてないで早くいらっしゃい!」

 瑠璃に手を握られ広間に連れ去られていく村松くんは何かを叫んでる。

 ごめんね、あたしにゃその暴走止められないから。

 引かれる村松くんに小さく手を振るあたしへ、彼の悲痛な叫びが届いた。

「お、お前! いきなり裏切るなんて酷いぞ!」

 だけどその叫び声があっという間に遠く聞こえるほど、瑠璃の引っ張る勢いは早かった。


 裏切るもにしても助けるもにしても、結局は同じなのよね。

 瑠璃の暴走を止めるように指示されたのは村松くんなんだから。

 仕方ないじゃん。


(ま、ちょっとは瑠璃を楽しませてあげなさいよね)


 騒がしくも微笑ましい2人の後を追いながら、あたしも広間へと歩みはじめた。

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