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33.[1年夏/第一戦] スイカのお姉さん

 お盆と重なった夏開催。


「皆さんの目的地は」


 教師が告げる次の一言が、彼らの運命を決める。

 それを一言一句聞き逃すまいと、仙里高校の1年生が息を飲む。


 頭上の新幹線が生み出す鈍い振動が天井からコンコース内へ響く。

 流れる発着ベルや乗換の案内放送、そして乗降客の足音。


 全ての騒音が、彼らの周りから消えていく。

 そんな錯覚さえ覚えるほどに、張り詰めた緊張感が一帯を支配し始める。


 その緊張がピークを迎えた頃、短く一言、目的地が告げられた。


朱雀門すざくもんです」


 人が溢れ返る京都駅新幹線コンコースで、1年次夏開催は幕を開けた。


     * * *


朱雀門すざくもんです」

 運営委員の先生は、溜めに溜めた後短く一言そう告げた。


(すざくもん……)

 聞き慣れないその言葉に、あたしは村松くんへ問いかけた。

「すざくもんってなに?」

 目的地がどこかなんてレベルじゃなくて、目的地自体が何なのかすら分からないってどうなのよ。

「さぁ……俺も知らないぞ」

 けれど頼りにしていたクラス委員長もそれが何なのか、さっぱり分からない様子。


 何もかも分からないまま、第一戦は幕を開けようとしていた。



 分析する能力なんて持ち合わせていないあたしと、珍しく戸惑いを隠しきれない村松くん。

「私達がいるのは京都、だから恐らくは文化財か何かのはずよ」

 使えないあたしと村松くんに、今度は瑠璃が冷静な対処を見せてくれる。

「なるほど。門っていうくらいだし、建造物と考えるのが妥当か」

「朱雀も何かのヒントになるんだと思うわ」

 2人が何を言ってるのかさっぱり分からないあたし。

 けれど2人がいれば手探りでも何とかなりそうな気になってくる。

「瑠璃、村松くん。頼りにしてるわよ!」

 気合を注入するように背中を叩きながら言ったあたしを、ちょっと驚いた顔で振り返った2人。

「高坂のその顔を見ればどうにかいけそうな気になるから不思議だぞ」

「どんな困難だって乗り越えてくれるわよ。私の恋した戦姫だもの」

 瑠璃も村松くんも、何故かあたしを見て何とかなりそうって感じるらしい。


 あたしは2人を頼りに、2人はあたしに期待して。

 瑠璃の暴走はあたしと村松くんが、あたしの暴走は瑠璃と村松くんが、

 村松くんは暴走しないけど、不慮の事故があっても瑠璃がそれをカバーしてくれるはず。


 あたし達3人って、意外とバランス取れてるのかも。



 分析を始める2人へ次のヒントをくれたのはスイカのお姉さん。

「目的地の朱雀門は、平城宮跡に建っています」

 お姉さんはマイクを使って1年生へそう告げた。

「なぁ沢木。平城宮跡と言えば京都じゃなくて」

「……奈良よ。あ、1300ってそういう事だったのね」

 1人納得する瑠璃。

「え? どういうこと?」

 考え込んでる村松くん、全く思い当たる節の無いあたし。

 あたし達の役割が今この瞬間に濃縮されてる。

 そんな気がしてならないんだけど……。

「弥生さん、都が平城京へ遷されたのは何年?」

 さっぱり分からないあたしへ瑠璃はヒントになるらしい問題を1つ提示する。

「えっと……あれよね? 鳴くようぐいす」

「そりゃ平安京だぞ」

 抜群のタイミングでツッコミを入れたのは溜息混じりの村松くん。

「794年じゃなくて……何と素敵な平城京。なんとだから、710年!」

「正解よ。で、今年は2008年でしょ?」

「高坂、平城京遷都から今年で何年経った?」

 どうやら村松くんは瑠璃の考えに行き着いたらしい。

「2008から710を引けば……1298、1298年?」

 2人は正解と告げる代わりに、大きく首を立てに振る。

 それにしても平城京って……あれ?

「2年後が”1300”周年?」

「そういうことよ、きっと」

 ヒント1300って平城京を指してたのね……。


「平城京遷都1300周年。ニュースで見たことあるぞ」

「やってたわね――」

「マスコットが――」

「凄いらしいわ――」

 そこから先の小難しい知識は2人に任せたって良いわよね?

 全くちんぷんかんぷんなんだもん。


 付いていけなくなったあたしは進行役に目をやった。

 そして進行中のスイカお姉さんをじっと見つめながら、2人の会話を右耳から左耳へ受け流していた。

 するとお姉さんもこちらを向いて……頬を少しだけつり上げて、小さく笑うお姉さん。

 見慣れてないと見逃しそうなくらい、ホントに小さく、でも絶対に笑ってた。


 何故だろう。

 胸の迫力はそのままでも、スイカの笑顔で癒されてしまう。

 胸といい癒しといい、お姉さんは不思議な人だった。

「今から配るカラーのプリントに載っているのが朱雀門です」

 そしてお姉さんはあたしをじっと見つめたまま、説明を再開した。


 プリントには朱雀門の写真以外に、第一戦のルールが書いてあった。

 教師1人、上級生1人の引率2名込みでの5人行動が大原則。

 引率の2人が食費と交通費を、全額立て替えてくれるらしい。

 現在地は京都駅新幹線コンコース、目的地は平城宮跡の朱雀門。

 各クラスとも予算は問わないが、利用できる移動手段は列車、バス、あとは徒歩のみ。

 タクシーやヒッチハイクは利用しない事。


 1つずつルールを告げていくお姉さんの緊張感溢れるその声は、ルール厳守をあたし達へ押し付けているようで、妙な迫力を持っていた。

 癒されたり、迫力に押されたり、やっぱり不思議な人。

「最後に1つ、人に聞かずに自力で見つけてください。聞いた時点で即失格です」

 微笑みを真剣な表情に変え、1年生を見渡しながらゆっくりとそう告げたスイカのお姉さん。

 それに村松くんが珍しく毒づいた。

「くそっ、あてが外れた。どうしろってんだ、これは厳しいぞ……」

 確かに厳しい。

 大体、来たことも無い場所でいきなり始まる夏開催は、春と違って勝手が分からないだけに不安だらけだもの。


「大丈夫よ、やってやるわ!」

 でもあたしは、ちょっとワクワクしてたりもする。

「不屈の戦姫がこう言うんだもの、大丈夫よ村松くん」

 あたし達を振り返った村松くんも、毒づいたときの苦々しい表情はなくて、やる気を表情に漲らせていた。


 やっぱりあたし達、バランス取れてるわ。



 ルール説明が終わると、各クラスに引率係が2人配属されていった。

 審判も兼ねた引率の教師と上級生が1人ずつ、あたし達がルールを破らないよう監視し、同時にあたし達が迷子にならないように引率も兼用してくれるらしい。

 引率とは言葉のあやで、”引き連れて目的地へ連れてってくれる”というわけにはいかないのが残念なところね。


 そんな引率係。


 我らが1組の教員は、うちのクラスでも化学を教えてる新任の南川みなみかわ先生。

 南川先生を一言でいえば”いつもやる気が無さそーな男”。

 でもその気だるそうな姿が逆に、女子から人気らしいのよね、よく分かんないけど。

 とにかく今日もやる気がなさそうなのだけは間違いないわ。


 そして上級生は、なんとスイカのお姉さん。

 勿論ド迫力のスイカは今日も健在よ。

 ほら村松くんなんて既に顔真っ赤だし。

 それにしても、お姉さんとはホントに長いお付き合いになるみたいね。


「早速だけど、ケータイの番号を交換しておきましょう。はぐれた時のために」

 そう言うや否や、お姉さんは村松くんの前でケータイを弄り回してる。

 春開催の表彰式で2連敗した上に、京都駅でよもや3敗目を喫した村松くん。

 そんな村松くんが妙にかわいい。

 瑠璃は南川先生と番号を交換した後、お姉さんと妙に余所余所しく言葉を交わしていた。

(っていうか瑠璃、あんたお姉さんと番号の交換してないじゃないのよ!)

 未だにスイカとメロンには因縁が残ってるとか、そういうことなんだろうか。

 やっぱりこの2人、何かあるわね。


「じゃ、最後は貴女ね」

 瑠璃とはホントに番号の交換をしないまま、お姉さんはケータイを差し出してきた。

 間近で見る夏服越しのスイカは、村松くんに同情したくなるくらいの迫力。

 瑠璃のメロンも凄いけど、このスイカは更にその上よ、もはや異常だわ。

 首を傾げてるお姉さんには悪いんだけど、ケータイよりスイカに目が行って仕方ないもの。

「こ、高坂。お前のは赤外線があるから――」

「だめよ村松くん。弥生さんにそんな事言ったって分かるわけないじゃない」

 完全に手が止まったあたしを見て、2人は良い方向に勘違いしてくれたらしい。

 あたしの最新機器オンチ発症だ、と。実際のところ、勘違いじゃないけど。



 結局、瑠璃にやってもらって、あたしのケータイにもお姉さんの番号が登録される。

 ちなみにこのケータイには、まだ番号が10件も登録されていない。

 自宅に両親、麻衣と瑠璃と村松くん、そして今お姉さんの番号が。


「先輩の名字……」

 活用されない自分のケータイを嘆いくあたしの耳に、村松くんの呟きが聞こえた。

 村松くんはケータイを見つめた後、お姉さんと瑠璃を見比べている。

 あたしも自分のケータイを開き、お姉さんの名前を確認する。


「沢木……さわき……?」

「ええ、沢木樹里さわきじゅりよ。よろしくね、村松くんに高坂さん」


 あたふたしながらスイカお姉さんに挨拶を返すあたしと村松くん。

「高坂、これって……」

 小声であたしに話しかける村松くんは完全に動揺してる。

 スイカの迫力では、断じてない。多分。

 それに村松くんの疑問、あたしも感じたもの。

「村松くんってスイカに一杯食わされてるわよね?」

「スイカ?」

「あのお姉さんの胸。負けた経験あるでしょ?」

「あ……あぁ……否定はしないぞ」

 そりゃそうよ、1年の生徒179人の前で大敗北を喫してるんだから、隠しようなんて無いわよね。

 でなくても新幹線でメロン相手にこてんぱんにやられててたじゃない。

「で、あたしのクラスにいるのは沢木瑠璃。こっちはメロン」

 スイカにもメロンにも負ける村松くんだもの。

 メロンが何かは既に理解してるわよね。


「表彰式の次の日、瑠璃が暴走したの覚えてる?」

 きっと村松くんは思い出したくないはず。

 なんたって『切り札』としてメロンの元に投げ込まれた挙句、保健室へ行く羽目になったんだから。

 けれど話を続けるためには、思い出してもらわなきゃいけないのよ!

「で、その次の日さ、メロンがスイカを見るたびに震え上がってたのよ」

「沢木が沢木……先輩、ややこしいな、沢木瑠璃が沢木樹里を見て震え上がってたってことか?」

 暴走が1日で済んだ背景には、絶対あのスイカが絡んでる。

「そう、だから2人には何かの関係があるはずなのよ。ほら、顔立ちもよく見ると似てるし」

 村松くんが2人を見比べてる。

「それにあの胸は決定的よ」

「……高坂、そこら辺の事情は、男の俺には分からないぞ」

 また顔を赤くしてる。

「あたし、あのお姉さんと妙に縁があるのよねぇ……スイカにメロン。何なのよ」

「俺からしてみれば、お前もお前だぞ」

「あたしがあの2人と同類? 冗談言わないでよ。あんなに大きくないわよ、人並みよ!」

 そりゃ麻衣と比べれば恵まれてるし、人並みのサイズは持ってるって自負してるわ。

 でも、瑠璃や沢木先輩みたいな立派、っていうか立派過ぎるのは流石に持ち合わせてないわよ!

「へ? 何の話だ? 勘違いしてんぞ」

「ふぇ? あ、あれ? 胸の大きさじゃないの?」

 村松くんの顔が、あたしの一言でどんどんと赤みを増していく。

 しかも明らかにあたしの胸を凝視しながら。

「あたしのサイズで恥ずかしいなら、まじまじと見なきゃいいじゃないのよ!」

「わ、わりぃ! そんなつもりは無いんだぞ! 本当だぞ!」

 ようやく後ろを向く村松くんだけど、そっちは瑠璃と沢木先輩が居るからあんまり意味ないんだけど。

 あたしから目を背けたら背けたで、メロンとスイカを目の当たりにしてる村松くんがなんだか気の毒になってしまった。

「いいわ、分かってるわよ。免疫ないのよね村松くんって」

「すまん、否定しない……」

 がっくり肩を落とす村松くんは、開催開始直前にギブアップしてもおかしくなさそうなくらいの凹みっぷりだった。



 そんなあたし達を仲裁したのは意外にも南川先生だったんだけど……。

「ケータイを出せ」

 でも多分、仲裁する気なんてハナッから無かったのよ、この人。

 ただ単に番号の交換をするためだけに止めたに違いないわ。

「あれだけじろじろ見られれば、何が理由で2人は揉めてたかなんて、手に取るように分かるわ」

「そうね……村松くんはともかく、もう1人はあの弥生さんだもの」

 残る2人は呆れて仲裁する気にもならなかったらしい。

(その息のピッタリさ、あんた達やっぱり姉妹でしょ!)



 あたし達1組の3人が持つケータイに、引率2人の番号が登録され、いよいよ準備完了。

 スイカと呼ぶのは流石に問題があるので、本人の申し出どおり樹里先輩と呼ぶことにするわよ。

 瑠璃も多分樹里先輩の番号は知ってるんじゃないかな。

 姉妹だもん、多分だけど。


 樹里先輩が1組の引率についたので、その後の説明は運営委員の先生が1人でこなしていた。

 と言ってもルールの再確認をざっと駆け足で繰り返してただけ。



 そして最後のルールまで流し読みした後、先生は少しトーンを落としながら言った。

「ではそろそろスタートしましょうか」

 早口で喋っていた先生だったけど、こう告げたときの口調はゆっくりだった。


 速度の差と声の大きさ、何よりその真剣な表情が物語っている。


「目的地、平城京朱雀門!」


 これから夏開催が始まるんだ、って。


「1年夏開催第一戦、朱雀速達競争! スタート!」



 先生の一声で、仙里高校の一年生が蜘蛛の子を散らすようにコンコースを駆けはじめる。

 あたし達だって気合十分だもの、じっとなんてしてられないわ!


「弥生さん、村松くん、いきましょ!」

「よし行くぞ!」

 同じようにやる気満々の2人。

「オーケー! やってやるわっ!」

 そして第一歩を踏み出そうとしたあたし達。


 けれど。

「……貴方たち、朱雀門がどこにあるのか、知ってるの?」

 樹里先輩にそう言われて、ピタッと足を止めたあたし達。


 そんなあたし達を見て溜息をつく樹里先輩。


「姫野先生の言うとおりか」


 呆れてそう呟いたのは、南川先生だった。


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