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32/48

32.[1年夏/第一戦] 突然の開幕

 時刻は11時15分。

 出発地の美空仙里駅から電車を2回乗り継ぎ、そしていよいよ新幹線に乗って京都へ向かう。


 けれど、そこであたしは1つの壁にぶち当たる。

 どうしても乗り越えなければならない難関が、あたしを待ちうけていたのだ。

 あたしにとっての初めてが、ここにきて訪れた。


 在来線から新幹線へ乗り換える改札で、瑠璃があたしに問う。

「弥生さんどうしたの?」

 当然だ、あたしは改札の前で足を止めたのだから。

「あのさ……これって」

 そんなあたしの様子を素早く察知したのは村松くん。

 やっぱりクラス委員長は伊達じゃない。あんたの言おうとしてる事、多分正解よ。


「お前もしかして、自動改札……初めてか?」


 村松くんのその言葉に、あたしは息を呑みながら首を縦に振った。


 開いた口がふさがらない様子の瑠璃。

 天井を見上げて呆れてる村松くん。


「仕方ないじゃないのよ! 初めてなんだからっ!」


 そう言えばあたし、新幹線に乗る事も初めてだっけ。

 『はじめての新幹線』『はじめての自動改札』。

 これで一本くらい小説書ける……わけないじゃない!


 苦笑する駅員さんに教えてもらいながら、ビクビクしつつ改札を抜ける。

(これでまた1つ、あたしは大人になったのね……)

 感慨深い気持ちを胸に抱いたあたしに、護り手達は早くもお手上げ宣言だ。

「だから言ったろ。戦姫の護り手なんて俺には荷が重過ぎるって」

「対抗戦も始まってないのにこれだなんて、先が思いやられるわね」

「あたしが悪いわけじゃないでしょ!」

 諦め気味の護り手2人にそう叫ぶあたし。

 だけど……お盆というシーズンに、観光地である京都という行き先。

 人がワンサカいそうな未踏の地。

 そんなところへ向かう、ケータイも自動改札も不慣れなあたし。

(もし迷子になったら……あたしどうしよ)

 行く末を一番懸念しているのは、誰でもないあたし自身なのかもしれない。



 とまぁ、すんなりとはいかなかったけど、あたし達は11時半発の新幹線に乗り込んだ。


 村松くんや瑠璃に「こだま号」の位置付けを教えてもらったところで、今のあたしには何の関係も無い。

(各駅停車が何よ! あたしにとっちゃ「のぞみ」も「ひかり」もこれも一緒よ!)

 乗った事どころか生で見た事すらない新幹線。

「おーおーおー! すっごいわねぇ!」

「落ち着きなさい、弥生さん」

 だってテンションは既に最大値を振り切っていたんだから。

「耳がキーンってするわ!」「息を飲み込みなさい」

 大声で驚いたり、

「これ快適!」「後ろの人に迷惑よ?」

 シートを倒したり、

「テーブルもついてんだ」「弥生さん……」

 前の座席と一体化してる簡易テーブルを弄ったり。

「いい加減にしなさい!」

 流石に瑠璃に叱られました……。


 1つ前の席に座っていた村松くんが、シート越しに振り返りあたしを指差す。

「なぁ沢木、俺の後ろに座ってるこいつは、本当に『不屈の戦姫』か?」

「どう見ても小学生ね……」

 はしゃぐあたしとは明らかにテンションが違う2人。

「し、仕方ないじゃないのよ! 初めてなんだから!」

 ってかこれ、自動改札でも言ったっけ……。



 子供じみたあたしの興奮が落ち着いたところで、瑠璃から提案があった。

「村松くんの隣の人も了承してくれたし、シートを対面させ座りなおしましょ」

 ちなみにあたし達の乗る12号車は指定席。

 運営委員から受け取った3枚の指定席券のうち、隣り合う2枚をあたしと瑠璃が奪い取った。

 なので、村松くんは余所のクラスの誰かと一緒だった。

 その「誰か」に興味なかったから知らなかったけど、知ってたら新幹線なんかよりそっちに驚いてたと思うわ。


 村松くんたちが座るシートをこちらに向けなおし、改めて座りなおしたあたし達。

 窓際進行方向にあたし。隣は瑠璃。瑠璃の向かいには村松くん。

 そして、4人目はあたしの向かい側。

「よもや村松くんの隣があんただったとはね……」

 そこには、お嬢様が鎮座していた。


 お嬢様が言うには、本当はもう少し前の席だったらしい。

 本来村松くんの隣に座っていたのは2組の女子。けれどその子がお嬢様と席の交替を望んで、お嬢様もそれに応じたため、あたしの向かい側にお嬢様が座るという結果に行き着いたってわけよ。

 何にしても、お嬢様って結構律儀な子かもしれない。

 まぁ、あんたの隣にゃもっと律儀な男が座ってるんだけど。



「でもこれはこれで楽しいわよ。良いでしょ弥生さん」

「別に不満は無いわよ。ところでお嬢様、メイドさんも来てんの?」

 むしろあたしが気になっていたのは、本来お嬢様の隣に必ずと言って良いほど存在しているはずの女性。

「今宮ならあちらに座っているはずですわ」


 お嬢様のかざす手の方角に目を向けるあたし達。

 座席には生徒が座っていて後頭部しか見えない、けれど……。

 明らかに今宮さんだと分かる圧倒的な違和感と存在感がそこにあった。

 シートからひょっこりと覗く『カチューシャ』。

 それこそが田中家給仕、今宮楓の存在を示していた。

 カチューシャ一つで圧倒的な存在感を印象付ける人もそうはいないわ。

 ちなみに残る違和感は村松くんが表現してくれた。

「ありえねーぞ……」

 そうよね、お盆の新幹線にメイドさんがつけるカチューシャがあるってだけで十分な違和感よ。

 隣に座る陽子お嬢様の存在は認められても、今宮さんまでは許容出来ない村松くん。

 けどあんたが正しいわ。


「まぁ……あれは見なかったことにしましょ」

 瑠璃の一言であたし達はようやく我を取り戻した。


「で、あんた、5組の友達はどうしたのよ」

 話を変えようとあたしがした質問に、少しトーンを落としながらお嬢様が答える。

「匠さんは5組と相席ですわ。もうお一方の女生徒とご一緒させて頂いていたのですが」

 お嬢様はその女子と深い交流はなく、2組の女子からの申し出もあって席を移動した。

 と、そういう事らしい。

「クラスで言葉を交わすような方なんて、匠さんか相沢さんくらいですもの」

 以前学食でお嬢様が口にした「残念ながら」という言葉。

 あれにはもしかすると、クラスメイトと交流が無い事も含まれていたんじゃないだろうか。

 だとすると、あまり踏み込んではいけない領域だったのかも。


「まぁさ、座席の交換は願ったり叶ったりで良かったじゃん」

 暗い雰囲気を払拭しようと、あたしは出来るだけいつも通りの軽い口調でお嬢様に言った。

「そうですわね。運が良かった、と考えることも出来ますものね」

 そんなあたしの気持ちが通じたのか、お嬢様も可愛らしく微笑んでくれた。

「いつでも1組に来ると良いぞ。俺たちは歓迎するし。な?」

 あとに続けとばかりに爽やかな笑顔で語りかける村松くん。

 あたしと瑠璃も首を縦に振って同意する。

「お気遣い、ありがとうございます」

 ちょっと顔を赤らめて村松くんに言うお嬢様は、それはそれは年頃の女の子。

 お嬢様の周りに咲く綺麗な花々が、何故だかあたしには見える。


「二学期が始まったら学食にでも集まるか」

 そして村松くんの一言で、完全に動揺するお嬢様。

 耳まで真っ赤だし、頬に手を当ててるし。

「わ、わたくしはそのあの、是非というわけではございませんけれど、かと言って無碍に断る必要を感じませんし、ですのであの」

 そもそも、何言ってるか分かんないし。

 口をぽかんと開けてお嬢様のときめきを眺めている瑠璃。

 今日は珍しくあんたが多分一番正常な反応ね。

 あと、今宮さんはどうしてこっちを振り返った……いや、みなまで言うまい。


 にしてもお嬢様、あんまり深く踏み込むと怪我するわよ?

 あんたじゃなくて村松くんが。

 お嬢様に近づく害虫、とか言って田中家のお嬢様プロテクションに掛かる村松くん。

 ありえないとも良い切れないところが、お嬢様のお嬢様たる所以よね。


 なんて妄想をしていたあたしや唖然とする瑠璃を余所に、村松くんはいたって平然としてる。

 そういえば村松くんって、生真面目で律儀なクラス委員長にしては、お嬢様に限らずあたしに掛けてくれた優しい言葉にもかなり手馴れた感じを受けたっけ。

「ねぇ……村松くんってさ、野元と違って女子に慣れてるわよね?」

「慣れてる、かどうかは分からんけど、俺んち親父と俺以外みんな女なんだよ」

 村松家は長男一太とその父を除き、祖母に母、姉2人に妹。

 女性の多さもさることながら、それぞれの女性がかなり強い家族らしい。

「高坂さんは一人っ子でしたわよね?」

「うん、お嬢様は姉1人よね。ねね、瑠璃は?」

「私は両親に姉が1人よ」

 一人っ子はあたしだけか、だから何だって話なんだけど。


 瑠璃のお姉さん。やっぱりメロンなのかな……。

 でもどうしてだろう。

 あたしの頭にはメロンじゃなくて、何故かスイカが浮かんでいた。

「弥生さん。家族構成の話をしてるのに、どうして私の胸を凝視してるのかしら?」

「瑠璃のお姉さんもメロン?」

 口にして思った。あたし何聞いてんのよ……と。

「メロンって、貴女いやらしい!」

 あたしと反対方向に身体を捻りながら、瑠璃は胸元を押さえて不快感を露にした。

 正直、ごめんなさい。


「高坂さん、メロンとは何のことですの?」

 全く意味が分からない、といった表情のお嬢様はとってもピュア。

「え、あ、ああ、何でもない何でもない!」

 夏の暑さであたしの頭はおかしくなったのかも。

 車内で冷房効いてるのになぁ。

 けれど純真無垢なお嬢様の興味は、一向に尽きなかった。

「村松さんは意味かお分かりのようですが、どういう意味だったのでしょうか?」

「お、俺に振るなよ! 俺は知らないぞ!」

 よりによってスイカに勝てない村松くんを回答者に指名するだなんて。

 その男はあんたと違ってピュアじゃないわよ……。


 そして展開は妙な方向へと進み始める。


「村松くん! 貴方までそうなの!?」

 何故かあたしじゃなくて村松くんを睨み始めた、胸元を押さえたままの瑠璃。


「村松さん、教えてくださいまし」

 相変わらず村松くんに答えを求める、ピュアなお嬢様。


「高坂ぁ、何とかしろよ! お前のせいだぞ!」

 そんな2人を相手に、村松くんは完全に動揺を隠しきれていなかった。


「たまには村松くんも叫んでみたほうが良い……ぞ? なんちゃって」

 けどそれが楽しくて、悪戯半分に村松くんへ返事を返したあたし。


 メロンの執拗な小言や、お嬢様の飽くなき探究心。

 両者に延々と苛めらるだろう村松くんの惨状。でも全然気の毒に思わないあたしがいる。

「こ、高坂ぁ! お前、覚えてろぉぉ!」


 結局あたし達が先生に「そこ、騒ぎすぎだ!」って怒られたのは、言うまでも無い。


     * * *


 13時半。

 あたし達を乗せた「こだま」が京都駅のホームに滑り込む。


 古都、観光地、なんていうイメージがあった京都だけど、

「京都って、結構都会なんだね……」

 降り立った第一声は、全く逆方向のものだった。

「こりゃむしろ近代的なくらいだぞ」

「シーズンもあるんでしょうけど、それにしても人が多いわ」

 新大阪へ向かうこだま君を名残惜しく見送ったあたし達。


「にしても、相変わらずの浮きっぷりね」

 景色ではなくホームに立つ1人の女性を見つめながら、瑠璃は溜息混じりに言った。

 瑠璃と同じように呆れた顔で女性を見つめ返すお嬢様。

「あれは居なかったことにしてくださいまし」

 ホームに立つあたし達から少し離れて、こちらの様子を窺っている渦中の彼女。

「あれを居なかったことには、誰も出来ないぞ……」

「ですからせめて服だけは、とわたくしも申したのです。ですが」

 メイド服にカチューシャの今宮さんは、やっぱり浮いた存在だった。

「もういいわ。あんたの家がぶっ飛んでることは、あの人でよーく分かったから」


 メイドに見とれたせいで仙里高校の制服集団からはぐれそうになり、慌ててエスカレーターでコンコースに降りたったあたし達。

「うわ、人多っ! 上の振動が響いてるわっ!」

「不屈の戦姫でも驚く事がございますのね」

「むしろ高坂の異常なはちきれ方に、俺たちが驚かされてるぞ」

 村松君のそれは認める、あたしも自分でびっくりよ。

「私は今宮さんの浮きっぷりに驚きよ」

 瑠璃は相変わらず、コンコースでも違和感十分な存在に釘付けだった。


 人込みと駅の振動や鈍い音、そして場違いなメイドに驚いていると、多分運営委員だろう先生が集合の合図をかけた。

 広めの場所にあたし達を集め、クラスで固まるよう指示を出す。

 5組のお嬢様とはしばらくお別れ。

 死神の元へ戻るお嬢様、って口にすると幻想的なんだけど、実際はただの高校生よ。



「皆さん長旅お疲れ様でした。京都に到着いたしました。この夏開催の意図は」

 運営委員の思惑はつまり、こういうことらしい。


 クラス対抗戦だからって、ただ戦うだけじゃ人としての感性は養われない。

 だから歴史の重みをその目で見て、心を豊かにしろ。


 ハゲに勝るとも劣らない話のつまらなさに、眠気を覚え始めたあたし。

 だけれども、そのあとに続いた一言があっという間にあたしを覚醒させた。


「では、これから第一戦を開始します」


「えぇぇ!?」

「まさか移動後即第一戦だなんて思わなかったわ……」

 驚いたあたしと、予想外の展開に戸惑う瑠璃。

 見れば村松くんは無言ながらもかなり動揺している。


 少なくとも、今朝方チケットを受け取ったときの瑠璃や村松くんの予想は、これで大きく外れた事になる。

 心の準備も出来ていないのに、こんな場所でいきなり第一戦なんて……。

 けれど動揺しているのは村松くんやあたしだけじゃなく、周りの1年生たちも同じこと。

 口々に疑問や困惑の言葉を交し合っているのが証明している。

 そんなあたし達の慌てふためき具合も、運営委員の先生にしてみれば「してやったり」ってとこらしい。

 軽く笑いながらあたし達を制する表情や姿に、かなりの満足感が見て取れるもの。

 けれど彼らの余裕の態度、それが逆にあたしの闘志に火をつけていた。


(アウェイだろうが何だろうが、やってやろうじゃないのよ!)



「では改めて、第一戦を行います。種目は……速達戦。皆さんの目的地は」


 運営委員の先生が発する、その次の一言を待ち受けながら小さく息を飲み込む。


 人込み溢れる京都駅の新幹線コンコース。

 あたし達の夏開催。


朱雀門すざくもんです」


 その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。


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