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3.科学部の謎

 真っ白いブラウスは襟が大きく強めの主張。

 鮮やかなコバルトブルーに黄色や赤や白のチェック柄が入った、カラフルなブリーツスカート。

 赤と白のネクタイは、クロスして細めの青いラインが入るチェック柄。綺麗に結ぼうと何度か解いて、ネクタイを結びなおす。


 5分くらい悪戦苦闘して、最後に真っ黒なブレザーを羽織る。


 そんな朝が日常になり始めた。



 仙里高校の前身だった旧仙里女子高校。


 『仙里高校』と名を変えても、女子の制服は変わらなかった。


 ちょっと古臭いけど嫌いじゃなかったブレザーも、ブラウスやスカートも、あの記憶のまま。

 クローゼットに眠るベストだって、ちゃんとスカートと同じ柄だったし、空色のシンプルなセーターも記憶のまま同じデザイン。

ネクタイは学年によってクロスするラインの色が変わると、入学してから知った。あたし達は青、2年生は黄色、3年生は黒。

 夏用はまたちょっとデザインが違うけど、今日は割愛。


 そんな制服にあたしが惹きつけられたのは、小学校4年生の頃。

 みんなはそれほどでもなかったみたいだけど、あたしはそれを格好良いと思った。

 近所にある『進学校のお嬢様高校』に通うお姉さん達が着てた制服。

 ついこの前まではただの憧れで、手が届かない存在だった。

 けれどそれを、あたしは生徒として身につけ、そしてあの頃のお姉さん達みたいに通学する。


 憧れが現実になるなんて。

 今もまだ合格が嘘のようで、制服を着る事で仙里に合格したことを実感する毎日。



 そして思う。

 人生何がどう転ぶか分かんない、と。



 授業も始まり、クラスの数人とも親しくなった。

 初日から入学式で居眠りを敢行し、大層目立ったあたし。

 けどクラスで嫌われるとか、後ろ指さされるとか、今のところそういうのはない。

 みんなよく話しかけてきてくれるし、入学式の居眠りもある程度の理解を示してくれる。

 ある程度、だけど。


 まぁそんなこんなを全部ひっくるめて『高校生ライフ』。

 なるほど、高校生ライフってこういうもんなんだ、とぼちぼち実感し始めていた。



 入学してはや10日。

 幼馴染みの零夜も加え、麻衣に付き添う形であたし達3人は中庭を歩いていた。


 その日。

 さっぱり分からない授業を6回、何とか終えてホームルームを迎えたあたし。

 そのホームルームは、名前も知らないヒゲ担任がクドクドと何か言ってて覚えてない。

 全てから解放されたという感想だけを抱き、帰る準備をしながら思う。

(あたし、何しに学校きてんだっけ?)


 なんて考えてたあたしに、部活勧誘を見て回りたいと麻衣が言ってきたのだ。

 ついでに零夜も巻き込んで、部活勧誘を見て回ることになったわけよ。


 元々進学校だったこともあり、もそれほど活発じゃなかった部活動。

 それはあたし達新入生が入学したことで更に強まるだろう。

 それでもこの時期は別みたい。

 だって、所属人数でその年の予算が決まるから。


 予算を確保しようとする各部活の新人勧誘は熾烈を極め、勧誘の声はそこかしこから聞こえてきていた。

 その大体が「気軽さ」を売りにしている。

 実はすんごい厳しい部活だったとか、入ってからじゃ洒落になんないから信じてない。

 あたしはそんな見え透いた手には騙されないわよ。


 教育指導要領がどーのこーので全員どこかの部活動に所属しなきゃいけない新入生、

 だから、勧誘してくる上級生に負けないくらい新入生も必死。

 これからの3年を決定付ける重要な選択だものね。


 勿論これら部活の情報は、愛しの麻衣から教わったもの。一部に零夜も混じってるけど。

 どっちにしても、言いたい事はこれ。


 あたしが仙里の部活事情なんて知ってるわけないじゃん。



 しばらくして、あたし達3人は中庭のベンチに腰掛けた。

 再三に渡る『異様な』勧誘にあたしは疲労困憊だった。真新しい制服ももうヨレヨレ。

 それを見かねた麻衣が休憩を提案してくれたのだ。

 優しい麻衣。麻衣優しい。


 ちなみにあたしが受けてきた『異常な勧誘』は大抵こんな感じ。


「弓道やってたでしょ! やってたわよね? 貴女よ! あぁ……理想の大和撫子がこんなところに居たなんて。その気の強そうな目も良いわ。キリっとつり上がった眉も最高ね。こんな人材逃す手はないわ! いいわっ! 貴女凄くいいわっ! 弓道部に是非いらっしゃい!」


 活動内容が弓道か、剣道か、華道か、茶道か。

 多少の違いはあるけど大勢に影響はないわ。


 あたしだって分かってるんのよ?

 それもこれも全てはこの髪の毛のせいだってことくらい。

 周りの女子が羨むほどに真っ黒で、背中の中ほどまで伸びた癖のないストレート。

 艶もあるらしい。えへっ♪

 ……言われなくても分かってるわよ。

 あたしにゃ『えへっ♪』とか似合わないんでしょ? 分かってるわよそんなこと!


 更には気の強そうな目つき、上がり眉、意志の強そうな口元。

 こんなところも撫子っぷりに拍車を掛けているらしい。

 でも、正直あたしの知ったこっちゃない。

 本人は普通の現代っ子だと自負してるんだから。

 大体、気が強そうとか意志が強そうって部分は、先輩達が理想とする『大和撫子』に該当するわけ?

 ……該当してるからあんなに声をかけてくるんだろうなぁ。


 まぁそりゃ、日本の和の心が失われつつある昨今、純な和は確かに貴重よ?

 でもその不足分をあたしで補うのはやめてもらいたいわ、見世物じゃないんだから。

 どうしてもって言うなら、その都度見物料を取る事も検討したいくらいよ。

 多分麻衣に止められるだろうけど。


「弥生ちゃんは見た目が完璧に『和』なんだよ」

「麻衣、あんたの言ってる事はフォローになってないわよ」

「凛としてるし。弓道とか剣道とか、やってそうな感じだもん」

 むしろ勧誘に来た先輩達の言ってた事を、簡略化してるだけでしょそれ。

「人を見た目で判断するのはよくない、って小学校で習わなかった? そんな意味不明な理由で勧誘されちゃあ、たまったもんじゃないわ!」

 まくし立てるように反論を試みる。


 ちょっとこの黒髪が憎らしい。

 けど染めたり脱色したりする気はこれっぽっちもない。

 だって自分でも嫌いじゃないし、染めんのめんどくさいし、染めたらお母さんに怒られるし、お父さんに泣きつかれるし。

 特に後者2つは、以降の高坂家予算編成に関わる重要な問題よ。予算は死守しなきゃ。


「そうやって勧誘を断り続けるのは良いけど、弥生はどこの部活に入るか、ちゃんと決めたの?」

 零夜は常に上級生のお姉さん方から熱い視線を浴び、その周囲には黄色い悲鳴が絶えない。

「あたしと同じくらい勧誘を受けて、その全てを断り続けてるあんたにゃ言われたくなかったわ」

 こうやって会話を交わしている間にも、「そこの格好いい君」だの「キャー」だの、上級生のお姉さんから声が掛かっている。

 んであたしには痛い視線が。

 ったく、麻衣に零夜、どうしてあたしの周りにはトップレベルの人材が集まってくるかねぇ。

 すっごい惨めじゃん。

「零夜さんは決めたんですか?」

「んー、僕もまだ決めてないんだよね、国崎さんはもう決めた?」

 中学校の時、零夜は運動系のどっか、麻衣は文化部というよく分からない部活に、それぞれ所属していたはず。

「わ、私もまだなんです。でも、運動系の部活道もよさそうだなぁって……思ったりしてるところです」


 麻衣は超がつくほど運動オンチ。

 そんな麻衣が運動系の部活に入ろうだなんて。

 いや、みなまで言うな。あたしには分かるわよ。

 麻衣はきっと……零夜と同じ部活に入ろうとしてるのよ。

 っていうか、ズバリ言うわよ?


 麻衣は確実に零夜に惚れてるわ!


 本人は頑なに否定するだろうけれど間違いない!

 生まれてこの方、一回も恋なんてしたことがないあたしが言うんだから間違いないわよ。

 信憑性のなさは折り紙つき。だめじゃん。

 ……惚れるって、どんな感じなんだろう。


 まぁそんなことより麻衣は多分、ホントに、零夜の事が好きだってのは間違いないと思う。

 したくもなかった零夜専属マネージャーを9年も続けた経緯から、零夜に言い寄る女子が怖かった。謂れのない中傷も受けた。

 けど麻衣なら、と思う。

 あたしを経由しようとしない麻衣。あたしとも仲が良い麻衣。

 あんたを素直に応援してあげたい。

 お手伝い出来るなら率先してしてあげたい。

 お似合いのカップルになると思うんだけどなぁ。


 でも今は本人が何も言ってこない。

 あたしにもそれを隠そうとする位だから、外野は外野で気づかない振りをしてるのがベストなのよ。


「へえ、そうなんだ。国崎さんは運動好きなの?」

 あんた知らなかったんだ……愚問よ、零夜。

 麻衣の運動オンチは壊滅的で奇跡的だもの。

「え……あの……」

 ほら、本人も自覚あるのよ。


 そして空気の流れが止まった。

 だって、あれだけ聞こえていた勧誘の声が、今は全く聞こえないもの。


 麻衣がが俯きながら考え込んでいる。

 あの『幅跳び』の光景だけはきっと、麻衣自身も思い出したくないはず。


 ということで、

「あーあ、どっかに楽な部活ないかなぁ……」

 止まった空気を何とか正常に戻そうと、ぽつり呟いてみたあたし。


 ちなみに、あたしは中学3年間ずっと郷土研究部だった。

 別名帰宅部。毎日欠かさず帰宅したから皆勤賞。

 なんて冗談はさておき、部活なんて面倒くさい事には関わりたくないってのが本音。

 出来る事なら高校も帰宅部でいきたかった。

 けどそれは叶わない。必ず何らかの部活に所属しなければ単位がもらえないらしいから。


 そんな感情を隠そうともしないうあたしに、待ってましたとばかりに麻衣は言った。

「だったら科学部だよ、弥生ちゃん!」

「科学部?」

 確かに弓道や剣道よりは楽そうに感じる科学部。 

「何でも、難関らしいね。入部希望の倍率は入試以上って聞いたよ」

 けど、入部が難関とかどういうことなのよ。

 ははぁーん、さては進学校の仙里でこういう研究系の部活、実は結構キツい部活とかだったりするんでしょ! そうなんでしょ! あたしの直感がそう告げてるわよ! 絶対騙されないんだから!

「そう言えば科学部ってそろそろ面接じゃない? 弥生ちゃんどうする?」

 ほら見た事か!

 難関の次は面接? これは危険だわ。


「ちょっと! その科学部ってなんなのよ。大体、難関とか面接とか、ちっとも穏やかじゃないわよ」

 楽な部活が良いって言ってんのに、どう聞いてもあたしの理想からかけ離れてるじゃない!

 あたしが目指すのはそんな地獄じゃないの、桃源郷よ、ユートピアよ。

「えっとね弥生ちゃん。科学部は年に数回しか活動しない部活なんだって」

「はぁ?」

 あたしは耳を疑った。ぶっちゃけ、月数回でも十分驚きの内容だ。

「何よ、その夢のような部活は!?」

「しかも毎回15分程度らしいね……共学化以前からずっと変わらないらしいよ」


 はい決定!

 科学部以外にあたしが目指す理想の道はないわ!


 そうと決まればここでダラダラ話してる暇なんてない。

「もうすぐ面接っつったっけ?」

 頷いた二人を尻目にあたしの足は既に面接会場へ向かっていた。

「ほらっ! 行くわよ! 今すぐ行くわよ! そして桃源郷を手に入れるのよ!」

 肩を竦めて苦笑いする二人を置き去りにして、あたしは揚々と歩き始めた。


 数歩足を進め、あたしは振り返った。


「で、科学部の部室ってどこ?」


 竦めていた親友2人の肩は、がっくりと落とされた。


 ついでにあたしの評価もガタ落ちだろう。

 これ以上落ちようがないはずだけど。


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