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29.見透かされる心地よさ

 終業式。

 流石レコードホルダー、ハゲはやっぱりハゲだった。

 今回も自身が樹立した歴代校長レコード『42分』に迫る勢い。

 まぁ……1位の入学式よりは早いけど、相変わらず後続をぶっち切りなのだけは一緒よ。

 ちなみに今日の『えー』は約4割よ。

 何度言わせれば分かるのよ、不毛よ不毛。

 『えー』の数だけ毛が抜けてんじゃない?

 相変わらずな校長の、相変わらずなロングスピーチ。



 けれど入学式と違って、あたしは睡魔に襲われなかった。

(針のむしろって、こういう事を言うのね……)

 あたしの睡魔とはこんなに弱いものだったのだろうか。

 入学式の時には気付くはずもなかった、出席番号順に並んで席に座る事の恐ろしさ。

 右から順に零夜、麻衣、あたし、佐々岡さん、そして瑠璃。

 どうしてここまで綺麗に揃うのか。

 誰の手も加えられていないはずの席順、もしくは出席番号。

 あたしはそれに、運命的な何かを感じずにはいられなかった。


 つい3ヶ月前ちょっと前には、可愛い声であたしの睡魔に加勢していた麻衣。

 今のあたしにとって、隣に座る麻衣の存在は入学式と少し変化していた。

 普段との差異を感じ取ろうと神経をすり減らせなきゃいけない存在。

 それがあたしにとっての麻衣という存在だった。


 麻衣を挟んで座る零夜も、最近は何を考えているのか全く分からない。

 頼りにしていた存在だったのに、今では少し怖さを感じるくらい。


 麻衣と反対の隣の佐々岡さんはそもそも、気を許せるような相手じゃない。

「佐々岡さん、席替わってくれる? 瑠璃の隣が良いなぁ……」

 なんて言える訳がない。

 佐々岡さんとあたしは既に、口を聞かない関係にまで冷え込んでる。

 仮に言えたとしても、それは麻衣の傍を離れたいって言ってるようなもんだし。

 麻衣より瑠璃を選ぶ……少なくとも麻衣にだけはそう思われたくない。

 幾ら麻衣とギクシャクし始めているって言っても、あたしからアクションを起こすほどじゃないって、自分では思ってるから。

 瑠璃との間を遮り、麻衣に連想が行き着いてしまう佐々岡さんという存在。

 あたしにとっては何よりの苦痛だった。



 今日のハゲは36分で切り上げてくれた。

「弥生ちゃん。今日は居眠りしなかったね? 魔女が居たから?」

「……まぁね」

(本当の理由なんて言えるわけ……ないじゃない)

 言葉を濁すだけじゃきっと足りないだろうから、身振り素振りでその怖さを説明した。

「目を瞑れば聞こえてくるのよ。『高坂、分かっているな?』ってさ」

 思わず身震いして周りを確認してみせる。


 と、白衣に身を包んだ魔女が本当にこちらを睨んでいた。

(人を射抜くあの視線、もっと早く気付くべきだったわ!)

「ねぇ麻衣。入学式に見た白衣の先生って、あんな感じだったわけ?」

 姫野先生から見えないようにしつつ、麻衣に先生の場所を指し示す。

 麻衣も大胆に振り向く事はせず、チラッと横目で見ながら姫野先生を確認して、縦に首を振った。

(入学式の視線は姫野先生で決まりね……)

「弥生ちゃんが感じた視線って、6組からじゃなかったっけ?」

「それはそうなんだけどさ、あの睨み方、視線の主だってきっと姫野先生よ」

「でも、姫野先生って入学式も真横からずっと見てたよ?」

 入学式と終業式では座る位置が違う。

 けれど魔女は今も入学式のときも真横に居たらしい。

 魔女の視線は真横から、入学式の視線は斜め後ろの6組から。

「それってつまり……」

「姫野先生じゃない誰かに、弥生ちゃんは見られてるってことかも」


 姫野先生と目が合った。

 口こそ動かさないものの、顎で壇上を指し示す姫野先生。

 ただ、先生からの射殺すような視線は無くなっていた。


 だけど……未だに感じる。

 角度はやっぱり6組から。

 後ろからの視線は一体、誰なんだろう


 既に入学式からは3ヶ月以上経っている。

 だから比較なんて出来ないのに。


 でも、今受けている視線は入学式のそれよりはるかに強かった。



 滞りなく終了した式。

 けれどあの視線の主は未だに分からない。


 麻衣と瑠璃は待っててくれたけど、気になったので先に戻ってもらった。

 そしてあたしは講堂の中の6組が居たであろう座席を、ずっと眺めていた。


(姫野先生じゃなかったら誰なのよ、一体)


「独りで講堂に残るなど、どうしたのだ?」

 そんなあたしに、後ろから聞き覚えのある声が掛かった。

 誰だか分かんないけど、声を掛けてくるほど親しい仲なら相談に乗ってもらっても良いかな。

「それがさ、どうも後ろからずっと見られてるのよ。でも誰が見てるのか分かんなくてさぁ」

「大変だな。目星はついておらんのか?」

「姫野先生だろうって思ってたのよ。でも違うみたい」

「私でないとすれば、他にも誰かが見ておったわけか」

「そーなのよ。って……『私』?」

 石臼を挽くようにゆっくりと首を後ろへ向ける。

 そこには居て欲しくなかった存在が、いた。


「視線が気になるとは、高坂はもっと図太い奴だと思っておったよ」

 目の前には魔女。

「わぁぁあぁぁ! ごめんなさいごめんなさい!」

 あたしの高校生活は初年度1学期終了と共に幕を下ろすらしい。


「謝らんで良い。それより、本当に心当たりは無いのか?」

 姫野先生は本当に気にしていないのか、逆に心配そうな顔であたしに問いかけてきた。

「心当たりならありますよ? それこそ校内の女子の何割かはそれに該当しますから」

 口ではこう言ったけれど……あの視線は嫉妬を感じさせるそれじゃなかった。

 零夜の傍にずっと居たせいで見られる事への耐性がついていた。だからこそ、6組の方から感じる視線が零夜絡みじゃないって断言できる。


「お前は良くも悪くも目立ちすぎなのだよ」

 姫野先生はあたしの思惑なんて知らないはず。

 だから零夜の線で話を進めはじめたのも仕方ない。

「本人はこれっぽっちも望んじゃいないんですけどね」

「ならば神園から離れればよかろう。その機会もあったはずだが。高校受験もそうではなかったのか?」

 そんなこと考えたことも無かったけど、でも確かにそうだ。

 零夜は別の高校を受験するって言ってた。

 けれど気付けば同じ学校に居て、挙句に同じクラスなんだもの。


「学年ワースト3位のお前が、上位の神園や国崎と同じ学校に居る。他の者にしてみれば邪推もしたくなろう。特に女子はな」

 零夜の傍に馬鹿がいるから目立つ。

 でも頑張って勉強して馬鹿じゃなくなろうとしても同じこと。

 今までの馬鹿が不自然に見えるらしくて結局目立つのだ。

 中学校の頃がまさにそうだった。


 結局、零夜と同じ学校に居るからなのよ。

 一緒の学校じゃなけりゃ良かったのよ……。

「ねぇ先生。馬鹿は馬鹿らしく、身の丈にあった学校に行けば良かったのかな」

 最近さっぱり分からなくなった零夜と麻衣の言動。

 未だに掴めない強烈な視線の主。

 何もかもがあたしを責めてるように感じる。

 どうしてお前が仙里にいるんだ、って。


 姫野先生はあたしをじっと見つめ、少し間を置いたあと目を瞑る。

「教育者としては今の台詞こそが最も馬鹿げている、と思うが」

 その声は、呆れるでもなく叱るでもなく、温かみのある声だった。

「そう、ですよね」

 仕方のないい奴だ、そう言ってるように思えた。

 あたしは弱気になっていたのかもしれない。


「何度でも言ってやるがお前は馬鹿ではない」

 優しい顔で言いながら、姫野先生はあたしの頭を乱暴にがしがしと撫でる。

 自分の意志とは関係なく揺れる頭に、あたしは不快感どころか心地よさすら感じた。

「学力に間しては基本が出来ていないだけだ。応用力はかなりのものを隠し持っていると断言してやる。高坂、お前は馬鹿ではない」

 頭を揺すられたついでに、悪い考えも少し抜け落ちていく。

「高坂が見つめていたのは6組の方向だな? ならば橘にでも聞いておいてやろう。だからくだらない事を考えてご両親をガッカリさせてやるな、いいな?」

 魔女の魔力で気持ちがすっきりする。

 何故かそんな気がした。



 教室へ戻り、一学期最後のホームルームを迎えた。

 ヒゲはお決まりの夏休み注意事項をクドクドと述べ、

「高坂、沢木、そして村松がクラスの代表で夏開催に行ってくれる。14日から17日まで、参加しないやつもこの四日間は心の中で応援してやってくれ」

 最後はしっかり、夏開催の存在をクラスに再認識させていた。

「夏開催は代表3人だが、クラス対抗戦である以上は全員に関わる問題だと思ってほしい。いいな?」

 駅伝でのノリに似たヒゲの応援要請は、彼が体育会系だってのを感じさせる。


 でもそれとは逆に、クラスの返事は気乗りしていなかった。

 そのうちの何割かはあたしが代表だからなのかもしれない。

 少なくとも1人は、佐々岡さんはそうだと断言してもいい。

 折角姫野先生に追い払ってもらったネガティブな考えさえ、再び蘇ってくるのが分かる。


「おおそうだ。高坂、お前が期待してる参加報酬だが……よかったな!」

 あたしの方を見ながら、思い出したかのようにヒゲは言った。

 目は何故か真剣だったけど。

 でも今度は駅伝じゃなくて、学力試験のクラス順位を発表するときと同じノリ。

 つまり、かなり期待して良いって事よね?

「学食無料券10枚に決まった。出来れば優勝して欲しいところだが、代表で行ってくれるだけでも十分だ」

「おーけー! 出るからには全力でやってやるわ!」

 無料券10枚って事は、Cランチ650円が10回ってことよ。

 総額6500円は春のMVPより上、単純だけどやる気を満たすに十分だわ!


「高坂もやる気を出してくれたようだし、あとは村松、お前に全てを託すぞ」

 真剣な表情を崩した後、あたしにニカっと笑いかけるヒゲ。

 姫野先生にヒゲ。奇しくも教師に落ち込んでいるところを助けられた。

(なんか、先生って凄いかも……)

 あたしはそう思わずにはいられなかった。



「ではみんな、夏休みを満喫してくれ!」

 ヒゲの宣言でホームルームが終わり、夏休みがスタート。

 っつってもまだ今日は終業式があった日だから夏休みじゃないんだけど。

 だから今日はまだ放課後って言葉を使えるわよね。



 メロンがなにやら企んでいる。

 そんな一学期最後の放課後。

 時刻は11時過ぎ。

 教室に残る生徒も少なからずいて、思ったよりも賑やかだった。

 麻衣と零夜は帰る準備を終えたようで、席を立ちあたしの方へ向かってきている。

 けれどそれより一歩先に、瑠璃があたしの傍へやってきた。

「弥生さん、お昼はシンチレーションで良いわね?」

 周りに聞こえるくらい、声のボリュームを上げて問いかける瑠璃。

 予告どおり芝居が始まったのだろう。

 瑠璃以外にも言って聞かせるように、了承の返事を返したあたし。


「弥生達は学食でご飯を食べるのかい? なら僕もついて行って良いかな?」

 そんなあたし達に、鞄を手に近くまで来ていた零夜が同伴を申し出た。

「や、弥生ちゃん! 私も一緒に行って良いよねっ?」

 零夜が学食に行くと言うならば、それを見た麻衣もこう言うに決まっている。


 ってことは、瑠璃のターゲットは麻衣と零夜だったって事なのだろうか。

 学食で四者会談、その目的はきっと……。

 そんなあたしの想像を瑠璃の一言が吹き飛ばした。

「申し訳ないけど、今日は弥生さんを独り占めさせてくれないかしら?」

 いつもの暴走が始まったのかとも思ったけれど、それもすぐに違うと分かる。


 言ってる事は暴走メロンでも、顔は明らかに真剣な瑠璃。

 一体何を目的としているのか、あたしには分からなくなっていた。

 瑠璃の目的はあたしを独占することじゃなくて、むしろ零夜を排除する方向に向かっているとすら感じる。

 

 だからだろうか、零夜は怖い顔で瑠璃を睨んでいた。

 平然と睨み返すように表情を変えない瑠璃。

 今日の瑠璃は、零夜に対して驚くほど冷たかった。

 7月も下旬に入って夏本番だってのに、出る汗は暑さから来るそれじゃなくて、冷や汗。

 麻衣は不穏な空気を察したのか、零夜と瑠璃を見ておどおどとしていた。

 そんな3人に、あたしはどう言葉を掛けて良いのか分からず、立ちつくすしかなかった。


 やけに重い空気がこの場を支配する。


「夏開催の作戦会議なの。ごめんなさいね」


 薄く笑いながら言う瑠璃は、零夜を挑発しているようにしか見えなかった。

 けれど零夜は常識をわきまえてる出来た人間。

 それに人と争うことをあまり好まない、口論してるところなんて見たことないもの。

 だからこそ瑠璃の一言で。おとなしく引き下がるしかなかったのだろう。

「分かったよ」

 零夜はそう言うと、あたしをじっと睨んだあと、

「じゃあね弥生」

 別れの挨拶を残し教室から出ていった。

 そんな零夜を追うように、麻衣も慌てて教室を後にする。


「瑠璃……あんた」

 何を企んでるの?

 そう聞こうとしたあたしを遮るように、

「これで邪魔者はいなくなったわ」

 廊下を眺めながら呟いた。

 零夜と麻衣に対して、瑠璃は明らかな敵意を持っているとあたしに告げたようなものだ。


「あんた、何を企んでるのさ」

 遮られた言葉をようやく瑠璃に言えた。


 そんなあたしに、

「弥生さん」

 零夜に向けていた挑発的な顔を、今度はあたしに見せながら、

「そろそろ本音で話さない?」

 瑠璃は言ったのだった。


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