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27.はじめてのけーたい

 海の日前日。

「どこに連れて行かれるか分からないんでしょ? ケータイくらい持ったらどう?」

 家族3人での普段と同じ夕食の席で、お母さんはそう言った。


 お恥ずかしい話、あたしはケータイなんて使ったことがない。

 クラスのみんながケータイ片手に睨めっこしてるのを眺めてた事はある。

 けど、ケータイを欲しいとまでは思ったことなかった。


「そういえば入学祝いを買ってやらんかったな」

「あたしの私立進学でお金掛かってるのに、プレゼントなんて貰えないわよ」

「公立と比べれば高いでしょうけど、よその私立に行くよりは安上がりよ?」

「そうだな、家から近くて通学代も安く済んでいるしな」

「入学金ゼロ、学費半額免除。随分助かってるわよ、弥生」

 それほど裕福でない高坂家、学費半額免除は我が家にとって救いの神だった。


「でも何であたし、半額免除だったんだろね」

 学費の半分を免除されるような理由を提示できない馬鹿娘。

 特に成績面での惨状は、学費免除どころか入学すら疑わしかったほど。

 更には春開催での学力試験で大惨敗、どの要素が学費を免除させるに値するのかさっぱり分からないのよ。

「そうね……」

「……分からん」

 当然、そんな馬鹿娘を育てた両親も、未だに理由が分からないらしい。

 我が家は学費免除の話題になると、答えがまるで見当たらず沈黙するのだった。


「そんなことより、県外で三泊四日なんだからケータイ持ちなさい?」

 瑠璃は勿論、麻衣も零夜も持ってる。

 クラスでケータイ持ってないのって、もしかしてあたしだけかも。

「父さんが買ってやるから。入学祝いだ」

「高校卒業までは電話代払ってあげるわよ、でも卒業までよ?」

 いつになく優しい両親。両親優しい。

「ホントに!? ありがと!」

 それほど欲しいって思ったわけじゃないけど、予想外の展開には素直に喜ぶわ。


「月々の使用料が酷かったら小遣いは無し、いいわね?」

 ちなみに我が家の予算編成会議は、完全に母の支配下に置かれている。

「……あい」

 母皐月の強権を前に、長女弥生は戦う前から白旗よ。

「弥生もこれで父さんの仲間だな……」

 父幸雄もまた、あたしと同じ敗北者だった。



 翌日。

 祝日でお休みのお父さんがフィット君を操り、携帯ショップへ連れてってくれる事になった。

 当然、東美空町にそんなお店はないわよ。


 ちなみに我が家のフィット君は白。

 マメに洗車してあげないとすぐに汚れちゃうのが玉に瑕。

 毎週末毎にお父さんがピッカピかにしてるから安心だけど、この季節はやっぱり汚れがち。


 そんなフィット君だけど、あたしに少しばかり影響を与えていた。

 家で勉強することが増えた理由のひとつは、間違いなくこのフィット君のせいだろう。

 ガレージで休んでいる彼を見るたびに、姫野先生の顔が浮かぶようになってしまった。

 魔女とは偶然をも操る魔力を持っているのだろうか。

 操れるからこそ、魔女たりえるのだろうか。

 自発的に勉強するようになったのは良いことなんだけど、素直に喜べないあたしがいる。


 車でお店へ向かう間、話題は自ずとケータイに集中した。

 でもあたしはが形とか会社とか機能とか、さっぱり分かんない。

 結局、お父さんと同じ会社のケータイにすることだけが決定した。

 お母さんも同じ会社のやつらしく割引がどうのこうの言ってたけど、あたしに分かるわけがない。

「年頃の女の子なんだから、もう少し詳しいと父さん思ってたんだけどな……」

「今更高坂家の馬鹿娘に何を期待するわけよ」

「弥生は本当に15歳か? 小学校低学年か高齢者ってことは」

「自分の娘とっ捕まえて何言い出すのよ!」

「まぁ、弥生らしいといえばそうなんだが、悲しいよ父さんは」

「……」

 二度も悲しんだお父さが連れてきたのは、美空町のケータイ販売店。

 話を聞く限り、お父さんもお母さんもここで買ったらしい。


 東美空と違い、美空町はそこそこ開けた町。

 デパートは仙里のタナカに任せるとしても、美空町にもそこそこ大きなスーパーがある。

 何より仙里町以上に娯楽施設が多いこの美空町。

「あら? もしかして弥生さん? こんなところでどうしたの?」

 だから知人と会うことも少なくないのだ。


 声を掛けてきたのは、淡いピンクのワンピースの上から黒いカーディガンを着た私服の瑠璃。

 コーディネートはお嬢様っぽいんだけど、ウエストをベルトで締めているせいか見事なほどのメロン。

 自分でも何を言ってるのか良く分かんないけど、とにかくメロンはメロンなのよ。

「買うのよ、ケータイを……って、あんた何で目を輝かせるのよ!」

 紫っぽい桃色っぽいオーラを出す瑠璃。

「これで私と弥生さんの距離が一気に」

「訳分かんない事を学校の外で口にすんなぁぁあぁぁ!」

 なんとか暴走を食い止めようと、慌てて瑠璃の口を塞ぎに掛かる。


 でも大声を出したのは不味かった。

「何を騒いでるんだ弥生。おや、こちらはどなただい?」

 あたしが説明しようとするより先に、瑠璃が自己紹介を始めてしまう。

「わたくし沢木瑠璃と申します。いつも弥生さんにはお世話になっております」

 外面だけは異常に良い恋するメロン、沢木瑠璃。油断ならない。

「いえいえ、とんでもない。うちの馬鹿娘の方こそご迷惑をお掛けして」

 いつでもどこでも極めてのほほんお父さん、高坂幸雄。

「いえそんな! 私がいつも弥生さんにご迷惑ばかりかけてもう……」

「いやー、うちの馬鹿娘の馬鹿加減と言ったら」

 両者が織り成す絶妙な間と会話は、明らかに外見とは掛け離れていた。

「いえいえ弥生さんはいつも――」

「えっ! 馬鹿娘がですか!? それは――」


(何この会話……女子高生と40のおっさんの会話とは思えないわ)

 完全に井戸端会議をはじめた瑠璃とお父さん。


 こういうときは触れないでおくに限るのよ。

「いらっしゃいませ、何かお目当ての機種はございますか?」

 極力見ないようにして展示してあるケータイを手にとって眺めていると、

「あ! いえっ! ちょっと眺めてるだけなのでお気遣い無く」

「そうですか、何かありましたらご遠慮なくどうぞ。では」

 店員さんにこうやって声を掛けられる。

 下手に絡んじゃうと、無知なあたしは何を買うか想像も出来ない。

(そうだ。瑠璃もいるんだし選んでもらえばいいんじゃん)


「そうなんですか? では――」

「ええ、もうそりゃ家じゃいつも――」

 けれど2人の会話は終わる気配すらない。

 まぁそれは良いとして、本人を目の前にしてあたしの話題で盛り上がるのってどうなのよ。

「あら、では機会があれば是非!」

「どうぞどうぞ、人様に自慢できるような物なんてない家ですが」

 瑠璃が遊びに来ることで話が纏まったらしい、って、ちょっ!?

「何勝手に話進めてんのよ!」

「では瑠璃さん、近いうちにいらして下さい」

「お父様? お泊り……なんて、ダメですか?」

 瑠璃さんとかお父様とか、この2人は一体どう言う関係になったわけよ。

 でも流石にいきなりのお泊りとか、瑠璃の暴走でドン引きなんじゃないの?

 なんて高坂幸雄に常識が通用すると思ってたあたしが馬鹿だった。

「ダメだなんて、そんな。とんでもない、是非!」

「ちょっとお父さん! ダメよ! あたしの貞操の危機よ!」


 最悪の未来を何とか食い止めたあたしは、既に息も切れ切れ。

 ねぇ、ケータイ買うのって、普通こんなに疲れるわけ?


「それで、弥生さんはどのケータイにするか決めたの?」

 何食わぬ顔であたしに聞く瑠璃が悪魔に見えてならない。

「それがさぁ……さっぱりなのよね」

 並んでるケータイを前に完全に面食らってるあたしに、瑠璃は一つのケータイを指差した。

「じゃああれなんてどうかしら?」

 遠目から見ても何故か既視感を感じるそのケータイ。

 改めて近くに寄ってみても、やっぱりどこかで見た事がある。

「当たり前じゃない。私のと同じよ」

「却下」

「じゃあこっちは」

「色違いなだけじゃないのよ! 却下よ却下!」

 瑠璃に聞いたあたしが馬鹿だった。

「弥生……少し静かにしなさい」

 娘のピンチに何一つ気付かないお父さんを頼りにしようなんて、もう絶対に思わないわ!


「では、こちらの機種でよろしいですね」

「こっちの方がお勧めなのに……」

「いいから瑠璃は黙ってて!」

 結局、暴走メロンとお父さんは放置して素直に店員と相談し、シンプルな折りたたみのケータイを買うことにした。色は白よ。

 何だか良く分かんない機能がついてたって、あたしには使いこなせないに決まってるもの。

 瑠璃と一緒の形は後が色々と怖いので論外。


「機能はですね、このボタンをこうして」

 カウンターで店員さんが丁寧に使い方をレクチャーしてくれるんだけど、

「あの、とりあえず電話が使えればそれで良いです」

 あたしは店員さんの説明を途中で止めた。だって聞いても意味不明なんだもん。

「インターネットの方は、されるご予定はありませんか? 今ならパケット」

 予定も何も、ケータイで通話とメール以外に何が出来るのかなんて知らないわ。

 機械オンチってわけじゃないのよ?

 いきなり一杯説明されても分かんないって……。

「今までケータイ無しでも生きてこられましたので、結構です。必要になったらまた来ます」

「そ……そうですか、かしこまりました」

 引きつった笑いを浮かべながら、店員さんは説明を諦めた。

「それにしても弥生さん。とてもじゃないけど、女子高生が初めてケータイを購入する姿には見えないわ」

「……」

 傍らで説明に付き添ってくれてた瑠璃の評価は、多分正しい。


「弥生さん、ケータイを貸して?」

 瑠璃があたしのケータイを器用に弄り回してる。

 流石現代っ子、あたしもいずれあんな風になるのかなぁ。

「はい。番号登録しておいたから。掛けてみるわよ?」

 瑠璃からケータイを返してもらうと、無機質な電子音がケータイから飛び出した。

「わ! 鳴ったわよ!」

「私が掛けたんだもの。鳴るわよ……」

 溜息混じりに呟く瑠璃をよそに、ワクワクしながらケータイを開き液晶の画面を確認する。

 そこには確かに、瑠璃と一発で分かるような文字が表示されていた。


 『愛しのルリ♪』


「ダメよ! こんなの断固として認めないわ!」

「訂正したければちゃんと使い方を覚えましょうね、弥生さん」

 久々の『悪魔の微笑』、瑠璃め、やるようになったっ!

「っ! 覚えてなさいっ!」

「それと、開かなくても番号と名前は表示されるわよ、表に」

 悪魔の微笑を消し、今度は真面目に教えてくれる瑠璃。

「弥生さんのケータイ、いつまで経ってもその名前が入力されたままかもしれないわね」

 あたしのケータイに妙な名前を入れた張本人が何を言うか……けどまぁ教えてくれた事には素直に感謝、

「考えただけでも興奮しちゃうわ!」

「るりぃーっ!」

 訂正、やっぱり瑠璃は瑠璃だった。

 軽くウインクしながら逃げる瑠璃を、慌てて追いかけようとしたあたしに、

「ケータイ片手にお店で騒いじゃ迷惑だろ」

 お父さんが理不尽な叱責をくれた。

「あたしが悪いわけ? こんな理不尽ないわよ!」


     * * *


「そっかぁ、弥生ちゃんもようやくケータイ買ったんだね」

「んでさ、麻衣の番号も登録しようって思ってね」


 夜。

 自宅の電話を使い、ケータイを買ったことを麻衣に連絡した。

 何だかんだあっても、やっぱりあたしにとって麻衣は一番の親友だもの。

「それは良いんだけど、沢木さんの悪戯は修正出来たの?」

 最近、麻衣と一緒に居てもこんな風に笑って話をする機会なんて無かったように思う。

 顔色を伺うことが増えて、言葉が少なくなっていたこの1週間。

「笑い事じゃないわよ。瑠璃の悪戯も、度が過ぎればただの嫌がらせなんだから」

 久々に心から楽しいって思う麻衣との会話。

「なのに、私の番号を聞いても登録できるの?」

「麻衣! 今からやり方を教えなさい!」


 麻衣のサポートを受け説明書片手に30分ほど奮闘するも、結局あ番号を登録する事は叶わなかった。

 仕方がないので直接番号を口頭で教えあう、麻衣曰く「原始的」なやり方での登録と相成った。

 手に持つ電話を子機から自分のケータイに替え、再び麻衣との会話を楽しむ。

「明日学校で名前を入れてあげるね」

「頼んだわ、でも瑠璃みたいに妙な名前はよしてよ?」

 麻衣が笑うのを聞くだけで、心はどんどんと晴れやかになっていくのを感じる。

「ついでに零夜のも聞いておこうって思ってたんだけど、登録の仕方が分かんないんじゃ聞くだけ無駄ね」

 昔はこうだったのよ、最近ちょっと忘れてただけ。


「そだね。それも明日にしよ?」

 けれど電話から聞こえるそれは、あたしが記憶していた声とは少し変化してはじめていた。

(あれ? 麻衣の声ってこんな感じだったっけ?)


「それに、いくら弥生ちゃんの頼みでも」

 麻衣の声が一気にトーンダウンする。

「私、教えない」

「え?」

 言葉の意味ではなく、凍るほどに冷たく胸に突き刺さるような麻衣の声に、あたしは思わず驚きの声を上げてしまった。

「だって……」

 聞き間違えじゃない、麻衣の声は真冬の風のように冷たい。


 聞きたくない。

 そんな声、聞きたくない。


「……そーよね」

 気がつかないうちに、あたしはそうボソッと口に出していた。

「知らない電話番号から掛かってきても受け取れないわよね。そりゃそうだわ。オッケー、明日にでも零夜に聞くことにするわ」

 自分でもビックリするほど自然に、咄嗟に出た言葉。

「えっと……うん、そうだね。その方が良いよ」

 高校に入るまで聞いた事のない麻衣の冷え切った声。

 麻衣の冷たい声を聞くと、自分が自分でなくなっていくような、そんな感覚に陥る。

「親しき仲にも礼儀あり、ね? やっぱ麻衣は違うわよねぇ」

「そんなこと……ないよ」

 中学校の間はこんな感覚、一度も経験した事なんて無かったのに。

「まぁ、どっちにしても登録できないんだけどね」

 あたしじゃないあたしが麻衣と話をしている。

 そんな錯覚にすら陥りそうなほど、あたしの意識は自分の体から離れ出していた。


「ダメだよね、あはははは」

 冷え切った麻衣の笑い。

「だよねぇ、あっはっは」

 あたしじゃない誰かの笑い。


「……じゃ、また明日ね」

 そう言って電話を切った。



 それから2時間程経って日付が変わった頃。

 頬のむず痒さが、涙のせいだと気付いた。


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