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2.感じる視線

 で、舞台は未だに入学式の会場である大講堂。


 結局あたしは、生徒会長の話も運営委員の話も『耳だけストライキ』を決行。

 ハゲ校長のときと同じように、惰眠をむさぼった。


 気付いたときには『何とかって人のカントカって話』はほぼ終了したようだ。


 ざわつく堂内に気付き辺りを見渡すと、後ろの席に座っていた生徒会と運営委員から順に退場している。

 生徒会は分かるけど、運営委員って何の運営?


 何にしても、今度こそ本当に全てのお話が終わったらしい。


 時計を見ると入学式開始から既に2時間半が経過。

 初日から仙里の恐ろしさを痛感して、これからの3年間に不安を抱いたりもした。

 でもようやく終わったんだし、今日はそういう暗めな事は考えないようにしよう。


 まずは身体を充足していく開放感を目一杯満喫するんだ。


 けど……あたしはそれを満喫する事が出来ずにいた。


(まただ……また見られてる)


 後頭部、特にうなじの左側辺りに、突き刺さる視線。

 話を聴かずに寝ていたときも、薄れゆく意識のどこかで感じていたこの視線。


 いつもとは違う視線。

 視線に敏感になったのは、多分零夜のせい。



 零夜とは神園零夜かみぞのれいや

 いつだったかハゲのせいで紹介出来なかったけど、零夜も麻衣やあたしと同じで1年1組。

 出席番号5番が零夜、6番が麻衣、んであたしが7番。

 零夜は今、麻衣の隣に座ってるわ。んで麻衣の逆隣はあたし。

 零夜、弥生、と呼び合う仲だけど、その関係は出席番号以前の問題。

 あたしとこいつとは幼馴染みなのよ。10年以上の腐れ縁ね。


 んでこいつ、とにかくモテる。それも異常に。

 ふわっとした茶色っぽい髪に甘いマスク。顔立ちや風貌はいわゆる王子様。

 頭が良くて運動能力抜群とくればモテない方がおかしい。

 挙句に、嫌味がないんだよねぇ……。

 いっそ零夜とあたしが付き合ってしまえば、あたしも苦労はしな……それはないわ、絶対ないわ。

 誰がどう言おうと零夜とあたしはただの幼馴染。

 幼馴染みってそんなもんよ?

 それ以外の感情は湧かないなぁ。


 昔から良く聞かれた。


「高坂さんって零夜のなんなの?」

 幼馴染み。

「零夜くんって好きな人いる?」

 知るわけないじゃん。

「これ、神園くんに渡して?」

 宅急便かっつーの。


 勘が良いか経験者か、どちらかに該当するなら薄々勘付いてるわよね。

 確かに半分はあたし自身のせいと認めるけど、あたしって零夜のせいで同性から嫌われるタイプなのよ。

 零夜の周りにいるあたしは、常に零夜親衛隊の槍玉に挙げられてた。


 ちなみに、覚えてる限りで一番あたしを嫌っていたのは『零夜のお母さん』。

 人を目で殺せる事を知ったのは彼女からだ。

 小学6年生の時、零夜に誘われいつものように神園家へ行った。

 零夜の部屋で零夜の弟妹を加え、仲良し4人でボードゲームをして遊んでいた。

 ルーレットで人生が決まるれよあれ。

 んで3時になり、零夜のお母さんはおやつにケーキを持ってきた。

 3人分を神園三兄弟妹の前に並べた彼女。

 あたしの前に置かれる事は、なかった。

 あたしを目で殺そうとする零夜のお母さん。

 そりゃあんた小6にもなれば感じ取れるわよ。

 あたしは零夜のお母さんに嫌われてる、つまりこれは意図的、って事くらい。


 その後、ケーキを譲ろうとする神園兄弟妹を無言で制し、何事もなかったかのように4時半まで零夜たちと神園家で遊んだ。

 帰り際に零夜が何かを言ったけど、あたしには聞こえなかった。


 そして自分の家へ帰ったあたしは、1人泣いた。

 2階にある自分の部屋で、人目につかないように声を殺して、一晩中泣いた。


 その晩、あたしがリビングに降りる事はなかった。

 夕食になっても降りてこない娘を、両親は心配した。


 夜も深まり、零夜のお父さんが高坂家を尋ねてきた。

 けど、あたしは部屋から出なかった。出られなかった。

 零夜のおじさんは部屋の前で、

「弥生ちゃん、すまなかった」

 と、何度も謝っていた。


 あたしの両親も零夜のおじさんも、零夜も、翌日以降何事もなかったかのように接してくれた。

 あたしがそれを望んでいるのを理解してくれたんだろう。

 だから、凄くありがたかった。

 そして再び時間は動き出した。

 けど零夜のお母さんは結局変わらなかった。

 いや、彼女もある意味、何事もなく今までどおりだったのよね。

 あたしを嫌いっていう事に変わりはなかった、ただそれだけの事。


 そしてそれ以来、零夜の家に行く事をやめた。

 おじさんは「今度また遊びにおいで」って、近所で会った時いつも言ってくれる。

 けどあたしはもう神園家に脚を踏み入れるつもりはない。

 あんな思いはもうしたくないから。


 そして分かった。

 零夜と親しくすると誰かに嫌われるのだ、と。

 中学に入り、その『誰か』が、『多くの女』という、如何としがたい事実に気付いた時、零夜とはちょっと距離を取ることにした。


 つもりだった。

 けど現実はこうだ。

 まー人生どうなるか分かんないよね。

 高校で零夜と同じクラスと知った時ほど、神を呪った事はないもの。

 足掛け9年に渡る『零夜専属マネージャー(中1時の級友命名)』業からようやく解放され、高校じゃ「麻衣以外の親友も一杯作るわよっ!」とか思ってた。

 でも蓋を開ければ、マネさん業務3年延長があたしの与り知らないところで決定してた。

 何であんたがここにいるのよ。

 こんな複数年契約なんて望んでないわ。勿論1年でもノーサンキューよ。



 だから高校に入っても誰かに睨まれるとか、陰口叩かれるのは覚悟してるわよ。

 でもさぁ、初日の入学式からってのもおかしくない?


 気になったあたしは、視線の主に気づいてない振りをしながら、小声で麻衣に聞いた。

「さっきから視線を感じるのよ……。誰か見てる奴いない?」

 大講堂の中を物珍しそうに眺めていた麻衣は、我関せずみたいなあっけらかんとした声であたしを苛める。

「もしかしたらさっきの居眠りが見つかって先生にマークされてるのかも」

「やめてよ麻衣、縁起でもない。あたしは穏便に高校3年間を過ごしたいのよ、何が嬉しくて初日からマークされなきゃなんないのよ」


 あたしの高校生活を脅すとは、麻衣もやるようになった。

 痛い敗退だ。

「居眠りするからだよ」

 続けて麻衣の教育的指導。

「ごもっともです」

 あたしの敗北宣言。

 麻衣、2連勝。手ごわい。

「だって式に参列してた白衣の先生、弥生ちゃんが寝てる間ずっとこっち見てたんだよ?」

 なにやら聞き捨てならない単語がいくつか聞こえたわよ。

「先生が見てたって……マジ?」

「うん、まじ」


 正真正銘、今度こそ終わった。あたしが。

 あたしが思い描いた平凡な高校3年間は、初日にして幕を閉じた。


 がっくりと肩を落とすあたし。

「ねね、視線はどの方向から感じるの?」

 教育的指導を施していたときよりも真剣な顔で、でもキョロキョロしつつ麻衣が聞いてきた。

(可愛いわよねぇ……ってダメダメ! そうじゃない!)

 あたしもちょっと真剣な顔を作った。多分相手にこの真剣さは伝わってないだろうけどさ。


 可愛さって罪よね。

 3回も使えばあたしだって間違ってるって分かるわよ。わざとよ、わざと。


「そうね……左後ろからね」

 視線の方向を真顔で伝えたあたし。多分真顔は見てもらえてないだろうけど。

「ふむふむ。ってことは……6組かな? その辺りは6組だけど、知り合いがいたり、とかじゃないんだよね?」

 左後ろという情報だけでここまで推理してくるかね、きみは。

「あのねぇ……。大体、自分が何組なのかも式の直前まで知らなかったあたしが、余所のクラスの事なんて分かるわけないじゃないのよ」

 何を隠そう、あたしは初日から寝坊し、遅刻ギリギリの時間に登校してきたのだ。

「そーだよね、ギリギリだったもんね。あはははははは」

 そんな朝の情景を思い出し笑う麻衣。


 ってか電話くれてもいいじゃん……。

 零夜も零夜よ、すぐ近くに住んでるくせにどうして一声掛けてくれないのよ。



 お母さんは起こしてくれないし、バスは来ないし、時間は過ぎていくし。

 焦りに焦ったあたしは、新しい制服を楽しむ余裕もなく、猛ダッシュで学校まで走ってきた。

 入学式だと言うのに、土煙をあげんが如く大激走で。

 ディープなインパクトはなかったと思いたい。


 そして学校の門を抜け桜並木を潜り、事前説明会の記憶を頼りに昇降口まで駆け寄り、既に片づけを始めていた『おそらく上級生であろうお姉さん』を見つけるや否や『終電を逃すまいと駅改札からホームへ走る酔ったサラリーマン』の如く詰め寄った。


 ドン引きのお姉さんをよそに、奪い取ったクラス分け表に目を通し、自分の名前を確認。

 1組と知るや否や、今度は昇降口から一気に中へ突入した。


 教室の場所なんて知らないあたしは15秒後、同じお姉さんに、

「あの、1年1組ってどこですか?」

 と聞く羽目になったんだけど。

 ついさっきの出来事でドン引きだった上に、一度は視界から消えたはずのトンでも新入生が再来したせいか、さっぱり要領を得ないお姉さん。

 いつ終わるとも知れない『終電を逃し駅員に文句を言うリーマン』と『「俺のせいじゃねーよ」と思いつつ営業スマイルで宥める駅員』の構図を救ってくれたのは麻衣だった。


 麻衣という名の天使は、

「弥生ちゃんこっち!」

 と目の前にある階段から駆け降りてきた。

 あたしのあげた土煙を、きっと『馬鹿があげた狼煙』だと理解してくれたんだろう。


 天使に導かれ、何とか教室へ駆けていったあたし。

 既に1組の生徒は式典会場である大講堂へ移動を開始していた。

 ここまでほぼノンストップで駆け抜けたあたしは、自分の靴箱の場所が分からず下履きを手にしたまま。

 当然上履きなんて履いていなかった。



 ねぇ思うんだけど、あたし、この時点で終わってない?


 そんな今朝の光景を、麻衣も思い浮かべていたんだろう。

 「あはは」が「くすくす」になり、「くすくす」がなくなり、ようやく笑いを止めた麻衣。

 あんたちょっと笑いすぎ。

 あとでグーぱんちしてやる。パンチはぐーだとか、天使だったんじゃないのかとか、小難しい事は抜きにして。


 拳を作り始めていたあたしを、麻衣は更なる情報をちらつかせて回避する。

「6組といえば綺麗な金色の髪の女子がいたよ。すっごい目立ってた」

 そ、そんな情報であたしは騙され……ちゃうんだよなぁ、麻衣を見てると。

「へぇー、そんな子いるんだ」

「うんうん。この学校、校則で髪の毛染めるのとか禁止されてるし、きっと地毛だよ。ハーフかなぁ? 帰国子女かなぁ」

「まぁ、あたしにゃ関係ないわ」

 帰国子女だろうが校則違反だろうが、文字通り今のあたしには何の関係もない。

 麻衣から遅れること数刻、朝の情景を思い出し靴下の裏を確認したくなったあたしは、これ以上髪色の話題が続かないよう早めに切り上げる事にした。

 髪色の事、あんまり話題にしたくないのよ。


「あ、6組の退場、おわったよ?」

 その辺の事情は知っている麻衣、切り上げてくれてありがとう。

 そう言いながら周りをきょろきょろする麻衣。

 1箇所に視点をキープしないカモフラージュを駆使し、視線の主を探しす事も忘れず継続してくれていたのだろう。

「ありがと」

 麻衣の気遣いに、今更ながら素直に感謝する。


 そうつぶやいてあたしは気付いた。

 6組の退場前後で視線を感じなくなっていることに。


「視線、感じなくなった。6組かも」

 あたしは麻衣と同じように左後ろを振り返った。

 退場が終わり誰も居ない座席。確かに視線の方向はこの向きで間違いない。

 既に空席となった6組。


(一体誰があたしを見ていたんだろう……)


「弥生ちゃん、思い当たる節は?」

 入学早々、他のクラスから因縁をつけられるような事はしてない。

「あたしに聞かないでよ」

「やっぱり猛ダッシュ登校かな?」

 因縁はなくても、目立ってはいたね、うん。

 認めざるを得ない事実。

「それとも式の間ずっと寝てたからかな? それとも昇降口の」

「うわあぁぁ! もう言うなあぁぁ!」

 麻衣の口を塞ぎながら絶叫した。



 入学式は終わった。

 と同時に、今日何度目か分からない『あたしの高校生活の終わり』も感じた。


 視線の主が誰だったのかは結局分からなかった。


 けれどあたしにはそんなことよりも、もっと重大な問題がある。


 先生に見つかったかもしれない『式典中の居眠り』。

 多くの生徒にバッチリ見られた『全力疾走での登校シーン』。

 上級生の前で馬鹿娘全開だった『昇降口での出来事』。


 これらの方が『決してお母さんに知られてはいけない』緊急かつ重大な問題。

 まさにトップシークレット。


 初日から3つもトップシークレットを作るなんて、先が思いやられるわ。


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