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15.[1年春/第三戦] 突き放される者

 高坂弥生と沢木瑠璃の、感動的な襷リレー。

「嫌っ! 瑠璃って呼んで!」

 周囲がドン引きするほどに感動的(?)な……。


 その5秒後。

「相沢さんっ! お膳立てはっ……整いっ……っましてよっ!」

 同じく九区中継点で、再び繰り返される感動(?)の襷リレー。

「くーっ! 最高ー! 任しときな、お嬢様ーっ!」


 九区中継点、東美空商店街南口バス停前。

 そこに居た誰もが思った。


(今年の仙女の1年生って、ちょっと……変)

 と。


     * * *


 麻衣は今、あたしの髪を結ってる。

 後ろに束ねてもらい、ストレートにしている髪をポニーに変える。

 あたしが運動するときのスタイル。邪魔なのよね。

 でも切るとお父さんが泣くのよ……お父さんが泣くという事は、高坂家予算編成におけるあたしへの配分がかなり削減されることを意味するわけ。死活問題なのよ!


「弥生ちゃん、出来たよ」

「サンキュー」

 六区で3位まで後退した我らが1組だったが、伏兵たちの活躍は暗い空気を吹き飛ばす。


【3位の溝内が2位を捉えます! 差はなくなりました! 先頭を行く6組と、2位グループの差は20秒、これは分かりません! 七区は混沌としております!】


 ラッキーセブン溝内さんが七区で5組を捉える。


【一度はトップから陥落した1組ですが再び2位まで順位を戻します! この後には九区高坂、そして十区には神園が控えています1組! まだまだ優勝候補であることには変わりありません!】


 田辺さんも溝内さんも、みんなまだ諦めてなかった。

 きっと沢木さんだってそう。だったらあたしだって。


「じゃ、行ってくるよ」

 そう言ってジャージの上下を脱ぎ、荷物と一緒に麻衣に手渡す。

「うん。頑張ってね」

 走るあたしも付き添う麻衣も、既に言葉数が減っていた。

 不必要な干渉をしなくなった。

 いつに無い緊張感が漂っていたからかもしれない。

「弥生ちゃん、私! 今から途中のところまで行って、そこで応援する!」

 でも最後に麻衣は、いつもの微笑みを見せてくれた。

「オーケー! 気をつけてね! あたしも頑張るから!」


【本部ーっ! たすきを受けた直後ですが、胸を弾ませ、胸弾ませて沢木瑠璃が単独2位に浮上! 田中も食らいついていますが沢木が前に出ました!】


 そして八区では悪魔の微笑を携える沢木瑠璃が順位を上げる。

 沢木さんが、恐らくお嬢様田中陽子であろう田中さんを競り落としていた。



 頭の中を真っ白にして中継地点に立つ。


 隣には5組相沢さん。

 相変わらずあたしをじっと睨んでくる。


 けどここは譲れない。

 あたしも睨み返す。


「見てっ! 『弾丸娘』と『戦姫』が睨み合ってるわよ」


【こちら九区中継地点『商店街南口バス停前』、今、5組『弾丸娘』の相沢と、1組『不屈の戦姫』高坂が睨みあっています! 物凄い緊張です。周囲の空気までもが張り詰めています!】


 周りが何か言ってるけど、もうそんなこと考えてる余裕はなかった。



 『亜麻色のそよ風』が作った貯金を再び八区で増やす6組。


 そして先頭を走る6組は、あたしの目の前でたすきを繋いでいった。


 遅れること30秒。


 目の前には、いつもの端正な顔つきをしかめっ面に変えた沢木さん。

 胸を揺らしながら、懸命にあたしにたすきを繋ごうと走る。


「高坂さっ! 1位っ、無理っ、けどっ」


 喋る気力なんてない癖に、あたしとの約束を守れなくて謝る沢木さん。

 見ていて抱きしめたくなるほどに辛そうな顔。


「沢木さん! もう良いからっ!」


 それは健気で……。



「違うっ! 瑠璃よっ!」


 その場の空気が一瞬のうちに凍った。


「嫌っ! 瑠璃って呼んで!」


 相変わらずだった。沢木瑠璃、侮りがたし!


「……瑠璃っ! あとは任せてっ!」


 でもさ、場の勢いなんてこういうもんよね、しっかり瑠璃と呼んでしまうあたし。

「お願いっ!」

 叫び、倒れこみながら、瑠璃があたしにたすきを渡す。


 沢木さんが心配で振り返りそうになるのを堪え、前を向きたすきを肩に通し、あたしは長さを絞って前を見据え足を踏み出した。


【沢木転倒ーっ! しかしたすきは既に繋がっています。1組沢木、懸命の走りで順位を一つ上げ、高坂にたすきを繋ぎました。大健闘です!】


 あれほど顔をしかめ苦しそうにしていたはずの沢木さん、じゃなくて瑠璃が一瞬見せた、すさまじい底力を追い風にして、あたしは目の前の6組へと意識を移した。


【そして5組田中も相沢へとたすきリレー。前を行く高坂との差は5秒! 完全に射程圏内です!】


(大体前とは40秒差ね。やってやるわっ! 麻衣、瑠璃! 見てなさいっ!)



【ただいま先頭を走ります6組松山。40秒ほどの差でたすきを繋ぎ、2位には1組の高坂。『不屈の戦姫』高坂弥生いよいよ登場です!】


(ちょっとちょっと! 何であたしだけ序盤からそんななのよ!)


「弥生ちゃーん、頑張りーよー!」

 普段歩き慣れた商店街を、今日は懸命にひた走る。

「お姉ちゃんガンバレー!」


【流石地元、高坂に大声援が送られます】


 見知った顔のご近所さんが、小さい子からお年寄りまで、みんなあたしの名前を呼んで応援をくれる。


【こちら後方。怖い怖い、陸上部相沢が虎視眈々と、前を行く2人を射程距離におさめ3位追走】

【ただいま手元に入った情報によりますとー、5組相沢は陸上部でも期待のホープ。5組の中でもエースとして期待されている模様です】


(ちょっとっ! 聞いてないわよっ!)


【それは周知の事実ですが、一方の高坂の方も……興味深い情報を得ました】


(ちょっ!? 人のプライバシーを地区放送で垂れ流さないでよっ!)


【何と高坂は科学部最後の1人のようです!】


(そこっ!?)


「「「「おぉーっ!」」」」


(……ここまで驚くって。姫野先生って、科学部で普段何してんのよ!)


【『死神』弓削に『亜麻色のそよ風』橘、そして『不屈の戦姫』の高坂ですか。今年の科学部部員には、なにやら運命的なものを感じますねー】


(作為的なものよ! でなきゃ魔女の悪戯よっ!)


【今日の駅伝で猛威を振るう科学部、いよいよ3人目『不屈の戦姫』のヴェールが剥がされます】


(科学部が駅伝に強い理由を、むしろあたしが教えて欲しいわ!)


 しかしそんな偶然でしかないはずのそれも、3回続けば必然、もしくは運命と呼ばれる。

 そして運の悪いことに科学部3人目のあたしは、よりによって一番それを『必然』『運命』と認めない人物の前を走っているのだった。

「科学部っ、科学部って! どいつもこいつも、ふざけんなーっ!」


(本家陸上部の相沢さんの憤り、あたしも十分に理解しているつもりよ? 陸上部のお株を奪うように、文化系の科学部が活躍してご立腹なんでしょ? わかるわ、わかるわよー。けど科学部がどうのこうの言い出したのって、あたしじゃないんだから、その理不尽をあたしに当たるのは筋違いよっ!)


【本部ー! 3位相沢が前を行く高坂の横に、ぴったり、今ピッタリ並びましたー!】


 並んだと同時に横を向き、あたしを鼻で笑う相沢さん。


【科学部対陸上部! 因縁の対決です! ここ九区に新たなる歴史の一ページが刻まれようとしています!】


(因縁なんてないわよっ! くっ、こうなりゃ科学部の意地、見せてやろうじゃないのよ!)


「絶対っ! 絶対抜かせないっ!」

 離されそうになるのを必死に食いつき、併走に持ち込む。


【しかし高坂も引き下がらない! 両者併走を続けます!】


 併走は二区と三区の中継点まで続いた。

 そしてトップ6組をあっさり抜き去った。6組は一気に3位へ転落していく。


【1km以上併走を続けている相沢と高坂が、今、1位の6組松山を交わします!】

【残り1.5kmほどでしょうか、丁度中間地点。相沢はまだまだ余力十分。高坂も足取りはしっかりしています! これは世紀の一戦となりそうです!】


「まだっ……半分っ、なのっ!?」

 思わず弱音が出たあたし。

「へっ、だらしっ、ねぇっ!」

 言葉どおり余裕が残る相沢さん。



「零夜さんのところまであともうちょっと、頑張って弥生ちゃん!」

「……麻衣っ!」

 あたしが八区の瑠璃が走り出す少し前、先に行って途中で応援するって言っていた麻衣。


(あんた、こんなところまで来てたのね。走ったんでしょ? あんた意外とやるじゃない。駅伝の選手に抜擢するべきだったわ、ごめんね麻衣。走れなかったあんたの分まで、あたしゃやるよ!)


 愛しの麻衣から応援を貰い、もう一度力を振り絞って食らいつこうとしたあたし。

「零夜っ? あぁっ……かみっぞの!」

 その気力を、弾丸娘は一気に奪い去っていく。

「えっ!?」

 神園零夜の名を聞いて、隣を走る相沢さんの醸し出す雰囲気が変わった。

 振り向いて伺ったその顔は、怒りに狂い、明らかに目の色が変わっていた。


「戦姫は! もう済んだっ! あとはっ! 神園ーっ!」

 そう叫んだと同時に彼女は一気にスパートする。

 まだまだ残りは長いはずなのに。


【ここでっ、ここで相沢が前に出たっ! 高坂は離されていくーっ!】


 マイペースを守るべきか、離されないように付いていくべきか。

 ここは地元。中継点までの距離はあたしの方が良く分かる。

 彼女は飛ばしすぎだ。


【一気に差を広げる5組相沢! 2位の高坂はちょっと苦しそうかっ!?】


 見る見る背中が小さくなっていく。マイペースを守り、それを見送ったあたし。

 彼女はどこでバテるだろうか、そんなことを考えていた。

 けど……。

 あの怒り狂う相沢さんの顔が心に引っ掛かる。

 何かと重なる。


 苦痛に顔を歪めながらをあたしへ全てを託した、そう。


(八区。沢木瑠璃の顔!)


 その2つがやがて頭の中で重なる。


(しまったっ!)


 そうだ、相手は陸上部。それも闘争心剥き出し。

 あたしを、零夜を捻り潰すっていう目的と、それを現実のものにする強い意志。

 きっと相沢さんはバテてはくれない。


(あの子は……バテたりしないっ! 沢木さんと一緒だったのよ! )


 背中を追いかけなかった失敗に、そこでようやく気付いた。


 終われる辛さ、追う強さ。

 けどこれは違う。

 追う強さは、追いつけるからこそ強いんだ。

 追いかけても突き放される者には、そんなセオリーなんて通用しない。


【1位相沢と2位高坂の差は、あっという間に15秒に開いています! 相沢、圧倒的! 高坂を突き放しています! これが陸上部の意地だーっ!】


 あたしは『突き放される者』だった。


(そうだ、マイペースで、堅実になんて……)


 前に追いつこうとペースを上げる。

 あたしにとっては明らかにオーバーペース。

 そんなのハナッから分かってる。


「あたしにゃあ! 似合わっ……ないのよっ!」


 半ば全力疾走。

 背中が見えなくなったら、追いつけないと思ったら終わり。


【離される一方だった高坂、ここにきて懸命に前を追っている! 九区に今、大きな、大きなドラマが巻き起ころうとしています!】


 少しでも背中に近づけるように、今は無理しても追いつかなきゃダメ。


(まだよ! まだ終わらせないわよっ!)


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