12.お母さんは知っていた
女子2名に雁字搦めにされたあたし。
それをヒゲの一言が救出して、ホームルームがスタートした。
「まずは、2日目優勝おめでとう。お前ら……最高だよ!」
そう言うヒゲ担任は、ちょっぴり涙を浮かべていた。
「しかしっ! 勝負はこの1日だけではないっ! 分かるなお前ら」
優勝の余韻覚めやらぬ内に次の戦いへ。
クラスに静寂が訪れる。
「明日は真の勝負だ。種目は……」
誰かが息を呑む音まで聞こえる。
「駅伝だ」
「え、えきでん?」
「各クラス代表10名、10区間で行われる駅伝だ」
駅伝なら既にこなした。
たすきじゃなく、卵で。
ついさっき。
料理班3名以外の27人が全員そう思ったろう……。
「ん? どうしたお前ら、何だ? その『またかよ』みたいな顔は」
(やっぱり思うわよね、みんなも)
「まぁいい。今から配るプリントを良ぉく見てくれ」
そこにはさっきまで付箋を貼り付けて睨めっこしていたのとほぼ同じ、東美空町の地図が描かれていた。
一部の道路に太い線がなぞってある。これが駅伝コースなのか。
何だろう、コースを見ただけでその景色が浮かんできてしまう。地元って嫌だね。
「まぁ距離は正確じゃないが、大体の目安だ」
そう言うとヒゲはおもむろに説明を始めた。
「一区、五区、十区は男子。残り7区間は女子。ただし九区だけは他の女子区間より長いぞ。男子は大体3km、女子は1.5kmが目安だ、9区の女子は倍の3kmになるな。まぁ2〜300mは前後するかもしれないが、大体そんなもんだと思ってくれ。」
ヒゲはどんどん続ける。
「既にエントリーは始まっている、期限は明日の11時までだ。慌てて決めなくてもいいぞ。当日の体調を確認して変更出来るところはしたほうが良いだろうしな。何だったらギリギリでも構わんぞ。エントリーを提出する場所は4階の生徒会室だ。選手もそうじゃないやつも集合は11時半に第1グラウンド、全員運動着だぞ。選手にはそこでゼッケンが渡される。一区のスタートは13時だ。大雑把だがルールは以上! 質問はないか!?」
誰も説明に追いつけてない。
と、ヒゲは少し趣を変えた話をし始めた。
「まぁ……見ての通り九区が一番重要だが、九区の前に勝負がついている可能性もある。複数で競って走るのと1人で走るのとはやはり違う。早い段階で勝負がつくと残り区間のモチベーションもガタ落ちだ。だから前半から優勝争いに加われるような布陣が、まぁ俺としては理想だな。惜しみなく神園を一区や五区で利用して、リードを保ちたいところだ。だが逆に言えば、神園抜きでそれが出来ればうちのクラスは確実に1位だろう」
零夜を押し出してリードを作るか、零夜なしでリードを死守し十区零夜で磐石を築くか。
ヒゲの考えることは中々奥が深い。
「それと、これは一区に限らずだが、昼食とスタートがブッキングしてるから、食事の取りすぎで腹を痛めないようにしろ。エントリーする選手はそこら辺気をつけておけ、これは俺からの忠告だ。」
流石は体育教師、さりげなく体調管理の注意点を教えてくれる。
何だかんだでヒゲもクラスの勝利を願う一人。
1組は30人じゃなくて31人、訂正しとかなきゃね。
でも。
「あぁ、明日の午前中、2時限目まで通常の授業だからな。忘れるなよ」
初日はいきなり試験をさせて。
今日の午前中も普通に授業を受けさせて。
明日もギリギリまで授業をするらしい。
「「「「「「えーっ!」」」」」」
そりゃブーイングも出るってもんよ……。
ヒゲが教室を出た後、あたし達は駅伝の走者を決めることにした。
さっきまで食材調達に使っていた地図を広げる。
そこには、まだ付箋が貼り付けられたままだった。
麻衣と零夜、沢木さんは「これなに?」と周りに聞いている。
あたしはこの付箋だらけの地図に、何とも言えない、狂おしいくらいの愛しさを感じた。
(これのお陰で、優勝できたんだよねぇ……)
それは両隣に立つ村松くんや佐々岡さんも同じだったようで、顔を見合わせ3人で軽く笑みを交わす。
そして名残惜しみながら付箋を剥がし、余計な物が無くなった地図に、今度はマーカーで色づける。
「今日も明日も……か。この地図にはお世話になりっぱなしだねぇ。感慨深いよあたしゃ」
「戦姫が頼りにする地図か、プレミアがつくぞ」
村松くんはそう言って笑った。
「じゃあ、高坂さん。コースの解説をお願いね」
佐々岡さんに言われ、あたしは区間の説明をはじめた。
「一区は男子で約3km、町外からバスで来てる子ならみんな通ってる通学路、国道沿いよ。役場支所の前が2区との中継点ね。華の一区、ってとこじゃない?」
比較的沿道沿いを走るコース、学校からも近いから、もしかすると上級生の観客なんかも多いかもしれない。でなくても男子区間。黄色い声援は免れまい。
「二区と三区がここ。ほぼ全域が商店街よ、ここも人が多くて声援が熱そうね」
商店街は普段からそれなりに人がいるエリア。ここも応援が盛んだろうなぁ。
そしてあたしから麻衣へ、解説者が変わる。
「四区は商店街の南口から東美空中に向かいます。東美空中のちょっと奥で五区とリレー」
南口から先はちょっと人が少なくなるけど、五区以降よりはマシ。
「そこから大きく南に迂回して完全に山の中が五区です。人があんまり居ない町道ですね。ついこのあいだ舗装されたって聞きました」
「え? マジ?」
初耳だった、あの山道を舗装だなんて、聞いてないわよ。
「弥生ちゃん、知らなかったんだ……」
「あー、だからバスが遅れなくなったんだ。どーりであんな山道を走らせるわけよね」
町内循環バスって、いっつも営林所辺りで遅延してたんだよなぁ、あの山道がネックだったんだけど。なるほど、最近の正常運行はこういうカラクリだったのか。
「説明、続けて良い……?」
「あ、ごめん!」
そんなあたしに呆れつつ麻衣は続ける。
「えっとぉ、六区は営林所がスタートでちょっと下りになります。五区と同じで舗装されたばっかりの道なので走りやすいはずですよ」
そして零夜にバトンタッチ。
「七区は東美空小から集会所まで。見通しの良い直線道路が続くよ」
見通しが良い直線、後を追う人は背中が見えるから……きっと頑張れるわね。
「ヒゲの言う事を鵜呑みにするなら、この区間って意外と重要じゃない?」
「なら高坂が走るか?」
「ジョーダン!」
笑いながら言った野元をピシャリと抑えるあたし。
「区間云々より、走る気すらないわよ」
「弥生……続けていいね? 八区でそこから商店街の方へ向かうコース。途中から四区を逆走する形で商店街南口まで。あとは往路の一区、二区、三区を逆走だよ」
復路をもう一度、あたしが繰り返す。
「九区はさっき言ったとおり二区と三区を跨いで逆走。商店街を南口から役場通り経由で貫通ね。女子最長区間ってだけあって、かなり厳しいわ。十区は一区の復路、時間的に見て沿道も校内も上級生のお姉さんがきっと応援してるわよ」
説明を終えるとあたし達は3人は一歩下がり、みんなに地図を見てもらう。
見た感じだとそれぞれの区間は決して長くはない。
あたしや麻衣や零夜、地元っ子はそう思える。
けど他の町から来てるみんなはやっぱり不安を隠せないみたいだった。
「とにかく神園は決定だよな! な!」
押し付けるように野元が言う。
「谷川さんと平野さんも決定よね? ね?」
「野元! あなた出なさいよ! 女子の命令だからね!」
他薦で選手候補が決まっていく。
みんな自分が走らなくて済むよう必死だ。
推薦された方は、冗談じゃない! みたいな顔で首を振ってるけど。
「それじゃ残り1人の男子は俺が出るよ。昨日はクラス委員で教室指示だったし申し訳なくて」
責任感の強い村松くん。
(でもあんた今のところ唯一の立候補なんだけど、そこちゃんと分かってる? 残り1人っつっても、男子はまだ1人も『正式には』決まってないのよ?)
零夜は陸上部だから拒否権はないらしいし、自分でも納得してるみたいに見える。
野元は女子への拒否権が認められてないので論外。
決まったって言えばそうなのかもしれない。
「弥生ちゃんは出ないの?」
突然麻衣があたしに振ってきた。
「はぁっ!? 何が嬉しくて地元を走んなきゃいけないのよ。まがり間違っても商店街なんて走ったら、ご近所さんから何言われるか分かったもんじゃないわ!」
「でも私思うんだけど、今のうちに走るって言っておかないと……後悔すると思うよ?」
「後悔? しないしない。走って後悔することはあってもね」
そんな会話を交わしているうちに、出場選手がある程度決まったようだ。
男子は零夜と村松くん、そして未だに救世主になれない馬鹿カテゴリーの野元。
女子は勝利の女神、谷川さん。
そしてその女神にバトンを渡した平野さん。
クラス委員長という立場が災いした佐々岡さん。
谷川さんの推薦で溝内さんという女子も加わり、この時点で7名が決定した。
まだ走る区間は決まってないみたい。
「残りは明日のショトホが始まる前と、2限が終わってからの30分で決めよう。それじゃ、バスもなくなるし今日は解散だ」
流石クラス委員長、しっかりバスの時間を気にしていた。
あたしには出来ない気遣いだね。
* * *
翌日、第三戦。
天気は朝から快晴。
良い駅伝日和、だと思う。
「それじゃ、行ってきまーす」
「弥生ーっ! 頑張んなさーい!」
お母さんは分かってるんだろうか、娘が駅伝走者じゃないって事を。
「あーい!」
説明するのも面倒で、適当に返事をして家を出たあたし。
誰の応援に行こうかな、なんて考えてたあたし。
或いは、母は分かっていたのかもしれない。
あたしも知らない、この、凄くベタな展開を。
「おっはよー」
「おはよーう」
麻衣と零夜とあたし、いつもの3人がいつものように教室に入ってきた。
はずだった。
けど、あたし達3人を見た佐々岡さんは、猛然と傍まで駆け寄ってきた。
「女子が決まらないのよおぉー!」
あたしと麻衣を見るや否や、藁をもすがるように出場を依頼する佐々岡さん。
当然、全力で断る麻衣とあたし。
しかし譲らない佐々岡さんは、強気に出れない麻衣をターゲットに決めると、周りも引くほどの集中攻撃を開始した。
彼女は忘れてしまったのだろうか、麻衣の運動オンチに。
「佐々岡さん。麻衣が出るって事は、うちのクラスは駅伝を棄権するってことよ?」
声を潜めて佐々岡さんに忠告する。
「え? 高坂さんそれ……どういう」
「麻衣が駅伝なんて走れるわけないじゃないの。歩けても、走るのは無理よ、病気でも何でもないけど。麻衣はそういう子なのよ。悪い事は言わないわ、麻衣は応援にしてあげて? 麻衣のためじゃなくて1組のためにも。引いては仙里高校のためにも」
しかし佐々岡さんの攻撃に、麻衣はすっかりやる気になっていた。
「負けても良いなら、私出ますよっ!」
佐々岡さんを除く女子全員に緊張が走る!
「誰か、麻衣を止めてっ!」
理由を熟知するクラス中の女子から必死の説得を受け、麻衣は出場を断念した。
これが本来あるべき姿よ、幅跳びが砂場に届かない麻衣がクラスを代表して駅伝に出るだなんて、ありえないわ。まずはもう少しレベルの穏やかなところから始めるべき、そうね、坂上がりとか……跳び箱とか……縄跳びとか。
「じゃぁ……私の代わりに弥生ちゃんが」
「ちょっ! 誰か麻衣を止めてっ!」
しかし1度目と違い、クラスのみんなは動かなかった。むしろあたしをギラついた目で見ている。
「高坂さん、そういえば結構運動神経良いわよね?」
「え、えっとー。どうだった、かなぁ……」
この展開、かなり嫌な予感がする。
「弥生ちゃんは凄く運動出来るよ。中学校の時だって」
「ちょっと麻衣! あんた裏切る気!?」
あろうことか零夜までもが、
「でも僕も国崎さんに同意するよ。弥生は走りが速いじゃないか。小学校の6年までは僕より速かったくらいだし。中学の時も確か」
「こら零夜っ! あんたまで裏切るわけっ!?」
きっとお母さんはこの展開を読み切っていたんだろう。
「じゃー8人目は高坂さんで決定だねー」
谷川さんの一声に、クラスのみんなが大きく頷く。
最近叫んでばっかりのあたし。
でも今日も叫ばずにいられない。
「い、いやあぁぁあぁぁ!」
馬鹿娘が唯一他人に誇れる事。
運動神経。
それを知っていたお母さん。
こうなる事を予測して、今朝娘に声をかけたのだろうお母さん。
やっぱり母は偉大だった。




