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11.[1年春/第二戦] 戦姫の不屈たる所以

 学食での料理試食は、校内放送を使い全校生徒に伝えられる。


 あたし達はそれを教室で静かに聴いていた。



 流石にクラスの代表3名、他のクラスもかなりのものだったらしく、どの試食でも審査員の評価は軒並み高かった。

 東美空の食材を使ってるんだから当たり前よね。うちのクラスにとっては嬉しくないけど。

 けど、きっと麻衣なら大丈夫、沢木さんも名誉を挽回してくれるはず。

 零夜だって……零夜って何したんだろ。



「それでは最後に、1組です」

 どこかで聞いた事のあるような声。

 司会進行は上級生のお姉さんだったはず。

 あたしに上級生の知り合いは居ないんだけど……。


「ご飯、トマトのお味噌汁、チキンカツフライのオニオンソース掛け、出汁巻き、サラダの半熟卵乗せ、以上の5品です」


 ご飯とお味噌汁以外は卵を使う料理。

 卵がなかったらと思うとゾッとする。



 結果だけ言うと……審査員の評価はかなり高かった、と思う。

 中には夢中で食べてしまい、周りから窘められる人が居たくらいだった。

 贔屓目に見ても、麻衣たちが作った料理は他のクラスに引けを取ってないはず。


 そんな試食放送の一言一言に喜びを隠せないあたしを、クラスメイトはニヤニヤとした顔で見つめていた。

「な……っ、なによ!?」

 右隣の席に座っていた野元が、机に両肘をつき頭を支えながらボソッと言った。

「『不屈の戦姫』か、上手いこと言うよなぁ……ってな」

「それ、どういう意味よ?」

「だってオレなら諦めてたからなぁ。なぁ、一太ならどうしてたぁ?」

 そう言って村松くんの方を見た。


 村松くんは一太と言う名前だったのか。今知った。

「俺も最初は諦めたさ。卵って聞いて、もしやとは思ったけど、高坂なら他に卵を手配できる場所を知ってるのかと思ってな。それでなくても徳森さんって1回目の卵調達でもかなり難航したんだ。でも高坂は諦めないし、俺に何が出来るって考えたら、あーなってたよ。それに、高坂のナビ見てるうちにさ、何とかなるんじゃねーかって思ったんだ」


「だろ? しかもあの徳森翁をまさかの泣き落としだぜ?」

「高坂さんは覚えてないでしょうけど『お爺ちゃん助けてっ!』って叫んでたわよ?」

「え……マジで?」

「そんなこと言われたら、男の人なんて大抵落ちますよ」

「でなくてもさー東美空じゃー、高坂弥生の名前は有名みたいだしねー」


 若干聞き捨てならない発言もあったけど、褒められてるような気がするのでここは我慢しておこう。


「皆さん言ってました。他のクラスの人と違って、君たちは食べ物を大事にしてくれそうだ、って」

「弥生ちゃんなら、高坂んところの娘なら、ってみんな言ってたわ」


(あたしは東美空のみんなに、愛されてるのかなぁ……)

(そうだといいな)


「『東美空をこよなく愛する高坂』の勝利だな」


 愛されてるのかどうかは分かんない、けど確かにそうだ。


(あたしは東美空が好き、東美空を愛してる)


「でも、まだ……」

 結果は発表されていない。

 そう思いあたしは言おうとした、けどすぐに遮られる。

「決まってたのよ、卵が届いた時点でねー。私たちの料理にはー、なんたって高坂直伝『東美空愛』がぎーっしり詰まってるの! 負けるわけないってー!」

 女神は相変わらずの強気だった。


「では、これより採点に入ります。10分ほどお待ちください」



(負けるわけがない)

(勝つって決まってた)


 と、口では言ってもやっぱりみんな心配なのだ。

 祈るような気持ちはみんな一緒、だから教室を静寂が包み込んだ。


 それは他所のクラスも同じなんだろう、廊下にも騒がしさなど微塵も感じられない。

 1年生の調達班はどこのクラスかどうかなんて関係なく、みんな不安なんだろう。

 実際に料理を作っていたら、自分たちの手応えがどれくらいか分かる。

 けどあたし達にはその手応えがない。だからどうしても不安になってしまう。


「大丈夫よ。国崎さんも沢木さんも、神園君も」

 祈るように目を瞑っていたあたしに、佐々岡さんは優しく声をかけてきた。

「そう、だよね……」

 少ない言葉を交わし、再び教室は静寂に包まれた。


 10分とはこれほど長かったのか。

 そう思い始めたころ、再び校内放送のチャイムがなった。


 いよいよだ!


「お待たせいたしました。では、先に総括から入らせていただきます」

「ちょっ! ちょっと! 10分も待たせて更に引っ張るつもりなわけ!?」

 息を荒めてスピーカーに叫ぶあたしを、隣の野元が窘める。

「えーっ、まずー、1年生の皆さん大変ご苦労様でした。現在のところ仙里高校に苦情の電話は掛かってきておりません。これも皆さんが住民の皆さんに誠意を持って交渉にあたったからだと思います。食材を自分達で調達するというのはー」

 そして校長の話が始まる。長いわ!

「ですので、勝敗関係なく、東美空の町民の方々には感謝の気持ちを忘れずにいてください」


(……対決開始早々に、あたしも同じような事言ったんだっけなぁ)


 などと考えていると、クラス全員があたしを見ていた。

 ニヤッとしながら。

「だってさ? 高坂」

「ですってよ? 高坂さん」

 明らかにからかわれているあたし。

「まー私たちはー、そんなこと言われるまでもなくー、東美空を愛して止まないから、心配ないわねー!」

 裏を返せば、あたしがみんなに東美空愛を説いてたってこと。

 そんな恥ずかしさを振り払うように、あたしはみんなに向け怒鳴った。

「はいはいっ! 黙って放送聞くっ!」

 みんなが再び放送に耳を傾けたとき、ようやくお目当ての順位発表となった。


「上位2クラスは非常に接戦となりました」

(接戦!?)

「では1位から発表します。総合得点49点。ほぼパーフェクト。第1位は」

(お願い! あれだけやったんだもの、負けるわけにはいかないのよ! あと、徳森のお爺ちゃんとも約束したのよ!)


「1年……」


 やや間を持たせる勿体ぶったこの時間が恨めしい。


(いちくみ、って言ってっ!)


 そしてお姉さんは言った。


「1組です!」


 1組優勝の声に「キャー」「ワー」だの「ウォー」だの、色んな歓喜の声が教室一杯に響き渡る。


(優勝だ!)


 途中ずっと、負けるはずがない、勝てるんだろうか、色んな気持ちが渦巻いていた。

 それが一気に吹き飛んでいく。


「1組の評価ですが、一言で言うと……」


 再び解説は校長、今までハゲとか何とか散々な事を言ってきたけれど、今日のハゲは一味違った。

 だから放送が続くと、クラスはまた静けさを取り戻しはじめる。


「えー、驚きました」

 その言葉に全員で顔を見合わせる。


「我先に学校を飛び出していく他の5クラスを余所に、ただ1クラス、事細かに調理班と打ち合わせをしていたのが、1組でした。勿論味の点では他のクラスも、1組に勝るとも劣らない物がたくさんありました。ですがその打ち合わせが大きかったのでしょう、他の5クラスと違い何というか、絶妙な統一感が料理の中にありました。奇抜な中に計画性がある。驚きでした」


 見合わせた顔に浮かぶ表情は、勿論『してやったり!』に決まってる!


「『貰える食材を片っ端から集め』『そこから料理を作る』ではなく『必要な食材を集め』『計画通りに料理を作る』。他のクラスにはないものを料理に感じましたね。調理班だけでなく調達班の活躍、審査員は高く評価しました。まさに一丸となって優勝を勝ち取った1組の皆さん、おめでとう!」


「ちゃんと、私たちも評価されました、ね」

 本田さんはあたしの前に立ち、眼鏡の奥を涙で潤ませながら言った。


「続きまして2位は4組、総合得点47点」

 順位と得点を上級生のお姉さんであろう人が告げ、解説は校長。

「4組の料理の味は、優勝した1組とはほぼ互角でしょうし、センスはむしろ4組の方が上だったように思います」


(驚いた。麻衣を越える料理上手が居たなんて……)


「しかし、やはりこの『食材を調達してそこから作る』というのがネックになったのでしょうか、一品一品に素晴らしさがあっても、そこに統一感がなかった。これが1組との差だったと思います。」

 もし4組があたし達と同じような作戦を取っていたら……勝てたかどうか分からない。


「3位は41点の5組」

「その、何と言いますか、冷蔵庫にあった残りの野菜を全て使おうとした。みたいな感じですか。貰ってきた食材を使い切ろうという意思を、どうしてもそこに感じられてしまうのです」


(やっぱり行き当たりばったりに貰いに行くとそうなっちゃうよね……)


「4位は、2組の37点」

「八品という数は良かったですが……いえ、多すぎるのも何ですね」

「5位は、6組の36点」

「こちらは逆に二品でしたか。苦しんだ姿は眼に浮かぶのですが」

「6位は、3組で35点でした」

「牛肉は入手手段がルール違反だったので、採点から除外させていただきました。次は反則で失格ですよ、ルールを守るように」



「では、第3戦はこれから行われるホームルームにて担任の先生より詳細を発表いたしますので、1年生はもうしばらく教室に待機していてください。皆さんお疲れ様でした」



 放送が終わると同時に、料理班の3人が帰ってきた。

 3人とも疲れ切った表情。

 そりゃそうよ。15分で急いで仕上げに取り掛かったんだもの。


 けれどその顔には笑みが溢れていた。


「頑張ったわね、麻衣」

 愛しの麻衣に声を掛ける。麻衣は目を潤ませていた。


(さぁこの胸に飛び込んでおいで!)


 とかなんとか考えてるあたしに飛び込んできたのは、麻衣、じゃなくて沢木さんだった。

 泣きながら飛び込んできた沢木さんは、もうそれはそれは、あたしの胴をへし折らんが勢いで背中に腕を回し、抱きしめながら締め付ける。


「いっ!? 痛い痛い痛い!」

「ありがとう! ありがとう高坂さん!」

 感謝の言葉とは裏腹な、あたしのボディへの攻撃。

「ちょっ! ちょっと! 何、何よ、どうしたのよ沢木さん」

 予想外の展開に戸惑うあたし。


「卵、諦めてたわ。でも、貴女は言ったとおりちゃんと届けてくた。嬉しかった! ホントにありがとう!」


(まだ、気にしていたんだ)


 急に愛おしい存在に思えてきた沢木さんの背中に、そっと手を回してあたしは言った。

「だーかーらー! お礼はみんなに! って、言ったじゃん!」

 と、痛みに耐えながら……痛いのよホントに。

「えぇ、そうね。でも最初に貴女に、私も理由なんて分からないわ。だけど貴女に最初にお礼を言いたかったのよ!」

 そう言い再び腕に力を込める沢木さん。

 言ってる事が真剣なだけに強く拒めない。

 そんなに力が強いようには見えないんだけど、何故か胸の周りに物凄い圧迫を感じるし。


「分かった、分かったから! 痛いっ! 痛いって沢木さん!」


 周りのみんなはそれを温かい眼で見ている。


 むしろ生暖かい目で。


「弥生ちゃーん!」

 正面をほぼ沢木さんに固められていたあたしに、左から首の上辺りに猛然と突っ込んできたのは、今度こそ愛しの麻衣だった。

「ちょっ! 麻衣も!?」

 けど今の麻衣は『愛しの』と言うよりは、沢木さんとのコンビネーションであたしを追い込む『恐怖の』存在だった。


「弥生、徳森の御爺さんとの約束、守れたよ。お疲れ様」

 零夜もあたしに声を掛けてきた。流石に抱きついてはこなかったけど。

「あんたも料理班で頑張ったね。零夜もお疲れさん。ありがと」

 言葉を交わすあたし達。佐々岡さんは嬉しそうな悲しそうな顔をしていた。


(苦労……しそうだなぁ、高校でも)


 そんなあたしを余所に、沢木さんと麻衣の凶悪コンビはあたしを完全に締め上げる。

「高坂さんっ!」

「弥生ちゃん!」


(意図的でしょこれ! 少なくとも麻衣は明らかに遊んでるわっ!)


 ちょっとキツイ目で睨んでみるけど、麻衣は一歩も引かない。


 沢木さんに至っては明らかに悪戯っ子の笑みだ。


「痛い痛い痛いっ!、死ぬ死ぬ! ちょっと、誰かっ! 誰か助けてよーっ!」


 あははははは、とクラス中に笑い声が響き渡る。

 胸や首に巻きつく麻衣と沢木さんの腕の力は予想以上に強い。


 その痛みを堪えながらも、あたしは達成感に包まれた。

 とはいえ、痛いものは痛い……。


(そろそろ、死ぬ、かも)


「あー、感動のワンシーンを遮るようで申し訳ないがー」

 そこに救いの神が現れた!


「ホームルームを始めたいんで……そろそろ席に戻ってくれんかー」


 とりあえずヒゲの助けで、あたしは絡みつく痛みから解放される。



 名残惜しそうにあたしから離れる沢木さんの顔は、妙に乙女チックだった。


 何故だろうか。

 沢木さんの笑顔に、背中を走る悪寒はやけに強く感じた。


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