65話 断絶の足音
千尋と彼女に追い付いた紗奈が《月宮亭》に着くと、通りにシュリカと手伝いに出ていたミリアが待っていた。
「チヒロさん、サナさん、お疲れ様でした」
「チヒロさん、サナさん、お帰りなさい」
千尋と紗奈は二人に出迎えられ、手を振り応えた。
「どうしたんですか?」
「あたし達に用事? シュリカさん組合の制服だし」
彼女はきちんと公私を別ける。故に制服姿のシュリカが《月宮亭》に入らず、外でミリアが対応していたのは、お互い仕事として対応していた為だ。
通りの掃き掃除をしていたミリアに、シュリカが声を掛けて来たのだ。
『チヒロさん達は戻ってきていますか?』
『いえ、まだですよ? 中でまちます?』
『いえ、仕事中ですので、伝言をお願いできますか?』
『はい、承りました』
そう会話を交わしている処に千尋と紗奈が帰って来たという訳だ。
「ええ。貴女達お二人にも同行をお願いしたいのですが、この度此方に伺ったのはショーマ様及びイッセー様の両名に組合迄、出頭して頂きます。此れは組合長ガーリッツの命令ですので、任意では無く、強制ですので拒まれた場合、追討対象に成ってしまいますのでご注意下さいませ」
形式的に礼をし、顔を上げると、その視線は千尋達を通り越し厳しさを持って見据えている。
千尋と紗奈が、その視線の先を追うと翔真と一誠が居た。
翔真達もシュリカの姿を捉えた様で、喜び勇み駆けてくる。
シュリカも営業笑顔で一礼する。
だが、その瞳は冷たい。
千尋と紗奈は顔を見合わせる。彼等は一体何を犯したのだろうと。
「やあ、シュリカさん」
「シュリカさん、こんな時関に珍しいッスね」
シュリカの様子を顧みず、翔真は爽やかに、一誠は鼻息荒く、嬉しそうに話しかける。
「はい、そうですね……、此方には御二様を御迎えに参りました」
「そうなんですか? 分かりました、お世話になっているシュリカさんの為です。俺は行きます」
「俺もですっ!」
翔真達は内容も聞かず、安請け合いをする。
そして、シュリカは二人の性格―― 美人、美少女に格好良い処を見せれば、女の子は堕ちるという魂胆を把握して、態と召喚理由を告げずに連行する事に成功する。
此処は《月宮亭》の前、それにミリアも居るのだ、手荒な事に成って迷惑や怪我を負わせては冒険者組合の受付嬢としては失格だ。
「では、参りましょうか。セフィーリア様、クレア様も既にお目見えになり、お二人様をお待ちしておりますので」
シュリカがミリアに「では、失礼します」と声を掛け、踵を返し、翔真と一誠を誘い歩き出す。
千尋と紗奈は三人の後に続く。
町は夕飯の買い出しをする人達、家路につく人達、子供達は明日の約束をして、じゃあなー、また明日ーっ、と別れ、家まで走って帰る。
早朝から活動する冒険者は宿へと戻り、夜間に活動する冒険者は夜戦用の装備を纏い、町の外にいく。
町の中で働く人達は酒場に拠り、エールや果実酒を飲み酒のつまみを食べるのだろう。
そんな活気に溢れた夕時の町を千尋は暗澹たる思いで歩いていた。
(セフィーリアとクレア迄、既に呼び出されている……。勇者として……では、無いわよね。実力が評判通りでは無い事はバレているのだし……)
千尋が翔真達の無自覚さに多少苛立ちながらも冷静に考え込んでいると、紗奈が小声で話し掛けた。
「強制召喚なんて、何だか、犯罪者みたい……」
「まるでじゃないでしょ? セフィーリアとクレアも居るのよ? 呼び出しも、組合長直々の強制力を持った物なのよ? 重大な事態になる様な事を起こした、か、若しくは既に手遅れな事態が起きてしまったか、のどちらかでしょ……。そして、その事態には二人が大きく関わっている、というか犯人そのものがあの二人。良くて投獄か遠島、最悪、打ち首、獄門……」
「う、打ち首、獄門!? まさかっ!!」
紗奈は思いも掛けない千尋の見解に思わず声を上げてしまう。
紗奈の声に前を行く三人が振り返り、翔真が「どうしたんだ?」と問うてきた。
「何でもない、時代劇の話」
千尋が大河ドラマを観ているのを知っているからだろう、翔真は成る程と納得を示すのを千尋は確めた。
このスティンカーリンでも吟遊詩人が古い歴史を語り歌う【九曜の戦女神】や、最近では悪貴族と彼が従える僕と魔人から少女を救うという【夜明けの勇者と氷結華の戦女神】等と謳われている二人の噺―― 【朝焼けの氷光】が流行っている。
そう、何も成せていない、肩書きだけの名ばかり勇者の自分達とは違い、このスティンカーリンの勇者は彼等なのだから。
(それでも最近は、私も信頼されてきた……。紗奈だって、冒険者組合の戦闘講習に通い、成果を上げてきている……。それなのに翔真達の考え違いのせいで台無しになってしまうの……?)
「……千尋」
「……セフィーリアとクレアは助かるだろうけど、人目が付かない場所での軟禁、しかも彼女達は私達を喚んだ張本人……。何時何処で暗殺されてもおかしくない」
紗奈が息を呑む。
「で、でも……、だって……」
「でもも、だっても無いでしょ? 王家に泥を塗った二人と戦の役にも立たなかった駒なんて、暗殺偽造の為に死んで戦の火種役しか残ってないじゃない」
「ぁ……、そんな……」
千尋は紗奈の肩に手を置き、諦めた様に言った。
「漸く、千羽君の言った事が理解出来た? ゲームの様にセーブ地点からのやり直しも、気に入らないからとリセットも出来ない、ゲームとは違うって解った?」
千尋の指摘に紗奈は恐怖と慚愧の念に囚われる。
紗奈だって翔真の悪癖や、一誠の実力の伴わない口先だけのお調子者だと解っては居た。それでも、幼馴染み同士、お互いに頼り無い処や苦手な事はカバーしあってきた……筈だった。
一番最初に翔真に見切りを付けて、幼馴染みの輪から外れたのは雪城 詩音だった。
翔真は、詩音の事を見詰めていた。だから、紗奈は翔真から離れた詩音の裏切りの様に思えて彼女を許せなかった。
千尋の視線が誰を追っているのか解っていた。だけど、幼馴染みグループの輪がこれ以上壊れるのが嫌で、千尋と彼女を想っている一誠をくっ付けようとしたが、王宮の謁見の間での一件以来、千尋は紗奈達から一線を引いていた。
翔真達だけが悪い訳じゃない。紗奈達も彼等の悪癖には諦め、苦笑で誤魔化し、此処まで来てしまった。
千尋がこの世界に来て、口煩く、怒りやすくなったのを彼等は、全く理解せず、彼女の心を慮る事無く、不安で心の均衡を崩しているせいだとしか捉えておらず、勘違いからの、「大丈夫」何て言う曖昧で、無責任な励ましをして、千尋を更に怒らせる、そんな事態が続いて来た。
紗奈は千尋を見るが、申し訳無くなり、また俯く。
千尋は然り気無く紗奈を見て思う。
(……紗奈の翔真を想う気持ちは正直な処、武士の情け的なものじゃないかしら……、私と一誠をくっ付けようとするのも……。”この男には、私が居ないとダメなの”的な……)
千尋も理解していた、紗奈の想いや翔真達のせいだけでも無い事くらいは……。
だから、嗜めても来た、叱ってきたりもしたが限界だった。
(どんなに伝えようとしても、暖簾に腕押し、伝わらない事に胸が苦しくて、その痛みで涙を流すのは、もう終わりにしたい……。辛すぎる……)
千尋は目を伏せた。
千尋と紗奈が各々思い悩んでいる頃、シュリカは営業会話で翔真と一誠に対応していた。
千尋達は冒険者組合に付き、従業員専用の裏口から中に招き入れられ、組合長室に通される。
そこで千尋達が来るのを待っていたセフィーリアとクレアと共に、ガーリッツから翔真達の過ちを聞かされる事になった――――




