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必勝の聖眼の神殺しと戦女神  作者: 暁 白花
ショートストーリー
8/301

欲しかったもの

 引き籠もっている私室のドア越しに、総司の「逃げても良いんだよ」という声に、私は顔を上げる。


「勇気がいる決断だ。負けを認めてしまうことになる。勝ち戦を逃すことになる。二度とチャンスが訪れないかもしれない」


 だから、どうしていいのかわからない。痛いのも嫌だ。総司とか千尋は庇ってくれたり止めてくれるけど、心はやっぱり痛い。二人にも被害は絶対に行っている筈なんだから。


「リセットなんてゲームのように簡単じゃない」


 その通りだ。トライ&エラーなんて出来っこない。


「人間一度死んだら終わりだ」


 Re.スタートなんて死に戻りなんて出来ない。


「だけど、状況が敗戦濃厚、負けが決まってしまったなら逃げた方が良い。勝ちなんていう一瞬のロマン、美酒英雄譚より、生きる為に逃げた方が良い。命の方が大切だ」


「でも逃げるのは恥だよ」


 久しぶりに声を誰かに向けて発した。


「一瞬だよ」


「え?」


「世間だって暇じゃない。一時は『雪城さんのお嬢さん、ずっと引き籠もっているんですって』って噂されても、そういう人たちって直ぐに新しい噂の噺の種を見つけてくる。それを見つけるのに忙しかったり、パートでのストレスだったり家庭のストレスで忙しくて、詩音の引き篭もりなんて直ぐにどうでもいい事柄になる」


 辛辣ぅ〜。


「クラスの連中だって同じ、詩音を虐めていた奴も、詩音を助けなかった教師も同じ。だって俺、幼稚園とか今までの学年でクラスメイトの顔と名前忘れてるし」


「え?」


「そんなものじゃない。本当の親友ならクラスが別になっても親友だけど、一時期同じ空間にいただけの連中はそんなものだよ」


 ん? あれ? 言われてみれば朧気だ!? こんな子居たなってくらいにしか思い出せない。名前も三人くらいにしか出て来ない!? 


「長い人生なら余計にね。幼馴染みだっていつかは疎遠になる」


「えっ!!」


 総司の言葉に動揺が奔った。酷く狼狽えて、慌ててベッドから降りて総司を捕まえてなきゃって思ったら、夏布団が足に絡んで転けた。


 床に特大クッションとか抱きまくら置いてて良かった。


「ま、待って何処にも行かないで、私を置いていかないで、独りにしないで……」


「お隣さんで幼馴染みだしね。さっきも言ったけどさ、別にクラスに思い入れなんて無いし、学校には卒業資格取りに言ってるだけだから学生の青春なんて求めて無いから、詩音と遊ぶ時間はあるよ」


 その言葉にホッとする。


「逃げても良いけど、詩音、勉強してる? 一応ノートとかプリントとか持ってきてるけど」


「う、うん。解りやすい説明もありがとう」


「うん、だってさ基本が解らないと独りで勉強出来ないでしょ。参考書だって基本が理解出来て初めて役に立つ」


 うん。


「引き篭もるなら先を見据えて引き籠もら無いと」


 どういうことよ?


「高校とか大学の検定試験とか認定試験だっけ、アレって普通に受験するより難しいし、卒業の認定とか難しそうだよ?」


 そう……だよね。普通とは違うんだから。普通でも難しそうなのに。


「それに、就職は?」


「どうしたの?」


「俺は逃げても良いって思ってるし、生き残るため、明日を掴むために逃げるべきだと思ってる。だけど、逃げたそのツケは必ず帰ってくる。親も詩音を虐めてた奴、無視したクラス、教師、学校も責任を取らないからね」


「じゃあ、逃げろって言う総司は責任取れるの」


 意地悪く挑発するような返しをしてしまう。この返しが私を悶絶させることになるとは露知らずに。


「取れるよ」


 不意に総司の真剣な声にドキリとした。


「どう……やってよ」


「一緒に暮せば良いよ。家事とかは二人で協力すれば良いし、うん、まぁ俺が生きてる限り詩音と二人で生活するくらいは、余裕だよ」


 ふぇっ!? そそそれって、つまりは結婚してってこと!? 総司のお嫁さん!? 奥さん!? 妻!? 


 新婚生活を想像して悶る。顔が熱い!! 絶対に真っ赤だ!! 嫌じゃない!! だって好きなんだから!!


 その数日後に夏休みになった。そして先生たちが揃って謝りに来た。あの日、私に暴力を振るった男子たちは転校して行ったと言われた。


 それを総司に話すと――


「因果応報。当然の報いだね。信用を無くす、悪い噂が立つのは迷惑だと切り捨てられる。その責任を叱責される。崩壊が待っている」


「そんなに大袈裟に――」


「成るんだよ。成ってしまう。それは詩音の所為では決して無い。彼らが選んだ選択みちの末なんだよ」


 他所のお山に行って同じように振る舞えるかな、と総司は呟いた。

 

 中学3年になった。相変わらず氷鏡たちはウザ絡みしてくるし、何やら千尋がライバルになりそうな感じだけど、概ね平和だ。私を無視してた子たちは、総司の言っていた通りそれを忘れたかのようだ。


 ただ、一度だけ私を虐めていた男子がお友達に周りを固められて身体を縮こまらせて居るのを見た。自信過剰な彼の態度と表情は失われていた。表情が死んでいた。


 総司の言っていた通り、他所のお山ではボスにはなれなかったみたいだ。


「庇ってくれるバックが居ないんだから当然の結果だね」


 総司も気付いたようだ。


「何があっても親に言えば何とかなる、なった筈で、だからこそあの時、親が出てきたけど子の言い分が全て嘘、恥を子にかかされたのだから信用はゼロ。狼少年は信じて貰えない」


「イジメられてるって訴えたんだ」


「だろうね。だけど一度加害者なのに被害者面した前科があるから、自分で解決しなさいってことだろう。イジメなんて存在しない。みんな仲良し。仲間内でのいつもの巫山戯あい、だ。そのツケを払えるのは本人だけだよ」


 何も無かったかのように、お天道様の下で新たな生活なんて出来ない。それこそ顔を変え、名を捨てない限りは、コソコソと隠れながら生きていくしかない、と総司は言うけれど、中には堂々と幸せを謳歌するものもいる筈。そう返す。


「まぁね。だから詩音には外に出て欲しかった。誘ったんだ。学校なんて行かなくても高卒、大卒の資格を得る

方法はあった」


「だけどお金が無いと生きていけない。ネットで投資とかあるけど、それだって気軽に出来ない。簡単はウソ」


 詩音が引き籠もってる間に他の連中は遊んだりしてる。悔しくない? 引き籠もって鬱になって羨んで妬んで憎んで、それをぶち壊したくなる様な心境に堕ちるのなんて嫌でしょ? あの日言われた言葉の一つ。


 無職、引き篭もりの人が犯す犯罪。それがあるのかも知れない。


 私は扉を開けた。その時、抱きしめられた。生きてて良かった。ありがとう。と言われた。


 許されたと思った。逃げたこと、生きていたこと、そう思ったこと、それら全てを赦されたと、涙が止め処なく零れ、総司に縋り付いて泣いた。


 今思えば小学六年の男子が言えるような事じゃない。マセているというレベルじゃない。


 そう言うところは不思議で掴みきれない。


 泣き止んだ私に「幾久しく」と言った。


 調べてみれば『何時までも末永く』って意味だった。

 


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