137話 月下に舞う氷の花1
総司が決闘の開幕を告げる斬撃を氷鏡 翔真に放つ。
それは一対一の戦いに邪魔な氷鏡を退かす為の攻撃だ。
私も総司に合わせて妻夫木 一誠を銃撃した。
「卑怯だぞっ!! 千羽っ! 決闘の合図はされていないんだぞ!!」
総司の見せ技―― わざと外した斬撃に慌てて飛び退くと総司を非難している。
「此処を戦場にしたのも、俺を討つ、と宣言をしたのはお前だよ氷鏡 翔真。ほら、決闘の宣言はお前がしているだろう? ならば、氷鏡 翔真、お前に非難される謂れは無い。それに詩音達に言い残す事は無いかと、お前の戯言に付き合ってやっていただけだが……あまりにも聞くに耐えなくてね」
思わず斃したくなってしまってね―― なんて、いけしゃあしゃあと言いはなった。
しかも、言葉遣いまで『~ね』と、語尾に『ね』なんて丁寧になって来ているし……。
この古めかしい ―― 四角四面な喋り方になってると言うことは、天剣流剣士として本気で再起不能にすつもりだ。
それを横目で確認しつつ、私も妻夫木に対して、その足元を―― 爪先の数センチ先を狙い、霊力の弾丸を連射する。
「のあぁぁああっ!!」
両手を上げて、ドタバタとおかしなダンスステップを踏み、飛び退く。
「のわっ!?し、 詩音ま、待ってく――」
妻夫木の待ってくれ―― の声。
だけど、私には待ってあげる理由なんてないわね。
「ほら、ちゃんと避けないと当たってしまうわよ?」
一瞬前まで妻夫木が居た場所には氷の轍が出来ている。
「総司が相手は氷鏡 翔真なら、私の相手は妻夫木 一誠よ。何時までも無様を晒してないで構えぐらい見せなさい。勇者様、なんでしょう?」
クス、と最後に挑発するような笑みをスパイスとして加えると、軽く腰を落として左手を軽く前に、銃口が妻夫木の身体の中心を捉える様にして右腕を引き、左足を前、右足を後ろとスタンスを取り、半身の構えを見せる。
「本気……なんだな、詩音……」
「オレに任せとけよ、翔真! オレが詩音に実戦ってヤツを見せ付けて必ず連れてきてやるからよ! 悪堕ちした美少女ヒロインを真実の愛で目覚めさせるっていうのは、正義の味方の王道だぜ! 詩音を助けて勇者伝説の一歩にしようぜ、親友!!」
「ああっ、そうだな一誠! お前の言うとおりだ!! 救い出してこその正義だ!! 詩音、俺達が必ず目覚めさせてやるから待っていてくれっ!!」
(……よく此処まで妄想を広げられるわね)
イタい……イタ過ぎる。悪寒で鳥肌と吐き気が……。
皆も気持ち悪そうに顔を顰めている。
総司の言う通り、私達の精神衛生上これ以上、二人の戯言と妄言に付き合っていられない。
「――と言う訳だ詩音! ダチ公の為にお前を取り戻すぜ! だから本気で行くぜ!! 痛いのはガマンしてくれよっ! いくぜっ! オレの熱い魂!! 闘炎をまと――――」
妻夫木 一誠が何時でも何処からでも攻撃をしてください、とでも言う様に何かポーズを取りながら詠唱を唱え始めたので、遠慮無く攻撃させて貰う。
膝の力を抜き――
「燃ええっ!?」
――縮地の一歩手前の移動術、千羽天剣流 彩雲―― その突撃から体重が乗った肘撃ちが、がら空きの腹部に突き刺さり―― おげぇぷうっ!? と、妻夫木の口からよく分からない苦痛の声が吐き出されるけれど――
(――残念ね、攻撃はまだ終わってないのよ!)
――私は突撃の肘撃ちから、身を翻る様にして軽く飛び――
「――はっ!」
右の裏拳を妻夫木の側頭部へと叩き込んみ、殴り飛ばす。
(……腐っても勇者の加護を得た闘士ってところかしらね)
裏拳が妻夫木の側頭部を捉えた瞬間、勇者の加護が発動したのか、魔法障壁が火炎が噴き、火花を散らした様に弾けていた。
(……それでも吹き飛ぶってどうなのよ。……闘士……なのよね?)
《シルヴァラ》のブランさんなら、私の10しか身体強化をしていない攻撃ぐらい余裕で耐えて見せるわよ?
身体強化たったの10―― 言ってしまえば総司がこの世界で初めて斃した、人虎と同じ強さなのだけど……。
「ぐぁ゛……い゛ってぇ……」
腹部を抑えながら、起きあがる妻夫木の鼻から血が流れている。
その妻夫木の瞳は対戦者の私では無く、千尋を見ている。
目は口ほどに物を言う―― と言う様に、妻夫木の瞳は期待に満ちていて、千尋の回復魔法を待っている。
千尋なら回復してくれる、と無条件で信じているその態度と、その程度の覚悟しか持ち合わせていないのが気に入らない。
いくら待っても、千尋が一向に回復魔法を使わない事に訝しみ、何故なんだと千尋を責める。
「決闘は総司と私の二人と、貴方達の二人でしているのよ。他は手を出さない、それが遵守の書にも記されていたわよね。当然、決闘中の負傷の回復も自己判断よ」
妻夫木の期待を私が冷たく突き放すと、氷鏡と妻夫木が信じられないといった顔をする。
そして当たり前の様に総司を睨む。
「気に食わないわね。何でもかんでも、総司が私達を洗脳しているかの様に捉えるのは、やめて欲しいわね。妻夫木 一誠を回復しないのは千尋の意思だもの」
そうやって千尋に頼りきり、負担をかけていたのね……。
彼等は戦闘時、千尋を前に出さずに後方に待機させたまま、回復役に徹底させる事で彼女を守っているつもりだったんでしょうけど……。
(だけど、それじゃあ回復する為だけの道具じゃない)
「いくら総司を睨もうが状況は変わらないわよ」
「嘘だ嘘だっ! なあっ、嘘だと言ってくれよ千尋っ!! オレ達は幼馴染みだろっ! 仲間だろ!!」
「千尋っ!! なんとか言ってくれ!」
私は千尋が何と返すか興味を持ち、千尋の答えを待つ。
「……なんとか。言いましたよ? 満足いただけましたか?」
千尋の返答は氷鏡 翔真の「なんとか言ってくれ」と言う要望通りに答えた。
後ろで何人かが、千尋の返答に忍び笑いをしている。
それに激昂した氷鏡と妻夫木が怒鳴り命令する。
「ふ、ふざ、ふざけるなよ千尋っ! 一誠が負傷してるんだ早く回復をするんだっ!!」
「じょ、冗談を言って無いで、回復をしてくれ!」
そんな二人に総司が冷淡に、冷酷で残忍な目を向ける。
「爽やかイケメンと、友情に篤い漢の仮面が剥がれ落ちたな。お前達が好きなのは詩音や千尋、有馬じゃない。頼られている自分自身と、それを見て誰かに注目されて認められている自分だろう? 氷鏡、お前が好きなのは詩音では無く、詩音とお友達でいる事で、幼馴染みのチームリーダーとして”確りとした男の子”として、奏さんに褒められている自分と、そうやって褒めてくれる奏さんだろう?」
総司が言った衝撃の真実に、私は―― 私だけじゃない、幼馴染みの千尋と紗奈も驚きを隠せない。
事情を知らないアーシェ達に、千尋が『奏』という人物が私の母親の名前であることを説明している。
「そ、総司……」
ちょっと動揺している。
「ち、違っ……違う! 違うんだ詩音、聞いてくれ! 千羽、貴様ぁーっ!」
……その反応が総司の言葉が当たっている事を証明しているのだけど……。
氷鏡は剣で斬り掛かるが、総司にあっさりと躱され、足払いを受けて倒れる。
「違わないだろう。詩音が彼女になれば間接的に母親になる、かも知れない。そして詩音も自分だけを見てくれる、頼りにしてくれる」
「つまり、母性愛を求めてるって事…」
私の疑問に総司は苦笑する。
「それも間違いでは無いんだろうけどね。奏さんも奴の事情は知っているのだろう?」
私は頷く。氷鏡 翔真の両親は共働きで忙しい。学校行事も顔を出す事がない。それは母さんも知っている。だから、どういう事よ?
「『母』『性』『愛』―― 字を一文字一文字に分ければどうだ?」
解るだろう――と、総司。
「……わかりたく無かったわよ、そんな事……」
総司の言った通りに一つ一つの文字として並べて見ると、何でこんなに如何わしいキーワードになるのかしらね……。
「つまり、自分の母親変わりの愛情と、女性としての愛情をシオンのお母様に求めたのっ!? 一石二鳥を狙ったのね……」
「違いますよアーシェ様。シオンもですから、一石三鳥です。軽蔑です」
図星を射たアーシェとクレアの声が届いたのか、氷鏡 翔真は呆然自失となってしまっている。
「っのヤロー! 千羽テメェーはゼッテーぶっ殺す!! 何してるんだ千尋!! 仲間が馬鹿にされたんだっ! 早く回復してくれよっ! 早くしろって言ってんだろーがっ!! テメェーも悪ならぶっ倒す!!」
千尋を恫喝し出す妻夫木、総司と千尋をぶっ殺すと言った? 言ったわよね。
苛立ちは覚えても、殺意までは持たなかった。これでも一応、昔馴染みだったのだから無視、あしらうだけで済ませてきた。
(……許さない。容赦しないわ)
私は躊躇い無く、蒼天の翼のトリガーを引く。
銃口からは火花では無く、銃声が轟いて冷気と氷の欠片が噴く。その一瞬後、妻夫木の顔が跳ね上がり、仰け反り倒れる。
やはり勇者の加護が働き、火の粉を散らす。
(成る程ね……。本人の実力は兎も角、加護は確かな恩恵なのね)
妻夫木の実力とは関係無く、女神の加護は一定の効果を発揮するらしい。
その証拠に精霊銀の氷結弾丸は魔法障壁を貫通した。
貫通したんだけど、弾丸は弾けたはね。
妻夫木 一誠が受けたのは、銃撃の衝撃と氷結魔法の痛手だけだろう。
「イッセェーーッッ!!!! し、詩音何て事をするんだっ!! 一誠はまだ立っていなかったんだぞっ!! それになんなんださっきのはっ! 準備前の一誠を攻撃するなんて! そこまで悪に堕ちてしまったのかっ!!」
妻夫木の倒れたのに気付いて漸く、気を取り戻した氷鏡が私に対して非難を浴びせてきた。
「……総司が言った筈よ。そちらが勝手にこの場所を戦場にして、決闘を始める宣言を告げたのは貴方達よ? 『戦いの準備が出来てないから待って下さい』と言って、敵が待ってくれる訳が無いじゃない。そんな事も理解してないの? それに――」
と、私は金の雪が漆黒の銃に煌めく銃を、クルクルと指で回し、本当はこんな事は危険で、やってはいけないんだけど――
(こっちは純粋な霊力銃だしね)
「――追撃のダウン攻撃をしてあげずにいるんだから感謝して欲しいくらいなんだけど? 私達がしているのは決闘であってターン制のゲームじゃないのよ。今更何を馬鹿な事を言ってるのよ。それとも、アナタはまだ変身ヒーローの変身中は敵が待って居てくれる、なんて子供の様な考えを持っているの?」
左手の掌を上に肩の位置くらいまで上げ、呆れたわね、というポーズをして見せる。
何度言えば気付くのかしらね。彼等が絡んでくる度に言って来た事なのに。
(【絶対消去】【記憶改変】は恐ろしい能力ね)
私は改めてその厄介さを実感させられてそう思った。




