87話 森の中の邂逅
総司と詩音が侍女のクラリスに料理を教え終わり暫く時が過ぎた頃、外からクラリスを呼ぶ声が聞こえ、彼女が応対に出ると同僚であり後輩の侍女が慌てた様子で何やらクラリスに耳打ちをする。
話を聞き終えたクラリスの顔色が、さぁっと青褪めていく。
焦燥が滲み始めたクラリスに総司と詩音が歩み寄ると、総司はクラリスの肩を叩く。
ビクリとクラリスは総司に向き直る。
「クラリス、何があった?」
「私達に話せるなら話してみて? それとも……私達の力が必要なことかしら?」
総司の問い掛けに躊躇いを見せるクラリスも詩音の言葉に逸る心を抑え、依頼を口にする。
「……お二人にお願いがあります。アースィナリア姫様の配下ティナルミネ様と、ティナルミネ様が護衛をしている方が”杜のクマさん”に襲われ――」
総司と詩音はハッとなり、顔を見合わせると、クラリスの言葉を置き去りにして、総司が全速力で”杜のクマさん”と接触する程に接近した杜に向かう。
「クラリス! 貴女は手当ての準備をお願い!」
「は、はい。かしこまりした。皆様の事をお願い致します。」
総司の後を追う詩音の指示に、その遠ざかる背中にクラリスは頭を下げた。
森に辿り着いた総司は、セレナ達の戦いの跡と、彼女達の残した魔力の残滓を追い掛けた先に、負傷した少女―― ティナルミネを抱えた血塗れの同郷の少女―― 南條 千尋がソフィアに守られていた。
セレナは双槍の攻防一体の槍術で牽制し、グレンが剣術で鋭い一撃を与え、ソフィアが弓矢で射掛ける。
巨熊は幾つもの傷と矢が突き刺さっている。その内の一矢が左目に突き立っている。
総司の姿を見た千尋が驚きに満ちた顔になる。
(連携はとれているが、射線に居られたら可変魔法銃装剣の銃モードは使えないな)
内心で舌打ちをすると、《青藍》をその手に召喚する。
(千羽――)
総司は疾る速さそのままに、ダンッ! と地を蹴ると、水平に翔んだ。
「天剣流―― 天狗」
肩に担ぐ様に構えられた刀身の銀光と蒼白い精霊力の光が尾を引きながら、狂い猛る巨熊に総司が迫る。
「グアァオウッ!!」
迫る総司を最大の敵と捉えた巨熊の威嚇の鳴き声が轟き、その衝撃が総司を襲うが――
巨熊の剛腕と鋭い爪が振り下ろされるよりも疾く、総司の《青藍》が弧を描き、巨熊の巨体を破邪の刀が深々と斬り裂くと、その刃を跳ね上げ、剛腕を斬る。
「ぐやぁらあ゛ァッ!?」
切り裂かれた巨熊の身体からは、血が吹き出し、周りに血の霧となり漂い、振り下ろされた腕がズルリと落ちた。
「ぐア゛ッ!?」
巨熊は訳が分からないという様に失われた自慢の剛腕を見詰め――
「ギャア゛ア゛ァァラ゛ァァッ!! ギャッ、グガァッ!!」
と、痛みを漸く思い出したかの様に腕を振り回す。
その度に吹き出る血が撒き散らされる。
ズシャアッ! と着地する総司は勢いが余り地を滑り、勢いが弱まると地を蹴り切り返すと、総司は巨熊の身体を蹴り翔び上がる。
身体を蹴られた巨熊は「ガアッ!」と怒りを思いだし、振り向き様に残った剛腕を振るが、ブォンッ! と空を切る。
「総司君!!」
「千羽天剣流―― 落月」
落下速度に体重と剣速が乗った斬撃が巨熊の額を割り裂くのと、千尋の総司の勝利を願い名を呼ぶ声は同時だった。
「ギャッ!?」
額を割られた巨熊はよろめき後退る。
総司は地面に身体を投げ出す。
その直後、魔を降伏させる弾丸が森の巨熊の頭を射ち抜いて吹き飛ばした。
(さすが詩音。額の奥にあった魔瘴石を狙撃してくれた)
総司は詩音が居る方向へサムズ アップのハンドサインを送る。
(さて……)
総司はセレナ達を見渡すと、呆然とする彼女達と、緊張の糸が切れた千尋の口が「まさか……」と呟くのを見た。
遅れて詩音が駆け付け、千尋の下に総司と向かう。
「あ……詩音……さん……総司君……」
「千尋、彼女は?」
セレナ達も集まり、千尋を窺う。
「ティナルミネさんなら大丈夫……。回復魔法で完治してます。けれど血が……」
「それで貴女が結界を張り、護っていてくれたのですね?」
千尋は力無く頷く。
「魔力切れ……ね。飲んで」
詩音が千尋に魔力回復薬を渡す。
「アリ……ガトウ……」
千尋の目が泳いでいる。
「なんて思うでしょうね?」
「……詩音だって作ったことあるだろ? コーラとかメロンソーダとか、水に溶かして作るジュース」
「ええ……。ちょっと作ってみようで、コーラ味の魔力回復薬を作るなんて」
そんな事を小声で話していると――
「何でこの世界にコーラがあるのっ!?」
と、千尋が驚愕し、一瞬吹き出しそうになる。
「そう、なるわよね。普通は……」
と、ジト目で総司を見る。
「”こーら”というのも貴方達の世界の飲み物なのですね?」
「は、はい」
セレナの疑問に千尋が答える。
「それより町に戻ろう」
(正論で逃げたわね)
(逃げました)
(逃げましたね)
(逃げた)
(逃げたな)
詩音達の意見が一致する。
「総司君、詩音さん。皆さんも助けていただきありがとうございました」
千尋が頭を下げると一人一人、彼女の肩に手を置き、それに応え、ティナルミネを総司が自然に抱きかかえて町へと歩き出すと、詩音達もそれに続いた。
前を歩く総司の様子に違和感があるのを詩音は見逃さなかった。
(……一瞬だけ雷速で動きを加速させる……身体強化していてもそれがどれだけ負担がかかっているか分からない。そんな事を続けていれば身体に無理が出てくるに決まってる……)
詩音が気付いた総司の違和感は短期戦での勝利の代償だった。




