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9.かわいいあたし、ヒトデと戦う



 あたしたちは音を立てないようにして岩蔵から抜け出した。

 目の前のヒトデは無言で砂地に貼りついている。

 あは。馬鹿めが。

 今からお前はあたしのご飯になるのだ。


 あたしはうなずいて兄弟たちに合図を送る。

 兄弟たちがうなずき返す。

 思わずチワワが「きゅぴ」と言おうとしたところで、ギリギリでエルシャラが口を押さえ込むことに成功した。チワワはちょっと頭の中が蜂の巣らしい。今この状況で声を出すことがどういう意味なのかわかってねえのか。甘いのは蜂蜜だけにしときな。

 なんにせよエルシャラグッジョブだ。


 もう一度様子を窺ってみるが今のところヒトデに変わったところは見当たらない。

 縁側で白湯をすするババアのように時の流れに取り残されている。

 あたしは一歩近づく。

 兄弟も一歩近づいた。

 挟み撃ち作戦だ。

 両サイドからヒトデに近づいて退路を防いで押さえ込んで食う。

 完璧。

 ヤドカリ方程式の解の公式。

 巻貝のπi乗=煌めく未来の-eω乗


 さらに一歩近づいた。

 兄弟も同じ動作をする。

 ヒトデまでの距離はあと二歩。

 本当にでかいヒトデだ。

 この海の生き物は基本的に骨格が大きい。

 そもそも2メートルのヤドカリってなんだよ。

 パンダかよおめえ。

 でかすぎだろマザー。

 あたしの兄貴より確実にでかい。

 そんな奴らがこの海ではうじゃうじゃいる。

 あたしなんてちっぽけな存在だ。

 毒キノコを食って太極拳を舞うただの美少女だ。


 あたしはベニヒメの話を聞いていくうちに自分が異世界に紛れ込んでいることを知った。ベニヒメもあたしのことをヤドカリのモンスターと言っていたし、ビームを出すアンコウの話など地球じゃ聞いたこともない。それに極めつけはは「ポリトカ」というワードだ。ここは母なる大地地球ではなくて、ポリトカという星であるらしい。

 馬鹿みたいにでけえモンスターがうじゃうじゃいても不思議じゃない。


 目の前のヒトデもきっとモンスターなのだ。


 さらに一歩近づく。

 兄弟も近づいた。

 あたしはごくりと唾を呑んだ。

 ヒトデまでわずか一歩の距離。

 一歩進めばヒトデに触れることができる。

 一歩進めばヒトデを食べることができる。

 心臓が高鳴ってきた。

 あたしは兄弟を見つめる。

 兄弟があたしを見つめ返す。

 準備ができているということだ。


 オーケイ。

 あたしはニヒルに笑って触手をぴしぴしと振る。

 行くぞお前ら。


 あたしは一気に飛びかかってヒトデの体を押さえつける。


 プス。


 え?

 え?


「痛えええええっ! なにこれ超痛ええええっ!」


 即座に離れて転げまわる。

 見るとあたしの体に銀色の槍が突き刺さっていた。

 どういうことだよ!


「ぬおおおっ! なんか刺さってるうううっ!」


 九本の脚をじたばたと暴れさせる。

 砂煙が嵐のように吹き荒れる。


「抜いてくれっ! 誰か抜いてくれっ!」


 とか言っているうちに勝手に抜けた。


「あ、抜けた? 抜けたの? 抜けた? 抜けた! 抜けたああっ! うおおおお!」


 あたしは雄叫びをあげながら立ち上がって、ヒトデの様子を見たとき思わず絶句した。


「何事!?」


 ヒトデの体にびっしりと銀色の槍が突き出ていた。

 あれではまるでヒトデ型の剣山である。


「やべえ。怖いんだが普通に。先端恐怖症なんだが普通に」


 あれはきっとヒトデの防衛反応だろう。

 ベニヒメが今この場にいればあのヒトデの種族名と特質を前もって聞くことができたがいないのだから仕方ない。自分たちで何とか切り抜けるしかない。


 ふと視線を向けると兄弟たちもびびってへっぴり腰になっていた。

 というかヒトデに飛びかかったのあたしだけかよ。

 槍に突き刺されたのあたしだけかよ。

 兄弟が無事なのは安心だが複雑な心境。

 あれだ、あれと同じ心境だ。

 Aちゃんがこう言う。「じゃあ同時に好きな人の名前を言おうね」あたしがこう言う。「わかったぜハニー」Aちゃんがつづける。「じゃあ行くよ」あたしが答える。「いつでもかかってきな。はっけよい、のこった」Aちゃんが息を吸う。「いっせーのーでっ!」あたしが顔を赤くして言う。「ジャン=クロード・ヴァン・ダム!」Aちゃんは口を閉ざしたまま。

 この感じ。

 思い出しただけで顔が熱くなる。やだ。恥ずかしい。

 あたしは首をぶんぶんと振って頭を切り替える。


「しかしどうなってんだよこいつ」


 ちょこちょこと近づいてヒトデの端っこを軽く蹴る。

 反応はない。


「どうする?」


 あたしは兄弟にお伺いを立てる。

 この槍の山が邪魔で食べられそうにない。


「とりあえず、抜いてみるきゅぴ?」


 キュピ之介が言う。


「抜くきゅぴ?」

「抜くきゅぴ」


 エルシャーラウィとチワワ・ザ・デストロイも同調してヒトデに近づいた。

 ヒトデを見下ろしてキュピ之介がおもむろに槍の一本を引っ張ってみる。

 きゅぽん。

 抜けた。


「抜けたきゅぴ……」


 やべえ本当に抜けたよ、という引き攣った顔であたしを見てくる。


「でかしたキュピ之介」


 あたしは言う。


「抜けるとわかったんだ。なら次にやることと言えば全部抜いてみることだ」

「きゅぴ」

「武器のねえヒトデはただの星型タンパク質だ!」

「きゅぴっ!」


 ぶちぶちぶちぶち!


 あたしたちはヒトデの槍を雑草のように引き抜いた。

 銀色の金属の槍をぽいと放り捨てれば、海の底で金属質な音を鳴らして沈んでいく。


「裸にされた気分はどうだ、ヒトデ」


 すべての槍を抜かれて穴ぼこだらけになったヒトデをあたしは見下ろす。


「おい何とか言ってみろヒトデ。ヒトデ!」


 ヒトデは答えない。


「そうかい。あくまで白を切る気かい。まあいい。悪く思わないでくれヒトデ。あたしも海の厳しさというものを知らなかったらお前を見逃していたかもしれない。だがこの世界は弱肉強食だ。弱い奴が食われ、強い奴が生き残る。あたしも弱いままではいられないんでね。あんたを糧にこの海を支配してやるよ。ありがたく思えヒトデ。ヒトデ!」


 いつまでも中学生気分じゃいられねえんだ。

 本当に悪いね。


「アディオス! ヒトデ! 南無阿弥陀仏!」


 あたしはヒトデを食った。

 むしゃむしゃむしゃ。


「もにゅもにゅ。こいつなかなか歯ごたえがあるな。ゴムみてえだ」


 だが味は悪くない。

 この味には身に覚えがある。


「てぃきん! ひらめいた! 数の子だ!」


 あたしたち兄弟は肩を組んでその場をぐるぐると回転し始める。

 あたしたちは竜巻になる。


「ご斉唱ください。ヒトデ!」

「ヒトデ!」

「ヒトデ!」

「ヒトデ!」

「もう一度ソプラノボイスで。ヒトデ!」

「ヒトデ!」

「ヒトデ!」

「ヒトデ!」

「よろしいです。そしてお前が?」

「キュピ之介!」

「さらにお前が?」

「エルシャーラウィ!」

「そして最後に?」

「チワワ・ザ・デストロイ!」

「ありがとうございました。ご着席ください」


 あたしたちは飽きて無言で座る。


 海の中を静寂が包み込んだ。

 海藻が狂ったみたいに踊りくねっている。


 結局あたしたちはヒトデの欠片も残すことなく全部食らいつくした。

 しばらくするとあたしの体に異変が起こった。


 待ってたぜ。

 グッドモーニング、あたしの中のヒトデちゃん。



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