7.かわいいあたし、兄弟を名づける
これからはあたしの時代だ。
シェイシェイ毒キノコ!
「それで、共生関係ってやつはどういうものなんだ?」
「どういうものもなにも、貴方たちが巻貝を見つけてこないいとなにもできないわ」
「マイホームか……」
「わたしは貴方たちの巻貝にへばりついて貴方たちの食事からおこぼれをもらうの。そして貴方たちはわたしから情報を受け取れるし、わたしの毒針で敵から身を守れる」
「素敵じゃねえか!」
「ええ素敵よ。素敵サイクロン」
「でもな、ご心配には及ばねえぜ。あたしはマネビガウナだ。世界最強の特質を持ったマネビガウナだ。あたしたち四兄弟に敵なんかいねえよ。な?」
「きゅぴー」
「きゅぴー」
「きゅぴー」
三兄弟が声を揃えて胸を張る。
だがベニヒメは触手をくねらせてやれやれとため息を吐いた。
「あーら。本当に世間知らずな子たちね」
「なんだと?」
「マネビガウナどう贔屓目に見ても最強じゃないわ。チョウゼツクジラの前では何者も無力よ」
「クジラ……」
あたしにぞわりと悪寒が走った。
青魚ですら馬鹿でかいのにクジラとなればどれほど巨大な姿になるんだ?
あたしがフロイド・メイウェザー・ジュニアの肉を食らってボクシングチャンピオンの特質を受け継いだとしても、何十メートル何百トンもあるクジラを目の前にしたらあたしに一体なにができるというんだ?
大口の中に吸い込まれて南無阿弥陀仏だ。ドロン。
「サメ、シャチ、リュウグウノツカイに海竜。イッカク、セイウチ、ジュゴン、アザラシ、ダイオオグソクムシにクマムシ。エイやイルカやワニやクマだっているわ。二枚貝に襲われるマグロなんて年間で何万匹いると思ってるの?」
「忘れてたぜ。自然界に慢心は禁物だってことをよ……」
「タコは人間の船を沈めるし、アンコウは額からビームを出すし、」
「ぷりり!? ビーム!?」
あたしは驚愕する。
「ええビームよ。海底火山の原因の約3割がアンコウのビーム」
「決めた。あたしはアンコウを食うぜベニヒメ」
「殺されなきゃいいけど」
ベニヒメが呆れて言う。
それほどビームとは厄介なのか。
それもそうだ。
厄介でないビームはビームではない。
ただのサイリウムだ!
あたしは海底で人魚アイドルを追っかけ回す趣味はないのでね。
あたしに必要なのは海を混沌に突き落す最強のビームだ。
たとえ何百メートルのクジラがやってきても生き残れるくらいのビーム。
自然界がシビアなら、その土俵に立ってあたしも力を示さなければならない。
「まあなんにせよ、この海の生き物は強すぎる。青魚ですら魚雷兵器だぜ。あたしたちはそれに対抗するために、食えるものを食っていって少しでも能力を開発しなきゃならねえ」
「弱肉強食きゅぴー」
「そのとおりだ。わかってんじゃねえか」
「それほどでもないきゅぴー」
幼生が照れて額を掻く。
「あたしたちはまだガキだ。巻貝を背負うにはちと早い」
「そうきゅぴね」
「脱皮するまでに少しでも多くの種類を食っておきたいってのがあたしの今の考えだ」
「賛成きゅぴー」
「賛成きゅぴー」
「賛成きゅぴー」
「よし。そうと決まればヤドカリ探検隊の結成だぜ。ベニヒメは岩にでも貼りついて阿呆のように眺めているんだな。年金暮らしのあたしの婆ちゃんのように」
「はいはい」
ベニヒメがぷらぷらと触手を振った。
「行くぞお前ら」
「きゅぴー」
あたしたちは勇み足で歩き出した。
砂地を歩くたびに白い粒子がもくもくと漂う。
目の前には岩と海藻とプランクトンと様々な魚影。
「警戒を怠るな。また青魚の餌食になるのはご免だぜ」
「イエス、マァム!」
なにか食べられそうなものはないかと視線を張り巡らせながら歩く。
ベニヒメはもうずいぶんと後方にいる。
「まずはどうするか……」
あたしが三兄弟に相談すると、その内の一匹が低い声で言った。
「岩の高台で視野を広げよ」
「え?」
「赤子の我々に課せられた命題はただひとつ。獲物の発見だ」
「お前……!」
あたしは見る見る内に興奮していく。
「お前、あのときの生き残りか!」
こいつの口調には聞き覚えがあった。
あたしがこの海に生まれて一番最初に言葉を交わした幼生。
それがこの大仰な口を叩くエイリアン。
たしかあのときも大仰な口を叩いていた。
――赤子の我々に課せられた命題はただひとつ。生存だ。
まさか三兄弟の内の一匹が奴だとは思いもしなかった。
あたしの中ではもうとっくに奴は死んでいて、青魚の胃の中でどろどろに溶かされているものだと思っていた。
それがまさか、生きていたなんて。
あたしは涙声になる。
「水臭えなおい……」
兄弟の体をさする。
「そうならそうと早く言ってくれよ……。てっきり死んじまったのかと思ったじゃねえか……。あたしはこういうサプライズには弱えんだよ……。誕生日に友達からチロルチョコをもらっただけで号泣しちまうんだよ……。失くしたと思ってたビー玉を見つけただけで泣いちまうんだよ……。ふざけんじゃねえよこの野郎……」
あたしの目から涙が溢れだして海にじわりと溶けていく。
「姐御……」
「姐御……」
「姐御……」
あたしたちはしんみりした空気の中で無言のまま肩車をつくり始める。
一匹が一匹の体をよじ登り、一匹が二匹の体をよじ登り、あたしが三匹の体をよじ登る。
一丁上がり。
ヤドカリトーテムポールの完成だ。
世界は慈しみで溢れている。
ハロー・オーシャンワールド。
「いいから早く行きなさいよ! 見飽きたからそれ!」
遠くのほうできゃんきゃんとベニヒメが騒ぐ。
「なんだようるせえな……」
あたしは兄弟からずるずると降りながらつぶやく。
今いいところだったのに。
「ベニヒメなんかほっといてさっさと行こうぜ」
「きゅぴー」
「きゅぴー」
「きゅぴー」
そのときあたしは、三兄弟に名前をつけてやると約束したことを思い出した。
「そうだお前ら。名前をつけてやるって話だったな」
「!」
「!」
「!」
「今からつけてやるよ。一列に並べ」
「姐御!」
「姐御!」
「姐御!」
ヤドカリ三兄弟は機敏な動きであたしの目の前に並んだ。
両手を胸に当てて最敬礼の姿勢で直立不動。
「まずはあんた」
あたしは例の生き残りをまっすぐ見つめる。
「きゅぴっ」
「あんたの名前はキュピ之介。海をさすらうサムライだ」
「拝命いたします」
キュピ之介は膝を屈して頭を垂れた。
うむ、とあたしはうなずく。
そして一列分だけ横移動して、目の前の幼生をまっすぐ見つめる。
「次はあんた」
「きゅぴっ」
あたしはまじまじとキモグロエイリアンを眺める。
この子の特徴といえば背が高いということだ。
高いだけでなくシルエットが全体的に縦長である。
あたしは顔をしかめてしばらく悩む。
「うーん」
「きゅぴぃ……?」
「あんたは縦に長いから、エル・シャーラウィ。略してエルシャラだ」
「拝命いたします」
エルシャラは膝を屈して頭を垂れた。
うむ、とあたしはうなずく。
そして一列分だけ横移動して、目の前の幼生をまっすぐ見つめる。
「次はあんた」
「きゅぴっ」
次の子の特徴を探すとすぐに見つかる。
この子はめちゃくちゃ瞳が大きくてくりくりしているのだ。
あたしは顔をしかめてしばらく悩む。
「うーん」
「きゅぴぃ……?」
「あんたは目がでかいからチワワ・ザ・デストロイ。略してチワワだ」
「拝命いたします」
チワワが膝を屈して頭を垂れた。
うむ、とあたしはうなずく。
そして一列分だけ横移動して、目の前の幼生をまっすぐ見つめる。
「誰だよてめえ!」
あたしは仰け反る。
ヤドカリの生き残りはあたしを除いて三匹であるはずなのに、どうして今この場に四匹もいるんだ?
「オイラはオオヤガウナでしゅ」
場違いな幼生が言った。
「オオヤガウナ?」
「そうでしゅ。まだ子供でしゅけど、貝殻ギルドに属していましゅ」
「なんだと?」
「巻貝探しに行き詰まったら、ぜひ貝殻ギルドをご利用くださいましぇ」
「なるほど?」
「同族の方をお見かけしたので、ご挨拶をしたまででしゅ。しょれでは失礼しましゅ」
「ほわ……」
オオヤガウナはそれだけ告げるといそいそとその場を去って行った。
「なんだったんだよあいつ……超びびったぜ……」
「でもこれで、巻貝が見つからなかったときも安心きゅぴね」
「困ったときは貝殻ギルドを訪ねればいいきゅぴ」
「安心、安心」
まあ巻貝が見つからなかったら訪ねてみよう。
たとえ巻貝が見つかったとしてもあたしたちの体のサイズにぴったり合うとは限らない。あたしは中学の友達と海へ遊びに行ったとき、ヤドカリが相手ヤドカリをぶん殴って巻貝を奪う光景を見たことがある。ここは自然界。殺して奪ってもいい環境。
いいマイホームっていうのは案外手に入れられないのかもしれない。
ヤドカリはマイホームを見つけるだけでも一苦労だ。
それは人間とあまり変わらないが殺伐さが段違いである。
あたしを含めて四つの巻貝……。
前途は多難だな。
でも心配には及ばない。
マネビガウナは最強の種族なのだし、あたしたちは最強の兄弟だからだ。
ピカレスク・ワンダーガール・マーキュリー。
天駆ける可憐の永遠ロリータ。
「なに立ち止まってるのよ淋しいじゃない! 脚の動かし方を忘れたんですかあ!」
遠くのほうでベニヒメがきゃんきゃん吠える。
あたしは笑って返す。
「うるせえな。いま行くとこだったんだよ。震えて待ってな、プリティーガール」
星空マーキュリー
少し天然な普通だけが取り柄の女子中学生14歳。
マネビガウナに変身。
キュピ之介
ときおり達観したことを言う。
エル・シャーラウィ
通称エルシャラ。身体が縦長。
チワワ・ザ・デストロイ
通称チワワ。目がでけえ。
ベニヒメ
桃色ペヤング。
特質
【変色・緑Lv1】