45.エピローグ
「マーキュリーお姉さま!」
息も絶え絶えに村に帰ると、一番にヤタロウが駆けつけてくれた。
「ボク聞いたよ! 悪いウツボ様をやっつけたって!」
「ああ。もう安心だよ」
それからヤタロウは周囲を見渡し、
「それで、サザ衛門はどこ? さっきから探しても見当たらないんだ」
言葉に詰まった。
エルシャラが背を向けて震え、チワワがその肩に手をやって優しく撫でる。
「サザ衛門は……サザ衛門は……ワシが……」
エルシャラにその先を言わせなかった。
「サザ衛門はね、旅に出たんだ。言ってただろう。サザ衛門の夢は、世界中を回って、鋏術を教え広めることだって。今回の件で、この村の鋏術が十分な域に達したから、サザ衛門はもう行っちまったのさ」
「へー、そうなんだ。ちぇっ。黙って行くなんてずるいや」
背を向けるエルシャラはそれでも拳を握って震えながら、「ワシが……ワシが……」と呟いている。チワワはなおもエルシャラに手を添えた。
「あ、姐御……」
「なんだ?」
キュピ之介が困ったような顔をする。
「ずっと言いたかったことがあるきゅぴけど」
「うん」
「サザ衛門、生きてるきゅぴ」
「…………」
「姐御たちは目を背けていたから見てなかっただろうけど、サザ衛門、口の中に綺羅サンゴを押し込められてぴんぴんしてたきゅぴ……」
「……お前早く言えよ。殴るぞ」
「い、言おうとしたきゅぴよっ。でも姐御が黙れって……」
「……あ」
心当たりがあった。
兵士に運ばれていくサザ衛門を最後までじっと見つめていたのはキュピ之介だけだったし、そのあとあたしに何か言いたそうだったけどあたしがそれを遮った。
「おぉーい」
背後から聞き慣れた声が聞こえる。
ヤタロウが嬉々として飛び跳ねた。
「サザ衛門! サザ衛門! 村に戻ってきたの!?」
あたしは無言で【変顔】をする。
作詞作曲 あたし
タイトル キルミーベイべー
『聞いてくれよジョージ
分身の術が使えるんだ
嘘じゃねえよ見てみな
わお ホッキョクグマ
笑かすなジョージ
屋久島の妖精だぜ
誰がマヨネーズだよ
わお ホッキョクグマ
ホケキョッキョ~♪』
◇
「もう行ってしまうんでごぜえますか」
「ああ。世話になった」
あたしたちは村の門にいる。
「ではこれはあっしらからの贈り物です。どうか受け取ってくだせえ」
目の前には巻貝が四つ用意されていた。
「あっしらが体に合うように見繕いましたが……」
「へえ。いいのかい?」
「ぜひ」
「でもなあ、あたしは自分で探した巻貝をマイホームにしてえって気持ちもあるんだ」
「そう言うと思っておりました。ですが巻貝とは本来使い捨ての道具、道中でいい巻貝が見つかればそれに乗り換えるのもまた、ヤドカリの一興の内でごぜえます。どうかお受け取りくだせえ。それに――」
「それに?」
「マーキュリーさんにはベニヒメさんがおられます。イソギンチャクは分泌物を固めることで、ヤドカリのマイホームを建築する能力があります。建築材料にこの巻貝を使用するのもまた潔し」
あたしは目を丸くする。
「ベニヒメ、そんなことできたのか?」
「できるわよ。舐めないでっ!」
うるせえ。
ドウザンに向かってあたしは肩を竦める。
「それなら仕方がないな。材料があったほうがベニヒメも助かるしね」
「はい」
「ありがたく受け取っておくよ」
試しに巻貝を背負ってみた。
「お前ら、なかなか様になってるな。ヤドカリみてえだ」
「ヤドカリきゅぴー」
前まではエビ型のキモグロエイリアンだったのに。
もうずいぶんと昔のことのように思える。
卵を突き破って出てきたあのときのことが、まさか懐かしく感じる日が来ようとは思いもしなかった。
思えばよく生き延びたものだ。
必死すぎてところどころの記憶が飛んでいる。
だが、野生の生活も悪くはなかった。
「マーキュリー」
サザ衛門に呼び掛けられる。
「俺もそろそろ、旅に出るとするよ」
「そうかい」
「もうこの村が気触れの魔物に襲われることもないし、襲われたとしても、村のヤドカリたちでマンボウに対処できたと聞いた。もう俺がこの村に教えてやれることはない」
「だな。我が道を進め、サザ衛門」
「師匠……!」
「師匠……!」
「師匠……!」
兄弟たちが感極まって涙目になる。
「お前たちも達者でな。鍛練も忘れるなよ」
「師匠!」
「師匠!」
「師匠!」
お互いに抱き合って男泣きする。
なんなんだよこいつら。
距離が近すぎじゃないっスかね。
お姉ちゃん心配よ。
さらにベニヒメが、あたしの巻貝によじ登って定位置を模索している。
「ここねっ! ベスポジっ!」
うるせえ。
元気かよ。
だがこれで、ベニヒメとの約束を果たしたことになった。
成体になって巻貝を探し出してくる。
もともとはそういう約束だった。
これからはもっと賑やかな旅になりそうだ。
それとなく村を見渡した。
村中のヤドカリたちがここに集っている。
お祭り前の雰囲気だ。
ぜひ幸せになってくれ。
「じゃああたしたちはもう行くよ。ドウザン、クラゲのパスタ、美味かった」
馬鹿野郎。
コイツまで男泣きしやがった。
これだから男は困る。
すぐ泣きやがるんだから。
「ヤドカリども、チャオ!」
ハサミで横ピースを見せたあと、門のほうに体を向けて颯爽と歩き出した。
兄弟たちも師匠との別れを告げて後を追いかけてくる。
やがて歩き足が駆け足に変わって、あたしたちは全力疾走になる。
ゴーゴーゴーゴー。
この村はあたしが支配した。
海を支配下に置くのも時間の問題だ。
「うりいいいいいいいいいいいいいいい!」
村を抜ければ広大な海がどこまでもどこまでも広がっている。
数多の生命、数多の環境、数多の思想。
あたしは心臓の音を高々と聞いた。
何もかもぶち抜け。
突っ切れ。
心の赴くままに。
世界は希望で満ちている。
ハロー・オーシャンワールド。
あたしはここにいる。
水星と紅姫 了
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※この話はフィクションです




