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42.かわいいあたし、最終決戦に挑む3



 玉座の間にいるのは、あたしたちを除いて、ドウザンを含む七名のヤドカリ。

 だがいずれも戦闘に参加できていない。

 あまりにもウツボに付け入る隙がなくて攻めあぐねているのだ。

 あたしだってどうやって戦えばいいのかわからない。

 俺のゾーンとか言って茶化していたけど、確かにあれは奴のゾーンだ。

 近づけやしない。

 近づいたら針千本で串刺しの刑だ。

 息子のほうは竜巻防御で近づけさせないようにしていたが、あれはきっと棘防御を身につけていなかったからだろう。

 ああ見えて息子ウツボも知恵を働かせていたわけだ。

 だがお館様は竜巻防御を展開する必要がない。

 相手がキルゾーンに入ってくれば、棘を生やせば勝手に死んでくれるからだ。

 むしろ懐に入ってもらわなくては困る。


 近づかないと倒せないのに近づけない。

 しかも奴の攻撃のリーチはあたしたちの比ではない。

 数倍の話ではない。

 十数倍の域だ。

 つまりあたしがシャコに対して【伸縮】でタコ殴りにした状況を、そっくりそのまま再現しているのだ。

 違う点といえば、あたしたちがタコ殴りにされる側だということ。

 戦況は甘く見ても劣勢だと言える。


 あたしは周囲を見渡し、エルシャラとキュピ之介の無事を確認する。

 ベニヒメは七名のヤドカリたちに保護されている。

 さてどうしたものかと思ったのも束の間、ウツボが大口を開けてあたしに迫ってきた。

 長刀の牙が剥き出しになってあたしを捉える。

 何とか金属化したハサミで迎え打つことができたが、ウツボの牙が閉じられるのを何とか耐えているという状態だった。


 金属のハサミに牙が食い込んでいるこの状況が信じられない。

 あの牙は【金属Lv5】よりも高硬度な牙であることを如何なく知らしめている。

 金属よりも固い牙。

 卑怯にもほどがある。

 どうせ毒も仕込まれてあるに違いない。

 だがあんなのを食らえば、毒殺される前に圧死するのが確実だった。

 毒の意味がねえ。


 ウツボが口を閉じようとし、あたしがハサミで押し返そうとする。

 この膠着した状態でぶるぶると筋肉が痙攣し始める。

 いつまで持つか。

 十秒後か、二十秒後か、それとも一秒後か。


 兄弟やヤドカリたちが近づこうものなら問答無用で尻尾が襲いかかってくる。

 ヤドカリの一匹がそれで叩きつけられて意識を飛ばす。

 もう一匹が玉座から負傷者を運び出すために慌てて退出した。

 ヤドカリたちは残り五名。


「姐御ぉ!」


 兄弟たちが心配げな声を上げる。

 蚊帳の外にされているので声かけくらいしかできないのだ。


「姐御ぉ!」


 あたしの筋肉が麻痺して奴の顎の力に押され始める。

 せっかく成体になって馬鹿力を獲得したのに力では勝つことができない。

 奴の口が徐々に閉じられて、上下のハサミとハサミの距離が縮まっていく。

 やがて二つのハサミが接触して、筋肉がぶるぶると痙攣しているために、カスタネットのような小気味よい音がかちかちと鳴り響く。


「姐御! 逃げて! 姐御!」


 ハサミの打ち鳴らされる音は止まらない。

 そればかりか打ち鳴らされる感覚が短くなっていき、とうとうハサミから音が聞こえなくなった。

 完全にハサミとハサミが圧迫されたのだ。

 密着したハサミがみしみしと波打って甲殻に亀裂が入る。


「姐御!」


 ウツボの口が、閉じられた。

 ガチン!


「ぐああっ!」

「姐御っ!」


 あたしの腕の先から二本のハサミが消失した。

 再生回数を使い果たしているので、あたしから攻撃手段が消え去ったのと同義だった。

 万事休す――

 あたしはバク宙をして距離を取る。

 ハサミを失ったあたしはただの獲物に過ぎない。

 何をどう頑張ったって足手まといだ。


 あたしは激痛に苛まれながらじりじりと後退する。

 ウツボはぼりぼりとハサミを咀嚼して呑み込んだ。


 キュピ之介が金属ドリルを展開して急接近するが、ウツボはもう視線すら寄こさなかった。ただただつまらなさそうな眼であたしを見つめ、体躯に長い棘を生やしてキュピ之介を迎え撃つ。

 全方位に対して、同時性の攻撃と防御。

 キュピ之介の突撃を見る必要もないのだ。

 その証拠に、キュピ之介はまたもや串刺しにされて瀕死の状態に陥っている。


 ズパン!


 意識を戻して即座に棘を叩き折って距離を取る。

 あえて棘を受けたと言って腹部の再生を開始する。

 直接肺に酸素を送り込みたかったとか言っている。

 結局こうだ。

 ウツボに隙はない。

 こちらが仕掛けたら仕掛けただけ、痛手を被って再生回数を消耗してしまう。


 あたしはなおもじりじりと後退する。

 ウツボが穴ぼこのような空恐ろしい目で見つめてくる。

 何を考えているのかまったくわからない。

 後退し切ったのかいつの間にか背中には壁があった。

 背中に冷たい感触がある。

 もう距離が取れない。


 どうする。

 どうすればいい。

 次の手は何がある。

 ハサミなしでどう切り抜ける。

 あたしが囮になって兄弟たちに仕掛けさせるか。

 それともあたしの命を引き換えに一矢報いるか。

 どれが最善なんだ。


 ベニヒメに目を向けると、触手で「耐えろ」というサインが送られた。

 耐えろと言われても、どう耐えればいいのか。

 耐える方法があたしには何も思いつかない。


 痺れを切らしたのか、ウツボが行動を開始した。

 分厚い尻尾を揺らめかせながらあたしのもとまで泳いでくる。

 あたしの背中には壁。

 逃げることも叶わない。

 結構頑張ったと思うんだけどな、あたし。

 村の笑顔のためにやれることをやってきたんだけどな。

 理不尽に勝てないって辛いよなほんと。


 思えば。

 思えば、生まれた瞬間から理不尽だった。

 青魚の大群による大虐殺。

 生き残りは四匹。

 それからは自分の生体について学んでいき、生きることに必死だった。

 タコとか超うざかった。

 想い出と言えば兄弟たちと馬鹿をやったことくらい。

 生まれてきたときから理不尽だったから、ポポポン村の理不尽くらいはあたしが振り払ってあげたかった。

 ヤドカリたちが報われてほしかった。


 あたしはようやく本当の意味で悟った。


 自然界において、

 無力とは、

 罪だ。


 ウツボがもう目前にいる。


「悪運尽きたな小娘。小娘に戦争屋は務まらんよ。端からわかっていたことだ」

「ぐう……」


 あたしは悔しくて悔しくて張り裂けそうになる。

 悔し涙が身に沁みる。

 そのとき、誰かがあたしとウツボの間に滑り込んできた。

 ドウザンだった。

 ドウザンはその場に膝を屈して土下座をした。


「あっしが、あっしが間違っておりました、お館様」

「ドウザン……?」

「お許しくだせえ。また、心を入れ替えて、働きますから」


 ほう、とウツボが息をついた。


「ですから、この者の命は、助けてやってはくれませんか、お館様。あっしら、また、頑張りますから。〈海の結晶〉を、またちゃんと、栽培しますから。どうか」


 あたしは割れるほど奥歯を噛み締める。

 たまらなかった。

 悔しくて死にそうだった。

 そんな奴に頭を下げるなよドウザン。

 あたしのために、頭を下げるんじゃねえよドウザン。



 無力とは、罪だ。



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