37.かわいいあたし、黒カニと対決する1
ウツボの特質を整理しよう。
【暴食】
【変顔】
【剛顎】
【憤怒】
【毒牙】
どれも強力な特質であたしご満悦。
最終決戦に向けてよい助走になりそうだ。
【暴食】は胃袋の強化で、【変顔】は宴会芸で、【剛顎】は顎の強化で、【憤怒】はパワーが増える感じで、【毒牙】は毒だ。一気に五つの特質をゲット。とりわけ毒は嬉しいな。
大広間から出て廊下を進む。
あたしと兄弟の後方をベニヒメがぷよぷよと泳いでくる。
気持ち悪い。
桃色のカツラが追いかけてくるみたいでホラー。
でもベニヒメは必死で先ほどから「うんしょっ、うんしょっ」という掛け声を出している。
廊下では大勢のヤドカリたちが赤カニとの戦闘を繰り広げていた。
味方の士気を上げて敵の心を折るために、あたしは叫ぶ。
「ウツボの首を討ち取ったりィ! あたしにつづけー!」
「うおおお!」
ちょろいな。
ウツボの生首を掲げただけで相手は戦意を喪失した。
ヤドカリたちは当初の作戦通り重要拠点の制圧を開始する。
お館様が帰ってくる前にこの城をヤドカリ使用に変えておかねばならない。
奴が連れてくるであろう気触れの魔物を迎え撃つために。
あたしはあたしでまだひとつ仕事を残している。
背後の「うんしょっ、うんしょっ」を聞きながらあたしは赤カニの甲羅を押しのける。
「退きな。あたしが通る」
「通りな、姉ちゃん。俺が許す」
一匹の赤カニが道を譲ってくれるが偉そうだなコイツ。
殴っておくか。
ズパン!
「あがっ!?」
真紅の甲羅が弾け飛んで、赤カニが口をぱくぱくさせる。
「な、なにを……?」
「黙って道を開けるんだ。あんたに発言権を許した覚えはない」
「なるほど。ごもっともだ姉ちゃん。だが俺は黙らないぜ。俺を黙らせる奴がいたら大したもんだよ。この星にいるかどうかってレベルの話になってくる。中々お目にかからないね。俺だってそんな奴と出会ったことはない。俺を黙らせたら大したもんだ」
あたしが無言で拳を構えると、赤カニは顔を背けて「フッ」と笑う。
「今回だけは黙っておいてやろう。通りな、姉ちゃん。俺が許す」
コイツ絶対わかってないよね。
殴られた意味が全然わかってねえ。
めんどくせえからシカトする。
「フッ。……今回だけだからな、俺が口を閉じるのはよ。サービスだ」
あたしが通り過ぎるときにぼそりと呟いた。
うぜえ。
このまま真っ直ぐ行けば玉座の間に到達できる。
あたしがウツボたちの会話を聞いた玉座の間。
いま思い出すだけでも怒りが沸いてくる。
村のヤドカリたちを都合のいい奴隷としか見ていなかった。
生き物に都合のいい奴なんかいねえんだよ。
みんな必死で生きてるんだ。
王様ごっこはもう終わりだ。
「うりいいい!」
荘厳な扉を開け放ち、王座の間を睨みつける。
王座へとつづく階段の最下層に、お館様の側近である黒カニがいた。
黒曜石のような甲殻は、差し込む光を反射して鈍く輝いている。
「ぬふふふふ……。貴様が革命軍の首謀者かね?」
黒カニは口元をハサミで覆い隠して笑う。
距離は20メートル。
あたしの身体能力なら一瞬で詰めることのできるキルゾーン。
「違うね。あたしはただ真実を伝えただけにすぎねえさ」
「ぬふふ……」
「軍を指揮しているのは別にいる。あたしよりも村を大事に思っている奴がね」
「まあいい。貴様らここで死ぬのだからね」
「抜かせ。あたしはウツボの首を取ったんだぜ?」
「そうかそうか。無価値な存在をひとつ消してくれてどうもありがとう」
「なに?」
「あの倅には私も手を焼いていたのだよ。アレが死んでも何も思わんね。何の役にも立たないただの雑魚だ。むしろ無能が消えてくれて清々する。ぬふふふふふ……!」
奥歯を噛み締めてあたしは睨みつける。
「てめえ……。あいつは仲間だったんじゃねえのかよ」
「はて?」
「この城にはムカつく奴しかいねえことがよーくわかった。ぶっ飛ばす」
「ぬふふ。それが貴様にできるのかね?」
「試してみるか?」
あたしはロケットスタートを切って黒カニの眼前まで到達する。
右のハサミに骨ドリルを生成して高速回転。
奴の甲羅に大穴を開けるべく刺突をぶっ放す。
砕けた。
ドリルが。
「ぐあっ!」
「ぬふふふ。貴様のドリルでは私を貫けないよ。この甲羅がある限りね」
カニの言葉に合わせて黒曜の甲殻が妖しく光った。
硬え……。
硬いなんてもんじゃない。
硬度は岩石よりも上だ。
幸い骨ドリルだけが砕け散ったのでハサミは無事だった。
外殻だけが崩壊したという感じ。
さあてどうするかね。
あたしが次の手に考えを向けようとしたとき、三兄弟が黒カニの周りをぐるぐると旋回して氷の槍を撃った。ウツボの体を易々と貫いた氷槍も、やはりカニの堅固な甲殻の前では無意味だった。衝突した先からガラスのように砕け散ってバラバラになる。
「もう終わりかね? ぬふふふふ……」
黒カニの余裕の笑いが響くのみ。
周囲を見渡してみると役に立ちそうなものは何もない。
玉座の間は煌びやかで多くの装飾が施されていた。
宝石や貴金属の塊が惜しげもなく飾られている。
どれもこれもヤドカリたちから奪い取ったものに違いない。
くそ。
鉄壁の防御に対する攻略法が思いつかない。
どうすればあいつに一矢報えるんだ。
「私も暇ではないのでね。お館様が帰る前にこの城を奪い返さないといけない。そろそろお遊びは終わりにしよう。こちらからも動かさせてもらう。のう?」
そう言って黒カニが視線を向けた先に、あたしのよく知っているヤドカリの姿があった。
「サザ衛門……?」
どうして奴がここに?
「おやおや。二匹は知り合いだったのかな?」
「うるせえ!」
あたしはカニに言い放ち、もう一度サザ衛門のほうを見つめる。
「おいサザ衛門! 何してやがるんだ! どうしてここにいる! 作戦はどうした!」
「…………」
「おい何か言ってみたらどうなんだサザ衛門! おい! 村を守るんじゃなかったのかよ! なあサザ衛門! ふざけてんじゃねえぜ? 自分の仕事に戻りな?」
「…………」
不意に肩を引かれる感覚があった。
振り返るとベニヒメが沈鬱な表情で首を振る。
「マーキュリー。よく見なさい。あのヤドカリは気触れの魔物よ……」
「なに?」
よく見てみるとサザ衛門の目がくもってやがった。
そして体には呪印のような禍々しい紋様が浮かび上がっている。
サザ衛門が、咆哮した。
グオオオォォォ――!
「うそ、だろう……?」
黒カニの後方の階段には、報告にあった魔法の杖が立て掛けられてあった。
それを見た瞬間に血の気がさっと引いた。
まさか、うそだろう?
サザ衛門はあの杖で気触れの魔物にさせられたのか?
うそだろう?
やめてくれよ?
あたしはサザ衛門を斬れねえ。
エルシャラの師匠を斬ることなんてあたしにはできねえ。
さっと引いた血の気が今度は津波のように押し返してきた。
気がついたときには呻き声にも似た苦々しい声で絶叫していた。
「カニ野郎がああああああ!」
あたしは激怒する。
「サザ衛門に何をしやがったあああああ!」
その質問に対する返事は、「ぬふふふ」という余裕の笑みだった。
あたしはブチギレる。




